Outrage
楽しんで頂けたならば、幸いです。
左手で氷を作り出し、使徒を氷漬けにし、斬撃を右手に持つ氷剣でいなしていく。
数分間、拮抗状態のまま、同じ動作をシンと使徒は繰り返している。
だが、その状態は長く続かない。
人の身にとらわれているシンには、いずれ必ず限界がやって来る。
――…何か突破口が必要だ…
心の中で、静かにそう分析する。
その時、戦場に凛とした女性の声が響き渡った。
「"黒雷"!」
瞬間、天から漆黒の雷が一筋降り注ぎ、使徒に直撃した。
その攻撃によって、使徒の翼も二本吹き飛んでいる。
あれは――
「ふんっ。私にかかれば使徒なんてこんなものよ!」
シンの目に映ったのは、空中で器用に胸を張るライトネルだった。
だが、シンはそれをライトネルだと認識することが出来なかった。
ああ、害虫が混ざりこんだのだと。
自分の復讐の邪魔をする"害虫"が寄ってきたのだと。
その事に、シンの怒りが爆発する。
「邪魔をするなあああああ!!!」
「っ!?」
普段のシンからは想像出来ないような甲高い、悲鳴のような怒声を上げて、ライトネルに斬撃を飛ばす。
シンの怒声に混乱していたライトネルは、ギリギリその斬撃を避けきることが出来ずに、薄く頬を斬られた。
「ちょっ!何をするのよシンさん!敵は向こうに――」
言いかけて、ライトネルは急いで口をつぐむ。
シンがライトネルを見ている目。
その目は、"敵を見る目"だった。
シンは自分のことを敵だと思っている。
その事実に、ライトネルは様々な感情が洪水のように流れ出してきて、堪えきれずに涙を流した。
――何よ…何なのよ…!せっかく私が助けにきてあげたのに…何よあの目…
シンが自分を見ていた"目"を思いだし、ライトネルの目からさらに涙が溢れ出す。
その時、本能が警鐘を鳴らし、危機が再度迫ってきている事を感知する。
涙でボヤける目に映ったのは、剣を構えてこちらに飛んでくるシンだった。
――何でこっちに来るのよ…!敵は使徒でしょ…!?何で私に向かってくるのよ…!?
危機が迫っている事を自覚しても、ライトネルの体は動かなかった。否、動けなかった。
それほどまでに、自分と深く関わりのある人物に命を狙われるのは、恐ろしいことだった。
そして、一縷の望みにかけて、ライトネルは叫ぶ。
「…戻ってよ…ねえ…元のシンさんにもどってよお!!」
叫ぶと同時、鐘の音が鳴り、ライトネルとシンの真上に炎柱が顕現する。
二人を同時に始末出来る絶好の機会を、使徒が見逃すはずもなかった。
だが、その攻撃が、二人に届くことはなかった。
「"定点障壁"」
炎柱は、直前に二人を囲むようにして発動した不可視の障壁に防がれた。
現れたのは、可愛らしい動物のフードを被った少女と――
――ガキィイン!
ライトネルの目の前で、シンの斬撃を受け止めている猫耳少女。
「うぅ…!ステラぁ…!バステトぉ…!」
ライトネルに遅れてこっちに向かっていた、ステラとバステトだった。
◇ ◇ ◇
バステトは、事態を飲み込めずにいた。
目の前には、自分に向かって剣を降り下ろしてくるシン――今は少女の姿をしているが。
あのシンが、仲間に向けて剣を振るってくるなど、有り得なかった。
「どういうことにゃ!?何でシン君がこっちに攻撃してくるにゃ!?」
「そんなの分かんないわよお!急に私に向かって斬りかかってきたの!」
「……もしや、怒りに呑まれているのやもしれぬ」
「「え!?」」
ステラの呟きに、二人は振り向く。
「許容量を超えた怒りは、理性を蝕みさらに膨張していく。それが、今のシンの状態なのじゃ。今のシンには、目に映る者全てが敵に見えておるじゃろう」
「じゃあ、どうすればいいのよ!?」
「……説得するしかなかろう。聞く耳があるのかは分からぬが」
「説得って…どうするの――」
「さっさと死ねええええええ!!!!」
その問いは、シンの叫びによって遮られた。
その叫びと同時に、定点障壁も砕け散ってしまう。
「危ないにゃ!」
そして、シンの斬撃をバステトが再び受け止める。
「シン君、目を覚ますにゃ!今はシン君だけが頼りにゃ!シン君がそのままじゃ皆死んじゃうにゃ!!」
「うるさい…うるさいうるさいうるさい!!!」
だが、バステトの声は届かない。
怒りの化身と化したシンには、既に理性は残っていない。
叫ぶ姿は、まるで癇癪を起こした子供のようだった。
「シンさん!お願いだから元に戻ってよぉ!使徒を倒すんでしょ!?」
「……シン。お願い…」
「頼む…奪わないでくれ…俺から何も取らないでくれ!一人にしないでくれ!!」
シンは狂ったように叫ぶ。
その目からは、涙が流れていた。
「シン君。まだ…一人じゃないにゃ」
不意に、そうバステトが溢す。
その言葉に、糸が切れたようにシン斬撃を止める。
「そうよ!まだ私たちが居るじゃない!忘れちゃったの!?」
シンの頬を、涙が流れ落ちる。
「一人じゃない…私もシンにそう言ってもらった…」
ステラが、優しく語りかける。
「あの時、シンがそう言ってくれなかったら、私はどうなっていただろう…考えたくもない。でも、それだけ嬉しかった。とても、暖かかった。お願いシン…戻ってきて…。シンは一人じゃない…」
二度、三度、シンの頬を涙が流れ落ちる。
「…うぅ…ぐすっ…う…うぅ…」
嗚咽を漏らしながら、シンは号泣した。
「シンさん…戻ってきたのね――」
ライトネルが呟く。
その時、突如、眩い光が頭上から降り注ぐ。
それは、いつの間にか接近していた使徒が降り下ろした、赤熱した大剣だった――
◇ ◇ ◇
――声が聞こえる。
遠くから叫ぶような、耳元で囁くような、声が。
曖昧な感覚だったが、確かに、声が聞こえる。
――元のシンさんに戻ってよぉ!
……これは、誰の声だっただろう……。
覚えてない。
そもそも自分は一人のはずだ。
全てを失い、怒りのままに暴れまわっているはずだ。
"気のせいだろう"
そう思うことにした。
だが、声は次々と聞こえてくる。
――シン君がそのままじゃ皆死んじゃうにゃ!
――シン…お願い…
何だ。一体何なんだこれは。
どこから聞こえている。
誰が言っている。
怖い…怖い怖い怖い腹立たしい腹立たしい腹立たしい!!!
一太刀で終わらせるべく、俺は剣に怒りと罪能を込める。
これで、終わらせてやる。邪魔な害虫ども。
そう、思っていたのに。
殺そうと思っていたのに。
その言葉を聞いた瞬間、体が動かなくなった。
――まだ…一人じゃないにゃ…
その時、初めて目の前に居る人物の顔を見た。
あれ…?こいつら、どこかで見たような…
そして、自分の体に怒った異常事態に驚く。
…何で俺…泣いて…
――私たちが居るじゃない!忘れちゃったのぉ!?
…何で…涙が溢れて…
《…何とか間に合ったようだ…》
不意に、脳内に自分の声が響く。
《"怒"。今のお前は必要ない。消えてくれ》
それは、自分が破壊したはずの"理性"だった。
馬鹿な…理性は既に消え去っていたはず…腹立たしい…腹立たしい腹立たしい!!
《あいつらのお陰だよ。お前も、覚えているはずだ…》
俺は、目の前に居る三人の顔を見る。
……あ…まさか…ライトネル…バステト…ステラ…
《そうだ。お前は怒りに呑まれていた。"怒"の感情は必要だ。だが、制御出来なければ意味が無い。あの人も言っていただろう?》
俺の頭の中に、"任せた"と、言い残し、死んでいった男が浮かぶ。
……そうだ…そうだな。俺は間違っていたよ…
《俺たちは、二つで一つだ。いや、戦闘を担当しているのも含めて、三つで一つだ。今一度、一つへ戻ろう》
俺は、その言葉に従う事にした。
俺も、元はこいつの一部だったのだ。
今更元に戻ったところで、思うことはない。
だが、一つだけ譲れない事があった。
それだけは、伝えてから消えよう。
――おい、俺。絶対、負けんじゃねえぞ
《当たり前だ。絶対に勝つ》
――その意気だ…後は…任…せ……た……
そして、俺の意識は俺に吸い込まれていった。戦闘担当の奴も、俺と同時に統合されたようだ。
俺は絶対に負けない。そう確信している。
なぜなら、他の誰でもない俺自身がそう言ったからだ。
究極的に、最後に信じられるのは自分自身だけだ。
俺は、俺を信じる。
シンの並列意思が、再び一つに統合された瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「"氷神の裁き"」
シンが呟くと同時に、シンの真上に向かって展開された使徒よりも巨大な氷塊が、降り下ろされた六つの大剣を凍り付かせ、砕け散らせる。
氷の侵食は止まらず、使徒の腕を伝って全身を凍り付かせていく。
砕け散った大剣の欠片が陽光を反射し、星を間近で見ているような幻想的な光景が広がる。
"氷神の裁き"
それは、現存する氷魔法で最上級の魔法。
その魔法は、まさに最上級の魔法であり、全長300mを超える氷塊を展開し、それに触れたものは抵抗する間もなく氷塊に取り込まれていく。
氷の侵食は、侵食されている部分より手前の部分を斬り落とさなければ、対象を凍り付かせるまで止まらない。
使徒はそのことに気づくはずもなく、凄まじい速度で進む氷の侵食を止める事が出来ずに、巨大な氷像と化した。
その時、おずおずと、遠慮するようにシンに声が掛けられる。
「…シン君なのか…にゃ…?」
バステトの声だった。
その言葉に、シンは微笑んで答える。
「ああ。そうだよ」
初めは不安そうな表情だったバステトだったが、シンの返答を聞いて、みるみる内に表情が崩れ、最後には泣き出してしまった。
「…うぅ…良かったにゃ…心配したにゃ…」
その光景に、シンは焦ってバステトを宥める。
「ちょっとシンさん!今度絶対にご飯奢りなさいよね!!あなた私に何をしたのか分かってるの!?」
そのシンに向かって、ライトネルが大声で騒ぎ立てる。
「ライトネル…悪かったな。終わったら満足するまで奢ってやるから…許してくれるか…?」
ライトネルには本当に悪いことをしてしまった。
そう思っていたシンは、すぐにライトネルに謝罪する。
「…な…何よ…こんなのシンさんじゃないわ…もしかして偽者…?」
シンの謝罪に、少しバツが悪そうにライトネルが呟く。
その後、ぶつぶつと繰り返していたライトネルだったが、しばらくして、口を開いた。
「ま、まあ、そこまで謝ってくれるなら別に良いわよ。ちょっと頬が斬れただけだし。ね、だからもういいから」
「…ありがとう」
「…むぅ。私の事も忘れてないよね…」
その時、ステラ拗ねたように呟いた。
「当たり前じゃないか。助けてくれてありがとうな、ステラ」
その言葉に、ステラは真っ赤に頬を染めて――
「ま、まぁ何だ…仲間のピンチだからな…助けるのは当たり前だ…」
「嬉しいよ。本当にありがとう、ステラ」
そう言って、シンはステラの頭をフード上から撫でた。
「~~~!」
その瞬間、さらに顔を真っ赤に染めたステラは、喋ることが出来ずに、念のため準備しておいたものを右手に持ち掲げる。
【気にするな】
と、書かれた看板だった。
それを見て、シンは微笑み、使徒に向かって歩いていってしまった。
心臓のドキドキが止まらない。
私は本当に恋をしているのだろうか。
バステトが隣でニヤニヤとした表情をこちらに向けてきている。
この戦いが終わったら、色々と言われそうだ。
少し憂鬱な気分で居ると、シンがおもむろに口を開いた。
「皆、俺を救ってくれてありがとう。皆が居なければ、俺は怒りに呑まれたまま帰ってこられなかったかもしれない。全部、皆のおかげだ。ありがとう。我が儘を言うようだが――」
シンは一度口を閉ざし、再び言った。
「俺ともう一度、戦ってくれるか…?」
「「「そんなの」」」
三人の声が唱和した。
「当たり前にゃ!」
「当たり前でしょ!」
「当たり前だ」
少しでも、
『面白いかも!』
『続きが気になる!』
と思った方は、是非、評価、ブクマ登録よろしくお願いします。
因みに、ステラの口調がコロコロ変わっているのは仕様です。
好きな人と対面すると、誰でもいつも通りの態度は取れないものです。




