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詐欺ヒロインの生存戦略 〜選択ミス=即死亡の乙女ゲームに転生したら、攻略対象全員に執着されていた〜  作者: 夜銀イナリ
2章

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66、清廉潔白には程遠い

 

「うん、噂。アスター様が補佐を変えるんじゃないかって」

「補佐? 存在は聞いたことありますが、実際に会ったことはないような……」


 何の噂かと身構えたものの、話が少し逸れて、体から中途半端に力が抜けた。


 ……副団長の補佐といえば、スズランちゃんが情報を聞いた人だ。


 副団長が二年前から女神の神話について調べだしたことを、彼女に伝えたのがその補佐だと聞いたような。


「当然だよ。補佐は団長の派閥だから」

「団長も、騎士団では見ないですよね」


 頬杖をついたクレオを前に、頭を必死に回転させながら言葉を選ぶ。


 騎士団で生活していれば、なんとなく派閥があることもわかる。


 けれど、副団長の補佐があまり良い噂の聞かない団長側の人間なのは意外だ。


 とはいえ、団長については、ここに来てから見たこともないけれど……。


「それも当然。アレはアスター様とは天と地の差があるからね」

「天と地?」


 副団長信者の言葉を鵜呑みにはできない。

 だが、団長も誰もが認めるような人格者ではないのだろう。


「汚職疑惑に、聖地に入り浸り、あー、やだやだ、低俗で見てられない」


 分かりやすく大きなため息をついたクレオは、足を組み直した。

 所作は粗野ではないが、どこか圧を感じるのは副団長の影響かもしれない。


「つまり……副団長は、補佐が団長派閥だから距離を置いているってことですか?」


 なんだか話がこんがらがってきた。


 クレオから派閥の情報が手に入るのは、悪くない。この際、自然な範囲で色々と聞いてしまおう。


「んー、まあ、そう。正確にはアスター様の冴えわたる頭脳が、団長からの監視である補佐をあしらってるってこと」

「そうなんですか。監視? えっと、同じ騎士団の人ですよね?」


 クレオは頬杖をやめて、人差し指を立てると軽く振ってみせた。


 彼の言動は、鼻につく部分があるもののそこにツッコんでいる場合ではない。


 つまり、騎士団内では、団長と副団長派閥がある。


 そして、副団長の補佐は団長派閥。


 うーん、何やらかなり複雑な問題ではありそうだ。


 ……派閥問題も、彼の計画に繋がる部分があるだろうか?


「考えてみなよ、カルミアさん。後ろ暗い団長が、清廉潔白で頭脳明晰でカリスマ性もある副団長がいたら怖がるに決まってるじゃん」

「たしかに……そうですね?」


 ツッコまずにいられるか!!


 頭脳明晰とカリスマ性は、一度置いておくとして……清廉潔白?


 私の知ってる清廉潔白と意味が違うとか? この世界って何かと私の常識からズレているし。


「アスター様って本当に高貴で選ばれし人だよね。格があるって、アスター様のための言葉じゃない?」

「……格?」

「はあ、みんなそれも分からないで、表面だけで信仰しちゃってさぁ、ほんと有り得ないんだけど」

「あはは……」


 これはだめだ。


 いつもの同担拒否に、アスター信仰の序文である。


 うっとりと語りだしたクレオに、愛想笑いが乾き始めた。


「ま、あの団長の手先の補佐も、アスター様には似合わないよね。格が違うもん、違う物語の人間が登場していいわけなくない?」

「えっと?」


 クレオの琥珀色の瞳がいつにも増して重く鈍い。


 彼の言い分は少し難しいが、どうやらクレオの中では独自の人間の階層があるようだ。


 思わず言い淀んで首を傾げた私に、クレオはにっこり微笑む。


「……」


 少しの静寂に気まずくなる前に、クレオの口が動く。


「君にも言ってるよ。カルミアさん」

「え」


 反射的に短く声が漏れた。


 唐突に刃先が向けられた気分だ。

 派閥の話に気を取られていたが、元は、私と副団長の噂から始まった話である。


「君は選ばれてる側でしょ。だから不思議なんだよね」

「不思議?」

「そう、ユリオプスなんかと仲良くしちゃってさ」


 雲行きが怪しい。この話を続けたら取り返しのつかないような気がした。


 ユリオプスは、なんか、なんて言われるような人じゃないはずだ。


 それなのに、うまく言葉が出てこない。

 自分の感情を掴む前に、空気に絡め取られてしまっているような不自由さだ。


「どうして、そこでユリオプスが?」

「あれ? もしかして知らない?」


 どこから出てきたか分からない震えを抑えて、言葉を返す。


 すると、クレオはもともと丸い瞳をさらに丸くして、わざとらしく首を傾げた。


「……何がですか?」

「ううん。それより、アスター様の話をしよう」


 抑えこんだはずの声の震えが、語尾に滲んだのが自分でもわかる。


 聞き返した私に、クレオは目を閉じると首を振った。そして、また狂信に乗っ取られた瞳で教祖の名を口にするのだ。


 その日から、なんとなく落ち着かない。


 ユリオプスは友達だ。一定の信頼を置いている。


 そのはずだ。そのはずなのに、聞きたいことが募っていく。


 ……何の仕事でそんなに忙しいのか。


 次に会った時、聞けばいい。そうすれば解決することだ。


 だから、その次にユリオプスに会った私がそのことについて聞くのは自然なことだった。


「ユリオプスくん、なんだか久しぶりだね」


 まともに会話したのはいつぶりだろうか? 調査室に行く途中で会えたユリオプスに声をかける。


「そうだな。アンタがなかなか副団長サマのとこから帰ってこねえから」

「それは、呼び出されてたから。というか、魔物暴走の件をどれだけ掴んでるか探ろうって話したよね」


 隣を歩くユリオプスの気配が妙に刺々しい。


 やはり、副団長の呼び出しが増えたことが影響しているのだろうか。


 彼には、説明できる範囲のことは話したつもりだ。


「ふうん? でも、随分と仲良さそうって噂だよな。いつの間に副団長サマから寵愛を受けたんだか」


 寵愛、そんな噂が立っているのも知っている。


 何かしら利用する土台を整えられているだけでも、周りから見たら、お気に入りに見えてしまうらしい。


「そんなんじゃないよ……ユリオプスくんこそ、最近忙しそうだよね」


 でも、ユリオプスからその単語は聞きたくなかった。


 少し早くなったユリオプスの、歩幅に追いつくように足を早める。


 そして、口をついて出たのはここ最近ずっと気になっていたことだった。


「ま、ちょっとな」

「何の仕事? 調査班のとは関係ないんでしょ?」


 横髪を弄りながらユリオプスは、なんてことないような口調で煙に巻く。


 底から湧くようなザワッとした感覚のまま、私から出てくる言葉も鋭さを増した。


「……なに? アンタには関係ねえことだから、そんな気にしなくてもいいぜ」

「関係ないかは聞かないと分からないじゃん」


 それでも目は合わない。何か隠しているのかもしれない……そんな考えが過って、足を止めて言い返す。


「関係ねえもんは、ねーの」


 足を止めた私に、ユリオプスは少し先で止まると振り返った。


 やっと合ったアイスブルーに、いつか見た冷たさが小さく滲む。息を呑んだ自分に後から気づいた。


 ユリオプスは最近、こんな風に私を見なかったはず。


「……そう。無理に聞いてごめん」

「別に……アンタこそ、いろいろ隠してるみてえだけど?」

「そう、だね」


 返す言葉の正解を探してばかりで、会話をしているのか言い訳をしているのか分からない。


 私の隠し事が多いのは、彼の言う通りだ。


 でも、どうしたって話せない。危険だ。


 ユリオプスにとっては、最近忙しい理由が同じなのだろうか?


 それならば、私に聞く権利はない。それでも、聞きたいのは傲慢なのか。


 ……それを問いかける相手がユリオプスでないのも、この状況ではたしかなのだ。


「話してくれないだろ? それと同じ」

「……」


 俯きたくなるのを堪えて、ユリオプスの瞳を見続ける。

 冷たさの中に、寂しさが見えたような気もした。


 そのせいか、喉が締まったみたいに声がうまく出ない。


「ま、調査はまた今度でいいだろ? オレもアンタも忙しい。隠し事もある。だから、結局は分かり合えない」

「その言い方は違うんじゃないの」


 誤魔化すような早口のユリオプスは、私から視線を外した。


 彼の言い分は間違ってない気はする。

 それでも、分かり合えない、と結論にされるのは違うと思いたい。


「……友ダチなら、分かってくれるだろ?」

「分かり合えないとか、分かってくれ、とか矛盾してるよ」


 こんな諦めたみたいな声を出す人だったっけ?


 ユリオプスのことは分からない。

 でも、分かり合いたいと願っているような言い方にも聞こえる。


 どちらが本当のユリオプスなんだろう。


 私の声はなんだか独り言みたいに床に落ちた。


「ハハ、だよな。頭冷やそうぜ? たぶん、またあとで……話そう」

「うん、わかった……」


 こちらを見ないユリオプスは、小さく笑うと曖昧な言葉を残して早足で廊下の奥に消えていく。


 私の返事はユリオプスに届いていたのだろうか?


 問いかける相手のいない言葉が頭の中で響く。当然、返事は返ってこない。



「……あと、少しだね。あるべき位置に戻してあげる」


 立ち尽くした私は、曲がり角の向こうでこちらを見ている琥珀色に気づくことはなかった。


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