違和感
楽しんでお読みください。
「ずっと気になってたんだけどさあ、シンさんって何で属性が無いの~?」
温泉から出た後、カレン、リッタ、レナ、バステト、ステラと別れ、ライトネルに今日の晩御飯を奢る事になっていたシンは、二人で食堂へと向かっていた。
「知るかよ。ていうか属性って何だ」
毎度の意味を理解しかねる質問に、逆にシンは問い返す。
「前にも言ったでしょ?人には必ず将来発現するであろう属性があるの。私は見ただけでそれが分かるんだけど、シンさんからは何も見えないの」
「だから知らないって言ってるだろう」
これが、シンが"極めし者"の域に到達出来ない原因である。
極めし者は、その全員に属性が発現している。そして、属性が発現した時点で、人という枠から外れた存在になるのだ。
属性は誰にでも必ず備わっており、何か大きな障害を乗り越えた時、または精神を揺さぶる大きな衝撃を受けた時、心の深淵で静かに芽吹く。
だが、シンには生来宿っているはずの属性自体が無い。
これは前代未聞の異常事態だ。
その意味ならば、シンは人の枠から外れた存在であると言えるのだが、属性が発現しない限りは、シンは極めし者に到達することが出来ない。
「ふーん…まあ…いいけどね」
ライトネルは納得出来なかったようだが、渋々と引き下がった。
「ほら、そんなことより、もうすぐ着くぞ」
シンはそう言って通路を曲がると、ガヤガヤと食堂からの声が聞こえてきた。
「今日は何を食べようかしら!たっっくさん頼んじゃおう~っと!」
「……程々に頼むぞ」
今夜もお金をむしりとられそうだ、とシンは静かにため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
案の定、ライトネルの頼んだ食事の量は尋常では無かった。
目の前の大きな食卓が埋まる程の量、少なくとも数十品はありそうだ。
「なんて美味しいの!このお肉は怪鳥の肉かしら。とっても柔らかいしジューシーで、このスパイシーな味付けも完璧よ!」
ライトネルは肉料理を食べてはしゃいでいるようだが、
「……なあ、それ俺が注文したやつなんだが…」
「そんなのどうでもいいの!このお魚も美味しい~!」
――こいつ!俺の飯をどうでもいいなどと抜かすとは!いいだろう。そっちがその気ならこちらも…
そして、シンはライトネルの注文した麺料理に食らいつく。
「美味い!豚骨ベースの濃厚スープが麺に絡まって、素晴らしい味を醸し出している!チャーシューも肉汁たっぷりで食べ応え抜群だ!」
「ちょっとシンさん!それ私の――」
「あれ~?そんなのどうでもいいんじゃなかったんですか~?」
「くっ…この…!」
かくして、シンとライトネルの大食い早食い対決が幕を開けたのだった。
――数十分後
「はあ~!お腹いっぱい!大満足よ!」
「く、くそ…お前の体のどこにあの量が…」
勝負は、ライトネルの勝利に終わった。
「それじゃあシンさん。お会計よろしくね~」
「…分かってるよ…しかし、どんな額になるのか想像もつかんな…」
二人は席を立って、会計を行っている少女のもとへと歩いていった。
「あの、お会計よろしくお願いします」
「はい!少々お待ち下さいませ~」
会計の仕組みは単純であり、注文した料理のお皿の色によって値段付けがされており、その枚数を数える事で金額の合計を割り出すのだ。
「お待たせいたしました~。白1皿、赤3皿、黒2皿、金26皿で、合計30520円です」
「え!?3万!?」
その金額に、シンは驚愕をあらわにする。
――3万とか冗談じゃないぞ!俺の持ち金全部持ってかれる!
3万円とは、この組織で一月働いた時に支給される金額と同等であり、貴族ならばともかくシンにとっては凄まじく高値だった。
――くっ!だが、奢ると言った以上払えませんなどとは言えない…仕方ないか…
そして、シンは渋々と懐の財布から3万円と硬貨600円分を差し出した。
「お釣80円です!お会計ありがとうございました~」
普段は可愛らしい会計の少女の笑顔が、心なしか黒く感じる…
ともかく、これから大分節約しないとな…ていうか金無いんだから節約もクソもないか…
「じゃあシンさん!奢ってくれてありがとね~!またよろしく頼むわ!」
「絶対にやだ…」
ライトネルは上機嫌に跳び跳ねながら、食堂から出ていってしまった。
そろそろ、俺も戻るか。
すっかり空になってしまった財布を手に、シンはとぼとぼと歩いて行くのだった。
◇ ◇ ◇
「…遅かった…な…」
地下の自室(仮)まで戻ると、男が待っていた。
気配で居る事は分かっていたが、相対すると何故か不気味な感覚に襲われてしまう。
「はい。少し夜ご飯を食べていたので」
「…そうか…で、今日の訓練は…どうだった…」
「あ、はい。それが――」
シンは、男に今日の一連の出来事を話した。
訓練の件。ステラの件。その後の事後処理での件など、包み隠さず話した。嘘を吐いた所でこの人には見破られてしまう。
「…そうか…」
全てを聞き終えた男は、ただそれだけ言った。
「…そろそろ…頃合いかも…な…」
男は思う。
今の話を聞く限り、神話の時代の魔法を正面からはね除けたということが分かった。
属性も持っていない、ただの新人が、だ。
バステトとライトネルという少女の助力もあり、ぎりぎり抑えられたとのことだが、良く取り乱さずに行動に移れたものだ。
俺はその時任務で居なかったから、帰ってきたら家が無くなっていた、なんてことも有り得たかもしれない。単純に、助かったな。
それは一先ず置いといて、目の前の少年の実力は既に"突破"可能な域に達しているだろう。事実、神話の失われた魔法を受けて生還したのだからな。
だが、まだ推測に過ぎない。今確かめる必要があるだろう。
「…おい…お前の名は…何だったか…」
男の問いにシンは不思議そうに目を丸くしていたが、すぐに答えた。
「シン・グレンです」
……"シン"それに"グレン"か…。
「……その名前…安易に…言うんじゃない…ぞ…」
「?はい。分かりました…?」
ピンと来ていないようだが、罪の名を冠する者が名を明かす事は危険なのだ。
だが、シンの反応を見る限り、既に明かしてしまっているようだ。それでも、誰かが自殺しただとかそういう話は聞かない。
シンの周りには強者が集まっているのか、はたまた呪いをコントロールする能力でも取得しているのか。
どちらにせよ、影響が無い事は僥幸と言えるだろう。
もし、自分が名を明かしたりすれば大惨事だ。
それほどまでに、罪の名の呪いは強力なのだ。
「…では、シンよ…お前に…試練を…与える…」
「…試練、ですか」
「…ああ、そう…だ…。…今から俺と…模擬戦を…して…もらう…」
その言葉に、シンは大きく動揺する。
「あなたとですか!?急にどうして…もしかして死んでしまうかも…」
「…安心しろ…。…殺しは…しない…」
「良かった…。それでも怖いですが、どこでするんですか?」
少し安堵した様子のシンが問い掛けてくる。
「…無論…ここで、だ」
そして、男は"怒り"を解き放った。
男を中心に、氷が広がっていく。
それはどんどん地面を侵食していき、幾何学立体が部屋の隅へと寄せられ、氷のバトルフィールドが形成された。
急激に部屋の温度が下がっていき、吐く息が白く煙る。
それはさも季節が上書きされたようで、まさに人の域を外れた妙技だと言えた。
「…では…始めよう…か…」
そして、どこから取り出したのか、男はシンに木刀を投げ渡してきた。
シンはこれ程理不尽な思いを抱いた事はない。
100%勝てない相手と無理矢理戦わされるのだから、無理も無い話である。
が、初めて男の怒りを目にした時よりかは、幾分戦える気がした。
すくむ心を奮い立たせて、シンは向かって行った。
「行きます!」
先手必勝だ。
初手で"天歩"の高速立体機動で、男の背後に回り込む。一瞬で空中を4回蹴って視界から消える、シンの奥義とも言える技であった。
床が凍っているのだから、当然の判断だといえるのだが、それは男も安易に読めることであった。
シンの目には、自分の動きに反応出来ず、微動だにしない男が映っている。
――取った!!
そして、そのまま男の頭部に向けて、木刀を上段から降り下ろした。
――スカッ
だが、その木刀は虚しく空を切るに終わった。
――残像!?本体はどこに――
「…限定的な…状況下…だと…相手の行動…も…読みやすく…なる…」
突如、背後から男の声が聞こえた。
シンは、気配感知を全力で使用し、男の木刀が降り下ろされる軌道を予測して、紙一重のタイミングで木刀を受け止めた。
「…やるじゃ…ないか…」
そして、そのまま男の木刀を受け流したシンは地面に手を付き、念じる。
――隆起しろ!!
シンの思い通りに男の真下の氷床が隆起し、シンと男の間に大きな壁が出来上がった。
だが、男も気配感知を使う事が出来るため、このような壁などほとんど無意味であった。
――さて、どうするか
「…そんなことも…出来た…のか…」
シンが打開策を考えようとしたその直後、またも背後から男の声が聞こえた。
――速すぎだろ!
そして、受け止めきれないと判断したシンは、思いっきり前方へ踏み出そうと試みるが、その瞬間気配感知が警鐘を鳴らし、シンは跳躍することを選んだ。
「…ほう…これも…避けるか…」
床を砕く勢いで跳躍したシンが見たものは、二人の男だった。
どうやら、分身のみを可視化させ、本体はシンの目の前に潜んでいたようだ。
――戦える!戦えてる!
曲がりなりにも、男と戦えているという事実に、シンは高揚感を覚える。そして、それがシンにさらなる進化を促した。
シンは天井に手を付き、男に向けて5本の石柱を放ち、天歩の高速機動で追撃を行う。
空を蹴る毎に、シンの速度は増していき、木刀のぶつかり合う音が一瞬の絶え間なく奏でられる。
シンの速さに、男も攻めあぐねているようだ。
――ここだ!
シンは、これ以上無いタイミングで減速し、男のタイミングを大きく乱す。
大きな緩急に、男もバランスを崩している。
そして、シンは手を付くことなく、地面の形状を変化させ、男の体を拘束する。
そう、今まで手を付いてきたのは、発動条件が"手を付いている"と、思わせるためのブラフだった。
こればかりは、男も目を見開いて驚いている。
こんな拘束など、すぐに破られてしまうだろう。だが、シンにはその一瞬で十分だった。
――食らえ!!
シンは大きく踏み出し、男の胴に向かって木刀を横なぎに振った。
勝っただろう。
これが、シンの素直な感想だった。
だが、目の前の男の顔はあまりにも冷静で――
「…おめでとう…"突破"可能…だ…」
何度目か、背後から男の声が聞こえた。
シンが木刀を振った先には、既に何も無かった。
「無理です。勝てる訳がないですよ…」
「…当然…だ…。…何しろ…まだ…発展途上…だから…な…」
――それに、と男は思う。
自分に付いてこられる者自体がほとんど居ないのだ。
入団して間もないにもかかわらず、この動きが出来るのはまさに異常だった。
これからの成長が本当に楽しみだ。
そして、男は怒りを解除した。
途端に部屋中の氷が男のもとへと退いていく。先程の逆再生を見ているようで、何だか変な気分だった。
一気に疲れが押し寄せてきたシンは、その場にドサッと座り込む。
「ところで、さっきから言っている"突破"って何ですか?」
当然の疑問を、シンは投げ掛けてきた。
丁度、話しておこうと思っていたのだ。
「…では…話そうか…」
男は、静かに口を開いた。
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