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詐欺ヒロインの生存戦略 〜選択ミス=即死亡の乙女ゲームに転生したら、攻略対象全員に執着されていた〜  作者: 夜銀イナリ
2章

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65、解釈はお任せします

 

「理解したならいい。では、実演できるか?」


 まずい、非常にまずい。


 満足げな副団長に、誤魔化せたと思ったが三秒でピンチだ。


 何も聞いていなかったということは、実演できるか以前に何をすればいいのか分からないということである。

 ついでに、分かったと嘘をついたので二重に問題が発生中だ。冷や汗すら出てこない。


「え……っと、それはまだ」

「……まだ?」


 曖昧な返事をしながら、横目で副団長の顔色を窺うが紫の眼光に返事を促されただけだ。


 素直に謝るか? 


 いや……嘘をついたな、それに聞いていないとは忠誠心がないようだ。騙したなら消えてもらう。になりかねない。


「……ええっと」


 それなら、さらに誤魔化すか? 


 いやいや! それこそダメだった時に消される。この世界、セーブロードに対応って今からは無理かな。


 解像度の怪しい脳内副団長に一通り殺されたが、正しい返答は出てこない。

 舌が渇いて、口も回りそうにないが、吸うのも重苦しい空気だ。


「……そう怯えるな。聞いていなかっただろう?」

「すみません」


 一秒で謝った。そう、落ち度は完全に私だ。謝罪はすべき。でも、近づいて恐怖を与えてきた方が悪いとは思っている。


 意外にも切れ長の副団長の目に、怒りの色は見えない。


「考えごとでもしていたか、それとも……何かに気をとられていたか」

「そうですね」


 謝罪を口にした私に、相変わらず近い距離で圧を与えてくる副団長は低く問いかけてきた。


 副団長から情報をだまし取る立場ではあるものの、今回ばかりはさすがに嘘はつけない。たぶん、次言ったら本当に消される気がする。


「何を考えていた?」

「……その、距離が」


 嘘は言っていない。距離が近くて怯えていただけだ。

 今もすぐ隣の気配に、心臓がここから解放してくれと騒いでいる。


「……ふっ、近かったか。気にすることはない。教えるにはこの距離が合理的だ」


 合理的なわけないだろう!


 呼気だけで笑った副団長に、緊張で喉がカラカラなことも忘れて叫びたくなった。


 もちろん、できるわけなく現実は申し訳なそうに項垂れているだけだが。


「聞いていなくて、申し訳ありませんでした」

「いや、そういうこともある。だが、嘘はいただけないな」

「失望されたくなくて……」


 もう一度言うが、嘘はついていない。


 話を聞いていなかったのは悪いと思っているし、失望されて消されたら困るのも事実。


「聞いていなかった理由に何か問題でも?」

「距離が近くて集中できなかったなんて言えませんでした……アスター副団長は気にされていないのに」


 距離が近くて命の危険に気をとられていました、を薄い絵の具にさらに水をぶっかけたくらいぼかして、もごもごと口にしてみる。


「ほう、意外にも純情なところがあるようだ」

「慣れていなくて……記憶もないからかもしれないですけど」


 心なしか片側だけ口の端をあげた彼のなんと恐ろしいこと。


 まあ、都合のいい解釈をしてくれたわけだし放っておこう。


 副団長の目的に私の篭絡もあるだろうし、彼にとっては自然な? いや、都合のいい解釈なのだろう。


「いいさ。君が女性であることに配慮が欠けていたな」

「いえ、ここでは僕も男の騎士として生活していますし」


 配慮なら、洗脳しようとしてる時点で、生き物としてされていないような気はする。


 とはいえ、やらかしが有耶無耶になりそうな展開は幸運だ。彼の調子に合わせるように言葉を返す。すると横の気配が動く。


「私の前では気を緩めてみてはどうだ? 男ばかりで息苦しいだろう?」

「ご迷惑でないでしょうか」


 こいつ、本気だ! 篭絡に本腰を入れている!


 甘い声色と共に、乗せられていた手が肩を撫でた。三度見したくなる気持ちを抑えつつ、首を傾げる。


「君に研究を手伝ってもらうのだから、それくらいは大したことないさ」

「ありがとうございます」


 ありがたくねえ!!


 力は入れられていないはずの、副団長の大きな手がやけに重くのしかかる。


 手も大きいが、そもそもの体格が恵まれている。そのうえ鍛えられた体は簡単に魔物も人も命を奪えるのだろう。


 ……体格差は戦闘でも不便だ、いつかかくる決戦の日を想像して心臓がまた嫌な音を立てた。



 それからも、副団長の呼び出しに魔法の訓練は減るどころか増えている。


 少し落ち着いたら、ユリオプスと調査に行きたいと思っているのにそれが叶うのもいつになることか。


 時間がとられるわりに、情報は掴めてない苛立ちが募っているのか、焦りばかりで上手く集中できない。


 今日は珍しく一日空けられたのに、肝心のユリオプスはまた別の仕事だという。


 本人はあまり詳しく言ってくれないが、訓練にも基本は出ない。

 調査班所属の彼に他にどんな仕事があるというのか。


 目の前の新たに渡された魔導書とにらめっこしながら、うんうんと唸る。


 折角、調査室に来たのにユリオプスもいないなら、こっちをやるしかない。


 なんだか、しっかり友達になれたと思ったのに遠い気がした。物理的に顔を合わせるタイミングが減っているから当たり前だ。


 それも、どこか言い訳のような、違和感があり、魔導書の文字だけで頭をいっぱいにする。


 古い本の匂いと、調査室の土っぽい匂いが混ざって、思考をかき乱した。


「あれ? 今日も一人なんだ」


 思考を整える前に、最近は聞き慣れてきた人懐っこさを感じる声が割って入る。


「あ、クレオさん。こんにちは」


 顔をあげれば、想定通りのオリーブ色の髪が見えて、それに少し隠れた琥珀色と目が合った。


「こんにちは。なんか、この部屋で普通に挨拶されるのってちょっと不思議な感じ」

「え?」


 ゆっくり歩いてきたクレオは、穏やかな声でそう言うと隣の席に座る。副団長よりもよっぽど距離の詰め方は自然だ。


 小柄な分、威圧感はないがもちろんクレオも警戒対象ではある。会話に集中するため魔導書を閉じた。


「ほら、ディル班長は挨拶というより爆音だし。他の人は社交的とは言えないから、嫌味っぽいのもいるし」

「ディルさんのは、一応挨拶な気はしますが」


 特定の一人に向けた悪口が聞こえたような……。


 副団長信者がユリオプスと仲の良いわけもなく、穏やかな声に棘が混じる。他の恨みもあるのかもしれないが、聞き出すのも一苦労だ。


「でも、鼓膜がやられるから挨拶というか……不意打ちかな」

「……たしかに、急に声かけられると驚きます」


 廊下で急に後ろからディルさんの爆音をくらったことを思い出して、反論は萎んだ。いい人であることと、鼓膜が無事であるかは別問題。


「そうそう! そんなことより、最近一人だよね」

「そうですね」


 会話が途切れたかと思えば、クレオは思い出したように声を張り上げた。


 彼の言う通り、副団長といる時以外、ユリオプスともタイミングが合わず一人が増えている。


「ユリオプスの気まぐれに巻き込まれちゃった?」

「いえ、別件の仕事で忙しいみたいです」


 いたずら気に微笑んでいるクレオの瞳の奥が、鈍く光ったような気がした。


 気づかない振りをして、軽く首を振る。気まぐれなのは、ユリオプスではなく仕事の入り方だ。


「うーん、ほんとに仕事かな?」

「仕事と言ってましたよ」

「でも。カルミアさんは、ユリオプスが何の仕事に行ってるか知ってるの?」

「それは……」


 知らない。


 クレオの問いかけに言葉が途切れる。

 仕事の文句は言っていたが、どんな仕事かは一度も聞いたことがない……こんなに何度も入っているのに。


 一言くらい言ってくれてもいいのに。


 なんだかざわっとした感覚が胸に広がり、魔導書の上に置いた手に力が入った。


「ね? そういうやつなんだよ。君も振り回されるのはよくないよ」

「振り回されてるつもりはないんですけどね」

「そう? まあ、君にはもっと大切なことがあるもんね」


 思ったより独り言のような調子で出てしまった言葉に、自分で驚く間もなくクレオが言葉を続ける。

 前髪を触るのが癖なのか、軽く払うと彼のやや丸い目がスッと細められた。


「大切なこと、ですか?」

「うん、君ってアスター様に目をかけて貰ってるよね」


 うわ、でた!


 厄介なアスタートークが始まろうとしているようだ。不穏な空気から、また違うタイプの不穏さに調査室が包まれたのを肌で感じる。


「……気にかけて頂いているとは思います」

「そうかな? もう少し特別って感じするけどなぁ。ちょっと前だって呼び出されてたよね」

「情報が早いんですね」


 これは、同担拒否から「お前、推しに認知されてるな?」 の詰め寄りという解釈でいいのだろうか?


 翻訳辞典が今すぐ欲しい。とりあえず、刺激せずに嘘はつかない。


「そうでもないよ? だって、かなり噂になってるから」


 認知じゃなくて、お前繋がってるだろ? の意味だったかもしれない。


 彼の言う通り、副団長からの呼び出しは増えている。だが、噂になっているのは想定外だ……もちろん悪い方に。


「……噂ですか」

 底の知れない凪いだ表情のクレオに息を整えてゆっくり聞き返す。


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