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『最弱不遇職の詩人と歌姫』〜効率至上主義の世界で見捨てられた僕らが、世界の理を書き換えるまで〜    作者: muo


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第13話:亡国の詩(うた)



そこは、



コンスタンティノープルにあるギルドの一室。



宿屋でシーマが落ち着くのを待ってから、



僕たちはこの場所へと移動してきた。



移動する前、彼女に手渡したものがある。



武器屋で買った、何の変哲もないただの仮面だ。



彼女はそれをまるで最高級の宝物であるかのように嬉しそうに受け取り、



愛おしそうにそっと顔を覆った。



まずは、グランロードのクロウへ、



今回の「タイド・シェイド」の一件を報告しなければならない。



このままでは、彼女の身にさらなる危険が及ぶ可能性があるからだ。



「そうか。……それは、悲惨な目にあったね」



クロウは悲しげに目を伏せた。



しかし、次の瞬間――。



「ギルドとして、厳重に対応させてもらう」



その顔は、とても少年とは思えないほど険しく、冷徹なものへと一変した。



底知れない凄みを感じさせるそのギャップに、



僕の背筋を冷たいものが走り抜ける。



「内容は……内密にお願いします」



僕がそう告げると、彼は表情を和らげた。



「そこは任せてくれ。……それにしても、その口ぶりだと、



やはり君たちは『勇者ですら攻略できていない場所』を攻略できるということだね?



やっぱり君たちは凄いな」



ニヤリと、獲物を試すような笑みを浮かべるクロウ。



「ノーコメントで。



……クロウ、少しここを貸してくれないか?」



クロウは少し考えたあと、短く頷いた。



「この部屋がいい。盗聴防止の魔法もかかっている。



僕はさっきの件で席を外すから、用が終わったら下で声をかけてくれ」




彼はひらひらと手を振り、部屋を出ていった。



引き際をわきまえた、実に仕事のデキる男だ。



さすがはグランロード。



その光景を黙って見ていたシーマが、



感心したように呟く。



「やっぱり、凄いんだな……。



あの偉大なグランロードのクロウと、あんな風に対等に……」



「たまたま出会ったギルドマスターのおかげだよ」



僕はそう言って、はぐらかすように誤魔化した。



すると、すっかり妹モードに戻ったクックが、



クスクスと笑いながら横槍を入れてくる。



「お兄ちゃん、コミュ障だもんねー」



……飴と鞭の使い分けが実に激しい妹だ。



僕はゴホンと一つ咳払いをして、居住まいを正した。



「シーマ。言いたくなければいいけれど



……さっきの、話の続きを聞かせてもらえますか?」



シーマは少しの間、沈黙した。



そして、何かを振り切るように、覚悟を決めて口を開く。



「……少し、長くなるかもしれない。初めて人に話すことだから。



でも、どうか我慢して聞いてほしい」



震える指先で、自ら仮面を外す。



彼女は遠い過去を振り返るように。



まるで哀切な詩を紡ぐように語り始めた。



それは――ある亡国の王女の物語。



平和な国だった。



父は心優しい国王で、母は愛が溢れる王妃だった。



その女の子には瓜二つの双子の姉がいた。



二人の姉妹は、何をするのも一緒。



喧嘩もしたけれど、


世界で一番の親友であり、仲良しだった。



剣の達人であった父は、


自ら娘たちに戦い方を教え込んだ。



それはどんな習い事よりも楽しく、幼い身ながら、



いつしか大人の騎士たちにも引けを取らない腕前になっていた。



楽しく、幸せに満ちた日々。



姉も、妹も、



この平和な世界が永遠に続くのだと信じて疑わなかった。



けれど。



一人の女が現れたことで、



すべては崩壊した。



――〈リリス〉。



その女は政治を操り、



父を……国王を別人のように変えてしまった。



心優しかった父は、



敵兵や罪人を次々と串刺しにする暴君へと成り果てた。



『串刺し公』と呼ばれた。



民は離れ、敵国は攻め寄せ。



姉妹は何度も父に提言した。



「昔のように戻ってほしい」と。



「このままでは国が滅びる」と。



そして、



まだ幼かった妹は見てしまったのだ。



その女が、



国王に生き血を飲ませているおぞましい光景を。



父が吸った首元には、



牙の跡が赤黒く変色し、まるで呪いの紋章のように刻まれていた。



姉には言えないまま、



妹は剣を握った。



妹は独りで戦い



――そして、当然のように返り討ちにあった。



剣は届かず、



妹は冷たい石畳の床に叩きつけられた。



完全に操られた国王が、



実の娘である妹に剣を振り下ろす。



けれど、



その刃が妹に届くことはなかった。



代わりに、



瓜二つの「姉」が、妹を庇ってその身を貫かれていた。



『逃げて。生きて』



最期の、



その声だけを道標に、妹は走った。



城は民衆の暴動によって、赤々と燃え上がっていた。



背後の故郷を振り返る余裕なんてなかった。



ずっと、



ずっと、



走り続けた。



一生続くかと思うほど、



喉が焼けるまで走り続けた。



行き着いた先で、



ある冒険者パーティに救われた。



彼らは妹にとって、



第二の家族のような存在だった。



ここなら、故郷も、復讐も、



すべて忘れられるかもしれないと思えた。



けれど、それもすぐに失った。



……宿命からは逃れられない。



妹は〈リリス〉への復讐を誓い、



すべてをその一点に捧げるためにA級パーティへと潜り込んだ。



そうして流れ着いた先が「タイド・シェイド」であり、



そこでまた裏切られ、死の淵を彷徨うことになったのだ。

溢れる涙を拭いもせず、



シーマは淡々と、けれど、魂を絞り出すように語り終えた。



胸が締め付けられるような感覚に陥る。



目の前にいる彼女は、



ただ設定されただけのNPCなどではない。



血を流し、絶望と苦痛の中を必死に生き抜いてきた一人の人間だ。



クックは冷静な表情を崩さなかったが、



その瞳には隠しきれない不快感が冷たく滲んでいた。



最後に、シーマは言った。



「私の……本当の名前は……ルクサンドラ」



そうか。よくわかったよ。



君の願望を叶えるための「詩」は、



もう決まった。



「ありがとう。辛い過去を話してくれて。



……シーマ、いや……ルクサンドラ」



僕がその名を呼ぶと、



彼女は堰を切ったように、再び声を上げて泣き崩れた。



その姿は、凛とした冒険者でも、気高い王女でもない。



国を、父を、姉を



――すべてを奪われた、ただの少女だった。



泣き疲れたのか、あるいはすべてを吐き出して安心したのか。



彼女はそのまま、



深い眠りに落ちていった。



心から安らいで眠るのは、



きっと、数年ぶりのことなのだろう。



「安心してほしい。僕とクックは、この世界で一番、死なない」



「君の前でも。それだけは約束するよ」



泣き顔のまま眠る彼女の、美しい髪をそっとかき分け、耳元で囁く。



「……お兄ちゃん。



そんな悪い男みたいなセリフと行動、どこで覚えたの?」



横からクックの冷たい視線が突き刺さる。



「いいじゃん、この世界くらい



……ちょっとくらい格好つけさせてよ」



「それに、クックだって僕らの正体のこと話しちゃっただろ」



クックは、



(どうせ言わなかったら、そっちが言ってたでしょ)



という顔をして、僕を無視した。



冗談はさておき。



「真面目な話……これは相当、重たいね」



部屋に漂う空気は、一瞬にして冷え切った。



僕の言葉に、クックも表情を引き締め、真剣なトーンで応じる。



「『リリス』に『吸血鬼』



……ですか。どちらも高難度クエストでした」



クックの瞳が、頭の中の膨大なデータを照合するように細められる。



「リリスは『神話』の世界層。



吸血鬼は『中世』の世界層。



それぞれでトップクラスの難易度を誇る存在です」



それが、あろうことかこの世界では形を変えて、



複雑にミックスされている。



ルクサンドラの故郷……。



あそこは本来、滅んでなどいなかったはずだ。



それに、形態も王国ではなく「公国」だった。



だとすれば、彼女は「王女」ではなく「公女」ということになる。



この世界の設定と、僕らの知る知識の乖離。



その「歪み」こそが、



今の事態の根深さを何よりも雄弁に物語っていた。



「魔王討伐をこなしながら、こっちの優先順位も下げたくはない。だけど……」



悩む僕に、クックがさらりと言い放った。



「私の予想ですが……タナカの運(ラック)値から推測すると」



「きっと、全部同時に押し寄せてきかねませんよ」



「……やめてくれ」



「不吉なフラグを立てるのは」



密閉された部屋の中だというのに。



どこからか冷たい夜風が吹き抜けた気がした。



首筋を撫でる、嫌な寒気。



それはきっと、単なる気のせいではない。



最後にもう一度、



ベッドでスヤスヤと眠る「亡国の王女」を見つめる。



彼女を救うことが、闇クエストなのか。



今の僕に、明確な答えは――



まだ、出せなかった。

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