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猫は砂漠を渡る? 〜二つのUn chat qui a traversé le désert物語〜  作者: 元毛玉


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第十七話 確かな絆

 貴族に詳しいという商人の言葉を皮切りに、遠巻きに見ていた大人たちも口々に好き勝手なことを言いだす。


「そういやそのロゼって女は貴族だって噂があったぞ! やっぱり本当だったんじゃないのか!?」

「儂も見たことあるぞぃ。店の厨房辺りでロゼが手を仄かに光らせとったわぃ!」


 一度は沈静化したように見えた私の貴族疑惑も、再び疑念の火がつけば燃え上がるのは一瞬だった。

 私は足が竦み、一歩後ずさる。すかさずロイゼルは男の前に飛び出して行った。


「だからそれは俺の嘘だって言っただろ! ロゼは平民だ!」


 だけどロイゼルの言葉は誰からも信じて貰えない。

 露店通りは貴族への不満の声に次々と塗り替えられていく。

 大柄な男が私に寄ってきて、腕を掴まれた。


「この女が諸悪の根源かよ!」

「は、放して!」


 必死に抵抗するも、腕ごと体全体を持ち上げられてしまう。抵抗しようと足をばたつかせて藻掻いていたら、私の持っていた物が地面に散らばった。

 小さく乾いた音と僅かな土煙が舞う。

 先ほどの商人が落ちた物を拾い、表情を一変させた。


「これは本だ! この女! 貴族だ!」


 ──そして、私にとって悪魔のような時間が始まる。


 憎悪、怨恨、侮蔑、様々な悪意に晒され、暴言ばかりが鼓膜を揺らす。

 ロイゼルが必死に否定を続けるも、疑惑は確信、妄信へと姿を変え、貴族への今までの不満が全て噴出した様相となっていた。

 大柄な男が私の首を締め上げてくる。

 苦しい。息ができない。狭まる視界の中、祖母の形見の本が引き裂かれそうになるのが見える。


「や……めて……」

「こんな、貴族が使うようなもの!」


 露店通りに紙がビリビリに破かれていく音が響いた。

 祖母が私のために長年かけて写した手書きの本。生前の祖母との繋がりが破れ、絶たれていく。

 私は絶望のあまり瞳を閉じた。


「何をしているのか!?」


 真っ暗な絶望の世界に響く、碧く澄んだ声。


「……グレッチャー?」

「ロゼ、今助ける!」

「誰だてめぇわ! 引っ込んでろ!」


 大柄な男も、周辺で興奮している男たちも屈強な体つきをしていたから、線の細いグレッチャーが勝てる訳が無い。

 薄く目を開けたら、全身を光らせるグレッチャーが目に飛び込んだ。


「凍つる風は霜の枷と成りて逆巻け! トゥルビヨンドゥグラシェシェーヌ!」

「うわぁぁ! 腕がぁ!」

「ぐわっ! コイツ貴族だ!」


 冷気が周辺を包み、グレッチャーが敵と定めた相手に渦となって纏わりつく。

 これほど大勢の前で魔法を行使してしまったのだ。もう言い逃れはできない。

 グレッチャーは冷気で相手を束縛する中位魔法を使い、通りに集まっていた20人近い大人を地に伏させた。私を捕まえていた男も苦しそうにのたうち回っている。

 間髪入れずにグレッチャーが駆け寄ってきた。


「ロゼ、逃げるよ! さぁ!」


 私はグレッチャーの手を取り、人集りをかき分けて町を駆け抜けた。

 荒い息遣いを連れ立って見慣れた町を走る。脇の街路樹は何本追い越したのかもう分からない。

 まるで荒れ狂う海原を掻き分け、悪意の嵐の中を進む船だ。帆は既に千切れてマストも折れ、残ったのは私を導いてくれる温かい手が一つ。


「ロゼ、大丈夫か!? くそっ! このルートもダメか!」


 魔法というアイデンティティを喪失した今の私に価値なんか無い。

 私が(ロゼ)で居られなくなる。下町の平民ロゼは美味しい料理で皆に幸せと笑顔のお裾分けをしなければならないのに。

 足音に紛れ込ませ、私は小さく呟いた。


「どうして私を助けてくれたの? グレッチャーは怖くないの?」


 親しかった下町の皆から向けられた憎悪は恐ろしくて、私は怯えてしまった。

 仮面社会が嫌だった。けれど仮面を失ってしまえば私には何も残らなかった。

 魔法が使えなくなって貴族社会にも居場所はないし、貴族とバレてしまい下町にも居場所がなくなった。私の居場所はもうどこにも無いかも知れない。

 グレッチャーの手の温もりだけが今、唯一の居場所に思えた。

 力強く手を引き、私の独り言めいた問いにグレッチャーが返す。


「あぁ、怖くない。私が怖いと思ったのはロゼを奪いにくるシュトだけだ。それ以外は平民でも貴族が相手でも何も怖くはない!」


 声には、秘めた決意を感じる。

 彼が隣に居てくれるなら、もう少しだけ藻掻いてみたい。


「……ありがとう」

「いいからもっと早く走って!」


 私たちを追ってくる足音も数が増え、徐々に距離が縮まっているのが分かる。人の少ない路地を選んで逃げているが、あまりに平民の数が多すぎる。

 咄嗟に選んだ裏路地は袋小路になっていた。


「もう逃げ場が……」


 疲れ切った足が止まりかけたとき、勝手口が開いて花屋のヒェンが顔を出す。


「二人ともこっち!」


 ヒェンに促され、私とグレッチャーは勝手口から花屋に逃げ込んだ。


「大変なことになってるね。ここじゃいつまで匿えるか分からないから女将さんのところに行くよ。さ、二人ともこれを頭から被って、あとこれ持ってね」


 砂漠の遊牧民が使うような衣装を頭から被って羽織る。持つように言われた大量の花束を抱えた。


「うんうん。二人とも似合ってるじゃない。それなら南の砂漠の国の人に見えるよ。さ、正面口から堂々と逃げるよ」


 正面から大通り側へ出て、ヒェンの言う通りゆっくりとした歩調で歩く。

 その間にグレッチャーがヒェンに近づいて小さな声で尋ね出した。


「花屋のお姉さん。貴女のことは信頼しているが、その女将さんとやらは信用できる人物なのか?」

「あたしもロゼもそこで働いているからね。ロゼに聞いてみれば?」


 グレッチャーが私の顔色を見ようと振り返ったので、私は力強く頷いた。


「そうか。ならば任せる。私は事態を治めるべく、騎士を動かすつもりだ」

「はい、任されました。気をつけてね」


 女将さんの店の前に辿り着くと、グレッチャーが騎士に応援を頼むと別行動の流れへ。水の幻影の魔法を発動させてグレッチャーは目の前から姿をかき消し、ヒェンが驚きつつも納得の表情を浮かべる。


「あーあ、本当にお貴族様だったかぁ。ちぇ、玉の輿だったのに。ほら、何してんのロゼ。入るよ」


 グレッチャーが居なくなって急に不安が押し寄せてきた。


「女将さんに迷惑をかける訳には……」

「今さら何言ってんの? 迷惑かどうかは女将さんに直接聞きな!」


 私が入口前で躊躇っていたら、背後に回ったヒェンが両肩を押さえて店内に押し込み始め、なし崩し的にスイングドアを揺らす。


「ロゼ! 無事で良かったよ!」


 女将さんはすぐに駆け寄ってきて優しくハグをしてくれた。


「女将さん、私、実は貴族で……」

「いいさ。関係ないよ」

「私、魔法が使えなくなって……だから料理も下手で……」

「そんなの関係ないよ。ロゼはロゼさ。看板娘で、あたいにとっちゃ娘同然だよ」


 私が下町で最も多くの時間を過ごした女将さんの店。

 今は涙で滲んでぼんやりとしか見えない。

 でも、テーブルの配置から調味料の位置まで目を瞑っていたって分かる。年季が入り、趣きのある店内には油や色んな調味料の染みがある。最初に店に来たときは汚れにしか見えなかったそれらも、ランチタイムの激戦の痕だと今は思うし、沁みついた様々な香りと共に蘇るのは無数の思い出だった。

 何人かの常連が店に訪れ、バリケードを築き始める。


「ロゼちゃんの笑顔がこの店一番のスパイスだからな!」

「そうだぜ! 俺らが守るからな!」


 常連のお客には勝手なスキンシップをされ、私は憤ってばかりだったけど、そこには私への愛情と確かな居場所があった。


「ロゼ」

「ロゼちゃん!」


 私をロゼと呼ぶ声。その声が聞こえる限り、まだ私は立って歩ける。


「ありがとう皆」


 しんみりした空気が流れた直後、スイングドアの向こう側が騒がしくなる。


「ロゼと連れの男はいるか?」


 ブロートが集団を引き連れて店先に現れた。

 すかさず女将さんがフライパン片手に飛び出していく。


「ロゼは渡さないよ! これで殴られたくなかったら今すぐ帰りな!」


 女将さんはフライパンを振り回し、風切り音を鳴らす。

 だが、ブロートも怯まずに返した。


「俺だって不本意だ。だが、被害者の男たちは凍傷を負っている。既に訣別の時は来たんだ。グレッチャーという男とロゼを差し渡せ」


 ブロートの言葉に私は身を強張らせてしまう。

 安心させるように一つ頷いたヒェンが震える私の肩にそっと手を置き、微笑みを残して店先に足を進めた。

 ヒェンが一歩前に出て周囲を一喝する。


「ロゼが直接何かしたの?」

「ロゼは貴族であり、我々を騙していた。庇いだてする義理もないだろう?」


 ヒェンは両手を腰に当てて堂々と胸を張る。


「大ありよ! あたいの可愛い後輩で、大切な親友なんだから! 組合長なんかお呼びじゃないのよ!」


 ブロートは地面に靴を強く打ち付け、周囲の男たちに手で合図を送った。


「既に被害が出ていると言っているだろう。その女は高位貴族だ。人質にすれば貴族とも交渉可能に思う。だから早くこちらへ渡せ」


 対抗するように常連たちが周囲の男たちを牽制し、騒動のことを笑い飛ばす。


「だったらどうした!?」

「ロゼちゃんは俺らに幸せと笑顔を届けてくれたんだ!」

「貴族かどうかなんてかんけーねー! 俺はロゼちゃんのお尻を触るのが日々の楽しみだからな!」


 常連のお客たちも負けじと店の床を靴で踏み鳴らす。

 木材が嫌な音を立てたので女将さんがそちらをギラリと睨み、険しい顔のままブロートに視線を戻した。


「ともかく、あたいの店で好き勝手はさせないよ。レジスタンスだかなんだか知らないけどさ、今の状況で騎士に動かれたら困るのはアンタなんじゃないのかい?」


 ブロートと女将さんの間に一触即発の空気が漂う。

 息の詰まるような緊迫感が暫く続いたが、人垣の向こうから「騎士が来たぞ」との声が上がり、ブロートが小さく舌打ちをした。


「ロゼについては見送ろう。しかし、グレッチャーという危険分子は野放しに出来ない。見つけ次第、レジスタンス側として対処させて頂く」


 捨て台詞を吐き、ブロートは取り巻きの男たちを連れ立って引き上げていく。

 女将さんがフライパンを天高く掲げた後、去っていく男たちの背に向けた。


「ヒェン、塩でも投げ撒いて清めときな!」

「オッケー」


 騒動が一旦沈静化したことを皆で喜び合う。私もようやく胸を撫でおろした。

 女将さんが店内に戻ってきて、私の近くの椅子をひいて腰を下ろす。


「そうさね、ロゼの今後のことを相談しようか」

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― 新着の感想 ―
大変なことになってきましたね…… ヒェンと女将さん、そして、常連のロゼちゃんを応援してくれてた人達がいるのがせめてもの救いですよね。
 お邪魔しています。  あ~、泣けてきましたよ! 花屋のヒェンは本当の友達ですね! 女将さん、かっこいいなあ~……。やっぱり、ちゃんと人と人が繋がってるお話は最高ですね!  元毛玉さま、こんないい物…
レジスタンスだけど、騎士が来ると逃げてしまうのか…………。 力量的にどうしようもないのかも知れないけど、何だかちょっとカッコ悪い(-ω-;)
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