"男"
捕捉:"ハウザー"とは、[火]の使徒のことです。
――死んだ…な…
ハウザーの手に掴まれた時、そう確信した。
次の瞬間、確信を現実に変える炎柱が、俺を焼き尽くしていく。
常時展開している"氷結界"も炎柱には意味を為さず、思わず笑ってしまうほどだ。
だが、己の死ともうひとつ、確信している事がある。
それは、"勝利"だ。
俺が死んでも、シンが居る。それを支える仲間たちが居る。
とんでもない化け物をシン達に残してしまったが、あいつらなら大丈夫だろう。
ただひとつ欲を言うなら、もう少し、シンと共に過ごしたかった。
シンと居た間は、生きる意味を実感出来た。まるで、今は亡き弟と過ごしているような。
俺は、弟という存在に飢えていたのかもしれないな。
しかし、あの時、黒煙の中でハウザーの発した言葉。
あれは確かに、死んだ弟、ハウザーの声だった。
幼い頃、いつも俺の側に居たハウザーの、声変わりする前の少年とも少女とも区別の付かない声。
その声を聞いた瞬間、思わず体を硬直させてしまった。
俺は、ハウザーを斬ることが出来なかった。
例え姿形が変わっても、化け物に成り果てていても、実の弟を手にかけることが出来なかった。
つくづく、甘い男だと思う。
懺悔のつもりだったのかもしれない。
あの時、マグマの中に放り込まれるお前を見ていることしか出来なかった俺は、お前に謝りたかった。
マグマの中で必死にもがき、再生能力のせいで永遠に苦しみ続けるお前を、毎日火口の縁から見下ろす日々。
何度、今すぐ中に飛び込んで、上に引き上げてやろうと考えただろう。
本当に、すまなかった。
不甲斐ない兄で、本当にすまない。
数千年も生きていれば、感情などとうに凍結されたものと考えていたが、どうやらそうでは無かったらしいな。
所詮は、俺も人間だったのだろう。
そう言えば、俺が名を明かしたのは生涯で二人だけだな。
旅で出会った魔王と、組織の研究長。
魔王の時は、なし崩し的に名を語ってしまったが、研究長に自分から名を語ってしまったのがいけなかった。
魔王は、能力が俺と近かったのか影響は無かったため、自分の名に隠されている秘密を分かっていなかった。
研究長を自殺一歩手前にまで追い込んでしまったことは、今でも悪いと思っている。
だが、俺の身にもなってほしい。
名を語った途端、さっきまで平然としていた人物が発狂して頸動脈を掻き切ろうとするのだ。
流石の俺も一瞬理解が追い付かず、動くのを躊躇してしまった。
そのせいで、後0.03秒遅ければ研究長は死んでいたかもしれない。
この際だ。死ぬ前に謝っておこう。
スミマセンデシタ。
……何だ。
さっきの謝罪と違って誠意が感じられないだと?
安心しろ。気のせいだ。
何だか、力が抜けてきたな…。
これが、"死"なのか。
何だかんだ言って、かれこれ数千年生きているんだよな…。
途中で数えるのを辞めたが、さっき自分で所詮は人間だとか言ってたけど、我ながら結構人間辞めてると思う。
色々な事があったな……待てよ?
数千年生きてきて思い出がさっき語った分だけ?いやいや、それはおかしい。もっとあったはずだ。何か…。
まあ、考えるのは止めておこう。思い出は量ではなく中身だしな。うん。良いこと言った。
纏めると、最悪で、最高の人生だった。
最悪は弟の死。最高はシンとの出会いだ。
いや待て。おかしいぞ。
数千年生きているのに何故二つの出来事しか無いんだ?俺ってそんなに人生棒に振ってたのか?
……いや、それは無いな。
こうして、最悪で最高の人生を送る事が出来たのだから、棒に振ってたということは無いだろう。
……多分。
さてと、古き者はとっとと消える運命だ。
そろそろ、新人達にバトンを渡して、退場するかな。
………ん?何だこれは?
何だか眠りに就くような感覚に身を委ねようとしたら、目の前に文字が出てきたぞ。
《水氷の罪を、罪を背負いし者に委譲しますか?》
……くっ…くく…くはははは!
最後の最後まで、愉快な奴だ。
やはり、もう少し共に過ごしたかったものだな。
…良いだろう。
これがシンの助けになるのならば、俺は喜んで委譲しよう。
答えはもちろん、"Yes"だ。
《確認しました。速やかに委譲が実行されます》
その文字が目の前に現れると同時に、俺の中からゴッソリと力が持っていかれたのを感じる。
シン。お前は強い。そして、もっと強くなれる。
この俺が言うのだから、間違いない。
俺は、もう逝くが、元気にしているんだぞ。
お前なら、何でも出来る。
時間だ。
既に、この世への別れは告げた。
前に、人が死ねばその後どうなるのか気になって数百年か調べた事があったが、あの時は結局何も分からなかった。
だから、楽しみだ。
これから何が起こるのか、楽しみで仕方がない。
一般に恐れられている死を、こんなに好奇心で満たされた気持ちで迎える事が出来るのは、幸せなことだと思う。
ハウザーに、別れを告げることが出来なかったのが悔やまれるが、まあ仕方ない。
シン。後は、任せたぞ。
意識が遠くなっていく。
まるで、何かに吸い込まれているような、不思議な感覚だ。
これから何が起こるのだろう。
この好奇心も、シンに毒されてしまった証拠だな。
……死ぬのも、案外寂しくないものだな…。
……そう言えば…魔王の奴は…元気にしているだろうか…。…最後に一度……会って………おきたかった……………な………………………。
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