第12話:勇者の敗北と、少女の懇願
教会の広い部屋。
儀式に使われる祭壇を囲むように、
天井は色鮮やかなステンドグラスに包まれ、
降り注ぐ光が厳かな空気を醸し出していた。
「勇者様はこちらですか!」
僕は聖女ティアと共に、急いでその場所へと駆けつけた。
「ティア……勇者はここよ……」
僕たちを導いたのは、緑のローブを纏ったピンク色の髪の女性。
その悲痛な声と表情が、事態の深刻さを物語っていた。
視線の先には、3人の男女がいた。
棺桶のような台座に横たわり、深い眠りについている金髪の青年。
長身で細身、整った顔立ち。
まさに「勇者」という言葉を体現したような存在だ。
そして、僕らを呼んだピンクの巻き髪を持つ、
曲線美豊かな美女――。
もう一人は、岩のような体躯に重厚な鎧を纏った、
壮年の剣士だった。
「賢者ミア、剣聖グラハス。勇者様はどうされたのですか」
ティアが問いかけるが、
賢者ミアは唇を噛み締めたまま答えない。
代わりに、鎧の剣士グラハスが渋い声で応じた。
「試練には……まだ辿り着けなかった」
部屋に衝撃が走る。
「その手前にいた『蟲の魔物』に苦戦し、一体も倒せず後退を余儀なくされたのだ。
……その後、プライドを捨てて帝都の軍勢を引き連れ、再び試練に臨んだのだが」
剣士の拳が、怒りと悔しさで震える。
「あの魔物がいなくなっていたのだ。代わりに光の扉が現れていた。
油断して『聖剣』に手を伸ばした瞬間……そこに現れた守護者にやられた」
その言葉に、部屋にいた全員が戦慄した。
――僕とクックを除いて。
「そんな……」
「信じられない……」
絶望の声がこだまし、重苦しい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、賢者ミアだった。
彼女は堰を切ったように、震える声で吐露する。
「勇者は……カインは私を庇って……」
「それで、今、死にかけているの……」
溢れ出す涙を拭おうともせず、彼女は絶望を口にした。
「分かりました。今すぐ治癒に入ります」
「……大丈夫、まだ間に合います」
ティアの決意に満ちた声を聞き、
僕は少しだけ胸をなでおろした。
「今から2日間、教会の全勢力をかけて祈り、彼を回復させます。
タナカ様、申し訳ありません。
その後しばらくは、決して試練には近づかないでください」
「当然です。今は何よりも勇者様を優先してください」
「僕たちは大人しく待っています」
邪魔にならぬよう、僕はクックを連れて教会を後にした。
外に出た瞬間、
僕は押し殺していた不安を口にする。
「勇者であの守護者に手こずるとなると……
魔王なんて絶望そのものだろうな。
この世界のレベル調整、バグりすぎてないか?」
「同意です。あの蟲に苦戦するようでは、
あの守護者には何度挑んでも絶対に勝てません」
クックが淡々と事実を告げる。
僕は肩を落とし、残酷な現実を見据えた。
「クック、やっぱりこの世界は『普通』の方法では、
死者蘇生はできないみたいだね」
「そのようです。システムの一部や過去ログは生きているので、
原理上は可能ですが、現実的には無理だと考えるのが得策です」
クックは少し間を置いて付け加えた。
「特に私たちはこの世界の異物ですから、困難を極めるでしょう。
引き続き『死なないこと』を最優先事項とします」
「もし、できることがあるとすれば……」
「僕らの『歌』……あるいは『詩』だけか」
「その通りです」
試したくはないし、
試すような場面が来てほしくもない。
けれど、最悪の事態への準備は徹底する。
お互いに確認し合い、僕たちは宿屋へと戻った。
宿屋に戻ると、シーマが目を覚ましていた。
そこには、
凛とした女冒険者としての佇まいを取り戻した彼女がいた。
「改めて礼を言う。タナカ、クック。本当にありがとう」
その真っ直ぐな言葉に、
僕は笑顔で答える。
「いえ、いいんですよ。ご無事で何よりです。
……お仲間の皆さんは、どうされたんですか?」
知っていることではあるが、
本人の口から事情を聞いておく必要があった。
「あいつらは……! いや……何でもない。
パーティーは解散したんだ」
自分の中にすべてを押し込めるような、
固い声。
「……実は、2人が街で話しているのを聞いてしまったんです。
彼らに、酷いことをされたんじゃないですか?」
少し意地悪な問いかけかもしれない。
だが、今はすべてを吐き出させた方がいいと判断した。
シーマの端正な顔が、激しく歪む。
そして、彼女は子供のようにポロポロと涙を溢れさせた。
「私は……私は見捨てられて、死にかけた……! 怖かった。
まだ死ねないのに……本当に、死ぬかと思ったんだ……っ!」
呟きは次第に嗚咽へと変わっていく。
「もし良かったら、話してくれませんか。
僕にできることがあれば、力になります」
「そんなの……! 吟遊詩人と歌姫に、何ができるっていうのよ!
もう絶望を味わうのは嫌! これ以上、失いたくない
……あなたたちにまで、死んでほしくないのよ!」
感情のままに泣き叫ぶ彼女。
僕が口を開こうとした瞬間――
隣にいたクックが、
静かに、しかし冷徹なまでのトーンで告げた。
「あなたを救ったのは、勇者ではありません」
シーマが驚きに顔を上げる。
「タナカと私です。
あの蟲の魔物を退け、死の淵にいたあなたを治療したのも」
クックは隠すことなく、すべての真実をさらけ出した。
「何より私たちは、この世界の住人ではありません。
世界の理から外れた存在です」
一拍世界の音が止まった。
シーマの身体が驚きで震える。
「本当に……?
あなたたちが……私を、救ってくれたの……?」
「しかも、勇者と同じ(転生者)ってこと……?」
シーマの瞳に、恋焦がれた乙女のような熱い光が宿る。
「いいえ。あんな勇者ごときと同じ存在ではありません。神に誓って」
クックは平然と言い放つ。
「……ふふ、何柱か神すら屠ってしまいました」
(クック、そこは笑うところじゃないぞ……)
「お願い……!! 私を助けて!!」
シーマが必死に懇願し、
僕たちの手を縋るように握りしめた。
「これが叶うなら、私は何でもするわ。
……命だって差し出す!」
「……まずは話を聞かせてください。
あと、命なんていらないよ」
(せめて『君自身が欲しい』とでも言えば格好がついたかな)なんて、
後になって後悔したけれど。
この時の僕は、まだ気づいていなかった。
この懇願が、僕たちの運命を。
さらに深く変えていくことに。




