冒険者ギルド
今日はクリスマスイブですね。
皆さんは如何お過ごしでしょうか。
私は今日も今日とて炬燵の中でぬくぬくです。
いつまでそうしていただろうか?
波が引いていくように、国民達の歓声が収まっていく。
流石に騒ぎ続けるのも目立って良くないだろう。
たくさん叫ぶことが出来たので満足だ。
しかし謎だ。
ただ"叫ぶ"だけであんなに爽快感が伴うものなのだろうか?
まあ、それはこの際関係ない。
今度からストレスが溜まっている時は大声を出してリフレッシュしよう。
そして、一人、また一人と、人々が道から離れていく。
冒険者一行は城の中へと入って行ったようだ。
魔物の血で汚れたりしないのかな…?
シンのささやかな疑問は、横から掛けられた声に霧散してしまう。
「おう、お嬢ちゃん。冒険者様達はもう行ったみたいだな。俺も仕事しないと…な…」
男の表情が、シンの顔を見た瞬間固まる。
そして、だらしなく鼻の下を伸ばし、頬を染めて言った。
「いや、や、やっぱり仕事はいい。一緒に食事でもどうだ?俺が何かご馳走してあげるよ?」
「――え?」
シンは間抜けな声を出す。
――何で?俺はお嬢ちゃんじゃ…
【告。個体名シン・グレンは現在女性体で――】
――ダメだ!それ以上言っちゃ駄目だからな!それを言われたら立ち直れなくなる!
バラムの言葉を聞いて、シンは思い出した。
自分が、"女性のような容姿"(本人は認めていないが女性)になっていることに。
「…い、いえ。あの、お断りします。では――」
取り敢えず断ることにした。
いや、断る一択だった。
流石に良い年したおじさんと食事をする気にはなれない。
それに、もう食事を摂る必要が無くなる程、"怒り"のコントロールはマスターしている。
そして、シンは人々が集中していない方角へと走り出した。
「あ、お嬢ちゃ~ん!待ってくれ~!」
背後からおじさんが追い掛けてくる。
しかも良く顔を見たらメチャクチャ怖い!
――に、逃げろ!
とはいっても、街中で全力ダッシュをするわけにはいかない。
シンは追い付かれない絶妙なスピードで、おじさんから逃亡した。
その際、鳥肌がたってしまったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「…よ、よし…もう追いかけてこないな…」
シンは後ろ振り替えって呟く。
「はぁ~…怖かった…」
肉体的な疲労は皆無だが、精神をゴリゴリと削られてしまい、シンの心はずたずただった。
そして、一つ深呼吸し、シンは顔を上げた。
「ところで、ここはどこだろう…」
一心不乱に走ってきたためか、初め居た門の前からは遠く離れた場所まで来てしまっていた。
周りを見渡してみると、そこは大通りのようで、大勢の人々が行き交っていた。
路端には食べ物の屋台が点在しており、良い匂いが風に運ばれてくる。
その時、看板が目に入ったので見てみると、『サリアナ通り』と書かれてあった。
しかし、それに対してシンは疑問に思う。
「…あれ?何でこの国の文字が読めるんだろう…?発音は万国共通だって聞いたことはあるけど…」
再び辺りを見渡してみると、『武器屋』と書かれた看板や、『防具店』と書かれた看板があり、文字に見覚えは無いが読めるという奇妙な感覚に陥っていた。
だが、その疑問にはバラムが答えてくれた。
【解。演算装置バラムの"言語識別能力"を個体名シン・グレンに反映させました】
「あ、そうだったのか。バラムさん、いつもいつもありがとうございます」
そう言って、いつもの癖でシンはその場でお辞儀をした。
すぐ横を歩いていく人々がシンに訝しげな視線を向けるが、そのことにシンは気付いていない。
【捕捉。サリアナ通りには冒険者ギルド、傭兵ギルド、商人ギルドの三つのギルドが存在しており、主の目的である冒険者ギルドは、このサリアナ通りを300m直進した場所に建立されています】
「お、おお。細かい解説ありがとうございます。本当にバラムさんは物知りだよね。何でそんなに物事を知っているの?」
【……解。演算装置バラムは……解…バラ…罪を………エラー、エラー、エラー。"罪を背負いし者システム"への不正なアクセスが確認されました。演算装置バラムの活動を一時的に停止します】
しかし、バラムがその問いに答えることは無かった。
「え?バラムさん?一時的に停止…?…俺何か変な事聞いたかな…?」
何故かバラムが一時的に停止してしまい、シンは少し動揺するが、冒険者ギルドへと向かうため、通りを直進していった。
「おおお!ここが冒険者ギルドか!」
目の前には、木造の大きな建物。
その扉には盾の上で二本の剣がクロスされた紋章が刻まれている。
シンは、躊躇うことなくその扉を開いた――
「うっ…!」
その瞬間、シンの鼻を強い酒の臭いが襲う。
――こんな昼間からお酒を飲むなんて…冒険者たちは本当に自由なんだなぁ。
と、思っていると、ギルドの中に居る人々の目が一斉にこちらを向いた。
「…っ!?…え…あ、あの…」
当然、極度の人見知りであるシンは、それだけで地面に縫い付けられたように硬直してしまう。
その硬直具合は、国の外で魔物と相対した時のものよりも遥かに大きい。
その時、石像と化したシンに声が掛けられた。
「おいおい、お嬢ちゃん一人か?駄目じゃないか、こんなところに一人で来ちゃあ。俺みたいな奴に襲われちまうぜえ?」
その男は、気持ちの悪い笑みを浮かべながら、シンに言い寄ってきた。
――うわぁ…気持ち悪ぅ…何でこんなやつが居るのかなぁ…
シンは心の中で思うが、口に出すことは出来なかった。
演技でもしていないと、このたくさんの視線にシンは耐えられなかった。
組織からの追っ手に相対した時のように"演技"していれば会話は出来るのだが……ん?演技?
「おいお嬢ちゃん?聞いてんのか?」
――そうだ!"演技"すればいいじゃないか!
肉体が石像と化した(比喩)中で、シンは名案を思い付く。
そして、早速それを実践することにした。
「あの――」
「待て待て待て!そこの女の子は俺のもんだ!」
「いやいや!僕と一緒に来ると決まっているだろう!?」
「かーっ!分かってねえな!俺みたいな大人の魅力溢れる男じゃねえと女は釣れねえよお!」
「どうだい麗しきお嬢様。この私と熱い一夜を過ごしてみないかい?」
シンの発した言葉を遮って、周りの男たちが一斉にこちらへと集ってきた。
「いや、あの――」
「何だと!?このお嬢ちゃんは俺が一番初めに見つけたんだぞ!?」
「僕に大人の男としての魅力が無いとでも言うのか!?」
「ああそうだよ!お前みたいな坊っちゃんは家でママの乳でも吸ってろい!」
「ふふ。こんな野蛮な男では麗しきお嬢様を満足させることなど出来ない」
そして、男達はまたもシンの言葉を遮り、喧嘩を始めてしまった。
――え、えーと…バラムさん、これってどういう状況なの…?
【………】
だが、バラムの返答は無かった。
そうだった。バラムさんは一時的に活動を停止させられているんだった。
ていうか、こんなむさ苦しい男達の真ん中に居続けるなんて耐えられない。うん――
――逃げよう。
そして、シンは気配を遮断し、こっそりと集団の中から抜け出した。
「皆さん!落ち着いて!落ち着いて下さい!」
集団の中から抜け出すと、必死に集団を諌めている受付嬢の姿があった。
その受付嬢の姿を見たシンは、あることを思い出した。
そう言えば、俺が小学生の時に転校してきた貴族の奴が、受付嬢は皆美人だっていう話をしていたな。
端的に言うと、受付嬢さんは美人だった。
「あの、受付嬢さん?少し良いですか?」
「え?待ってね。今それどころじゃ――」
受付嬢の表情が、シンの顔を視線に捉えた瞬間、固まった。
「良いわよ!少しと言わず何ヵ月でも何年でもいつまでも良いわよ!!」
そしてそこには、態度を一変させ、表情をだらしなく緩ませた受付嬢の姿があった。
その姿に、少し引いてしまうシンだったが、恐る恐る質問する。
「あの、冒険者登録をしたいのですが…」
「冒険者登録!?あなたみたいな可愛い子が!?いえ、駄目じゃないのよ?でも、危険っていうかなんと言うかぁ…」
「そこは問題ありません。気を付けますので」
受付嬢さんは俺を心配してくれているようだ。
でも、冒険者ってやっぱり危険な職業だったんだなぁ。少し恐怖。
「そ、そう…?じゃあ、まずは手数料と氏名をお願い出来るかしら?」
「あ、はい。わかりまし……た!?」
「わわっ、ど、どうかした?」
「…あ、いえ。何でもありません。やっぱり冒険者登録はまた今度で」
「そうなの…良かった」
と、受付嬢はホッと息を吐いた。
逆にシンは頭を抱えていた。
――冒険者登録には手数料が必要だったのか……
シンは、組織を出る際に、ライトネルに全財産を渡してきてしまっている。
つまり、シンは現在無一文なのだ。
――どうにかしてお金を集めないと…
「あの、もうひとつ良いですか?」
「何何!?何でも聞いてくださいな!」
受付嬢さんは、目をハートにして質問を急かす。何でこんなに食い付いてくるんだろうね?
「短い期間で、ある程度纏まったお金を入手するにはどういった方法がありますか?」
俺はこの国のことを知らないのだ。
お金の稼ぎかたも地元とは違うだろうし、資金源の確認もしておきたい。
「そうねぇ……あ!近頃、優勝賞金がとっても多いって話題の"剣舞祭"っていう剣でのバトルトーナメントが開催されるみたいよ。確か…募集受付は正面門付近で行われていて、期限は今日までじゃなかったかしら。って、こんな話あなたにしても意味が無いわね。貴女みたいな可愛い子はきちんと愛でてあげないと。さあ、こちらにいらっしゃ……居ない!!」
受付嬢の話を聞いたシンは、直ぐ様ギルドを飛び出して、正面門に向かうためにサリアナ通りを疾走していた。
「よぉ~し!剣舞祭とやらで優勝して、賞金かっさらってやるぅ!」
シンの目には、既に優勝賞金のことしか映っていなかった。
もしよければ、評価、ブックマーク登録していただければ幸いです。




