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24.怨敵

「よくやった」


 消えていくブラウンスパイダーを眺めているとリナさんから声がかかる。


「ええ」

「ブレイド君さすが!かっこいい!」


 飛びついてくるシズネをひょいとかわす。あ、ふくれっ面。


「しかし、こんなところにブラウンスパイダーか。やはり森は何かおかしいな」

「一度戻って報告します?」


 もしこのまま森のモンスターのレベルが一段階以上上がった状態であるというなら、奥に行くのは危険かもしれない。

 だが、リナさんは首を振った。


「いや、これは早急に原因を探るべきだ。戻っている時間が惜しい。とりあえずは奥の様子を見に行くぞ」


 リナさんがこういうならシナリオが進む兆候かもしれないし、俺は反対しない。

 シズネもまた、すぐにギルドに戻ると戦えなくなるから反対しない。

 ただ、あまり回り道をせずにまっすぐ奥のほうに向かうとのことだった。


 俺はマップを広げてみる。

 視界の端にあるときは周辺のみだが、広げて森全体を見るようにする。

 不自然なほど、中心付近の魔物が少ない。

 そして、中心には普通の魔獣よりも少し大きな赤丸と赤黒い三角。

 この間見たときはこんなものなかったのでシナリオが進んでいる証拠だろう。


 俺たちは急遽奥を目指した。

 とはいえ、先頭は相変わらずシズネのままで、近くに魔物が出るやいなやそちらにそれてしまうのだが。

 それでも方向を見失わず、目的のほうに確実に向かっていることが分かっているリナさんは苦笑しながらついて来てくれるのだが。

だが、そんな寄り道も長くは続かなかった。


 森を森の外縁部から中心部に向かって4つに分けたとしよう。

 一番外側から浅い層、中頃の層、奥の層、そして中心部。

 ゴドーセの町に来て間もないころ、この浅い層、中頃の層に魔物が集中していて奥の層、中心部にはあまり魔物が居なかった。

 これはこの森に来た時から感じていたことで、おそらく、中心部のほうが魔物が強くなわばりも広くなるからだと勝手に考えていた。


 が、現在、マップの状況は全く違う。

 中心には大きな赤丸と赤黒い三角の二つのみ。

 奥の層にはほとんど魔物がおらず、中頃の層と浅い層の魔物の量がぐっと増えている。

 ゴドーセの町に接している方向、北側はまだいい。

 俺とシズネが狩りまくったせいかそんなに密集度合いは高くない。


 反対側、南側はいつ魔物があふれてもおかしくないくらいギチギチだ。

 これはリナさんと相談してギルドに報告しないとだめだろう。

 そして現在、俺たちはすでに奥の層に突入しており魔物を狩りに寄り道しようにも魔物が居ないというのが現状なのだ。


「いやに静かだな。これが魔物の巣食う森か?」


 歩きながらもリナさんは険しい顔をしていた。

 結構ハイペースで歩いていると思うのだが俺もシズネもリナさんもつかれたそぶりを一切見せない。


「この先、森の中心部に何かいます。何か…良くないものが」


 俺はシズネの背中を追いかけながらリナさんに話す。


「それはお前たちのスキルによる情報か?」


 リナさんの言葉が俺の胸に刺さる。

 何と答えればいいのか、俺にはわからず黙り込んでしまう。

 しかし、深刻そうな俺とは裏腹にリナさんはふっと口元を緩めた。


「いや、いい。お前たちのことは信用している。お前たちが何かあるというなら何かあるのだろう」

「何二人だけの世界作ってんの!お姉ちゃんも混ぜなさい!」


 つい足を止めてリナさんの微笑みに見とれてしまった。

 そんな状況の俺たちをシズネが見て怒鳴る。

 俺は軽く謝りながら歩き出した。

 それからほどなくして、森の中心部に着いた。


「ブレイド君――」


 シズネが立ち止まり目の前を見て呆然としていた。

 俺たちが追いつくとその理由はすぐわかった。


 視界が開けているのだ。


 まるで境界線が張ってあるかのようにそこから先には木が生えていなかった。

 森の中心部は森でなく、野原だったのだ。

 ご丁寧なことに雑草が生え渡っているというのに邪魔になりそうな背の高い草は生えていない。

 みんな歩くのに邪魔にならない背の低い草ばかりだった。


「すごい…けどなんで…」

「この森の中心には来たことがなかったが…こんな風になっていたとは」


 俺もリナさんも驚きだ。


「いや、それどころではない。良くないものというのはこの奥か?」


 誰よりも早くリナさんが正気に戻った。


「え、ああ、はい」

「こうしている場合ではないな。先を急ぐぞ」


 俺たちが歩き出した直後だった。


「へぇ、森の奥ってこんな風になってんだなあ」


 突如として俺たち三人の誰でもない声が後ろからする。

 俺とシズネは驚いて振り向き、リナさんはその場から飛んで距離をとり、すぐさま矢をつがえ構える。


「お前…いつからそこに!」


 シズネが目を吊り上がらせた。


「おいおい、俺はずっと後ろをついてきたんだぜ?一緒に来たようなもんだろ?」


 そいつはケタケタと笑って見せた。

 ものすごく不快感を催す笑いだった。

 シズネは無言で抜刀する。俺はまだ、剣を抜かずそいつを睨みつけていた。


 黒いローブ、その中のちらちらと見える防具は灰銀色、そして装飾品のような豪勢な柄の細剣。

 そいつはローブの頭巾を取って見せた。

 俺はそいつの醜悪な笑みを見て剣を抜いた。


 腹立たしかった。

 何よりも、こんなに近くに来るまで気が付かなかった自分が腹立たしかった。


「おうおう、もうすでに準備万端ってか」


 そいつは俺たちがいつでも攻撃に転じるとわかっていながらもその醜い笑みを崩すことはなかった。むしろそれすらも楽しんでいるようだ。


「何をしに来た、ザギー!」 


 リナさんが叫ぶ。すでに弓を引いていて恐らく相手の返答次第では矢が飛ぶだろう。

 ザギーはリナさんからすでに放たれている殺気をまるで感じていないかのようにやれやれと頭を振った。


「決まってんだろう?シズネを犯すんだよ」


 悪魔だってこんな笑い方はしないだろう。あいつらは食欲を満たすために人を見ることはあっても性欲を満たすためには人を見ないだろうからな。 

 それだけ、奴の顔は性欲に満ちていて非常に醜悪だった。


ザギー Lv.14


 睨みつけていたから、奴の頭上にはレベルとHPバーが表示された。


「俺としては宿屋でしっぽりつーのが一番好みと言えば好みだが、まあたまには外で開放的にヤッちまうのも悪くない。せっかくこんなにいい場所なんだしなあ」


 俺はシズネの前に出る。そしてシズネに下がるように手ぶりで示す。

 レベルだけ見れば俺たちの相手ではない。だが何か嫌な予感がする。


「本当に最後だ。シズネ、てめえは俺に犯されろ。そうすりゃそこの男は逃がしてやる。精々頑張って町の外に逃げろよ?そうしないと殺しちまうかもしれねえからな。あとそこのBランク。てめえは残ってシズネの次だ。分かってんだろ」


 リナさんの弓から矢が放たれた。

 ザギーは驚いて飛びのくが刺さったのは先ほど居た位置の少し手前だ。


「今のは忠告だ。次はその腐った頭を貫く。今すぐこの場を立ち去れ」


 リナさんは再び矢をつがえて構えている。

 ザギーはやれやれと肩をすくませている。そしておもむろに一本の小瓶を取り出した。

 透明なガラスの小瓶だ。中身は液状で禍々しい紫色をしている。


「何を…」

「心優しいやつからの贈り物さ。これを使えば気に入らないものはすべてぶちのめせるってものらしいぜ」


 なんだかとても嫌な予感がする。

 もちろん、シナリオ的にもこれは絶対飲ませたら厄介な奴だし、そうでなくてもあの液体から本能に訴えかけるような何かが放出されているのだ。

 だが、止める間もなくザギーはその小瓶の中身を煽った。


 ガアアァアアアア――。


 おおよそ人間が出すような声ではない。

 妙にだみっぽく掠れているのに新が太いような声。

 俺もシズネも呆然と見つめることしかできなかった。


「な、に…」


 リナさんですら、思わず構えを解いてしまうくらいなのだ。

 ザギーの体が変化していく。

 体は膨れ上がり身長は倍に、体各部の太さも倍に。

 肌は紫色に変化し、血走ったような赤い目がらんらんと輝いている。

 耳尖り顔には醜悪な笑みを張り付けたに裂けた口。


「アア、ゥゥウウ…ハァ」


 手足が人間の時よりも長くなり、特に手首から先はかなり肥大している。爪もまるで牙のように太く、鋭い。


「ァァアア、イイ、イイゾォ」


 ザギーだったものが恍惚の声を漏らす。


「ハハハ。アノ男ノ言ッテイタコトハ本当ダッタ。力ガ湧キ上ガッテクル」


 ギロリと、奴の目玉がこちらに向いた。

 一瞬すくみ上るが、すぐに剣を握りなおす。


「コンナチイサイ奴ラニ惑ワサレテイタトハナ。死ネ」


 無造作だった。

 無造作に奴は右手をこちらに振り下ろしてくる。

 振り返ると、シズネは奴を見上げたまま固まっている。

 俺はシズネを抱えて思い切り地を蹴って跳んだ。


 後方でズン、という音ともに土煙が上がる。

 俺は着地後さらにザギーだったものから距離をとる。


「ァアア?外シタカ」


 土煙が収まったところで、ザギーだったものが手の下を確認していた。

 俺は奴の頭上にあるはずのレベルと名前を見る。


 ザギー Lv.24

 

 レベルが10も上がっている。

 ま、人間が魔物化するなんてよくある話だ。

 俺は剣を構えながらシズネに声を掛ける。


「シズネ、大丈夫か」


 シズネはいまだに目を見開いた固まったままだ。


「おい!」


 俺は左手でシズネを揺する。

 シズネの目に光が戻った。


「ッハ。いや、ちょっとクオリティ高くて驚いただけよ、うん」


 シズネも立ち上がり刀を構える。


「二人とも、無理をするな。私が相手をしよう」


 リナさんが俺たちの隣に立ち弓を構える。

 だが、そうそういいところを持っていかれるわけにもいかない。


「いえ、俺もやりますよ」

「お姉ちゃんは無敵。それを証明してやります」


 ザギーが構えるこちらを見下ろしてくる。


「アア。マア殺セレバイイカ」


 ザギーが動き出す。それを迎え撃つために俺とシズネもまた、前へ走り出す。


「無茶はするんじゃないぞ!」


 リナさんの牽制の一矢から、戦闘は始まった。

お読みいただきありがとうございます

区切りのいいところって探すのが大変です

次が本番…ですかね

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