旅路
楽しんで頂けたならば幸いです。
「あいつら、元気にしてるかなぁ…」
シンが組織を旅立ってから既に二日が経つ。
何も言わずに書き置きだけを残して出ていったため少し罪悪感があるが、代わりに自分の全財産を置いてきたのだから許してくれるはずだ。
そのせいで現在無一文なのだが、"怒り"をコントロール出来るようになり、食事や排泄の必要が無くなったシンにとっては些事でしかなかった。
ちなみに、レイの部屋にあった立方体は燃やして制御盤を破壊しておいた。
あれは他人に覗き見られて気持ちのいい物ではないし、何より、記録も一緒に弔ってやりたかった。
従って、二度とあの記録を見ることは出来ないのだが、後悔はしていない。
また、転移を使えるようになったシンはそれで移動してもいいのではと思うが、"座標選択転移"は行ったこと無い土地ならば常に気配感知で座標を捕捉し続けばければならず、精神力をゴリゴリと削られるため普通に歩いているのだった。
「さてと、出てきたのはいいが、どこに向かおうか…」
実家は論外だ。
実家があった村は使徒に滅ぼされ、人一人暮らしていない。
実家に置いてきたものも無いし、今さら戻っても怒りや悔しさがフラッシュバックしてただ虚しいだけだ。
となると…他にはどこがあったかな…?
あれ?もしかして、俺って実家のあった場所以外知らない?いやいやそんなはずは…
そう言えば、村から出たこと一度も無かったな…。
すると、不意に何かを思い付いたように、シンはポンと手のひらに拳を打つ。
そうだ。学校に転校してきた都会の奴の言葉を思い出せばいいんだ。
確かあいつは…西から来たと言っていたな。
えーと…西の方は貴族が国の中の地域を治めていて、中には国王と並ぶ権力を持つ貴族も居ると言っていたな。
他にも貴族は冒険者を使役して、獲得した魔物の素材や植物などを売って多大な利益を得ているとも言っていた。つまり、貴族中心の国家と言うことだな。
となれば西に向かうのは論外だな。貴族に支配されるなんて嫌すぎる。
でも、北と東と南のことは何も知らないしなあ…あれ?実家って大陸のどこにあったのだろうか?
あれれ?そもそも――
「ここはどこなんだ…?」
そう呟いて、シンは頭を抱えた。
俺は馬鹿か!?
現在位置も分からないのにどっちが大陸の東か北かなんて分かるはずがないだろ!
組織の建物を出てからも適当に歩いてきただけだったし!無鉄砲過ぎるだろ!
あぁ…終わった…。
旅の事を軽視し過ぎていた。旅とは本当に怖いものだったんだ。
【告。現在位置はアメージア大陸北西部。使徒がやって来るまでは工業都市として栄えていたヴァルム王国とその隣国ガルム王国との国境付近です】
もう旅なんて嫌だ。早くおうちに帰りた――え?今何て?
【……現在位置はアメージア大陸北西部です】
そうだった…!!バラムさんのことを忘れていたよ!
嗚呼、今の気持ちを例えるならば妹が料理をしようとしてニンジンをお玉で切ろうとしていたところを包丁で切るのだと三時間指導して次の日、大根をフォークで切ろうとしていた妹の前進具合を見て涙を流したあの時の感動!
結局、その妹のミリアは使徒に殺されてしまって、もう料理をすることは出来ないが、とにかく!
偉大なるバラム先生!これから共に精進していきましょう!
【……了】
ん?今呆れられたような気がしないでもないが…気のせいか。
ところでバラムさん。俺はどこに向かったらいいかな?
【冒険者として自由に暮らすならば大陸の南に、王国の騎士団として名誉を獲得するならばこの地を30km程東に向かった国に、一生貴族の奴隷として暮らすならば大陸の西に、自殺するならば大陸の東に向かうことを推奨します】
おお!流石バラム先生!素晴らしい情報網です!素晴らしい情報網なのですが……
大陸の東は自殺ってどゆこと?
【東の地には、未知の怪物"バハムート"が生息しています。バハムートを見た者はその瞬間死んでいるため実力は未知数。よって大陸東は危険と判断致しました】
な、なるほど…!バハムートか…気を付けないとな。使徒以外にもこの世界には危険な存在が居るんだ。
と、とにかく、俺は自由に生きていきたいから南に行こうかな。
【了。最短ルートを割り出します…完了しました。これからはバラムのナビゲーションに従って進んでください】
ああ、分かった。
そして、シンは再び歩き始めた。
◇ ◇ ◇
歩き始めて数秒。バラムが話しかけてきた。
【敵性攻撃遮断のため、"限定結界"の発動を推奨します。周囲のエネルギーを利用して結界を維持するため、推定消費エネルギーは10】
あ、はい。お願いします。
【"限定結界"が破られた際の防御手段として、"水氷の罪"の支配者権限を使用して"水氷神の衣"を顕現させることを推奨します。エネルギー消費は0です。衣は権限を解除しない限り永続的に顕現し続けます】
え、あ、うん。よろしく。
その瞬間、シンが着ている隊服の上に、その頭髪と同じ青みがかった白く美しい衣が顕現した。日光を反射して輝く様は、いっそ神々しかった。
【二つの防御手段が破られ、負傷した際の対策として、"煉獄の罪"の支配者権限を使用して"炎神の髪飾り"を顕現させることを推奨します。以下は同文です】
う、うん。お願い。
その瞬間、その頭髪の内一房のみ深紅に染まった髪と、同じ色をした紅に輝く髪飾りが二個顕現し、シンの左右の髪を留めた。髪飾りには燃え盛る花のような装飾が施されており、見る者全ての目を惹き付ける輝きを放っていた。
【敵性物体への攻撃手段として――】
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
バラムの言葉を遮って、シンは言う。
「これって後どれくらい続くの…?」
【解。残り一万程度の強化手段を施行予定です】
「も、もう大丈夫だから!強化はしなくていいから!」
【……了】
少し寂しそうにバラムは言った。
でもそうだよな。後一万回も強化されたら本当に化け物認定されるし。
まあ、今の俺程度の戦力ならば、一般人ならばまだしも冒険者ならば当たり前のように保持しているだろう。
後一つの問題と言えば……
「あの、バラムさん?俺、結構目立ってませんかね?」
【心配無用です。はたから見れば麗しく、純潔な少女として映るでしょう】
ほ、ホントかなぁ…
【そのまま南に直進です】
一抹の不安を覚えながらも、シンはバラムのナビゲーションに従い、歩みを進めていった。
◇ ◇ ◇
「GPSは問題なく稼働しています。目標の少女の位置を捕捉」
「よし。作戦の指揮はカラドボルグ戦隊隊長の俺、ロイターが担当する。なに、少女一人殺すだけの楽な仕事だ。気楽に行こう。」
「あ、あの隊長…?それより…」
「何だ?はっきりと言え」
「その少女はかなりの美人と聞きました…それで、殺す前に…」
「ふんっ、好きにしろ。その代わり俺も混ぜろよ」
「了解であります!」
そして、にやりと笑みを浮かべながら何人もの人影が、GPSに表示される位置に向かって歩き出した。
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