26.強敵
矢はにやにやと笑うジェノスを突き抜けた。まるでそこには何もないかのように。
「また会おう、冒険者よ。いや俺としては逢いたくないけど」
そう言ってフードをかぶるとまるで陽炎のようにその姿を消した。
が、そんなところを見ている余裕は俺にはなかった。
ジェノスに矢を放ったということはリナさんは黒豹から目を離したということだ。その隙に黒豹はリナさんへ向かって走り出していた。
俺もシズネもそいつを見逃さず急いでリナさんと黒豹の間に割って入る。
スビードの関係で迫る黒豹、シズネ、俺、リナさんの順で縦に並ぶ形になる。
黒豹がシズネに向かって飛ぶ。シズネはその開いた口に刀を叩き込もうと横にふって迎え撃つ。
だが、その一撃は不発に終わる。
黒豹はまるで見えない足場があるかのようにシズネの手前でさらに跳躍、シズネの頭上を軽々飛び越えた。
横なぎに剣を振りながらもその視線で黒豹を追うシズネの表情は驚きで満ちていた。
シズネを飛び越えた先にいるのは俺だ。
「待ちやがれ!」
俺は上段からの振り下ろしで奴の頭をたたき割ろうとする。
だが黒豹は俺の手前でスタっと着地し、平然とフェイントまで入れて俺をかわしていった。
そこまでするなら俺を攻撃しろよ。
振り切ったところで振り返って叫ぶ。
「リナさん!」
リナさんは矢を放ち終えた所だった。
俺の声ですぐそばにいる黒豹に気づくが、奴はもうリナさんに飛びかかっていた。
口を開けて咬みつこうとする。狙いは確実に首だ。
リナさんはその口を弓で殴る。口に吸い込まれた木製の弓を黒豹は難なく咬み砕いて見せた。
だがそのおかげでリナさんがその場から距離をとる隙ができた。
弓を破壊されるというリスクは負ったがリナさん自体は無事だ。
すぐさま腰に装備していた短剣を抜き構えるリナさん。
俺たちだってそのままただ見物しているわけじゃない。
すぐさま黒豹を囲むように位置取りをして剣を構える。
黒豹は俺たちには見向きもせずにリナさんだけを見て唸っている。
その隙に俺は黒豹をきちんと確認する。
ブラッドパンサー Lv.32
20の枠を超えて30台ですよこいつのレベル。
大きさも少し大きめの虎くらい。ギリギリ現実にいても驚かないくらいの大きさだ。
レベルは高いが倒せない相手じゃない、はず。ゲーム的に。
俺はシズネに視線で合図を送る。
シズネがうなずいたのを見て軽く深呼吸。
「でりゃぁあああ!」
「おndrreぇぇええ!」
俺とシズネによる両側からの攻撃。それを察知していたのかそうでないのか、黒豹はタイミングよく前へ駆け出すことで避けて見せた。
シズネが舌打ちをする。はしたないからやめなさい。
黒豹が駆けだした先にいるのは当然…。
「リナさん!」
二人で叫ぶ。当の本人は落ち着いているように見えた。
リナさんは黒豹を迎え撃つために前へ出る。
そこに黒豹は飛びかかっていく。口を開き、前足を伸ばし、押さえつけた所を咬みつくのだろう。
だが、リナさんが前へ出たのはブラフだった。
黒豹が跳んだのを見てリナさんは後ろへバックステップで下がる。だが、黒豹は又も空中で足場を蹴るようにして飛距離を伸ばした。
すぐさまリナさんが横に跳ぶ。さすがに方向転換はできないようで黒豹は当初の予定よりもだいぶ先に着地し、すぐさまこちらを睨みつけた。
「大丈夫ですか」
急いで俺たちがリナさんに駆けよる。
「すまない、弓を破壊された。私は足手まといだろう」
「大丈夫です!私たちがぶっ倒します」
自信満々のシズネにリナさんは微笑んだ。
「そうか。頼もしいな」
リナさんを背にして俺とシズネは並んで黒豹を睨みつける。
黒豹の視線は俺たちを見ているようでその奥を常に睨みつけているようだ。
「シズネ、俺が先に出て気を引く。お前はその隙を突け。上に跳ばれたら避けられてもいい、風斬を撃ってくれ」
「了解」
あいつの空中ジャンプが二段ジャンプであることを祈ろう。
「行くぞ!」
俺たちは同時に走り出す。シズネは俺の少し後を突いてくるように走る。
迫ってくる俺たちをさすがの黒豹も無視できないだろう。
奴は俺たちに向けて走り出した。
「こっち来いやぁ!」
叫びながら黒豹を見据える。奴の視線が完全に俺に向いた。
グルゥガァアゥウウ!
黒豹が俺へと飛びかかる。俺はそいつを剣で受けた。
剣を横にして両前足、そして開いた口がそれ以上前へ出ないように受け止めたのだ。だが…。
「重っ!」
奴は跳びかかってきているので完全に宙に浮いている。すると全体重が俺のほうにかかってくるわけで。
だがここで倒されたら一撃でゲームオーバーだ。左手で切っ先のほうを支えながら体全体を使って剣を引いては支えている黒豹を右へ押し出す。
そのまま体勢を崩すようであれば追撃もできたのだが奴は後ろ脚だけで跳びあがって見せた。
「シズネ!」
「了解!」
俺の後ろに続くシズネが黒豹の胴に向かって刀を振り下ろす。
が、それを察知した黒豹はさらに空を踏んで跳んで見せる。
「今だ!」
「《風斬》!」
シズネは跳んだその後ろ姿に向かって《風斬》を放つ。
《風斬》の軌道は左下から右上への逆袈裟。飛んでくる風の刃に気づいた黒豹は器用にもその尻尾で風の刃の側面を叩くことで打ち消してみせた。だが、
ギャァゥウ!
完全に消しきれたわけではなく残った刃が奴の右後ろ脚の太ももを切りさいた。
空中で失速した黒豹は緩やかな放物線を描きながら地面へと落ちる。
落ちたとはいえそこはネコ科。怪我があるためかきれいな着地とはいかなかったが怪我のある足をかばった静かな着地だった。
今の《風斬》でHPが8分の1ほど削れた。おそらくだが機動力もだいぶ落ちただろう。
飛べない豚はただの豚だが跳ばない猫は猫以下だ。奴は豹だけど。
俺は追撃に走るシズネの後を追いかけ走り出した。
黒豹はむっくりと起き上がると駆けてくる俺たちを見た。そしてそれよりも近い位置にリナさんいるリナさんを見た。
人間だったらニヤリとしているだろうか。
黒豹はより近くにいたリナさんに標的を定め、駆け出した。
シズネが気づいて方向を変える。
俺も急いでそちらに走った。
弓があるリナさんであれば黒豹が落ちた時に撃ち抜いていただろう。今のリナさんは通常よりも何倍も攻撃力がない。
近づいてくる黒豹に対して右手で短剣を左手は腰の後ろに回して構えている。
シズネはどうにかリナさんと黒豹の間に入ることができた。
中段で構え、黒豹を見据える。
黒豹のほうはシズネを視界に入れつつも完全に狙っているのはリナさんだ。
シズネが再び《風斬》を撃つ。それを悠々と黒豹はかわした。
その時間稼ぎもあったが俺は黒豹の走り去った後に来るのがやっとだった。すぐに黒豹はシズネをよけてリナさんへ向かってしまうだろう。
「てめえの相手はこっちだ!」
俺は叫んだ。無駄と分かっていても少しでもこちらに気がそれればと思い叫んだ。というか、気分は「こっち向きやがれこのタコ助!」だ。
俺が叫びが大地を駆け巡る。
すると黒豹は速度を緩め、だが走ったまま俺のほうを振り返った。
「シズネ!横に跳べ!」
その瞬間、リナさんが大声を上げた。
シズネが言われた通り左へ飛ぶ。シズネが居た位置を黒い棒状の何かが飛んでいく。
それは足の緩んだ黒豹の右前足に突き刺さった。
長さ15センチほどの棒。テントを地面に縫い付けるペグのようだ。棒手裏剣と言った方が分かりやすいか。
グギャァァ。
黒豹が悲鳴を上げる。
リナさんは第二投、三投と次々投げつけるが左前脚によって弾かれてしまう。
だが、おかげで奴の動きは完全に止まった。
「《風斬》!」
その隙を逃すまいとシズネが風斬を撃つ。
飛んでくるベグに気を取られていた黒豹の胴に風の刃が深々と斬りこむ。
ギャルゥウアア!
叫び声が上がる。
奴の動きが鈍ってから走り続けていた俺はついに黒豹に追いつくことができた。そしてその無防備な胴に向かって剣技を放つ。
「《X・スラッシュ・インパクト》!」
リナさんからの飛んでくるペグ、シズネの《風斬》でやつのHPは残り半分ほど。ここで削りきれれば!
「これで、どうだ!」
俺はラストの一突きに気合を込める。最後の突きとそれによって生じる衝撃派によって黒豹は吹き飛ぶ。
飛んでいく黒豹を見る。あとHPは8分の1ほど。
そして飛んでいった方向には。
「シズネ!」
「お姉ちゃんに――任せなさい!」
飛んでいる黒豹に向かって跳ぶシズネ。
そして空中で剣技を発動させる。
「《二閃》!」
刀スキルLv.2で習得したという剣技《二閃》。その字のごとく、《閃き》を二回撃つ技だ。同じような軌道を往復させる。
シズネが本気で撃つと一瞬のうちに往復して戻ってくるので最初と最後のポーズが若干違う間違い探しみたいに見える。
だがその一瞬の閃きこそ、彼女の剣であり強さなのだろう。
空中でなすすべもなくシズネの剣技を受けた黒豹は地面に落ちることなく、空中で塵となって消えた。
落ちてきたのは右前足に突き刺さっていたペグだけだ。
シズネが地面に着地する。
そして俺を見て左手は腰に、右手はピースサインを出して仁王立ち。
俺はようやく息を吐いて納剣した。
リナさんのほうを見れば彼女も短剣を腰の後ろの鞘に戻している。
俺たちは誰が言うまでもなく散らばった三人の中心へ歩き出した。
「ブラッドパンサーを二人で倒してしまうとはな。さすがお前たちだ」
俺のほうを力強く、シズネのほうはいたわるように頭をなでるリナさん。
この年になって撫でられるというのも何か気恥ずかしいものがあるな。
「ふふ、当然よ。私はお姉ちゃんなんだから!」
さらに胸を張るシズネ。リナさん、「そうだな」じゃないですよ。
俺たちの頭から手を離したリナさんがまじめな顔に戻る。
「さあ、のんびりもしていられない。あのジェノスとかいう魔人族、魔王の復活、ブラッドパンサーと森の魔獣について。報告しなければいけないことが山のようにある」
そうだ、森の南側のほうは魔獣がいつ町や街道にあふれてもおかしくない。
その対処もお願いしなきゃ。
「戻りましょう。急いで」
リナさんは頷き、シズネは驚いた顔をする。
「お前、まだ戦い足りないのかよ」
「え?いや、そんなまさかぁ」
シズネが慌てて手を振るがリナさんはため息、俺はあきれる。
顔に出てるぞ、顔に。
お読みいただきありがとうございます
次で二章が終わります




