第十二話 鎮魂祭と誕生日
久しぶりに下町を訪れた。
前回来たときとは打って変わり、運河を行きかう人たちの顔も陽気な雰囲気に包まれている。
年一回の鎮魂祭。
水夫のおじさんの話だとこの地方での鎮魂祭は長寿を願うだけでなく、遠く離れてしまった魂がこの地へ戻るように願うお祭りで、旅の無事を願う行事でもある。賑やかであればあるほど再びこの地を訪れるという言い伝えから、盛大にやるのが慣わしだと聞いた。
三叉路の水夫ギルド館へ到着し、いつもより新鮮な心持ちで桟橋に降り立つ。
「シュトが早く帰ってこれるように全力で盛り上げようっと!」
辺りの活気を見渡せば、私の好きな下町の輝きが蘇っていた。
弾む足取りで館を出て、口笛を吹きながら露店通りを歩く。
初夏を思わせる春風が、熱気と共に皆の意気込みを煽っているように思えた。
大通り近くの八百屋へ足を運ぶ。
「お、ロゼちゃんも久しぶりだね。最近は気が滅入るようなことばっかりだけどよ、祭りのときくらい明るく吹き飛ばしていかなきゃ福も呼び込めねーからな。ロゼちゃんも少し明るくなったようで良かったよ」
「ありがとう」
「あっちに孤児院のガキどもが来てたから顔を見せてやんなよ」
お礼を言って大通りへ向かうとさらに活況は増し、掛け声やモノ作りの音が飛び交っている。
今しがた聞いた通り、噴水広場には孤児院の子供たちが何人も集まっていた。
「おはよー。皆はここで何してるの?」
「お、ロゼだ! 僕らは祭りの準備の手伝いだよ!」
「クーヘンたちも来てるよー。あと、女将さんからの伝言で祭りまでお店はお休みだって言ってたよ!」
「そっか、女将さんもお祭りに向けて何かやるのかな?」
何気なく返した言葉に皆は「女将さんの屋台!」とはしゃぎ出した。
女将さんの屋台は私も興味があったけど、聞き返す間もなく子供たちが話題をコロコロと変えていく。
私は子供たちに手をグイグイと引かれ、祭りの準備を楽しんでいる笑顔の中に飛び込んだ。出征直後に見られたお通夜のような雰囲気はもうどこにも見られない。
シュトが働いていた大工の親方たちも祭り用の大きな櫓を組んでいる最中だ。
手を振って挨拶をすると、親方たちも作業の手を止めこちらへ手を振り返した。
「ロゼちゃん! 当日までにでっけー櫓を組むから祭りには是非来てくれよなー!」
「俺、ロゼちゃんの愛情入り差し入れ弁当があったら嬉しいな~なんちゃって!」
親方たちも私が元気になるよう敢えて明るく振る舞ってくれている。その配慮を嬉しく思い、私も声を届かせようと口元に手を添えて大口を開けたとき、隣に居た男性が大声で叫んだ。
「お前さんら! 口ばっか動かしてる余裕あんのか!? 今年は過去最高の鎮魂祭にするんだろう? 特急料金分キッチリ働け!」
「げっ! ブロートの旦那!」
「働く、働きますよ! ブロートさんは鬼だぜ! ったく」
叱責を飛ばしたのは組合長を務めるブロート。私が下町で右も左も分からなかった頃、契約などの手続きをしてくれた恩人だ。女将さんに継ぐこの町の良心的な存在で、私も頼りにしている。
「ブロートさん、おはようございます。朝からお忙しそうだね」
「ロゼか。今年は息子たちに無事に帰ってきて欲しいから盛大にやるのさ。勿論、シュトのためにもな」
腕まくりをしたブロートは私にウインクを見せた。
今回の遠征で息子二人が徴兵された直後は荒れていたみたいだけど、どうやらヤケ酒もやめ、鎮魂祭に全力を注いでいるみたい。
「ブロートさん、頼りにしてる! 私もお料理で貢献するからね!」
「おう! こっちこそ頼りにしてるぜ!」
そうしてブロートと別れ、噴水広場を後にした私と子供たちは、中古アンティーク屋へと足を向けた。
辿り着くなり子供たちは店に突撃していき、ドアチャイムが壊れそうなくらい激しく何度も鳴る。
「こら、お前たち! 乱暴にドアを開けるでない! ロゼ! 大人のお前がしっかり叱らんかぃ!」
微笑ましいと思って一歩後ろから眺めていたら、何故か私が一番叱られた。
「やーい! ロゼが時計じいに叱られてやんの!」
「時計じい、クーヘンは?」
子供たちが騒ぐと、床掃除をしていたクーヘンがひょっこりと顔を出す。
「時計じい、クーヘンねぇ掃除おわったー」
「あぁもぅ、それじゃ雑に汚れを塗り広げただけじゃわい」
鼻先を真っ黒にしたクーヘンの頭を、時計じいが優しく撫でていた。
「さ、クーヘンも準備のために出掛けなさい。ロゼ、皆の面倒をしっかりな」
「うん、分かってる。時計じい、いつもありがとう」
慌ただしく店を後にし、郊外にある花畑へと向かう。
お祭りでは沢山の花を使うらしいので、花屋の商品だけでは足りないとヒェンからも依頼があった。
水車レーンの坂道をクーヘンと手を繋いで上っていく。
「ねぇ、ロゼ。お花をたくさん摘んだらシュトは早く帰ってくる?」
「うん。色んな花をたくさん摘もうね! そしたらシュトもびっくりして早く帰ってくるよ!」
シュトが居なくなって一番変わったクーヘン。
家族が居なくなって堪えているのだと思う。
クーヘンを抱きしめようとしたとき、クーヘンは私を振り解いて花畑の方へ駆け出して行った。そしてこちらへ振り返って笑う。
「クーヘン、いっぱいお花とってシュトにお嫁さんにしてもらう! ロゼに負けないから!」
逞しい宣言を聞いて色々なことが腑に落ちた。
シュトが居なくなったことで、クーヘンは初めての恋心を自覚したのだと思う。強力なライバルの出現に、私はむず痒いような気持ちになっていた。
子供たちにやや遅れて花畑に着くと、皆が騒いでいて何やら胸騒ぎがする。
「どうしたの皆?」
「……マルールの花が咲いてるんだよ」
私はその言葉と、一面に広がるマルールの黒紫色に絶句した。
マルールの花は別名を不幸の花と言い、夕暮れから咲き始めて夜明けと共に萎む花だ。その美しさが明るいときに見れないことを指して不幸と揶揄している。もし、明るいときに咲くマルールがあるのなら、それは誰かの魂が終わる代わりに長く咲くという言い伝えがあり、不吉の訪れを意味していた。
「こ、こんなの迷信だよ。皆も気にしないでね」
励まそうと口を開くも、声は震えてしまう。
突如、クーヘンが勢いよくマルールの花を摘み出した。
「咲いてない! マルールなんて咲いてない! 一つも! どこにも!」
意図に気付き皆も倣い始める。私も無我夢中で咲いているマルールを摘む。嫌な予感の芽を摘むように皆必死に摘み続け、いつしか私たちの手はマルールの黒紫色で染まっていた。
◇◆◇◆◇
お祭り当日。
地下水路での手紙のやり取りをしたので、今日はグレッチャーもお祭りに参加することになっている。
運河に架かる石橋の上から子供たちとグレッチャーの乗るボートを探していた。
「グレに会えるの楽しみだよね~」
「ロゼは連絡取れたんだよね? 元気だった?」
「私も会うのは久しぶりだよ。でもね、良い知らせもあるみたいだよ?」
師匠が南の遠征を止めるべく行軍を開始したのだ。早く子供たちに伝えたいけれど、最も尽力したグレッチャーから告げるべきだと思う。理想論ばかりを語る王子殿下とは大違いだ。私の師匠と親友は頼りになると頷いていると、碧く澄んだ声が下から聞こえた。
「皆、間もなく着くから待っていてくれ」
「グレだー!」
「グレッチャー、船着き場はもうすぐだよ。時計じいのところで待ってるね」
「あぁ、ロゼ。分かった」
その後、グレッチャーと合流した私たちは大櫓の設営された広場へ向かう。
人集りの先。櫓の屋根部分には組合長のブロートが乗っていた。
「お、ロゼたちも来たか。ちょうどいい。祭りに先駆けて俺から報告がある」
何を言うのかと、固唾を飲んで見守る周囲の人たち。
「この度、南への無謀な遠征を止めるべく魔法師団が動いてくれた! 何でも凄い大魔導士様が総指揮官を務めるって話だ!」
もっと歓声に湧くかと思ったら、人々の反応は疑いに満ちた冷ややかなもの。
「魔法? 俺は見たことねーぞ。信用できるのか?」
「あたいも見たことない。本当かねぇ……」
空気を一掃するかのようなブロートの檄が飛ぶ。
「疑うよりもまずはお貴族様を信じろ! いいか? 俺らには雲の上のような存在だが、クレールクラフティー侯爵という御方だ。それほどの身分のお貴族様が戦場に向かうんだ! 必ず皆を連れ戻してくれるさ!」
高位貴族が戦地に向かった話が出ると、少しずつ信用する声が上がり始め、その熱が次第に大きなうねりとなって下町全体を駆け抜けた。
櫓を見上げて嬉しそうにしているグレッチャー。
「祭りに間に合って良かった」
「ねぇ、グレッチャー。名乗り出なくていいの?」
「いいさ、今の私は平民だからな」
最も尽力したであろう影の功労者へ、私は優しくハグをした。
「ロ、ロゼ!?」
「グレッチャーが頑張ってくれたからだよ。本当にありがとう」
誰も褒め言葉をかけないなんてグレッチャーの頑張りが報われない。せめて私だけはたっぷり褒めて、甘えさせてあげよう。大人のお姉さんとして。
顔を真っ赤にするグレッチャーの体温をたっぷりと堪能してから離れた。
するとイベントが始まるようで周囲から大きな布やロープを渡される。
「ほら、ロゼとそこの兄ちゃんもちゃんと持って!」
広場を覆うほど大きな布には大量の花が縫い付けられている。布を繋ぎ合わせ未来へと繋ぎ、その未来が明るいものであるように願いを込めて花を彩る。その布を櫓に被せる大イベントが祭りの開始の合図。
「せーーーのっ!」
広場に集まった人全員で力を合わせて巨大な布を櫓に羽織わせていく。多少モタついたりしつつも、笑顔を絶やさず被せ終えた。
「ベルイーゲ・ダイネ・ゼーレ!!」
祭りの掛け声が飛び交い、大人はお酒片手に乾杯を始めている。私も成人扱いで木製のマグを貰い、ドキドキしながら少しずつ飲んだ。
既に酔っぱらっているヒェンが私へ強引に肩を組んでくる。
「ヒェン、酔っぱらうの早くない?」
「逆にロゼはどうしてそんなにチビチビ飲んでるのよ? こんな日くらい女は酔って隙を見せないとダメ。身持ちの堅さはメリハリが大事なの。分かった?」
息も既に酒臭いし、ヒェンが絡み酒だったことを初めて知る。次の絡む相手にグレッチャーをロックオンしたようだ。
「そこの綺麗な君~。一緒に飲もうよ~」
抱きつこうとしたヒェンをグレッチャーが鮮やかに躱す。
「うら若き女性がみだりに男性に触れるのは感心しません」
「何よケチー! ロゼには抱きつかれてたじゃない!」
バツを悪そうにしたグレッチャーが数度咳ばらいをした。
「……それに私は本日17歳になったばかりなので、飲酒はまだできません」




