罪を背負いし者
楽しんでお読み頂ければ幸いです。
「うわあああああああ!!!駄目だ!まだ死なないで!まだ!…ううっ…!くそ!お前…お前えええ!!」
シンは雄叫びを上げて、使徒に向かって走り出す。
――分かっている。平静を失ってがむしゃらに動いても無駄なことは。
分かっているのに……この怒りを晴らさずには居られない。
その時、使徒が何か言葉を発した。
「……兄……さん…」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「おまっ…お前えええええ!!!うるせえんだよおおおお!!お前だろうが!!お前が自分で殺したんだろうが!!!」
怒りに全てが染め上げられる。
そこに、既に理性は存在しなかった。
《…loading…完了しました。"水氷の罪"が"罪を背負いし者"に委譲されました》
不意に、脳内で機械音声のような声が聞こえる。
《水氷の罪に、シン・グレンの肉体を最適化させます》
その言葉が聞こえると同時に、シンの肉体に変化が現れる。
肌が白くなり、黒髪が白に侵食され、その髪が徐々に伸びていく。白銀に染まったシンの髪は、腰に届くほど長くなった。
さらに、身体が引き締まり、下半身にあった"もの"が消失する感覚に襲われる。
そのおかげか、関節が非常に柔らかくなり、身体が軽くなったように感じられる。
目だけは異様に紅く、動物に例えるならば雪兎のようだ。
だが、その変化に、シンは気付いていない。
――うるさいんだよ…うるさいんだよ!!くそがああああ!!!
怒りが放出される。
――パキッ…
刹那、全てが氷に覆われた。
「殺す!お前は絶対にぶっ殺す!!お前は!お前だけはああああ!!」
シンの憤怒の雄叫びに当てられ、呆けたように硬直していた使徒もようやく動き出す。
そして使徒は、六本に増えた腕にそれぞれ持った大剣を、シンに向かって同時に降り下ろす。
その速度は以前の比ではなく、文字通り"消える"斬撃だ。
六本の大剣はいずれも紅く赤熱しており、触れたものは全て等しく蒸発させる。
斬撃の余波は、地球の環境にも大きな影響を与えるものになる――――はずだった。
「"全てを凍結せし光"」
――戦場に響く、美しく透き通った声
使徒が斬撃を繰り出す前に、シンの放った技が使徒を封じていた。
それは、森羅万象を氷に閉ざす七色の極光。
技を受けた者は、その美しさに息を呑む暇もなく、永久に融ける事の無い氷の棺に囚われる。
永久凍土と化した大地に、七色の極光に照らされ咲き誇る氷花は、いっそ幻想的だ。
シンの生み出した、完全なオリジナル魔法。
先程委譲されたばかりの能力を、シンは本能のみで使用してみせた。
その適応能力はまさに天才。
だが、その氷の棺に僅かに皹が入る。
次の瞬間、亀裂が大きくなり、氷を砕いて使徒が脱出してきた。
力は互角。
使徒は化け物であり、属性を手に入れたシンもまた化け物と化した。
――最終決戦。
一拍間を置いて、再び、シンと使徒は激突した。
◇ ◇ ◇
「な、何が…一体、何が起きてるというの…?」
ライトネルが、呆然とした様子で呟く。
先程から、大砲部隊の攻撃も放たれていない。
大方、ライトネル達と同じように呆気に取られているのだろう。
「あれ…本当にシン君にゃ…?」
【気配の一致を確認】
三人の目は、少し離れたところで戦っているシンに向けられている。
以前の姿は欠片も残っておらず、白に染まったシンの姿。
氷上で、氷の華を散らしながら舞う姿は、さながら雪の妖精のようだ。
だが、その表情は憤怒に歪んでいる。
この世の全てを呪うような、怨嗟の声を上げて。
「何か、出来ることは――」
「無駄よ。行ったとしてもシンさんの足手まといがいいところ。下手すれば間合いに入った瞬間細切れよ」
何か行動を起こそうとしたバステトを、ライトネルが直ぐ様静止する。
ライトネルの言っている事は正しい。
高度な戦いには、ある程度の実力が無いと全く意味が無い。
バステトも千年を生きてきた猫族の長。弱い筈がない。
だが、この戦いは、文字通り次元が違った。
その事実に、バステトは悔しそうに歯を食い縛る。
「なら…どうすればいいにゃ…」
項垂れたようにそう溢すバステト。
それに答えたのはステラだった。
「弱者は強者にすがるのみ」
いつもの看板を使わず、口で言葉を紡ぐ。
「どれだけ時代が進もうと、文明が発達しようと、この世は所詮弱肉強食。弱者は強者に淘汰される運命にある。その自然の摂理は、誰がどう足掻こうと揺るがない」
――ならば
と、ステラは続け、
「我らは祈ろう。弱者は弱者はらしく、強者にすがろう。思いを捧げる事だけが、我らの出来ることだ」
ステラは深くフードを被っているため、表情はうかがい知れない。だが、バステトには分かる。
「じゃあ、何でそんなにステにゃんは悔しそうにゃ?」
その言葉に、ステラは押し黙ってしまう。
「……我らは無力だ。弱者は何も成せない」
「そんなことないにゃ!弱くても出来ることがあるはずにゃ!ライトにゃんもそう思うにゃ!?」
バステトはライトネルに同意を求めて振り返る。
だが、そこにライトネルは居なかった。
「雷の女神の名において命ずる。今こそ、我が枷を解き放つのだ」
声のした方向を見ると、ライトネルは5mほど浮き上がり、何やら呟いている。
だが、異常な点があった。
ライトネルの身体は、5つの魔方陣によって囚われている。
そして次の瞬間、その魔方陣は光輝きながら消失していった。
「私は女神。決して弱者なんかじゃない。私は…私こそが最強なの!!」
叫ぶと同時、落雷のような轟音を轟かせて使徒に向かっていった。
バステトはその姿を目にして、反射的に言っていた。
「ステにゃん!今すぐ向こうに転移するにゃ!」
だが、ステラは理解出来ないというような声音で言う。
「そんなことをしても無駄だ。我らに手の届く領域ではない」
「何で…何で分からないにゃ!!」
バステトは、大声を上げながらズカズカとステラに向かっていく。
「ライトにゃんはそんなこと分かってるにゃ!でも、覚悟を決めて使徒に向かっていったにゃ!弱者は自分の意思で行動することも出来ないのかにゃ!?それは違うにゃ!ステにゃんも分かってるはずにゃ!!」
後頭部を、何か鈍器で撲られたような気がした。
目の前の少女は、自分よりも弱い。
にもかかわらず、強い弱いに縛られず、己の意思を貫かんと行動している。
それに比べて自分はどうだ。
強者に怯え、敗北に怯え、死に怯え。
――無様だな…また救われた…
「…分かった。手に掴まるのだ」
その言葉を聞いたバステトは、途端にパアッと顔を輝かせ、
「そうにゃ!ステにゃんはやっぱりそうじゃないとにゃ!!」
力強く、ステラの右手を握った。
「では、行くぞ」
「了解にゃ!」
それだけ言葉を交わし、二人の姿はかき消えてしまった。
◇ ◇ ◇
――不思議な感覚だ。
意識していないのに体が勝手に動き、まるで自分の体ではないようだ。
今も、使徒から繰り出された斬撃を、"怒り"と"罪能"で強化した俺の氷剣が弾き返す。
"並列思考"というものだろうか。
そう仮定して、向こうの思考が"戦闘"だとすれば、この思考は――
「うおおおおおああああああ!!!」
"怒"か。
意識しなくても次から次へと涌き出てくる、怒り、怒り、怒り怒り怒り怒り!!
気を抜くと、すぐに怒りに呑まれそうになる。
だが、そうはならない。させない。男に、そう教えてもらったから。
その時、使徒の大剣を弾き返していると、迎撃の不可能な一瞬の隙を狙って、不意に使徒の胸の一部分が開き、大剣が突き出てくる。
――かわせない…いや、かわさなくていい。
本能で、そう理解した。
大剣がシンの頭部に触れた瞬間、シンの肉体が原型を留めなくなり、大量の水が流れ出す。
属性を手にしたシンに、物理攻撃は通用しない。
そしてこれが、属性を手にした者が化け物と称される所以だ。
属性を持つ者は、肉体が損傷を受ける攻撃を自動的に感知し、その部位を対応する属性の物質へと変化させ、攻撃を無効化することが出来る。
つまり、水の属性を持つ者の腕を剣で斬り落としたとしても、水が流れ落ちるだけで肉体への損傷はゼロなのだ。
そして、物質化した部位は、任意で解除することが出来る。
常人には殺すことが不可能になるこの能力こそが、属性を持つ者を化け物と言わしめるのだ。
だが、この場合は別だ。
この能力は物理攻撃に対して絶対的な耐性を持つが、魔法に対しては意味が無いのだ。
使徒の大剣には"加熱"の魔法が掛けられており、常に剣が赤熱化している。
それによって、流れ出した水が凄まじい勢いで蒸発していく。
水が完全に消えてしまうと攻撃は通ってしまうため、今すぐここから退避する必要があった。
しかし、シンは動かない。それには理由がある。
それは――
――パキッ…ピシッ…
流れ出す水が、一瞬の内に凍り付く。
それによって水の蒸発が止まり、剣の赤熱化も解除された。
水を凍り付かせ、水の蒸発と剣の赤熱化を止めたのだ。
そして、シンは迎撃に出る。
恐らく切り札のつもりであっただろう胸からの大剣を回避されるとは夢にも思っていなかったのか、使徒は完全に硬直している。
その使徒の腕を、シンは二本斬り落とした。
使徒は叫び声のような鐘の音を鳴らし、炎柱を乱れ打つ。
――分かったことがある。
使徒はある程度傷付かないと回復しない。否、出来ない。
少しずつ戦力を削りながら、トドメを刺す機会を窺う。
熱烈に、それでいて冷静に。
奴を――
「ぶっ殺す!!」
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