18.最初の依頼
俺たちはゴドーセの町から一番近い森を歩いていた。
町付近の街道や、その周辺の野原には魔物は一切いなかった。
まあ、そんなところにいたら速攻で狩られるよな。うん。
そんなわけで、まともな狩りは森の中へ入ってからとなったのだ。
現在の隊列は前衛俺、シズネ。後衛リナさん。
もともとアドバイザーの役目であるリナさんは戦闘には基本参加せず、周辺を見張っていてくれるとのことだ。そんなことしなくても、マップがあれば敵がいるかいないかは分かるのだが、ありがたい話なので受け取った。
「それで、ギルドで受けた依頼は何にしたんだ?」
森に入ってすぐ、リナさんが後ろからたずねてくる。矢こそ構えていないが、弓は手に持ち、すぐに戦闘に入れるように準備している。
「ええ、討伐依頼が出ているものであまりいいものがないとのことでしたので、採取依頼を受けてきました。えっと…魔力草と薬草、あとはあれば赤芽草です」
「ええ~討伐依頼なかったの!?」
俺の返事にシズネは落胆の声を上げた。俺だって討伐依頼が欲しかったよ。
そんなシズネの肩をリナさんがなだめるように叩いた。
「まあまあ。薬草採取も立派な依頼だ。我々が採ってきた薬草がポーションとなり、誰かの命を救うかもしれない。もしかしたら、めぐりめぐって自分の命を救ってくれるかもしれない。ギルドは無駄な依頼は出さないからな。たかが薬草取りとは言え必要なことだぞ」
はーいとやる気なさそうにシズネが返事をする。
まあ、採取依頼はかなり楽だ。マップに表示される場所に行けばモノがあるわけだし、数をそろえるのも難しくない。
それだからか、シズネのテンションはダダ下がりのようだ。
「まあ、魔物を狩れば素材は売れるし、上位種なんかを狩ると後から依頼扱いで処理してくれることもあるみたいだから元気出せ」
肩を落とすシズネの頭を撫でてやる。
一瞬ビクっとしたがされるがままだ。
「元気出たか?」
「もっと撫でてくれれば、むしろ抱きしめてくれればもっと元気出る」
「あほか」
最後にシズネの頭にチョップをかましてやった。
ふと顔を上げればリナさんが微笑んでいる。
「仲がいいな」
「付き合いが長いだけですよ」
「この先もずーっと付き合いがあるもんね!」
「そろそろ行くぞ」
まだ森の入り口の事である。
* * *
この森は案外広い。
森を抜けるのに直線距離で歩いて二日くらいかかるという。
中心のほうに行けば行くほど魔物が強くなるというのは定番らしい。
なので奥に行きすぎず、どちらかと言えば入り口あたりをうろつくことにする。
まあ、まだ初心者だし、レベルも低いし。
魔物を狩ると言っても結構運ゲーだ。
一応、この辺りに出る、こういう場所に居やすいというのは魔物ごとにあるらしいが必ずしもその場にいるとは限らない。なので、冒険者たちは目撃情報と、魔物の習性を照らし合わせて森の探索を行う。
俺たちの場合はいそうな場所のマップを確認して、いるかいないか判断。いなければ周辺を洗いながらひたすらエンカウントを繰り返せばいい。
今回は採取を終えることが第一目標なので目的物がある場所の周辺の魔物を狩っていくことになる。
この森で今日戦ったのはフォレストウルフ、ブラウンスパイダー、ホーンラビット、ソルジャービーだな。
全体的にレベルは6~12の間くらい。
レベル的に言えばシズネにはキツイかもしれないが、そんなそぶりを一切見せない戦いぶりだった。
「敵、来ます。数3」
俺の報告で空気が一気に張り詰めたものになった。
この森に来てからの初戦。俺とシズネは剣(刀)を抜き、リナさんは矢筒から矢を取り出した。
木々を挟んで向こうに見えるのはフォレストウルフだ。一匹を先頭にほか二匹が周辺を気にしながら追従しているように見える。
木々がまばらなこの場所なら剣を振るっても問題はない。
俺はシズネと目配せをして奴らの前に飛び出した。
戦闘の一匹のレベルが9、後ろ二匹が6。まあまあだ。
俺たちが飛び出したのに向こうも気づき、こちらに吠えながら飛びかかってくる。
一匹目、飛び込んできたそいつを俺は横に飛びのくことで避けた。
そいつは俺のほうを見ながら空中を飛び続けたが、俺の後ろにいる人影に気づくと目を見開く。
シズネが下段に構えて待ち構えていた。いや、刃が上になっているから正確には下段じゃないかも。
空中に飛びあがったら物理法則的には落ちるまで何もできない。
シズネはフォレストウルフが着地するより早く剣を振り上げ、そして再び振り下ろした。
下顎、と脳天を斬られたそいつは、地面に落ちると同時に塵となった。
後ろ二匹はリーダーがやられたとあって少し及び腰だ。
それでもグルルと唸っていてこちらに対する敵愾心は失っていないようだった。
向こうは二匹で並び、こちらは俺とシズネで並ぶ。
同時に飛びかかってくるフォレストウルフを俺は地面にたたき伏せ、シズネは下から救い上げるように斬り上げた。同時に突きによる追撃。
シズネのほうのフォレストウルフは突きさされた時点で、チリとなり、俺のほうはとどめとばかりに胴をぶった切って倒した。
息を吐いて心を落ち着かせる。
シズネも突きの残心を解いて納刀する。
「お前たち…本当に初心者か…?」
矢をつがえようとしているところで固まっているリナさんが呆然としていた。
初心者…かなあ?
俺は一応スタッツの村での経験があるし、シズネも過去に剣術をやっていて、冒険者ギルドに行く前に実戦も積んでる。
「冒険者の初心者ではありますね。昨日登録したばかりだし」
俺の答えを聞いてリナさんが釈然としない表情で矢を矢筒に戻していた。
そうやって、魔物を倒しながら森の探索を続けていた。
薬草、魔力草はもう十分に採ったし赤芽草はもう少し奥に入らないと手に入らない。なお、手に入る分は採取済みだ。
あとはいい時間までひたすら狩りにでもしようかとシズネと話し、その方針で探索していた。
リナさんは驚きとあきれを通り越したのか、もう俺たちの異常ぶり(本人たちには自覚なし)に慣れたのか後ろで静かにしている。時折、森の歩き方や、注意の配り方、野営の仕方などを話してくれるくらいには仲良くなったが、方針を決める時や戦闘中は黙って後ろにいることにしたようだ。
マップで敵の位置を確認しながら歩いているはずのシズネが立ち止まった。
「もう魔物が見えてもおかしくない距離なんだけど…」
きょろきょろとあたりを見渡すシズネ。
俺も慌ててマップを開き、リナさんは矢筒から矢を取り出した。
確かに魔物を示す赤い三角マークがすぐ近くにいる。だが周辺を見ても何もいなくて…。
「そこを下がれ!ブレイド!」
「ブレイド君逃げて!」
二人が叫んだのは同時だった。
俺は二人の叫びに呆けた顔を返すのが精いっぱいだった。
いや、人間いきなり逃げろと言われて逃げられるのは訓練されている人たちだけですよ。
明るかった俺の周りに影が差す。
急に暗くなったので上を見ると…。
「ちっ、《ブロウ・シュート》」
リナさんが弓を放つ。
俺に降ってきた何かは矢が当たるとボールを打ち返すように吹き飛んだ。
矢、刺さってないんだぜ?点の攻撃のはずなのに突き刺さるじゃなくて吹き飛ばすんだぜ?やったぜファンタジー。
何かはシズネの頭を飛び越して地面に落下した。
大きな音とでかい砂ぼこりが…ってそうでもないな。
そいつは焦げ茶色の蜘蛛だった。ただそこはファンタジー、大人の人間ほどのサイズの蜘蛛だ。
木の幹の色と同化して気づけなかったらしい。俺を押しつぶした後に食べる気だったのか、押しつぶしに来たんじゃなくて食べる気だったのか。
どのみち襲われたことには変わりはない。
「大丈夫か、ブレイド」
リナさんが弓を構えながら俺の前に出る。
「ええ、リナさんのおかげで。まさか頭の上にいるとは…」
俺も平静を保ちつつ剣を抜いた。
敵はブラウンスパイダー。レベルは今までで最高の12。
俺たちは冷静だった。虚を突かれたとはいえ状況は一変。正面切って向かい合った状態でのリスタートだ。
だが、シズネは落ち着いていなかった。
蜘蛛を睨みつける目はどこか血走っている気がするし、口元は三日月のように吊り上がっている。
「よくもつかさ君を襲ってくれたわね。いい?つかさ君を襲っていいのは私だけなの。なんて言ったって、家族だもの、お姉ちゃんだもの。他の誰であろうとお姉ちゃんの許可なしに襲うなんてことは許されないしそもそも許可が下りるわけないでしょう?私だってまだ添い寝まででいつ襲ってくれるのか楽しみに待っているところなのになんでお前のような奴が嬉々として飛び込んでくるわけ意味分かんないんだけど。ふふふふふ」
リナさんがうふふふと笑うシズネを見ながらひきつった笑みを浮かべている。
「おい、ブレイド。あれ、大丈夫か?」
「えっと、俺にも分からないです」
シズネは抜刀術のごとく剣を鞘に収めたまま構える。
蜘蛛は標的をシズネに変えたのか正面に着いた目?らしきものをシズネに向けている。
刹那、蜘蛛がシズネに飛びかかった。
なかなかの脚力をしているようだ、一跳びでシズネの位置まで距離を詰めるようだ。だが、シズネは落ち着いて?鯉口を切った。そして、抜刀。
抜刀術、に近いのかもしれない。
シズネの刀の軌跡は鞘から引き抜かれるまま上に振り上げられただけだ。
だが、その刃は淡く緑色に輝き、シズネは見るものを恐怖に染め上げる狂気の笑顔をしていた。
ズシャ、と蜘蛛が地面に落ちる音がする。
いや、正確には蜘蛛だったものだ。
そいつは縦に真っ二つにされ岩に裂かれる川の水のようにシズネを避けて大地に還った。
シズネの刃の軌跡から斬撃が飛び、蜘蛛を斬ったのだ。
「私よりも先に司君を襲おうとするからよ。死をもって償いなさい」
さりげなく俺の名前を言っているが今の俺はブレイドだ。
しかし
「刀から、なんか出ましたよね」
「ああ。魔法剣の一種だろう。使える者は少ないが、シズネがその一人とはな」
なんで俺より主人公っぽいスキルを得ているんだろう。
神妙な顔でリナさんと話しているとシズネが嬉しそうに寄ってくる。
「ブレイド君!見ててくれた?不届き物は私がきちんと葬ったよ!」
ここ最近あまり見なくなった飛び切りの笑顔で飛び込んでくる。
思わず抱き留めてしまい、胸にすり寄ってくるので、頭をなでる。
「ああ、うん、ありがとう」
腕の中でにこにこしているシズネは気づいていないが俺はだいぶ複雑な表情をしているだろう。
リナさんは肩をすくめて見せた。まあがんばれよ、だそうだ。
「しかしお前らはよくもまあこんなに魔物と遭遇するものだ」
ホーンラビットを追うフォレストウルフを発見し、これは漁夫の利とばかりに両方とも倒した後のリナさんの言葉だ。
シズネと俺は顔を向かい合わせてかしげる。
「変ですか?」
シズネの問いにリナさんはくつくつと笑って見せた。
「確かに、この森はあまり開拓されているわけじゃないから魔物は比較的多い。が、こんなに頻繁に遭遇するものではない。ダンジョンではないのだからな。まるで、そちらに行けば魔物がいるのを知っているかのようだ」
俺とシズネは再び顔を見合わせる。
なんと言ったらいいものだろうか…。
この世界の住人(NPC)は俺たちの使うマップというものの存在を知らない。
ま、一種のチート機能だ。なので、あまり大きな声で自慢するようなことはしないし、広めるようなこともしない。ばれないならそれに越したことはない。
「その反応じゃ答えを言っているようなものだぞ。大方、高レベルの気配察知系のスキルでも持っているんだろう。なに、私も冒険者だ。好奇心で相手にスキルの全貌を教えろなんて言わないさ」
再び声を出さずに紫の瞳を細めて笑って見せるリナさん。
親が隠した宝物を見つけてしまった子供のような悪意はあるが害意はない、みたいな笑顔だ。美人さんなだけにそんな姿も絵になる。
「まあ、そんなところですよ。次はあっちです」
時間的にもそろそろ折り返しだ。俺たちは次の獲物を見つけるべく歩き出した。
戦闘シーンがかっこよく伝えられるってすごいことですね
楽しんでいただけたらと思います
お読みいただきありがとうございます




