Awakening
楽しんでお読みくださいませ。
"突破"とはつまり、一種の"覚醒"だ。
対象に自分の力を分け与え、能力を一段上――場合によっては数段上――へと昇華させるのだ。
一見、楽に力を入手出来る方法と思えるが、突破には大きな危険が伴う。
一定のラインまでの能力が無いと、譲渡された力に順応出来ず、体が爆散してしまうのだ。
その点、シンは十分すぎる力を持っているため、問題は無い。
問題は次の条件だ。
この条件は、人間であれば当然の事であったため、条件からは除外されていたのだが、シンは例外だった。
「……おかしいな…何度も…やっているの…だが…」
突破による能力の昇華は、属性を通して行われる。
言ってしまえば、属性が、力を注ぎ込む器となるのだ。
だが、シンには生来宿っている筈の属性が無い。
現在、男が注ぎ込んでいる力も、無駄に垂れ流している状況であった。
――ピシッ、パキッ
垂れ流しになった力が、床を凍結させている。
――じり貧だな…
そう思った男は、力を注ぎ込むのを止めた。
おかしい。魔王から教わった方法に相違無いのだが、うまくいかない。
あの魔王が間違っているとも思えないし、考えられるとすれば――
「…シン…少し…怒りを解放…してみろ…」
突然の要求に、シンは意味がわからなそうに硬直していたが、すぐにいった通りにしてくれた。
――やはり、か
属性が感知出来ない。
本来ならば、どんな者でも、火の場合生温い感覚が、水の場合ひんやりとした感覚が感知出来るのだが、今は全く感知出来なかった。
有り得ない。
属性が無いなど前代未聞だ。
男は、属性が無いと"突破"出来ない事を知っていた。
シンに属性が無いことは、全くの想定外だったのだ。
「…シン…突破について…だが…また今度…な…」
「ええ!?またですか!?」
シンは残念そうに俯いてしまった。
仕方無い。不可能はほとんどの場合、可能には覆らないのだ。
今日はもう、休めてやったほうが良さそうだな。
「…今日は…ここまでにして…おこう…。…ぐっすりと…眠ること…だ…」
その言葉に何故だかシンはげんなりとした表情を浮かべ、
「気を抜けば体が輪切りですけどね…ぐっすりとしたら昇天してしまいますよ…」
シンの視線は、部屋に点在する立体に向いている。
――何だ?触れたら斬れるだけだから触れなければいいだけなのに。しかもそれとの距離は50cmはあるんだぞ?
男は首を傾げる。
それを見て、シンの表情は尚更げんなりとしてしまった。
◇ ◇ ◇
寝ることに対して、シンは少し不安があった。
以前、夢に現れた[火]の使徒がまた現れるのではないかと思っていたのだ。
だが、幸いにも夢に使徒は現れなかった。代わりに――
「っっっ痛!!ぐうう…」
右手首の焼けるような激痛に、シンは目を覚ました。
急いで服を捲り、手首の様子を確認する。
――六日後…
そこには、見たことのない赤い文字が刻まれていた。
昨日までは一週間後だった筈だ…それが今回六日後になっている…[火]の使徒が現れるまでの期限か?
そう考えていると、部屋の入り口からタイミング良く男が入ってきた。
「氣が…乱れている…が…どうかした…のか…」
「いや、実は――」
シンは、男に手首を見せる事にした。
「…これは…呪印…か…?…いつから…出ているんだ…?」
「昨日からです。刻まれていた文字は"一週間後"でした」
「…そうか…」
男はそう言うと、考え込む体勢に入った。
――考えられる可能性としては、俺がシンと出会った時に、使徒の配下に呪印を施されていたことだが…
そして、男はある文字を目にする。
かすれているが、何か意味ありげな――
「…シン…この文字は…いつから…あった…?」
「あれ?こんなところにもあったんですね。"ハウザー"って読めます」
その言葉を聞いた瞬間、男は一つの結論に到った。
――間違いない。これは[火]の使徒――ハウザーからのメッセージだ。
ハウザーに、まだ自我は残っているのか?使徒に成り果ててなお、人を助けようとするとは…
「…そうか…」
男は、それだけしか言わなかった。
――六日後、ハウザーがやって来る。今年こそ、この戦いを終わらせる…
男は心の中で、再び決意を固めた。
◇ ◇ ◇
「…シン…お前には…"怒り"の…コントロール…を…さらに精密に…してもらう…」
目が覚めてしばらくすると、突然男がそんなことを言ってきた。
「…完全に…コントロールする…ことで…寿命も…食事も…睡眠の必要も…無くなる…これを…お前には…後五日で…習得して…もらう…」
男の言葉を聞いて、シンは驚愕と不安がない交ぜになったような表情になる。
「全体での戦闘訓練はどうすれば…」
「それに…ついては…俺から…伝えて…おく…」
――そんなとんでもないこと、五日で出来るのか?
当然、容易に習得出来る筈も無く、シンの地獄の鍛練が幕を開けた――
「死ぬ!絶対死ぬ!!危なっ!後10cmずれてたら死んでた!!」
シンは開始三分で限界を迎えていた。
「…喋る余裕が…ある…なら…もっと…動け…」
現在行っている鍛練は、部屋に点在する凶器立体を避けながら、男と模擬戦をするというものだ。
当然、空中で戦うのは禁止である。
「死ぬうううう!!死ぬうううう!!鍛練で死ぬうううう!!」
若干…いや、大分キャラがぶれつつあるシンを思いやれる人物は、今この場には居なかった。
シンの力に進化の兆しが見え始めたのは、三日目の鍛練だ。
その日、シンは正面から怪鳥を3体相手取って戦闘訓練を行っていた。
度重なる地獄の鍛練の末、シンは本当に死にかけていた。
朦朧とする意識の中、見たものは無数の線。
線に触れると、指先の皮膚が切れた。
その時、シンは気づく。
自分以外の者が動けていないということに。
無数の線は、怪鳥の爪から繰り出された斬撃だった。
シンは新たに、"停止領域"を習得した。
それは、文字通り万物の動きを停止させる能力。
その領域内でも男は平然としていたのだから、本当に化け物である。
四日目の鍛練。
その日は初日と同じ、凶器立体の点在する中で、ひたすら模擬戦を行っていた。
すると、何やら半透明の男が現れて、透けてない男より素早い挙動で、木刀を降り下ろしてきた。
男の分身かと思ったが、そうでないことはすぐに分かった。
半透明の男を認識して木刀で受け流そうとした瞬間、半透明の男が木刀を降り下ろした軌道をなぞるように、男の斬撃が繰り出されたからだ。
半透明の男は、男が動こうとするとコンマ数秒速く男より動く。
それを防ぐように木刀を振ると、面白いように男の斬撃を受け流すことが出来た。
習得した能力は"未来予知"。
相手の挙動を予知し、相手より速く動くことが出来る能力だ。
不測の事態も、陥る前に事前に知る事が出来る。
それを感じ取った男はさらに斬撃の数を増やし、未来予知があっても防ぎきれなくなった。
この人はどんだけ強いんだろう。まるで底が見えない。
「ヤバイいいいい!!死ぬうううう!!」
考え事に集中し過ぎると、凶器立体に切り刻まれそうになる。
この鍛練では、一瞬たりとも気は抜けないのだ。
そして、シンは再び男に向かって駆け出した。
鍛練五日目。
手首を見ると、"明日"と文字が刻まれていた。
毎日数が減っていくことから、やはり何かの期限なんだろう。
その日の鍛練は、今までのような戦闘訓練ではなく、一歩も動かずに行われた。
「…大事なのは…集中力…だ…。…呼吸を…止めろ…動きを…止めろ…拍動を…止めろ…」
それを、男は実践して見せてくれた。
効果はすぐに分かった。
男の気配が消えたのだ。気配感知を全開にしているのに、目に映っているのに気配を認識出来ない。
不思議な感覚だった。
「…血の…代わりに…怒りを…巡らせろ…。…筋肉の繊維…一本一本に…隙間なく…」
男の指導は分かりやすかった。
本来ならば、首を傾げるに終わる説明なのだが、ライトネルや教師の男よりも、はるかに指導が上手かった。
結論から言えば、習得成功だ。
少しでも集中を切らせば、一瞬にして霧散してしまうものの、習得には成功した。
男は、これを一日中持続しているというのだから驚きである。
シンが、怒りを体に循環させる技術――"怒気封纏"を習得すると、男は満足したように頷き、何も言わずに部屋から退出していった。
シンには、"罪能"がある。
そこで、一つ試してみたいことがあった。
それは――
「…ぐう…よし、成功だ…」
怒気封纏と罪能の重ねがけ。
怒りと罪能を同時に纏い、さらなる強化を促したのだ。
それにはリスクもあった。
今まで、誰も試した事が無い故に、起きる事象は全くの未知数だったのだ。
そして、今回の場合は――
「凄い…さっきより楽に動けるようになってる。力も増しているし」
怒りと罪能が混ざり合い、別の存在に成ったようだ。
それぞれの上位互換であることは言うまでもない。
シンは、動きを確かめる意味を込めて、足を一歩踏み出した。
――轟音
次の瞬間、シンは凶器立体を粉砕してそのまま壁に激突していた。
「…死んだかと思った…」
凶器立体を粉砕したことから分かるように、"怒気封纏"は肉体も強化してくれるようだ。
――中々、制御が難しそうな能力だな…"明日"までに仕上がればいいけど…で…
そして、シンは立ち尽くした。
「どうやって解除するの…これ」
それに答える声は、無かった。
◇ ◇ ◇
「…明日…使徒が…来る…。…準備を…」
部屋から退出した男は、現在、総司令官のギルヴェルトに伝えて貰うべく、ギルヴェルトの部下の大柄な男――ヴァンに、使徒について話していた。
だが――
「はんっ!そんなことが信じられるか!見たところお前は入ったばかりの新人だな?そうやって組織を乱そうとするなら今すぐ出ていって貰うぞ!」
ヴァンは男の話を無視して、大声で吐き捨てた。
「大体なあ!使徒が来たのはここ最近じゃないか!やつらは一年おきにしか来ないんだよ!分かったらさっさと行け!」
そして、男を払いのけて、大股で通路の奥へと消えていった。
――まあ、無理もないか。俺の存在は組織では秘匿されているし、何より使徒が一年おきにしか来ないという固定観念にとらわれているからな。
ヴァンが、使徒が一年おきにしか来ないと言ったのは、今までがそうだったからである。
使徒は初めて現れた年から一年おきにしかやって来なかった。
だが、それは絶対ではない。
実のところ、使徒が本気で人を殺しにくるのならば、わざわざ一年おきになどしないはずだ。
そして、シンの手に刻まれた文字。
明日、使徒が訪れるのはほとんど間違いなかった。
「……せいぜい…生き残る…こと…だ…」
助言を聞かないのなら仕方がない。
従わない者までは、守れない。
それは、今まで生きてきた数千年で、痛いほど分かっている。
男は振り返り、シンを残してきた部屋に、戻っていった。
台風が近付いていますね。
関東方面に在住の方々はくれぐれもお気をつけ下さいませ。




