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『最弱不遇職の詩人と歌姫』〜効率至上主義の世界で見捨てられた僕らが、世界の理を書き換えるまで〜    作者: muo


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第4話:千夜一夜のハッキング



アテネからの出発を明日に控え、僕らは準備に追われていた。



船なら本来一週間かかる旅路も、この世界の「エーゲ海」なら、



わずか一時間。



街の風景は相変わらずだ。



中世のバザールの中に、突如としてコンビニのような武器屋が鎮座している。



変わらぬそのそのチグハグさに眩暈を覚えながらも、


僕は露店であるものを買い求めた。



銅の工芸品と、一冊の古い書物。



アイテム表示は「効果なし」。



本来ならただの世界観の演出、娯楽用のゴミだ。



「とりあえず買っておこうか。ランプと、アラビア語の本……」



「お兄ちゃん、私はこれが欲しい!」



クックが指差したのは、一枚の絨毯。



空を飛ぶわけでもない、ただの敷物だ。



だが、僕には確信があった。



「クック、ナイスだ。試したかったことがある」



モスクから流れる祈りの歌を背に、



僕らは郊外にあるダンジョン『エレウシス』へと向かった。



「ギルドのデータ上では認識されていないはずだけど、ここはダンジョンなんだよね?」



クックに尋ねる。



「はい。ノクターンでの難易度は低級」



「ですが、現在はこれまでの例に漏れず――高難度に変動していると推測されます」



緊張が走る。



だが、万全の準備はしてきた。



最悪のパターンまで、想定は済んでいる。



「エレウシス……秘密の儀式に使われたとされる隠された秘境か」



入り口を抜けると、そこには禍々しい魔法陣と、



奇妙な図形がびっしりと刻まれていた。



かつて国家機密レベルで隠蔽された場所。



「クック、――今から『千夜一夜物語』を紡ぐぞ」



僕はキメ顔で言い放った。



僕らの能力は、伝承や物語を詩(うた)にすることで「世界の理」を書き換え、



現実を上書きする力。



神さえ呼び出し、神をも殺す。



それが「事実」かどうかなど、この際どうでもいい。



人々の信仰、歴史の重み、あるいは広く知れ渡った「物語」としての強度さえあれば、現象を現実に固定できるはずだ。



「かしこまりました。……歌います」



クックがその美声を響かせた。



――砂の大地の少年は、夜の街に願った。



空を駆ける絨毯と、奇跡を宿した魔法のランプを。



それは、運命を切り拓く勇気の冒険譚。



その瞬間、世界が眩い光に包まれた。



ただの敷物だった絨毯がガタガタと震えだし、主を待つ名馬のように宙を舞う。



さらに、何の変哲もなかった銅のランプからは琥珀色の煙が立ち昇り、



小さな羽の生えた妖精が姿を現した。



「はーい! わたしはミラ。願いごと、一つだけ叶えてあげるよん」



思った通りだ。



歴史ある物語を知っていれば、権能は無限に広がる。



「ミラ、この層の敵を一掃できるか?」



「お安い御用だよ。ボクの力を超えるものじゃなきゃね。神様以外なら倒せるかな」



心強い。戦闘能力皆無の僕らにとって、これ以上の用心棒はいない。



僕とクックは「じゅーくん」と彼女が名付けた魔法の絨毯に飛び乗り、



ミラ(魔法のランプ)と共にダンジョンの闇へと突き進んだ。



前方には、ローブを纏い来訪者を待ち構える亡霊の群れ。



凄まじい悲鳴を上げて襲いかかるゴーストは、優に百体を超えている。



死の冷気を纏った亡霊の波が、逃げ場のない通路を埋め尽くした。



だが、ミラ(魔法のランプ)は欠伸混じりに指先を鳴らし、巨大な魔法陣を展開した。



「アルティマガ・フィーレ」



ゴゴゴゴゴゴゴ。



その呟きと共に、迷宮の空間そのものが歪み始める。



漆黒の重力の塊が発生し、中心へと全てを飲み込んでいく。



亡霊たちは消滅するまで、悲鳴を上げることさえ許されなかった。



断末魔の叫びよりも早く、その存在そのものが光の中に吸い込まれ、霧散していく。



「……あーあ、掃除完了」



ミラがパチンと指先を合わせると、



あれほど立ち込めていた死の気配は、跡形もなく消え去っていた。



僕らは悠々と、さらに深い階層へと進んでいく。



「相変わらずチートだな。システムを超えた『伝説』を具現化してるんだから、当たり前か」



「タナカ、これがゲームなら即座にBAN対象ですね。



でも、これが今の私たちの『現実』です」



ドロップアイテムを回収しながら、クックが不敵に微笑む。



このクソゲーを生き抜いて、最高の神ゲーに変えてやる。



そんな予感がした。



だが、平穏は長くは続かない。



「あー、疲れた。この奥の扉にいるのはボクには無理。じゃあね〜」



ミラはそう言い残し、ランプへと帰ってしまった。



再召喚には五日のインターバルが必要だという。



扉の奥から漏れ出す、濃密な死のプレッシャー。



(……足が、震える)



トラウマを乗り越えたはずなのに。



肌を刺すような絶対的な「死」の気配に、心がすくみ、呼吸を忘れる。



その時だった。



「タナカ、大丈夫です。私がいます」



そっと僕の手に重ねられた、小さな温もり。



クックのその温度が、



深い闇に沈みかけていた僕の意識を、力強く現実に繋ぎ止めた。



「……ああ、行こう」



僕は震える手を握りしめ、前を見据える。



「相手が冥界の女王だろうが、何だろうが……」



ギギギ……ッ!!



重厚な扉が開かれる。



そこに広がっていたのは、迷宮の底とは思えない「無機質な空」が広がる異界。



そして、その中心に彼女はいた。



冥界の女王:ペルセポネ



黒い果実のような唇。



生を祝福し、死を統べる



――相反する双貌を持つ女神。



だが、絶望はそれだけでは終わらない。



彼女の背後。



麦穂の冠を戴き、重く湿った土の匂いを纏う女。



大地母神:デメテル



かつてハデスに娘を奪われ、その深い悲しみで世界を枯らし尽くした狂気の母。



「……っ!!」



並び立つ二柱の神。



その圧倒的な神威に、空間そのものが悲鳴を上げ、ミシミシと軋み始める。



神話が、現実となって僕らの前に立ちはだかった。



二柱の神が並び立つ、絶望的な光景。



最悪のケースだ。



「クック、落ち着いて! 作戦通りいくぞ!」



「了解、お兄ちゃん!」



僕は震える指を竪琴の弦にかける。



僕たちが紡ぐのは、神々への祈りではない。



神々を縛る、反逆の詩だ。



ーー紡ぐのは、『ホメロス・デメテル讃歌』。



引き裂かれた母娘の悲劇。



その傷口に、さらなる悲劇(悪の手)が舞い降りる――。



ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!



無機質な白い空間が、



突如としてとてつもなく重い「漆黒の闇」に塗りつぶされる。



闇は津波となって、ペルセポネとデメテルを飲み込んだ。



「グアァァァァッ……!!」



「アァァ……ハデス……っ!」



二柱の神が、かつてのトラウマを呼び起こされ、苦悶の声を上げる。



だが――。



神の執念は、僕らの想像を遥かに超えていた。



漆黒の闇に侵食され、



その神々しい身体が朽ち果て、形を崩していく。



それでもなお、



彼女たちは地獄の底から響くような咆哮を上げた。



見開かれたその瞳に宿るのは、理不尽な運命への――



凄まじいまでの「憎悪」。



ーーくるっ!!



『大地飢渇(ガイア・ハンガー)』!!



『春終結(スプリング・エンド)』!!



ゴゴゴゴゴ……!



一瞬にして世界から色彩が奪われ、大気が凍りつく。



森を枯らし、海を干上がらせ、全ての命を「無」へと帰す――。



抗う術など存在しない、



神話級の権能が僕らに向かって解き放たれる。



「クック、防御だ!!」



「任せて、お兄ちゃん!!」



クックが凛とした表情で天を仰ぐ。



その唇から溢れ出したのは、



戦場の濁った空気を切り裂くほどに、透き通った歌声。



――『アテネ讃歌・アイギスの歌』。



(カッ……!!!)



僕らを包み込んだのは、眩いばかりの黄金の輝き。



あらゆる断罪を、絶望を、理不尽な神の権能さえも撥ね退ける



――絶対不可侵の「神の盾」



その直後だった。



チュドドドドドドドォォォォッ!!!



炸裂する、神話の暴力と神の盾。



一瞬の静寂の後、



遅れてやってきた衝撃波が世界を激しく揺さぶる。



視界は真っ白に染まり、



空間そのものが削り取られるような轟音が鳴り響く。



(……っ、この威力……!)



シールド越しに伝わる、肌を焼くような熱量。



もし、この歌がなければ。



もし、アイギスが間に合っていなければ。



僕らは一瞬で、存在ごとこの世から消滅していただろう。



鼓膜を突き破るような衝撃。



掠っただけでHPが削れるが、



クックが投げたエリクサーが瞬時に僕を癒す。



盾の向こう側で、絶望的な光が荒れ狂っていた。




「さあ、これで終わりだ……安らかに眠れ」



僕とクックの歌声が重なり、共鳴する。



この暗く深い迷宮に呼び込んだのは、偽りの救済ではない



――闇を焼き払う「本物の光」



ーー『アポロン讃歌・エレウシス神話』。



金弓のアポロンよ。



光を纏う竪琴の王よ。



隠された真実を暴き、積年の憎悪を浄化せよ。



(キィィィィィィィン……!)



顕現した太陽の光が、



漆黒に染まった世界を圧倒的な熱量で塗りつぶしていく。



闇は、眩いばかりの「赤白き世界」へと変貌を遂げた。



「ああ……」



光の奔流の中で、二柱の神の表情から険しさが消えていく。



狂気と憎しみに支配されていた母と娘は、



今、ようやく互いの存在を正しく捉えた。



解き放たれた二人は、



静かに、そして慈しむように手を取り合う。



(サラサラ……ッ)



激しい戦いが嘘だったかのように、



二柱の神は聖なる塵となって、光の中へ溶けていった。



その穏やかな光景に、僕はふと思い出していた。



向こうの世界の、あの事故で失った家族の笑顔を。



(僕は……まだ、そっちには行けないよ)



両親に顔向けできるくらい、この世界で全力で生き抜く。



それが僕の、今の「戦い」だ。



その時、頭の中に無機質な声が響き渡った。

 


【称号】


• 創世を紡ぐ吟遊詩人


• 創世を紡ぐ歌姫


【権能】


・神をも癒やす歌


《効果:常時発動》


 全状態異常無効


 神性特効付与




光が収まった後、そこには新春のような緑の大地と、一輪のガーベラが咲いていた。



「……クック。チートになっても、僕の運(ラック)だけは向上しないみたいだ」



「お兄ちゃん、悲しくなるからやめて?今は、勝利の味を楽しみましょう?」



僕らは顔を見合わせ、晴れやかな風の中で笑った。

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