64、同担拒否
「君はさ、どう思う? アスター様のこと」
適当な同調でやり過ごせたと思ったが甘かった。聞いていないどころか、にこにこと副団長トークを広げるつもりのようだ。
長い前髪から覗く、柔らかいはずの琥珀色が見定めるように鈍く光った気がした。
「……副団長って人気ですよね」
「うん。分かったつもりの人たち多いよね」
「分かったつもり?」
まずい、地雷を踏んだかもしれない!
当たり障りないことを言って流してみたが、どうやらお気に召さなかったらしい。資料を机に軽く投げたクレオが目を細めた。
「君も、ここにいたら分かるでしょ? アスター様の熱狂的な信者」
「……そう言われてる人たちはいますね」
あなたがそうですよね! なんて言えるわけもなく、またぼかした言葉を返す。
……副団長信者との会話マニュアルでもどこかに落ちてないかな。地雷原に武装なしで飛び込むものじゃない。
「ああいうさ、分かってるつもりみたいなのって、すごい恥ずかしいよね。なーんにもわかってないのにさぁ」
「クレオさんはその人たちとはあんまりなんですか?」
「当たり前だよ! あんな表面の強さだけで持て囃しちゃってさ」
前世で見たことある……これ、同担拒否だ! しかも、推しの良さを一番理解してるのは自分と信じ込んでいるタイプ。
うわぁ……他の信者の方がまだマシだったかも。いや、この場合はむしろ、推しの話を気持ち良くさせればいいだけで……。
「それって、クレオさんは詳しいってことですか?」
「うん、君たちよりは……ね」
全然、副団長についての知識が劣ることに悔しさはないが、すさまじくマウントをとられているような。
もはやマウントでもなく、本人にとっては呼吸と変わらないのかもしれないが。
ディルさんも、これは流石にユリオプスと相性が悪いというわけだ。嫌な納得をしながら目を逸らす。
「……」
鬱陶しそうに前髪を払ったクレオが、急に口をつぐんでしまった。また何か地雷でも踏んだかと冷や汗が出てくる。
「さて、アスター様の高貴なる貴族時代……どこから話そうかなぁ」
どうやら、ただ副団長トークの内容を考えていただけらしい。もはや、放置され始めた机の資料がわずかな窓の隙間風に揺れている。
「……貴族時代?」
引っ掛かった単語をオウム返しながら考える。クレオ自体は今のところかなり関わりたくないが、副団長の情報を集めているのは事実。
彼についての情報は、どんな些細なことでも計画の解明に繋がるかもしれない。
つまり、ここは大人しくクレオの話を引き出すのが吉。
「そう! アスター様といえばだよね、あれ? もしかして、知らない?」
ダメだ、一発目から正解の返答が分からない。
いや……仮にクレオを、同担拒否マウントオタクとして考えれば対応もわかるはずだ。
知ったかぶりもアウト、知らなさすぎもアウト。好きでもダメ、嫌いでもダメ……どうしろって言うんだ!
冷や汗どころか、部屋の温度がどんどん下がっているような気がする。
笑顔を崩さないクレオに、こちらもにこっとしてみたが変な空気になっただけだ。
「……記憶喪失で保護されてるので、そんなに知らないんですよね」
意訳:その界隈詳しくないんだよね、でも嫌いじゃないよ。
「ああ! そっか、ごめんごめん。大丈夫、分かりやすく順を追って話すよ」
なんとか捻りだした答えに、クレオは少し目を丸くしたが直ぐに笑顔に戻った。
答えは、ハズしてはないらしい。このまま相槌だけ打っていれば、副団長の過去の情報が手に入るだろう。
「順を追うって……けっこう長いんですね?」
「当然だよね。僕はかなり昔のアスター様のことだって……」
副団長の過去は、スズランちゃんの話から親友を失くしていることなど断片的には分かっている。この騎士団に彼が来る前のことはほぼ分からない。
ユリオプスは血縁関係にあるようだけど、とても詳しくは聞けそうにないし……。
そうなると、対応が面倒なことを除けば、クレオの推し語りはむしろラッキーだ。
「カルミア、いるか?」
飛んでいた思考が、突然開いたドアの音に霧散する。そして、聞き慣れた声が私を呼んだ。
「……あれ? ユリオプスだ。今日は別の仕事でしょ」
私が答えるより前に、先程より一段低い声のクレオが返す。口を挟める感じでもなく、ユリオプスに視線だけ送ってみる。
「……アンタか、もう終わった。コイツと何か話してたわけ?」
「なんでもいいでしょ」
ユリオプスは一瞬あった目を直ぐにクレオに向けて、これまた普段より低い声で問いかけた。クレオも負けじと視線まで鋭くして、半ば吐き捨てるような態度だ。
何だか思った以上に、表面もギスギスしている。
クレオの雰囲気からして、表向きは穏便にやっていると勝手に思っていたせいで驚きが隠せない。
「そうかよ。ま、オレも用があるのはこっちだし。ほら、カルミアさっさと行くぞ」
クレオに雑に返しながら、いつの間にか私の傍まで来ていたユリオプスに、腕を引っ張られる。
私を見下ろしたユリオプスの瞳の強さに慌てて立ち上がったせいで、椅子が大袈裟にガタりと音を立てた。
副団長の話を聞ける空気ではなくなってしまった。こんな気まずいだけの空気とは、さっさとおさらばしたい。
「うん……あ、クレオさん……では、また!」
「またね。次は、ゆっくり話そうよ……邪魔の入らない時にね」
慌ただしい私の態度に、人懐っこく手を振ったクレオの瞳がこちらをじっととらえている。
圧の強さだけは、さすが副団長に憧れているだけあると言ったところだろうか。
そのまま引っ張られるような形で廊下を歩いていくと、ユリオプスがようやく足を止めた。
「なあ、アイツにはあんまり近づかないほうがいいぜ」
掴んだ腕はそのままに、ユリオプスが口を開く。クレオと仲が悪いのはさっきのでよく分かったが、それにしても彼にしては余裕がなさすぎる。
「クレオさん? 副団長の信者っぽいし、僕も深く関わるつもりはないよ」
「そうかよ。で、アイツからなんか聞いたか?」
言葉を選ぶが、ユリオプスの声から剣呑さは消えない。
深く関わるつもりはないが、副団長の情報はクレオから得るつもりではある。これは流石に黙っておいた方がいいだろう。
他では関わらないし嘘ではない、はず。一瞬の後ろめたさから目を逸らして、安心させるように小さく笑みを向けた。
「ううん、特には。なんか副団長の信者の悪口みたいなのとか」
「ま、クレオはいつもそんな感じだから……気をつけろよ?」
ほんの少し、息を吐いたユリオプスの顔が何となく安心したように見える。心配の言葉も妙に取ってつけたみたいに早口だ。
「うん。大丈夫だよ」
「……あ、それでさ」
「ん?」
言い淀んだユリオプスに首を傾げる。彼のアイスブルーが揺れて、未だ掴まれている腕がじんわりと痛い。
「いや……アンタ、今でさえアイツにも目を付けられてんだから、面倒事起こすなよ」
「はいはい。気をつけますよっと」
「……ったく、調子のいいヤツめ」
軽い調子で返せば、ようやくいつもの声色に戻ったユリオプスはゆっくりと私の腕を離した。
なんだ、少し変な感じがしたけど……大丈夫そうだ。
少し気になるが、先ずはクレオと副団長から情報をとらないと。ユリオプスからは聞けそうにないし、あまり深く話すのも良くないだろう。
……今は、そっちに集中するべきだ。
この判断が後に決定的な溝になると分かっていれば、私は違う選択をしたのだろうか?
それから、副団長からの呼び出しが増え、ユリオプスも別の仕事でいないことが多くなった。
肌で感じる不穏さに怯えている暇もなく、副団長からの課題をこなして呼び出しに応じる毎日が続いている。
「そろそろ、追加で渡した魔導書も読み終えたと思うが」
「はい、難解な部分は完全な理解はできていませんが……」
「問題ない。私が教えよう、座るといい」
副団長室の机に、借りていた本を積み上げて促されるまま用意されていた椅子に座った。
すると、副団長は不自然なほど、あまりに自然な動作で私の肩に触れる。
「ありがとうございます」
「分からないのはどこだ?」
「……えっと、このページの」
副団長は本格的に篭絡に踏み切ったのか、とにかく距離が近いのだ。後ろから私が開いた本を覗いているせいで、内容に集中できない。
少し視線を横に向ければ、すぐ近くに副団長の顔がある。
存在を意識すると、心臓の音がうるさく脳まで響いてくるようでうるさい。
ちなみに、主に命の危険を感じる方でのドキドキである。というかこの世界で目を覚ましてから、そればかりだ。
広告詐欺とはいえ乙女ゲームのくせに、これではほとんどデスゲームじゃないか!
「……というわけだ。わかったか?」
「あ、はい! それはもうよく!」
やばい、何にも聞いてなかった。
だが、聞いてなかったなんて言えるわけもない。あとにも引けず勢い良く頷けば、副団長は満足そうに目を細めた。




