第十話 笑顔の作り方
貴族令嬢たちの集うティーサロン。
ラウンドテーブルには、私、ブリュヤント、フォンテーヌ、ヴォワレット。
爵位が上のフォンテーヌから正式な招待を受けてしまい、断れなかった。
「さぁ、レザンヌ様。持ち寄ったお菓子を楽しみましょう。噂に聞くレザンヌ様の料理に興味がありますわ」
フォンテーヌの提案により、各自がお菓子を持ちこむことになっている。
前代未聞で戸惑ったが、主催者が持ち寄れと言っているのだから従うよりない。
私以上に混乱しているのは常識にうるさいブリュヤントで、事前に持っていくお菓子の確認を取ろうとしたくらいだ。
しかし、それは禁止とフォンテーヌに止められてしまい、手探り状態でフォンテーヌを立てた物を持ち寄らなければならない難題に晒されている。
「わたくしは西の島国で流行っているお菓子を用意しましたの」
フォンテーヌが用意した物は三段になったティースタンドにケーキ、スコーン、サンドイッチがカラフルに取り揃えられている。
ほわほわとしたヴォワレットが侍女にお菓子を持ってこさせた。
「わたくしのはこちらです」
鮮やかで細かい砂糖菓子を詰めこんだ小ぶりな宝石箱。
フォンテーヌ用だけ心持ち大きいサイズ。
恐らくいくつかの大きさを揃えていて、フォンテーヌの出した格に応じて変えている。
そつがなさ過ぎて逆に可愛げがない。
「ブリュヤント様のも見たいわ」
「わたくしのは……」
「見たいわ」
押し切られる形でブリュヤントのお菓子が台車にのせて運ばれてきた。
華美な大型装飾菓子で、ブリュヤントが主催だったら拍手喝采だっただろう。
けれどこれではフォンテーヌの用意したお菓子が霞む。
貴族としては明らかに失敗だった。
「あらあらまぁまぁ、とっても大きくて派手ですわ。砂糖細工が見事な腕前ね」
「……フォンテーヌ様、恐縮です」
気分を害していないフォンテーヌを見て、ブリュヤントも胸を撫でおろしていた。
フォンテーヌは私を見て口元をつりあげる。
「最後はレザンヌ様のお菓子ですわね。料理長に対する侮辱とも思えることをしているとの噂を聞きまして、わたくしはどうしても見たくなったのです」
「侮辱? 今度は一体どんな非常識なことを始めていますの?」
「料理長に任せず、ご自身でお料理なさってるとの風聞をわたくしも聞きましたわ」
一体どこから情報がもれているのか。
用意させる合図を送ると、侍女のメーアの勝ち誇った顔が視界に入る。
……あぁ、流出元はメーアか。納得だ。
全員の前に、一皿ずつドス黒い色をした団子状のお菓子が置かれた。
無作法にもブリュヤントが席を立ちあがってのけ反る。
「これは一体なんですの!? とても不気味な色をしていて食べ物としてあり得ませんわ!」
「色彩センスがゼロかとわたくしも思います」
ヴォワレットからもダメ出しをされた。毒見もせずに食べ始めるフォンテーヌ。
「味は素晴らしいですわ。これは何を使っているの?」
「芋です。とある花の蜜を煮詰めてカラメルにしたものを練りこんでクヌーデルにしました」
「クヌーデル?」
マルールの名はだせない。毒殺を疑われて独房行きだろう。
「平民のレシピです。このように平民の食べ物にも美味しいものがあると……」
「わぁ平民に料理ができたの? それに芋、芋ですって。発想が理解できないわ」
「下賤な料理などを口に入れては味覚がおかしくなります。わたくしは結構です」
「あらぁ? でもこの花の蜜、色はともかく上品で濃厚な味をしていません?」
何も平民のことを知らないくせに散々好き勝手言われてしまう。
すると突如ブリュヤントが私への小言を始めた。
「レザンヌ様、貧相なお菓子を持ちこんだだけでなく笑顔まで貧相ですわ。主催のフォンテーヌ様に対して失礼でしょう?」
ニヤニヤとしているフォンテーヌやヴォワレットには止める気がなさそうだ。
「はい。申し訳ありません」
「レザンヌ様、貴女……もう少し愛想を良くした方が良いですわ。これから王妃になるものとして常に周囲に気を配って……」
私は笑顔の仮面を強く顔に貼りつけて、烈火の小言をやり過ごした。
翌日。
自室の鏡台の前でメイクをしてもらいながら、メーアから皮肉と叱責を受ける。
「まるで死んだ魚のような顔ですわね。以前はもう少しマシだったと思います。貴族としてしっかり笑顔を作ってください。私が恥をかきます」
侍女の体面なんか知ったことではない。でも、ブリュヤントが笑顔について散々文句を言っていたのだからあまり上手くないのは事実だろう。
鏡の中の私を見る。
しっかり笑えている……はずだ。けれど、思いだせない。
レザンヌはこんな顔だっただろうか。
ロゼはどんな顔をしていただろうか。
欠けたまま埋まらないピース。鏡の向こうにも靄が広がっているように思えた。
◇◆◇◆◇
「それでレザンヌ様。今日のご予定は?」
今度はどこに流すつもりなのか。しかし、今さら誤魔化しても仕方がないし、素直に予定を伝える。
「魔法師団の団長室を訪ねます」
宣言した通り、魔法師団の本部がある東の塔へやってきた。
ヴィトラル塔と呼ばれる魔法師団本部。魔法効果により外からは視認できない。
魔道具を所有している私は認識阻害の魔法をすり抜け、内部へ入った。
塔の中央に螺旋階段があり、外壁はすべて艶やかな彩色の広がる色硝子が覆い尽くす。様々な花や葉を模した絵が光を通し、幻想的な光景を彩っていた。
長い螺旋階段を一歩ずつ登る。
一人きりの時間はどうしても嫌なことばかりを思い返してしまう。
ここ最近は母と妹から不出来な社交を詰られ、家の中にいることが苦痛だ。
かと言って社交の場に出ても、例の三人組に絡まれて執拗な言葉責めを受けるし、息も詰まる。それもこれも妃教育のせいで下町にいけないからだ。
考えことをしていたら螺旋階段は終わりを迎えていた。
「師匠。レザンヌです。開けてください」
私の声に反応し、何もない空間に扉の紋様が浮かびあがる。
「よく来たね、レザンヌ。さぁ中に入って」
師匠に迎え入れられて来客用ソファーに腰をおろす。
お土産のクヌーデルを渡すと、師匠が手ずからお茶をいれてくれてちょっとしたお茶会になった。
「うん。このクヌーデルは絶品だね。マルールの蜜を熟成させたのかい?」
「そうですよ。すぐに分かるなんて流石は師匠です」
「では、南の遠征について調査結果を伝えるよ」
妹の婚約者は家格が足りないことが問題だった。財力はあるのでエクラヴァーグ家としてもその財源を期待しての縁談ではあるが、貴族の体面もある。
「そこで計画されたのが今回の遠征という訳だよ。彼の初陣なのが重要であって勝っても負けても関係ないんだ」
「そんな……こんな理不尽なことってありますか!?」
「それが貴族社会だよ」
妹の婚約者の出世のためだけの遠征。
勝ったら大手柄、負けても被害をゼロに抑えた手腕で出世が決まっている。
平民の新兵がいくら死んでも彼らにとって損耗はゼロという話に憤りを覚えた。
「それからねレザンヌ。君の筆頭侍女。彼女の背後に南の国があるようだよ」
「どういうことですか?」
師匠が紅茶をひとくち含み、カップをソーサーに戻す。
「南は本気で攻めて来られると困るみたいだ。今回の戦いで当面は攻めてこない関係を構築したいのだろうね。そういった事情から熟練兵が投入されては困るんだ」
テーブルに置かれている私の拳から振動が伝わり、ティーカップとスプーンがカチカチと音を鳴らしていく。
怒りが止まらない。
そんなことのために新兵ばかり、しかも子供ばかりをつれて行ったというのか。
私の肩にそっと手が置かれた。
「レザンヌ、落ちついて。この遠征に反対している者は多い。グレナド王子殿下も協力してくれるそうだ」
「……そうですか」
協力してくれるのなら遠征の前でないと意味がない。
遅すぎる助力には失望しか抱けなかった。
師匠が片眉をあげて不服そうな笑みを見せる。
「どうせもう遅いとか思っているのだろう? 殿下の協力によって私が前線にいく可能性も出てきたんだ」
師匠が遠征に参加するという言葉にハッとして視線をあげた。
「気象魔法の許可もとれれば撤退への工程も大幅短縮できるしね」
嵐を呼べば行軍を止めることも可能だと言外に言われ、私は目を輝かせる。
「師匠! ありがとうございます!」
「だからそんな暗い笑顔を見せないでよレザンヌ」
「……え?」
今、私は心から笑ったはずだ。シュトが助かる可能性が得られたことは本当に嬉しいし、その心に偽りなんて何もない。
師匠は心配そうに目を細め、テーブルの上の私の手にそっと手を重ねてくる。
「無理に笑うレザンヌは好きじゃない。今日はもうお帰り」
あっさりと部屋を追い出されてしまった。
家路に就く間、ずっと師匠の言葉の意味を考えてしまう。
いくら考えても分からず、答えのでないまま侯爵邸に帰りついた。
澄まし顔をした侍女のメーアが自室への扉を開けて脇に控える。
「お帰りなさいませ。面倒なので早めに湯浴みを済ませて頂けますか」
私はメーアの横顔を睨みつける。
「なんですかその目は?」
「何でもないわ。それに一人で入るから手伝いは不要です」
「元から手伝う気なんてありませんよ」
メーアをさがらせて脱衣所へ向かい、乱雑に服を脱ぎ捨てて一人浴室にこもる。
大きな鏡の前で、再び笑顔を作ってみた。
鏡には、紫色の髪と瞳をした貴族風の見慣れた笑顔が映る。
「笑えてる……よね?」
今朝の鏡台前と違い、ここには私一人。
誰の目も気にしないで素をだせるはず。なのに飾らない自分自身が見えない。
色々なものがこみあげて、衝動的に鏡を殴った。
「痛い」
思っていたよりも鏡は硬く、割れない。
ハッキリと分けられた私がそこにはもういなくて、レザンヌでありロゼ、ロゼでありレザンヌの境界線が分からなくなっていた。
長湯を終えた私は、調理部屋で久しぶりにピザ窯へ火をいれる。
明日も明後日も下町に行く時間の余裕はないけど、まずはロゼとしての初心に戻るためにクッキーを焼いていた。
「クーヘン、ロイゼル……シュト。会いたいよ」
小麦とバターの焼ける匂いを嗅ぐと皆の顔が思い浮かぶ。
あの幸せな笑顔の中でなら、いつもの笑い方ができると思う。
「あーダメダメ、こんなんじゃ皆に会ったときに笑われちゃうよね!」
シュトの言葉。私がロゼである意味。
私は誰よりも人に元気と幸せをふり撒くのだ。
そうして下町への思いを馳せながら、クッキーが焼ける様子を眺めた。




