第8話:タイド・シェイド
作戦会議を終えてコーヒーハウスを出ると、
周囲は夜の帳に包まれていた。
宿屋へと向かう道すがら、
クックが耳元のデバイスをなぞるようにして僕に囁く。
「100メートル先、反応あり。船の上で出会った一行です。
執拗にこちらを探索していますね……撒きますか?」
クックが警戒していた相手
――『タイド・シェイド』だ。
「どうしようか。ずっと逃げてたけど、
この先もしつこく付きまとわれるのは御免だしな……」
僕が渋い顔をすると、クックは不敵な笑みを浮かべた。
「一つ案があります」
「そうすれば『あの作戦』の成功率も跳ね上がります」
さすがクック様、頼りになる。
僕らはあえて逃げず、そのまま歩き続けた。
裏通りの一本道で彼らと対面した。
「おー、いたいた。おい!」
丸坊主の巨漢・デルズが下衆な笑みを浮かべて立ちふさがった。
「また、何か用でしょうか……」
僕は怯えた演技をしながら、身を縮める。
実際、威圧感がすごいので演技半分、本気半分だ。
「ビジネスの話をしよう。私はソルゲア。
君たちが困っているのは百も承知だ」
エルフの男が冷徹な笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん、怖いよぉ……」
クックまで震えるフリをしている。
「お嬢ちゃん、俺たちはこいつと大人の話をするんだ。
そこで待ってな。ほら、来い!」
デルズが乱暴に僕の肩を掴む。
「待ってください! 妹を一人にはできません。
お金なら……いえ、それ以上に……」
その言葉に、彼らの目の色が変わった。
獲物を狙う、強欲な捕食者の目だ。
「なんだ? 話してみろ。俺たちが力になってやろう」
見せかけの慈悲を浮かべたソルゲアが、さらに言葉を促す。
「……実は、私、タナカとこちらの妹のクックはガイ子爵の勅命と、もうひとつ」
「勇者様へ伝えるべき重要な『秘密』があるのです」
「ほう、試練に挑んでいる勇者一行への、か」
僕は周囲を警戒するように声を潜め、
震える声で続けた。
「はい。〈バシリカ・シスタン〉は満月の夜から七日間のみ隠し扉が開き、
求める力を授ける……と」
「私たちはどうしても生きて、これを伝えなければなりません」
「ですが、明日にはその満月が来てしまいます……!」
僕は、なけなしの銀貨が詰まった袋を震える手で差し出した。
「これで……どうか、私たちを守ってください!」
「お兄ちゃん! それは大事な使命のためのお金だよ……!」
クックの叫びを無視して、デルズが乱暴に袋を奪い取った。
「安心しろ。天下の『タイド・シェイド』が守ってやる」
「そして、情報は俺たちが責任を持って勇者に届けてやるよ」
下卑た笑みを浮かべ、デルズが仲間を指し示す。
「あとはその辺で歌でも歌ってろ。タイド・シェイドが世界を救ったってな!」
「俺はデルズ、こっちはソルゲア、そこの女はシーマだ」
「……ごめんね」
仮面の女・シーマだけが、どこか申し訳なさそうに小さな謝罪を口にした。
「ありがとうございます。デルズ様、ソルゲア様、シーマ様」
「皆様へ託して……我々兄弟は、皆様の素晴らしさを語り広めてまいります」
肩を震わせながら、僕は卑屈な態度を崩さない。
満足そうに去っていく彼らの背中を見送り――
その姿が完全に見えなくなったところで、僕は深く息を吐いた。
「成功、ですね」
先ほどまでの「妹」の顔は消え、クックが淡々と告げる。
「ああ……」
僕は視線を落とした。
「十中八九、死ぬだろうから。少しだけ、罪悪感はあるけど」
「はい。この世界の『住民』の生死を確認し、〈蘇生〉が可能なのか……」
「そして、ダンジョンの危険度を測る」
「――すべては、我々の生存のためのヒントになります」
クックの瞳には、一切の迷いがない。
彼女の作戦は、極めて合理的で、冷酷だった。
強欲な彼らに「偽の情報」を流し、
先行して〈バシリカ・シスタン〉へ挑ませる。
それは、彼らを――
「観測用のモルモット」にすることと同義だ。
残酷だが、知っておかなければならない。
この世界の仕組みを。
抗いようのない「死のルール」を。
すべては――
僕たちが、このクソゲーを生き残るために。
その夜。
『タイド・シェイド』が陣取る、高級宿屋の酒場。
「ガハハ! あのへっぽこ兄妹、いいカモだったじゃねえか!」
デルズが傍らに女を侍らせ、豪快に酒を煽る。
「ええ。まずは私たちが先行してお宝を独占する。
その後に残った情報を売る……」
「実にいいビジネスですよ」
ソルゲアも冷笑を浮かべ、杯を傾けた。
彼らはA級モンスターとも渡り合える、世界トップクラスの実力者。
だが、その強大な力を持ちながら、やっていることは下衆の極みだった。
「おい、シーマ! お前もこっちへ来て注げよ」
「......仮面の下は美人なんだろ?」
デルズの卑しい言葉に、
隅で沈黙を守っていたシーマが鋭い視線を向けた。
「あんな兄妹から金と情報を奪っておいて……」
「よくそんなことが言えるわね」
「なんだと……?」
酒場の空気が一変し、ピリついた殺気が走る。
「シーマさん。立場をわきまえたらどうですか?」
ソルゲアが杖を握り、シーマがナイフに指をかけた、その瞬間――。
ガンッ!
デルズが、鉄のテーブルを拳一つで粉砕した。
「……少し黙れ。せっかく気分良く飲んでたんだ」
「シーマ、お前は黙って俺の隣に来い」
凍りつくような殺気に、ソルゲアは血の気を引き、
周囲の女たちは悲鳴を上げて逃げ出す。
しかし、シーマだけは一歩も引かず、冷徹に見つめ返した。
「私は、そんなに安くない」
それだけを言い残し、彼女は酒場を後にした。
「おい、待て! 明日は情報通りダンジョンへ行くぞ! 遅れるなよ!」
後ろから飛んでくるデルズの怒声を無視して、
彼女は夜風に身を晒す。
仮面の下の表情は、誰にも見えない。
一方、ソルゲアは去り行く彼女の背中に、
蛇のような冷酷な視線を送っていた。
「……あの女、必ず後悔させてやる」
欲望と憎悪が渦巻く、帝都の夜。
運命の満月まで、あと一日。




