第十三話 約束
「グレは誕生日だったの?」
「おめでとー、グレー!」
子供たちが次々と祝いの言葉を掛けていく。
ヒェンはまだ諦めていない模様。彼女はグレッチャーに目をつけていると前々から話していて、虎視眈々と狙っている。ヒェン曰く「顔良し、性格良し、お金良し、恐らく家柄も良し」とのことで、是が非でも落としたいと語っていたことを思い出す。
「ねぇ、私と飲もうよぉ? こんなハレの日だしちょっとくらい良いでしょ?」
「すまない、花屋のお姉さん。私にはフィアンセがいる」
「あーーききたくないーー! やっぱり良い男には既に女がいるのね!」
私はヒェンの背後から肩を抱きとめる。
「ヒェン、ちょっと飲みすぎ。向こうで休んでて」
見かねた周囲の人たちもヒェンを休憩スペースへ案内してくれた。
それを見届けてグレッチャーへと向き直る。
「グレッチャーって私と同い年だったんだ?」
何気なく口にした言葉。だけど子供たちが私の小さなミスを見つけてしまった。
「ちがうよー。グレは17歳なんだって」
「ロゼは19歳だろ? おかしくね?」
手汗がぶわっと出て、子供たちの顔が満足に見れない。
「え、えーっと、同い年の頃もあったなぁって、そんな感じだよ!」
自分でも思う苦しい言い訳。こういう時の子供たちの追及は本当に容赦が無い。
苦笑いを浮かべたグレッチャーが助け舟を出してくれた。
「ロゼは幼く見えるし、私と同じ年齢でもまだまだ通用するだろうね」
「グレッチャー! それってどういう意味!?」
「言葉選びが良く無かったか。若々しく見えるってことだよ」
グレッチャーが大笑いをして、子供たちにも笑いが伝播していく。それにつられて周囲の大人たちも良く笑い、グレッチャーへ祝福の言葉を掛けて行った。
幸せそうにアイスブルーの瞳を細めるグレッチャー。
「今日が人生で一番の誕生日だ」
「そうなの? 家族はこんな風には祝ってくれない?」
「……ない。私は常に一人だったから」
グレッチャーの親に文句を言ってやりたいと思っていたとき、クーヘンがグレッチャーの手を握った。
「一人じゃないよ? 皆もクーヘンもいるよ?」
「ありがとう。クーヘンは既に素敵なレディだね」
そう言って笑うグレッチャーは、今までで一番優しい笑顔に見えた。
◇◆◇◆◇
鎮魂祭を終えて五日後。
とびきりのニュースを持って孤児院へと向かう。
「気持ちいい~! さいっっこうの風ね!」
平民の遠征軍が退却することとなり、兵たちが帰還する報をお土産に皆の元へ。
水面は煌めき、青空はどこまでも澄んでいて、朝日の陽射しが心地良い。世界はこんなにも輝いていたんだと実感する。
孤児院への緩やかな坂道を駆け上がるときの汗すら気持ち良くて、息は上がっているのに疲れなんか微塵も感じなかった。
「みんなー! ビッグニュース!」
孤児院へ駆け込んで早口で朗報を捲し立てた。けれど、皆は落ち着き払っていて私としては拍子抜け。
信じて貰えていないのだろうか。
不安が頭を掠めたとき、子供たちはあっけらかんとした様子で笑い出した。
「だってなぁ、ぷぷぷ!」
「ねぇ? ふふっ」
「え、なに? どうしたの皆?」
シスターまでもが口元に手を当てて笑いだす。
「昨夜遅くにグレッチャーが訪れて同じ話をしてくれたのですよ。お陰で皆は興奮してしまい、明け方まで起きていたのです」
グレッチャーに先を越されていた。悔しい。でも納得だ。どれだけグレッチャーがこの件に尽力していたかを知るだけに、嬉しくもある。彼は親友を救いたい一心で貴族や魔法師団、果ては王族までも動かしたのだ。
ロイゼルとクーヘンは私より少しだけ先に来てその事実を知ったようで、他の子たちに比べるとまだ興奮冷めやらずといった感じ。
「なぁ、ロゼ! 兄ちゃんの帰還日にはグレッチャーも呼んで盛大にお祝いをしようぜ!」
「クーヘンもお祝いしたい! ダメかなロゼ? ロゼもお祝いしたいよね?」
「うん、やろう! 私、ご馳走を用意するね!」
帰還日には盛大なパーティーを開く約束をした。
それからさらに五日。
淑女教育と、女将さんのお店で働く二重生活を続けていたら、あっという間に兵たちの帰還日となった。
孤児院では、早朝からパーティーの準備に大忙し。
「むふ、むふふ、むふふふふ!」
「あー、久しぶりにロゼが笑った~!」
皆が私を指差しながら口々に「笑顔が戻った」と言ってくる。
「絶対、ロゼはパリパリの鳥の料理を用意してると思う!」
「だよなー! だってシュトの好物だし!」
「そうよ! 図星だよ!」
腰に手を当てて私が子供たちを軽く睨むと、子供たちは笑いながら逃げ出した。
皆の指摘は図星で、女将さんにも無理を言って鶏肉を多く分けて貰ったほどだ。豪快な笑みを浮かべ「前払いだからキッチリ働いて返しな」と、快く用意してくれて感謝している。
子供たちもてんやわんやの中、ロイゼルが長テーブルに大きめの布を広げた。
「皆、ちょっと提案があるんだけど!」
「えー、なになに? ロイゼルどうしたの?」
ロイゼルの呼びかけに、子供たちも近くへ群がっていく。
「兄ちゃんは本が好きだろ? だから、本を用意したいと思って……」
「えー、これ紙じゃないよ?」
「紙は高いし、布なら洗って使うこともできるしさ、それに皆で書くならこっちの方がいいだろ? シュトにたくさん勉強したって見てもらうためにも皆でいっぱい文字を書いてプレゼントしようよ。なぁ、ロゼ。……これって変かな?」
ロイゼルが私を不安そうに見つめてくる。
確かに一枚の布では本と呼べないかも知れない。でも、兄のシュトに贈りたいと思う気持ちが既に誇らしい。
「大丈夫。世界で一つだけの本になるよ」
「だよな! 文字がいっぱい書いてあれば本だよな!」
そうして子供たちは皆で隙間なく文字を埋めていく。
たくさん勉強した。どうだと言わんばかりに。
「できたー!」
「ありがとう皆! 兄ちゃんも絶対喜ぶ!」
出来上がった布は文字でびっしり埋まっていたけれど、何故か真ん中にだけ余白があった。
ロイゼルがはにかんだ笑顔で鼻をこする。
「そこはロゼとグレッチャーのために空けといた」
ペンを渡された私は、グイグイと肩を押されて布の前にやってきた。
子供たちからは「何を書くのかな?」と、期待の眼差しが向けられている。
私は二番目に思いついた言葉を書いていく。
布を覗き込んでいたクーヘンが残念そうな声を出した。
「簡単で普通」
「いいじゃない! シンプルでも私の気持ちなんだから!」
「へへっ、悪くないじゃん。でも、ロゼなら愛の言葉でも書くかと思った」
皆が好き勝手に言ってくるけど、愛の言葉は二人きりのときに言うべきだし、こんなところで一番の言葉を使うのは恥ずかしい。だから、布には大きな文字で「おかえり」とだけ書いておいた。
ちょうどお昼を過ぎた頃、皆で町まで迎えにいくことになった。
町へ向かう水車レーンの下り坂は弾むような声で包まれ、シュトの思い出話ばかりが盛り上がっていく。
しかし、町の入口に着いたときには、いつしか皆の言葉と笑顔が消えていた。
「……想像していたより、あまりにも酷すぎる」
思わず独り言を漏らしてしまう。
遠目からでも悲惨な光景は見えていて、近づくに連れて立ち込める血の香りに顔は歪んでいった。
帰還した少年兵たちは大怪我が目立ち、腕や足を失っている者も多くいる。
シュトは無事だろうか。軽傷で済んでいることを願うばかり。
私と手を繋いでいるクーヘンの手は震えている。大丈夫と言ってあげたいけど、私にもその余裕が無かった。
噴水広場の方から騒ぎが大きくなり、組合長のブロートが血相を変えてこちらへ走ってきた。
「ロゼ! すまない、すぐに来てくれ!」
私は手を引かれ、訳も分からずについていく。
広場へ着くと、ブロートから大量の紙の束を渡された。
「これはお貴族様から渡された名簿だ。帰還が遅れている者、逃走して行方不明の者、重症なので魔法師団で預かっている者、それから……戦没者だ。数が多いが文字が読める者は少ない。手伝ってくれるか?」
私は一も二も無く頷いた。
子供たちも呼び出し、皆で確認作業を分担していく。けれども、戦没者のリストは子供たちには読ませられないので、それだけは私とブロートで担当した。
暫く確認作業が続く。
紙の量からして帰らぬ者はおよそ二千人。出兵全体の四割近い数だ。
不安と恐怖で押し潰される思いで、紙を捲る手が次第に震えていった。
そんな中、突如二人の息子の名を叫んで泣き崩れるブロートが、拳で何度も地面を打ち付け出したのを周囲の大人たちが慌てて止める。
「ブロートさん、やめな!」
「とにかく落ち着け!」
恐る恐る彼が最後に見ていた紙を手に取ると、ブロートの息子たちの名前が載っていて、私の胸もきゅっと締まる。掛けるべき言葉は見つからなかった。
これ以上読み進めるのが怖い。何もしていないのに息があがっていく。
それでも文字を読めない人のため、ことを起こしてしまった貴族側の責任を取るため、私は逃げないと決めて読み進めた。
──そして、私の全てが止まる。
手も、息も、時間さえも。涙すら出ない。
そこに載る真実があまりにも現実とは思えなかったから。
クーヘンやロイゼルが号泣し、皆が顔を泣き腫らしている。それを見て私はポツリと呟いた。
「帰ろう」
泣きじゃくる皆を連れて家路に就く。
輝いて見えていた世界が、帰りは色のない灰色の世界に映る。初夏の暑さも、吹き抜ける風も何も感じない。
ただひたすら無言で歩く。
孤児院前にはこちらへ手を振っているシスター。
けれど、彼女の手もすぐに止まった。
どうにか孤児院前まで子供たちを送り届けた私は、シスターへ笑顔を向ける。
「気が動転している子も居ます。今夜はなるべく一人にさせない方が良いでしょう」
シスターも言葉を失い、何度も小さく頷くだけ。私は一方的に話を続けた。
「せっかく用意したのですから夜は皆で食べましょう。元気を出していかないと。その方がシュトも喜ぶでしょう?」
涙を浮かべたシスターから、体が折れそうなくらい強いハグをされる。
「……痛いですよシスター」
シスターの頭を優しく撫でて引き剥がし、私はキッチンへと向かった。
そうして用意した豪勢な夕食。
「皆! 冷めないうちに召し上がれ! こんなに豪華なのシュトだって食べたかったはずだから、皆が食べてくれないと勿体ないよ!」
いくら明るく振る舞っても子供たちは手をつけてくれず、賑やかなはずのテーブルには湯気を失っていく料理だけが残った。




