第5話:泥中の宝石、帝都へ
アテネの街、喧騒が収まってきた夜。
静まり返ったギルドの受付カウンターに、
ステラさんの絶叫が響き渡った。
「どうしてあなたたちは……次は、地中海の支配者にでも会ってきたのっ!?」
泥と返り血(神の塵?)でボロボロの僕らを見て、
彼女は心配を通り越した呆れ顔で机を叩く。
「ステラさん、それってバルバロッサのこと? ……へぇ、会ってみたいな!」
思わず歴史オタクの血が騒いでしまった。
これまでのNPCはどこか機械的だった。
けれど、この世界の住人は感情が豊かで「本物の人間」の匂いがする。
それがこの「クソゲー」を面白くしている皮肉なスパイスだ。
「ステラさん、私たちはきっと『拾う(トレジャー)』冒険者の素質に溢れてるのかもっ!」
クックがまた、例の「道端で拾った作戦」を臆面もなくぶち上げた。
だが、今回はさすがに無理がある。
「……いい加減にして! 」
「鑑定の結果、あなたたちが持ち込んだのは、
見ただけで即死するという秘儀の魔物『Phantom of Divinity』の魔
核石よ! 」
「他の素材も全部S級、一体どこの秘境を壊滅させてきたの!?」
やっぱりバレるか。
だってその通りだ。
ミラ(ランプの精)が文字通り蹂躙した。
もし二柱の神の魔核石まで出したら。
彼女は今頃、泡を吹いて失神していただろう。
それ以上に理不尽をぶち壊す「全状態異常無効・神性特効付与」。
運営が泣いて謝るレベルのパッシブスキルまで入手してしまった。
「はぁ、最後まで驚かされっぱなしね」
「……はい、これギルドマスターからよ」
ステラさんは深いため息をつきながら、
一通の封筒を差し出した。
ギルドマスター・ガイ直筆の紹介状だった。
「これがあれば帝都でも多少の融通聞くわよ」
「ギルドマスターはああ見えて、
元は名を馳せた冒険者なの。今は名誉子爵なんだから」
「……あなたたちの無事の旅を祈ってるわ」
あんな飄々とした優男が子爵だったとは。
この世界の「設定」はどこまで作り込まれているのか。
「ありがとうございます。ガイさんによろしくお伝えください」
そして僕も詩人として返した。
「……良い詩には良い出会いが訪れる。語り継ぎましょう。
このアテネで出会った恩人の歌を……」
「ありがとうございました」
僕が丁寧に礼を言う。
ステラさんは少し照れくさそうに、
でも最高に輝く笑顔で手を振ってくれた。
この世界に来て人の温かさをかんじた。
クックと目を合わせて笑った。
ギルドを後にし、夜風に吹かれる。
帝都への紹介状。そして僕らの手元には、
神すら凌駕する規格外の力。
「お兄ちゃん、次は帝都だね!」
「そうだね。どんな理不尽が待っていても、僕らの歌で上書きしよう」
出航は明日。
夜の静寂の中で、
僕らはこれまでの冒険を詩として書き留めていく。
「タナカ、歌いましょう。光ある物語をこの世界に刻むために」
月明かりを反射する、慈愛に満ちたクックの笑顔。
「そうだね。自分たちの存在意義を生み出したい。帰り道を探しながら、この世界を旅して」
指先から溢れるメロディは、どこまでも希望に満ちていた。
けれど――。
世界は平等でも優しくもない。
翌朝。港には巨大なガレー船が停泊していた。
見た目は重厚な中世の帆船だが、いざ出航すると揺れも全くなく、
恐ろしい速さで海面を滑り出した。
「クック、ツッコミどころ満載だな。
テレポート系は封じられてるのに、乗り物の移動速度だけは『ノクターン』の効率基準だ」
「不安定な世界層の影響かと。
移動の利便性だけはゲームの仕様が残っているようです」
情緒もへったくれもないが、一週間かかる旅路を一日で終えられるのは助かる。
甲板で潮風に吹かれながら、そんな話をしていた時だった。
「おいっ!」
ドスの効いた声が響き渡る。
「お前ら、ギルドで話題の『へっぽこ兄妹』だろ?」
目の前にいたのは、
半裸で筋肉隆々な――「剣闘士」。
その目には、どす黒い狂気が孕んでいた。
その傍らには、
杖を携え、冷徹な瞳を向ける耳の長いエルフ。
杖の先から放たれる魔力が、場の空気を重く沈ませる。
そして。二人の後ろで、
ただ黙って、存在を消している者が一人。
盗賊のような装備を身に纏い、
金色の髪を仮面で隠した、曲線美の際立つ女。
彼女だけが放つ、場違いなまでの「異物感」。
「……何か用ですか?」
「有名だぞ。吟遊詩人と歌姫が大金を換金して、この船の個室まで取ってるってな」
「裏があるんだろ?」
クックが後ろで動こうとした。
僕はそれを手で制する。
(ユーザーか?)
目で問うと、彼女は静かに首を横に振った。
……この世界の住民か。
ならば、下手に力を見せるわけにはいかない。
僕は平然を装って答えた。
「私たちはガイ子爵の命を受け、
勇者様の冒険譚を紡ぐため帝都へ向かっているところです」
(ガイさん、名前を借りるよ)
僕の言葉を聞いても、男のニヤついた顔は崩れない。
「それだけか?」
男は僕の鼻先まで顔を近づけ、
低く、ねめつけるように言った。
「護衛もつけずに……か?」
剣闘士が下衆な笑みを浮かべて一歩踏み寄る。
「金と……その女を渡せば、
俺たちが守ってやってもいいんだぜ?」
怒りと防衛本能で、
「詩」を紡ごうとしたその時――。
「お前ら! 騒ぎを起こすなら海に沈めるぞ!」
凛とした声と共に現れたのは、
燃えるような赤い髪と瞳を持つ、大柄な女性だった。
「私は船長のマチルダだ!」
「私の『スカーレット号』で喧嘩は御法度。
お前ら『タイド・シェイド』、一流を気取って三流以下の振る舞いか?」
剣闘士の男は、
マチルダの名を聞いた瞬間にバツが悪そうに舌打ちをした。
「……チッ、行くぞ」
捨て台詞を吐きながら、人混みへと消えていく。
「マチルダさん、助けていただきありがとうございます」
僕は丁寧にお辞儀をした。
(……危なかった。もし〈神〉でも顕現させていたら、
この海域ごと消滅していた)
「怖かったぁ〜、泣いちゃいそう」
クックがわざとらしく泣くフリをする。
「弱者を守るのが強者の務めだ。
奴らの評判は悪い。何かあれば私に言え」
眩しいほどの理想論。
だが、その言葉になぜか胸が締め付けられた。
「……ありがとうございます」
絞り出すようにそう答えるのが精一杯だった。
弱者であることを呪い、
強者になったつもりでいても。
中身はまだ、弱いままの自分が悔しかったんだ。
個室へ戻る道すがら、クックが真顔で囁く。
「先ほどの連中、処遇はどうしますか? 」
「……何でも力で解決したくはないんだ。
クックなら分かるだろ?」
むむむ、と不満げな顔をする相棒に、
僕は苦笑して付け加えた。
「でも、警戒だけはしておいてくれ」
「お任せを。既に『最重要マーク』に登録済みです」
やはり、できる子だ。
こちらから仕掛ける気はない。
けれど、僕やクックに害をなすなら、次こそ容赦はしない。
重厚な汽笛が鳴り響く。
まもなく到着だ。
オスマン帝国の帝都「コンスタンティノープル」
現実ではイスタンブールと呼ばれるその場所で、
僕らは世界の変質をまざまざと思い知ることになる。




