16.獲物
夕飯を済ませ、寝る支度を整え、俺は自室でヘッドギアを取り出していた。
ベッドにはさも当然そうに漫画を読みながら足をパタパタさせて寝転ぶ静音が居る。
「司君、準備終わったー?じゃあ早くゲームやろうよー」
「静音…そんなに気に入ったのか」
「いいじゃん。そのためにご飯も宿題も手伝ってあげたでしょ?」
漫画を脇にポンと放り手足をバタバタして駄々をこねる。
「あー分かった分かった。今、毛布敷くからもう少し待て」
「えーベッドでいいじゃん」
「狭いわ!」
舌打ちをする静音を横目に俺は毛布を敷いてVRキューブの電源を入れる。
「じゃ、おさきー」
静音はキューブの電源が入ったのを確認するとさっさとヘッドギアをかぶってバーチャル世界へと潜っていく。
こういう事は早いんだよな。そして何か良からぬことを考えているんだろうな。
ちょっと嫌な予感を感じながら俺も『新・大冒険の書』へとログインした。
* * *
男は上機嫌だった。
久しぶりに『いい獲物』を見つけたからだ。
朝、いつもよりも早く起きて、身支度を念入りに整える。
見てくれにこだわるのは一種の憧れだった。昔はそんなものに頓着している余裕もなく、それでも、着飾った人間を見てはうらやましいと思っていた。
今は、昔とは違う。男は着飾る側へと変わったのだ。
防具の汚れをチェックし、一つ一つ丁寧に身に着けていく。
人間は、外見で決めつけられる。それを男はよく知っていた。
最後に剣を腰に吊るし、宿に併設されている食堂で朝食をとる。
普段よりも早く宿を後にし、男は冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドが一番混む時間帯は朝の依頼争奪戦が行われる時間だ。
誰だって楽に高い報酬を得られるならそうしたい。だが、身の丈に合わない依頼を受ければその先にあるのは身の破滅だけだ。
冒険者になりたての頃は男も一生懸命依頼ボードに張り付いていた。
そうやって少しづつでも金をため、武器防具をそろえ、食料を買い、生活が安定して気が付いてみるとギルドランクがEまで上がっていた。
大物の冒険者ほど混んでいる時間帯を外そうとする。自分たちの受けられる依頼の幅が広いからこそできることだ。
それでも日帰りで依頼をこなしたいと思えばなるべく早く朝に来ざるを得なくはなるのだが。
朝一番の時間帯から二時間ほど。それが冒険者ギルド受付の一番の繁忙期と言えるだろう。
男は依頼ボード周辺が見渡せる位置に陣取った。
入り口ロビーは冒険者パーティが話し合うため、また新メンバーを募ったりするために机と椅子が出されている。男は椅子が5つも囲めばいっぱいになってしまう机を一人で占拠する。
ある意味、ここはこの男の定位置と言えるだろう。
さすがにまだ時間が早いため受付は開いておらず、ボードには昨日までのあまりの依頼が張られているだけだ。それでもこの男くらいの力量があり、バランスの良いパーティが組めればいくつかの依頼は消化されるだろう。
もちろん、この男がそんなあくせくと身を粉にするためにこんな朝早く来たわけではないのだ。
「おはようございますー」
冒険者ギルドの入り口が開いた。入ってきたのは成人を超えたあたりであろう少年と少女の二人組だった。
男はさっと立ち上がり、依頼ボードのほうへ向かった。
今さっき来てそろそろ依頼でも確認しようと思っていたんです、そう言わんばかりだ。
「やっぱり早すぎたんだよ。もう少し打ち合っててもよかったじゃん」
「それでも依頼は早い者勝ちだろ。早く来るに越したことはないだろ」
二人組は何やら言い争っている。
男は会話の内容に意識を向けながら口の端を吊り上げた。
その時、奥の扉が開く音がした。ギルドの奥から誰か出てきたのだ。
ロビーにいた三人は驚いてそちらを向いた。
「あら、ブレイドさんではないですか」
奥から現れたのはギルドの受付嬢だった。
確か、サーヤと言ったはずだ。
以前から男はこの受付嬢に目をつけていた。なるべく彼女がいる時、空いているときに依頼完了事務を行ったり、魔物との戦いの戦利品を出したりと。その度彼女を食事やデートなどに誘うのだが一顧だにされない。
男が渾身の笑顔と口説き文句で誘っても、彼女のほうはさらっと受け流してしまうのだ。
その受付嬢サーヤが、少年の名を呼んだ。
男にとっては驚きだった。なにせ、自分のことは鼻にも書けないのだ。常にそっけなく、冷淡に帰されてしまう。名前など聞かれたこともなければ呼ばれたこともない。
まあ、彼女の職業柄、名前は聞かなくても知れるのだが。
少年と少女は受付嬢のほうへ駆け寄っていく。
「今日は依頼を受けようと思いまして。ちょっと早すぎてしまったようですけど」
少年が照れ臭そうに頭をかく。
「そうでしたか。ちょうど良かった。今から今日の分を張り出すんですよ。先に何か見繕いましょうか」
受付嬢はふわりと笑う。その様子を見て少女はむっとし男は驚愕した。
少年は恐縮したように頭を下げた。
「すいません、何から何まで」
「いえいえ、それが私の仕事ですから」
受付嬢は近くの机に二人を案内した。
その間にも会話は続いていく。
「なにか、討伐系の依頼を受けたいと思っているのですが」
「討伐ですか…今日新しい依頼にはないですね。昨日までに貼られているもので何かあるとは思いますが」
「僕たちが受けられるのはEランクまでですか?」
「そうですね。まだ経験も浅いでしょうからFランクのものを受けてみるところからではないでしょうか。命あっての物種ですから」
少年と受付嬢は極めて事務的な話をしている。だが、他から見ればとても楽しそうに会話しているように見えた。
男は横目でそれらを見せつけられ、唇をかみしめていた。
席まで行くと少年は少女に向き直る。
「ま、討伐したいのはシズネなんだから、自分で依頼探してみたら?その間に聞きたいことは聞いておくから」
少女はふてくされてそっぽを向いた。
「分かったわよ」
「ごめなさい、ブレイドさん。私のほうも、先に依頼を貼ってきてしまいますね」
少年は一人席に取り残され、受付嬢と少女が男のほうに来るようだ。
男は表情に出さないようにほくそ笑んだ。
少年が出した少女の名前を男は聞き逃さなかった。
受付嬢がこちらに来たのに合わせて少々ボードから下がる。
彼女が作業しやすいようにとの心遣い…でもあるが、貼られた依頼をすぐさま確認するためでもある。
このころからほかの冒険者も一人、二人とやって来始めていた。
受付嬢が少年のほうへ戻るころ、他の受付嬢も姿を見せ、冒険者ギルドのかき入れ時が顔をのぞかせていた。
男はいくつか依頼を見繕い、そのうち二つを手に取った。
ピン止めされている依頼の紙を端を引きちぎるように取り外す。
一度ボードから離れ、先ほど来た少女を探す。
見つけた。肩までありそうな黒髪を後頭部でひとくくりにしている。その中で一房、編み込まれまとめられているのがいいアクセントになっている。
男はその位置から少女の顔をじっくりと観察した。
切れ長な目、整った目鼻立ち。鋭さがありながらどこか幼さが残る顔立ちがその清廉さを引き立てる。瀟洒でありながら純朴さを見せられる。まさに、美しい少女だ。
依頼ボードに群がる蟻どもも、少女の顔を見るとすぐに赤面して顔をそらしてしまう。
男は確信した。今までで一番美しい。――それでいてなんて御しやすそうな鴨なんだろうか。
男は少女に近づき、肩をそっと叩いた。驚いた少女は振り向いて男を見る。
するとすぐに少女は顔を脇にそらした。
男は確信した。今日の自分はやはりかっこいいのだと。高い手鏡を購入して髪形などに気を使い、武器防具も質よりも見た目を取って本当に良かったと。
男から見れば、少女は自分のカッコよさに当てられ恥じらってそっぽを向いたように見えた。少女からしてみれば『また、変な勘違い野郎が来やがった。とりあえず股間蹴って罵倒しようかな』である。
男は右側の前髪をさらっと手でなびかせた。
「おはよう。君は昨日冒険者になったばかりの初心者だろう。シズネちゃん、だったかな。ああ、驚かないでくれ、先ほど君の相棒と話をしているのが聞こえてしまってね」
少女は目を細めた。胡散臭いやつだと、目が語っていた。
「なに、初心者である君たちを先達である私が少し導いてあげようと思っているだけさ。ほら、討伐依頼ならこの辺りいいんじゃないのかい?」
人のいい笑みを見せながら男は依頼の紙を差し出した。
少女はそちらに見向きもしない。
「なに、フォレストウルフの討伐依頼さ。依頼はEランクだが、魔物自体はFランク。君たち二人にDランクである僕が加われば造作もない依頼さ」
男は再び前髪をなびかせ白い歯を見せる。
「どうだろうか。私とパーティを組んで――」
「どうしたシズネ」
男の言葉に割り込んできたのは少女と一緒にいた少年だった。
少女の表情が嬉しそうに華やいだ。
ササっと少年の脇に寄り添う少女。
男は突然の少年の割り込みに面食らっていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「いや、何。初心者の君たちを経験者として同行しようと思ってね。何、別に報酬を全部よこせとかいうチンピラではないよ。依頼報酬は三等分。討伐で得た戦利品は君たちにすべて譲ろう。どうだい?悪い話ではないだろう」
キラッと光る白い歯を見せながら男は前髪を払った。
少年は男を一瞥し肩をすくめた。
「それで、あんたにはどんな得が有るっていうわけ。まさか奉仕精神とか言うわけじゃないんでしょ」
「何を言っているんだ。これから我らの仲間になる新人をむざむざと死なせるようなことをしないために、経験者として持ちうるものを教えようと思っているだけさ。これでも私はDランクだからね」
少女は少年の服の裾を軽く引っ張った。
目だけで彼に伝える。
(こいつろくでもないやつだからさっさと無視してでていこうよ)
対する少年は軽くうなずいて返した。
「そりゃありがたい。けど遠慮するよ。いつまでもおんぶにだっこじゃ冒険者になった意味がないからな」
男は大仰に手を広げて見せた。
「おいおい、Dランクがわざわざ依頼を一緒に受けてやるってい言っているんだぜ。まさか断るなんて言わないよな。新人風情のくせになあ?」
少年は男を見ていた。何を言えばことを荒げずに済むか。最悪、死なない程度にボコる(ボコられる)ようなイベントであるとあきらめるかどうかも含めて。
その時後ろからさらに割って入る者がいた。
「済まないな、Dランク。こいつらはもう予約済みだ」
凛とした声色に思わず振り返る少女と少年。
視線の先には声色と同じく凛とした空気を纏い、鋭い視線で男を睨む女性がいた。
女性にしては背が高い。少年よりも頭半分くらい大きく、矢筒と弓を背負っている。パンツルックスのすらりとした体の金髪の女性だ。
女性は少女と少年の肩に手を回し「さ、出るぞ」と声をかける。
「な、なんなんだよお前は!」
男は拳を震わせながら叫んだ。ギルド内の大勢の冒険者が男に釘付けになった。
「貴様に名乗る名などない。ああ、そうだ、Dランク。せっかくだからいいことを教えてやろう。この二人はすでにBランクである私が見てやることになんているんだ。分かったらおとなしく宿にでも帰りな」
少年と少女を自分の前に押し出し、背中越しに男を睨む。
それらを挑発ととった男は女性に対してつかみかかろうと右手を伸ばす。
「この野ろ…ヴぇ」
一瞬の早業だった。
右肩を掴むはずの男の右手は女性が半身になって避けられ向かい合った瞬間にその勢いを利用して男は床に背中からたたきつけられていた。
「いいか、無駄なことをしようとするんじゃない」
女性は再び正面から男を睨む。
そしてすっと立ち上がると周りを見渡して肩をすくめた。
「まあ、見ての通りこちらは被害者だ。ギルド職員にはいい感じに伝えておいてくれ」
それだけ言うと再び少年と少女を促しギルドから出て行った。
慌ててそれを追う一番受付の出入り口に近い窓口にいた受付嬢と、転がされた男の様子を見に奥から男性職員が現れる。
だが、この程度の小競り合いなど粗野で粗暴な者の多い冒険者同士ではよくあることだ。ほんの一時騒がれただけですぐに収まってしまう。
収まらないのは獲物を横取りされて、コケにまでされた男の腹の虫だけだった。
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