第十一話 フィアンセとの舞踏会
「レザンヌ様、浮かない顔ですね。今日はこれをつけてさっさと隠してください」
侍女のメーアから無表情な仮面を受け取り、無感情にそれをつけた。
今日は王家主催の仮面舞踏会。
元々は普通の舞踏会の予定だったため、顔色の悪さを理由に辞退しようとしていたら、急遽仮面舞踏会に変更されてしまう。
それで母から踊らなくとも参加するように言われ、逃げられなくなった。
「……助かったと言えば助かったのかもね」
「は? レザンヌ様、何か言いましたか?」
「何でもないわ」
ここ最近、笑顔の作り方が分からなくなってきているので、仮面で隠せるのはありがたい。
決して外れないようにバンドをしっかりと結んだ。
先導するメーアの背中に続けば、王宮の舞踏会場へ近づくほどに周囲の煌びやかさは増していく。
王宮のエントランスや中央階段にも多くの貴族たちが詰め寄っており、国中の華やかさを凝縮した様相だ。
(気持ち悪い。それに滑稽ね)
豪奢な貴族たちに内心で毒づく。
朗々とした声で美しさを語り、愛を語る。
言葉の数々が薄っぺらく、無表情な仮面がとても良く似合っていると思えた。
侍女のメーアをさがらせ、王宮二階の会場へ足を踏み入れる。
会場内は管弦楽の心地よい旋律が舞っていた。
どこか気品を感じるメヌエットがホール全体を包む。
一際異彩を放つフルートの演奏が特に印象に残った。
欲と妄執のダンスに興味はないし、耳だけで楽しませてもらおう。
そう思っていた矢先、厄災を思わす赤青黄色の派手なドレス集団がやってきた。
「そちらのお嬢様は仮面舞踏会は初めてかしら? 宜しければわたくしが色々と教えて差しあげますわ」
ブリュヤントは相手が私だと気づいていないようだ。
この三人組は分かり易すぎて「仮面の意味あるの?」と思ってしまうが、気づかないフリをして裏声で相手をする。
「せっかくのお申し出ですが、私は体調が優れないので踊る予定がありません。今日は顔見せだけなのです」
「あら、お大事に。でも仮面をつけていて顔見せの意味はありますの?」
ブリュヤントは騙せたが、青と黄色の令嬢は何か勘付いたようで近寄ってきた。
「まぁ! 今日は普段と違って薄紫のドレスじゃないのね。なんだかブロッコリーみたいでとても素敵!」
「わたくしも思いました。あ、喋らなければ端に寄せたお野菜になれますよ?」
今日のドレスを馬鹿にされてしまう。
裏声でも分かってしまったのだろうか。
喉奥の感覚を小さく確かめていたら、フォンテーヌがそっと耳打ちをしてきた。
「他の貴族令嬢のようにわたくしと言わないとすぐにバレますわよ?」
動揺が熱となって耳から顔全体に広がっていく。
下町生活になじみすぎた私は、自分のことをいつしか「わたくし」と言わなくなっている。
他にもレザンヌだと気づく貴族がいるだろう。
「ご忠告ありがとうございます。美しい青のお嬢様」
「ふふっ。あ、王子殿下がいらっしゃったわ」
フォンテーヌが指差す先には、銀糸のウエストコートにワインレッドのジャケットを来た男性が見える。
確かにこの程度の仮面では見る人が見れば分かってしまうだろうけど、仮面舞踏会の意味がないように思える。
「そんなにハッキリと分かるのですか?」
質問するとフォンテーヌは楽しそうに声を弾ませた。
「殿下は声が特徴の御方ですから、なるべく喋らないようにジェスチャーが増えるでしょう? それで周囲も気づいていくのよ」
改めて観察すると、殿下と思わしき男性が通るたび、周囲の反応が鮮やかに塗り替えられていくのだから面白い。
ヴォワレットもほわほわとした様子でこちらに近寄ってくる。
「せっかくのフィアンセのお顔が見れなくって残念ですわね」
「あ、わたくし良いこと思いつきましたわ」
仮面で顔の見えないフォンテーヌだが、今はその仮面の下でいたずらっ子の表情をしているのが目に浮かぶ。
フォンテーヌの密命を受けたヴォワレットが何をするのか訝しんでいたら、ブリュヤントへ耳打ちしていた。
ブリュヤントが猛然と殿下の元へ向かう。
「キャー! いった! いったわ! ブリュちゃん勇者!」
「え、えーっと、青いお嬢様? 落ちついてください」
フォンテーヌが言葉をくずして大はしゃぎを始める中、やや遅れてブリュヤントの独擅場が始まった。
「そこの貴方! フィアンセに一度も会わず蔑ろにしているとの噂を聞きましたわ! 貴族男性として恥ずかしいとは思いませんの? 政略結婚でも……いえ、政略結婚だからこそ見える愛には時間を注ぐべきですわ!」
いくら無礼講な会場だからといってあれはアリなんだろうか。
殿下はブリュヤントに一礼して一言も発さず、管弦楽団の方へ指揮棒をふるようなジェスチャーを見せる。
すると今の騒動で止んでいた音楽もほどなく再開された。
なおもブリュヤントは殿下に食いさがる。
「なんとか仰ったらどうなのです? わたくしのお友達は最近何故か元気がないのです。きっとフィアンセに会えないことを気にしているのですわ!」
騒ぎが大きくなる前に衛兵が現れ、ブリュヤントは会場の外へ連れていかれた。
付き添うべくヴォワレットも続く。
私の隣で成り行きを見守っていたフォンテーヌは「今回はやり過ぎました」と小さくもらし、二人の後を追った。
一人で手持無沙汰になり、改めて殿下を見やる。
流麗で美しい所作。
指先まで神経が行き届き、その指は手袋越しでも平民の苦労を少しも知らないと思える。
私の指先は連日の水仕事でボロボロだ。
今のように肘まである手袋でもつけていなければ、とても貴族の前には出れない。
今日の手はダンスを断るためにしか使っておらず、会場の片隅で申し出を断り続けていると殿下が現れた。
手を差し出されたので私は慌てて声をだす。
「申し訳ありません、ワインレッドが良くお似合いの御方。わたくしは体調が優れないので踊る気はありません」
仮面に覆われて殿下の表情は見えない。
隙間から除くアイスブルーの瞳は氷のように冷たく感じられた。
殿下は聞き取れないほどの小声で「違う」と呟き、私の前から去ってしまう。
断ったことで不快にさせてしまっただろうか。
思っていた以上に拒絶の意思が感じられるふる舞いで、まるで仮面の下にも仮面があるような錯覚を覚え、私は殿下が怖くなった。
その後も次々と殿方から誘われたが、相手が何を考えているのか分からず、仮病だったはずが本当に気分が悪くなっていく。
「衛兵さん。バルコニーにでたいわ。案内してくださる?」
下町では感じずに済む気持ち悪さに辟易としながら、私はバルコニーにでた。
バルコニーからはロイヤルガーデンが一望できる。
今日は魔法での灯りがあり、夜なのにまるで宝石箱かのようなキラキラした光景が眼下に広がる。
「……ちっとも綺麗に思えない。魔力の無駄遣いね」
光の魔法はもっと有意義な使い方ができるはずだ。
シュトから聞いた下町の話では夜の問題も多く、ランプでは不十分に思う。
手元が明るければ助かる医療行為もあった話をされたとき、光の魔法の話をしたら色んな活用法を語っていたことを思いだす。
私と違ってこの国の貴族たちは素晴らしい魔法が仕えるのだ。
なぜそれを民の暮らしに使わないのか。
私には全く理解できなかった。
頭をふり、会場の方へふり向くと、殿下と踊る妹サウレジャルジーが目に入る。
私と背格好が似ている妹なので、踊ったときにどう見えるか知ることができた。
「ちゃんとした舞踏会のときはヒールを変えた方が良さそうね」
そう呟き、まだ肌寒さの残るバルコニーを後にする。
私が会場に戻るのと同時にダンスも終わったようで、会場には割れんばかりの拍手が溢れていた。
ようやく終わったと思いつつ、エントランスホールへ足を向けようとしたそのとき──。
「違う。この人じゃない」
聞き間違いかもしれない。
実際、拍手喝采が続いているのだし、そんな独り言じみた声を拾える訳がない。
だけど、その碧く澄んだ声は明らかにグレッチャーの声だ。
私は居ても立っても居られず、グレッチャーを探して会場を駆け回った。
家路に就く人混みの中、記憶にある髪だけを頼りに探す。
仮面さえなければすぐに見つけられるのにという思いが募り、唇を強く食む。
すでに廊下や控室の方に行ったのかも知れない。
会場を飛びだし、美術品や有名な絵が飾られたフカフカの廊下をひた走る。
中央階段の手前に差しかかったとき、背後から腕を掴まれた。
「放して!」
「レザンヌ様、何をそんなに慌てているのです? それにこんな大勢の前で目立つ行為は控えてください。私の今後に差し障ります」
痛みを伴うほど強く、メーアが私の腕を掴んで放さない。私の想いも知らず、一方的な都合ばかりを語っていた。
「そのような行為をされてはエクラヴァーグ家が不審に思われてしまい、他家のガードが硬くなります。私の邪魔をするというのなら考えがあります」
協定を破るのなら下町に抜けだしている事実も暴露するという脅しだろう。
さすがにそれをされては敵わない。
私は成人するそのときまで可能な限り下町で暮らしたいのだ。
「もうしません。痛いから放して」
「本当にこれっきりにしてください。ただでさえラングドアンファン家に睨まれて身動きが取りづらいのですから」
メーアは何事もなかったかのように大きめの丸眼鏡を直す。
「誰をお探しだったのです? 場合によっては協力するのも吝かではありません」
「……結構です」
ついさっき脅しをかけてきたのに、根も乾かないうちで露骨な誘いだ。
これ以上メーアに弱みを握られるのは危険だと本能が警鐘を鳴らす。
痛みの残る腕をさすり、今後の方針を考えながら中央階段を一歩ずつ降りた。
背後には緊張感を滲ませるメーアがピタリとついてくる。
(今回かなり目立ってしまったから少し大人しくしないと……あれ? でもさっきメーアが何か重要なことを言っていたような……)
痛みと焦燥感が何度も頭を過るせいで、私の考えは一向にまとまらなかった。




