希望と絶望
楽しんでお読み頂ければ幸いです。
シンは戦場を駆ける。
周期的に放たれる大砲に注意を向けながらも、使徒の猛攻を回避する。
停止世界の効果時間も過ぎ、使徒の動きが速すぎて未来視が使い物にならないため、全て己の勘だ。
今も、視認出来ない程の速さで繰り出された斬撃を、勘に従い前方へと踏み出し回避する。
そして、男の言葉を思い出す。
「…奴の…弱点…は…翼…だ…。お前…は…今まで…通り…回避…に…専念…」
弱点を見つけた。
終わりの見えない戦いに、光明が見えてきた。
――バシュッ
使徒の行動後硬直の隙に、男が八対の内、一対の翼を切り落とす。
使徒は叫び声のような鐘の音を鳴らし、狂ったように暴れ始めるが、次の瞬間には翼は再生してしまっている。
恐らく、同時に切り落とす必要があるのだろう。
使徒の倒し方には、もう大方見当がついている。
翼を全て切り落とした後に、本体の鎧を切り刻む。
こんな化け物が相手では、万に一つも人類に勝利などは無い。
だが、自分達は既に人間の域を外れている。一種の化け物だ。
化け物が化け物に勝てない道理は無い。
永遠に終わらないと思われた戦いに、終わりが見え始めた。
希望はある。
絶対に勝つ。
血赤の双眸に力を込めて、シンは使徒を見据えた。
◇ ◇ ◇
「こんな物が使徒に通用する訳無いじゃない!馬鹿なの!?あなたたち馬鹿なの!?ねえ!」
「まあまあライトにゃん、落ち着くにゃ。周りから凄い目で睨まれてるにゃ」
【同意】
バステト、ライトネル、ステラの三人は、現在使徒の右側面方向に展開中の大砲部隊の後方に転移していた。
二人に諌められ、ライトネルは仕方無く口を閉ざし、部隊の前方へと歩みを進める。
「それよりあいつ、でっかいわね~」
そして、ろくに安全確認もせず、不注意に歩いて行ったためか――
「こんだけ遠くに居るのにあのでかさって…ヤバくな…ってギャー!熱いって!さっきから何なの!?今日の天気おかしいわ!何よ晴れ時々炎柱って!あの鉄屑はそんなに私の前髪を燃やしたいの!?」
「ライトにゃん!それより、あれを見るにゃ!」
「それよりって何よ!もうちょっとで死にそうだったっていうのにそれよりって…何よあれ!?」
【…うるさい】
ライトネルの前髪を三度焼いた炎柱が消失したとき、そこには化け物が居た。
いや、化け物などという言葉だけでは、目の前の存在の強大さは表現出来ない。
三頭四つ腕と八対の光翼を持った、正真正銘の化け物。
それの相手をしているのは――
「し、シン君が危ないにゃ!」
「でも、あんな奴をどうやって止めれば…あれ?シンさんが消えた…」
【あそこ】
ステラの指差す方向に、シンは居た。そして、そこは使徒の背後。
「え!?瞬間移動にゃ!?」
【いや、気配に軌跡がある】
「じゃあとても速く動いたってことね。それくらい私にでも出来るわ!」
と、自慢気にライトネルが胸を張る。
「そんなことはいいから、早く加勢に行くにゃ!」
【同意】
「そんなことって何よ!言っとくけど、ホントだからね!私はホントに凄いんだか――」
「待て!君たち!」
ライトネルの言葉を遮ったのは、エクスカリバー戦隊隊長クリスだ。
「ここから先は危険だ。君達はどこから来たんだい?女の子は後ろの方で――」
「うるっさいわね!私の話を遮ってんじゃないわよ!あんたが下がってなさいよ馬鹿!」
「何だと!?この私を馬鹿呼ばわりするとは――おい、ちょっと待て!」
「あいつは放っておきましょう。ステラ、転移よろしく」
【了】
「待ってましたにゃ!」
――シュンッ
「許さんぞ貴様!どこに行った!この私を愚弄しておいてただで済むと――」
後には、ここには居ない存在に向けてわめき散らすクリスと、それを宥めようと必死な大砲部隊のみが残った。
◇ ◇ ◇
"奇跡"。
今の状況はそうとしか表現出来ない。
圧倒的な力量の差があるにも関わらず、己の勘のみを頼りにシンは回避を続けている。
圧倒的強者を相手に、圧倒的弱者がここまで粘る事が出来ているこの状況は、まさに奇跡だ。
だが、この状況も長くは続かない。
その事を、揺れ一つ無い水面のように落ち着いた心で、シンは自覚する。
――右脹ら脛の筋肉が断裂…罪能による修復可能…実行…左大腿骨を粉砕骨折…罪能による修復不可能…
どれだけ勘に任せて回避を続けても、その肉体は耐えられない。
回避を続ければ続けるだけ、肉体の損傷も激しくなる。
そして、遂には修復不可能な重傷までをも負ってしまい、ピンチに陥っていた。
――動きに致命的な欠陥を確認…詰んだか…
使徒は、四本の大剣をシンの居る一点に集中させて、猛烈な突きを放ってきている。
尤も、その光景をシンは視認出来ていないが、死が迫ってきている事は明確だ。
そして、四本の大剣がシンを貫こうとしたとき――
「重力黒渦」
聞き覚えのある、鈴を転がすような声がシンの耳に届いた。
次の瞬間、上空に出現した黒渦に引き寄せられ、使徒の突きが大きくずれた。
地面に散乱した岩石も、全てが重力を断ち切って、空へと吸い込まれていく。
「ちょっとステラ!何でこんなところに転移したの!?すぐそこにあいつが居るじゃない!っていうかでかっ!こいつ無駄にでかすぎるのよ!」
「ライトにゃん、ちょっと静かにするにゃ…」
そして、いつもは鬱陶しいはずの騒がしい声が聞こえ、シンの心に安堵をもたらす。
ステラが転移でシンの目の前に現れ、場違いな可愛らしいピンク色の看板を掲げる。
【間に合って良かった】
「…お前ら…」
「ちょっとシンさん!あいつをスクラップするの手伝ってよ!あんの野郎絶対に許さないんだから!ちょっと、聞いてるのシンさん!?」
「シン君、怪我はしてないかにゃ?あんな化け物相手に良く戦えたにゃんね~」
【かっこい…流石】
三人を見て、シンは再び力が沸き上がるのを感じる。
「ライトネル、バステト、ステラ」
シンの言葉に、三人は同時に顔を向ける。
「一緒に、戦ってくれるか…」
その言葉に、一拍置いて、三人は答える。
「何よ…あなた本当にシンさんなの?いつもと全然違うじゃない…うう、寒気が」
「当たり前にゃ!一緒に戦うにゃ!」
【共闘万歳】
「…そうか。ありがとう…だが――」
シンは、さっきまで浮かべていた微笑みをすっと消して、言った。
「ライトネル!お前は帰れ!」
「何でよ!せっかくこの私が助けに来てあげたんだから庭駆け回って喜びなさいよ!」
「黙れ!お前はうるさいし鬱陶しいし邪魔なだけなんだよ!」
「何ですってー!!」
例によって、シンとライトネルの喧嘩が幕を開けようとしたところで、
「…話…は…後…に…しろ…」
背後から男の声が掛けられた。
「…終わら…せる…ぞ…戦い…を…」
そして、黒渦に捕らわれていた使徒が、炎柱を顕現させながら抜け出す。
だが、シンは違和感に気づく。
それは、日頃一緒に居たからこそ気付くことが出来た些細な違い。
「あの、いつもより言葉が――」
「…それ…も…後…だ…」
「…連…携…は…任…せる…頼…んだ」
そう言って、再び男は姿を消した。
男の能力は、鍛練中に聞いた限りだと水と氷。
能力を駆使する度に己が身も削っているのだとしたら、いつもより途切れている口調の説明もつく。
だが、男は言った。終わらせると。
ならば、従うまでだ。
戦いが終わるその瞬間まで、男の援護を続ける。
そして、シンは使徒についてバステト、ライトネル、ステラに話し始めた。
◇ ◇ ◇
「よーするに、あの羽を斬ったらいいってことでしょ?」
「ああ。だが、翼を斬った後使徒は大暴れするから、その対処も必要だ」
【我が結界を展開しよう】
「それなら安心にゃ。じゃあ、後は殺るだけにゃ?」
シンの話を聞いた三人は、それぞれやる気、というか殺る気をみなぎらせている。
「そうだな。では、突撃だ!」
その号令と同時に、大砲部隊の攻撃が使徒に突き刺さり、開始のゴングを上げる。
「俺は正面、ライトネルとバステトは左右からだ!」
「分かってるわよ~」
「了解にゃ!」
そして、結界要員のステラを除いた三人が使徒に向かって移動を始める。
その動きに気付いた使徒は、シンに向かって四本の大剣を同時に降り下ろしてくる。
凄まじい速度だ。
だが――
――ガギィン!
使徒の斬撃が、不可視の壁に阻まれ、熱風を発生させるに終わる。
その隙に、使徒の右側から迫っていたライトネルが、雷撃を放ち、右側の翼を三枚消滅させ、左から迫っていたバステトが、"怒り"を纏った籠手で左側の翼を二枚消し飛ばす。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン
使徒は慌てたように炎柱を多数顕現させるが、どれもステラの結界に阻まれ、誰にもダメージは入っていない。
「"死鎌"」
慌てる使徒に、ステラが魔法による更なる追撃を加える。
死鎌によって発生した漆黒の大鎌により、使徒の上半身と下半身が両断される。
その瞬間、使徒が硬直し、太陽の光に包まれる。
「まずい!防ぐんだ!全回復される!」
ここで回復されては危険だ。
ステラの結界も再展開には時間がかかるし、その間に使徒の超スピードで全員斬り捨てられてしまう。しかも、さらに使徒がパワーアップしてしまい、倒すのが困難になる。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。
――くっ…間に合え…!
残った三枚の翼を先に切り落とすべく、シンが駆ける。
だが、その必要は無かった。
「"氷…界…"」
次の瞬間、空を覆い尽くすような分厚い氷が顕現し、太陽の光を遮る。
男の放った大規模殲滅魔法"氷界"だ。だが、今回は殲滅目的ではなく、太陽の光を遮るためだけに使用したようだ。
そのせいか、急に時間が夕方になったように、辺りが暗くなる。
残った三枚の翼を弱々しくも確かに輝かせている使徒の姿は、まるで蛍のようだ。
使徒に向かって駆けていたシンは、その姿をしっかりと見据え、右手に持った氷剣に怒りと罪能を纏わせ、力の限り振り抜いた。
その斬撃によって、使徒の左側の翼が二枚消滅する。
残るは、右側に残った一枚の翼のみ。
――後一つ…後一つだ…!
その時、シンの目に映ったのは、
「いけ!ライトネル!」
残り一枚の翼に向けて、一直線に向かっていたライトネルだ。
「分かってるわよぉ!前髪の恨み、食らいなさい!"ライトネル"!」
それは、自身の名が付いたライトネルの奥義の一つ。
両手に雷の双剣を顕現させ、回転しながら二度斬りつける技だ。
シンプルだがその威力は絶大で、翼一枚に対してはオーバーキルとも思えるのだが、そこは本人が言う通り前髪の恨みがあるからだろう。
その攻撃により、使徒の最後の翼が消し飛んだ。
そして、翼を失った使徒は、最後の抵抗とでも言うように、四本の大剣を真上に放り投げ、それをマグマのようなエネルギーへと変換させる。
見た瞬間分かった。
あれは"ヤバい"。
生物としての本能が全力で警鐘を鳴らしてきている。
当たっても、かすっただけでも、一瞬で死に至るだろう。
何としても回避するために、シンは今までで一番の集中力をこの瞬間にのみ費やす。
だが、それは杞憂だったようだ。
慌てていたためか、苦し紛れに放たれたエネルギー塊はコントロールも出来ておらず、回避するのも容易だった。
念のため、大きく距離を取って回避しても火傷を負ってしまうのだから、とんでもない威力である。
そして、大砲部隊の攻撃が突き刺さり、使徒は黒煙で包まれてしまう。
そのタイミングを狙っていたかのように、どこからともなく使徒の目の前に、氷剣を振りかぶった男が現れる。
「いっけええええええ!!」
無意識に、そう叫んでいた。
やっと、戦いが終わる。
ミーリアの仇を討てる。
これで全て――
「兄…さん…」
……何だ?今のは誰の…
ふと、使徒を見ると、使徒の目の前で、目を大きく見開いた見たこともないような表情で、男が空中で動きを硬直させていた。
その隙は、致命的だった。
使徒の右上の手が、男を掴み上げる。
「…悪いな…シン……後は任せた…」
男は、悔しいような、泣きそうな、なのにどこか嬉しそうな表情でそう言った。
それと同時に、炎柱が顕現し、男の体を焼き尽くす。
「――――――!!」
――さん!
そう叫ぼうとしたけど、言葉が出なかった。
まだ名前も教えて貰ってないのに。まだ、何も教わってないのに。
また失ってしまった。
また、大切なものを守れなかった。
家族同然の人を、最も信頼していた人を、失った。
俺は…弱い…。
男の死を暗示するように、空を覆っていた"氷界"が消滅してしまった。
そして、使徒は太陽の光に包まれて、回復を行っている。
鐘の音が鳴り終わり、炎柱が消失した先には、腕が六本に増え、翼が十二対になった無傷の使徒が佇んでいた。
現実を突き付けるように、男の手から落ちた氷剣が、シンの目の前の地面に突き刺さった。
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