17.キーパーソン
知らない女性に連れ出されて俺とシズネは冒険者ギルドを後にした。
あのまま男と口論するつもりはなかったのでむしろ好都合と言える。
通りに出て背中を押されるままに少し歩くと、冒険者ギルドから離れたあたりで背中から手の感触が消えた。
「連れ出してくれてありがとうございました」
振り向いて女性に対して俺は頭を下げた。隣にいるシズネも続けてお礼を言った。
「いや、構わない。少々、あいつには因縁があったのでな」
この女性、俺より身長が高い。改造和服のような上に下は膝まであるブーツ、サイハイソックス、ショートパンツと動きやすさが重視されていることが分かる。
弓と矢筒を背負っていることからも冒険者であることは間違いないのだが。
すっと通った鼻、涼しげな目元、そして意思を感じさせるアメジスト色の瞳。
間違いなく美人だ。うん。静音も美人だが、この人のほうが大人の魅力を感じる。子供っぽさ残る静音も十二分に美人なのだが。
なお、サイハイソックスとはニーソックスよりも長いソックスの事だ。ニーソックスは膝上まで。さらに長く太もものあたりまで来るとサイハイソックスとなる。
俺が詳しいのはいろんな長さの靴下を持ってきた静音が『このスカートに合う靴下選手権』とか言ってファッションショーもどきをやって見せたからだ。
別に性癖とかではない。性癖とかではない。
なおその選手権の時のスカートは結構丈の短いミニスカートで「大丈夫よ、下に対策用の下着はいているから!」とのこと。なお、「めくらんでいい!」と叫ばなければならなかったのはお察しである。
「それでも助かりました。案外しつこくて困っていたんです」
「大丈夫よ、ブレイド君。あれ以上しつこくなるようだったら蹴り上げてたから」
俺は横目で静音を睨んだ。どうやら我慢の限界が近かったようだ。
蹴り上げるための素振り?をするな。
「ハハハ、元気なお嬢さんだ。そうなるまで待っているのも一興だったな」
女性は快活に笑って見せた。
つられて俺たちも笑いかけた時だった。
女性の後ろから人影がヌッと現れた。
「ようやく追いつきました。皆さん、すぐに出て行ってしまわれるんですもの」
声の主はサーヤさんだった。結構意気が上がっているのは走って追いかけてきたのだろう。受付ほっぽってきて大丈夫なのか?
息を整えるサーヤさんを見て静音が不思議そうな顔をする。
「えと、まだ私たち何もしていないと思うんですけど…」
サーヤさんは呼吸が落ち着くと、すっと背筋を伸ばす。
「いえ、だいたいの状況は見ていましたので把握しています。まずは…」
サーヤさんの視線が女性のほうに移る。
「すみません、一応騒ぎにもなりましたので、ギルドカードを確認させてもらってもいいですか?こちらから連絡することがあるかもしれないので」
女性は快諾してギルドカードをサーヤさんに差し出した。
「自己紹介がまだだったな。リナリアだ。リナと呼べ」
「ブレイドです。リナさん、よろしくお願いします」
「シズネよ。よろしく」
「はい、確認できました。Bランクのリナリアさんですね。お手数かけました」
ギルドカードを返しながらサーヤさんが頭を下げる。
上げた顔は何とも複雑な表情をしていた。
「それと、これは個人的なアドバイスなんですけど…先ほどの男性、あまりいい人ではないんです」
首をかしげる俺とシズネをよそにリナさんが眉をひそめた。
「まあ、立ち話もなんだ、露店の方へ言ってもいいか?」
リナさんからの提案に唯一サーヤさんだけ困った顔をした。が、すぐに決意を決めた顔をしてうなずく。
「ええ、座って話しましょう」
露店は町の大通りが交差した広場にある。
中心は芝生のひかれた公園、といった風情だが、その周辺は買い食いできるようにと椅子と机が点在している。
ここまで来たのは初めてだ。なんせ、食べる必要がないからな。
「お前たちは飯は済ませたか?」
リナさんの質問には一応、頷いておくことにする。シズネも首を縦に振った。
するとリナさんは近くの露店いくつか覗いて声をかけた。
「店主。卵サンドを4つとお茶を――」
「あ、私は大丈夫ですよ。すぐにギルドに戻りますし」
サーヤさんが注文中に割り込む。ちらっとリナさんがそちらを見て店主に顔を戻す。店主が注文を変えるのかと身構えていると
「お茶を4つだ。頼むぞ」
頭に手ぬぐいを付けた店主――おっちゃんの動きは素早く、用意してあった卵サンドを2つの2セットで皿に盛り、コップにお茶をお盆にのせて差し出した。
「はいよ。お盆とコップは後でそっちの箱に放り込んでおいてくれ」
リナさんが会計を済ませて近くの机へと向かう。
「あの、別に私の分は要らなかったのですが」
サーヤさんが申し訳なさそうに声をかけるが
「なに、冒険者ギルドの受付嬢はなかなか大変だろう。普段の仕事ぶりへと労いと思って受け取ってくれ。そこの二人も、冒険者は体が資本だ。食える時に食っておくのも仕事のうちだぞ」
リナさんは快活に笑うだけだ。
席についてお茶と卵サンドを受け取りながら再びお礼を言う。
「すみません、ごちそうになってしまって」
横でシズネが慌てて頭を下げた。せめて手に持っている卵サンドを置け。
「なに、新人冒険者への先達からのお導きってやつだ」
くつくつと手の甲で口元を隠しながら笑うリナさん。
そういえばその話をするためにここに来たんだったな。
「それで、話っていうのは――」
俺が口を開きかけるとサーヤさんがそうだったという顔をし、リナさんが真剣な表情になったのだが、シズネは
「ねえねえ、ブレイド君。これすごい、すごいおいしい!」
と俺の発言を遮ってバンバンと二の腕を叩いてくる。
引き締まりかけた空気が一気に弛緩した。
ため息をついて俺も卵サンドをかじる。
「――これは!」
一見ただの食パンにでつぶしたゆで卵をはさんだだけかと思いきや、食パンの上には薄く切られたチーズが一枚挟まれていて、その塩気と卵ソースが何とも言えなハーモニーを奏でている。もちろん卵ソースもマヨネーズで和えられたかのような味わいでこれ単体だけでも十分おいしい。さらに時折口内を刺す辛子がとてもいいアクセントとなって何度かじっても飽きがこない。
まさかVR世界でこんなにうまいものが食えるとは!
バッとシズネのほうを見ると「めっちゃうまいでしょ?」と目が語りかけてくるので頷き返す。
そんな俺たちの様子を見てサーヤさんも一口含み「あらっ」と口を押さえて声を上げている。
そんな俺たちをまるで子犬がじゃれあうさまを見るような眼差しで微笑みながらリナさんが見ていた。
「さて、さっきの男の話ですが」
卵サンドを食べ終え、お茶でのどを潤してからサーヤさんが改まって口を開いた。
「あの男の名はザギー。本人の申告通り、Dランクの冒険者です」
「でもそれだけじゃないんでしょ?わざわざ受付ほっぽって来るくらいなんだから」
シズネの言葉の「ほっぽって」のところで困ったように笑うサーヤさん。
「まあ、戻れば説教必至でしょうね。それはまあ、はい。
彼の評判はあまり好くありません。通称『新人食い』と」
Dランクの癖に二つ名持ちか。しかもあまりいいもんじゃなさそうだ。
二つ名を聞いたリナさんの表情が暗くなる。
「『新人食い』てことは、新人に寄生して分け前を横取りしたり、あわよくば身ぐるみはがしてしまうとか、ですか?」
新人いびりの行き過ぎたやつ、であれば近づかないのが一番いいのだが。
「いえ、そこまでの行いは犯罪行為とみなされ、ギルドのほうで処罰できるのでまだマシです。彼が行うのは…」
「善意で新人女性冒険者を手伝い、クエスト終了後に酒なりで意識もうろうとしているところを犯す…とまあ、ようは下衆だ」
サーヤさんの言葉を引き継ぎリナさんが応える。
うわ、下心しかないお手伝いかよ。しかもその後はお持ち帰りとか…。
確かに顔はまあまあだったし、けっこう見た目で引っ掛けられる子が多いんだろうな。どこの世界に行ってもかわいいは正義だが、ただしイケメンに限るは真理だからなあ。
「ええ、しかも、飽きればすぐに手を切るので、被害に遭った子たちは憔悴しきって無理をしてしまい、死んでしまうことも多々ありまして…。ギルドとしても問題視はされているのですが、依頼はきちんとこなしますし、報酬分配もむしろ良心的。あとは依頼後の事なので手が出せない状況でいます。今回はおそらく…」
スッと三人の視線がシズネへ向かう。
「へ?あたしもしかして狙われた?まあ、そんな気はしてたんだよねぇ」
シズネも状況を理解したらしく遠い目をする。
「しつこいし気持ち悪いしキザったらしいし、ナンパ野郎だと思ったわけよ…」
さすがはシズネ。町を歩けばスカウトされ、繁華街を歩けばナンパ野郎が湧き、学校に行けば告白ラッシュと経験豊富でいらっしゃるからな。その程度は見分けられるわけだ。
「(だいたい何で男はたくさん寄ってくるのに司君は一切無反応なのよ。お姉ちゃんが野郎にお持ち帰りされてもいいていうの!?最近は近くにいてもなんの反応もしないし、昔なんて胸元開いて団扇であおいでいるだけで顔真っ赤にしてたのに最近じゃ無言で扇風機こっちに回してくるし…)」
下を向いてぶつぶつと何か言いだしたシズネを放置して、そんなシズネを見て引いている二人に顔を戻す。
「分かりました。その男のことはこちらでも気を付けておきます。わざわざ教えに来てくれてありがとうございました」
サーヤさんにお礼をする。
「い、いえ。せっかく冒険者になっていただけたのですから、私からのアドバイスです。…あの、戻らないといけないので私、行きますね」
サーヤさん立ち上がり、リナさんに頭を下げた。
「ごちそうさまでした。では、またギルドで会いましょう」
ニコッと笑ってサーヤさんは広場を後にした。
サーヤさんを見送り俺たちはいただいたお茶を空にする。
「そろそろ、俺たちも行きます。リナさん、お世話になりました」
シズネがお礼を言っている間にお盆の上にコップと皿をまとめる。
リナさんはふっと力の抜けた笑いをした。
「まあ、そう他人行儀になるな。ここで会ったのも何かの縁だ。若手冒険者の面倒を見るというのも悪くはない。どうだ?」
「えと、俺たちについて来てくれる…ということですか」
リナさんはああそうだと微笑んだ。
「ダメだよ、ブレイド君。これ絶対後でよからぬ要求をしてくるやつだよ。今の話聞いてたでしょ。誰が何と言おうとブレイド君は渡さないんだからね!」
シズネが机をたたいて立ち上がる。
「ハハハ。まあ、あの話を聞いた後ではそう思われてもしょうがない。こちらとしてはただの善意だ、としか言えないのはあの男と一緒だ」
リナさんは相変わらず微笑んだままだ。
「シズネ、お願いしよう」
「ブレイド君!」
「シズネ、リナさんは悪い人じゃないと思うよ。俺の人を見る目が曇ってなければ」
俺はシズネをこちらに向かせてなだめる。
それに…
「リナリアはキーパーソンの名前だろ」
こちらはリナさんには聞こえないように。
シズネは一瞬、むっとしてそのままゆっくり頷いた。
「分かった。ブレイド君がそこまで言うなら」
「よろしくお願いします」
俺たちはそろって頭を下げた。
「ああ。よろしく頼む」
リナさんは眩しそうに目を細めて笑った。
「(あの兄妹も仲が良かったな)」
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