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15.情報

 特にこれと言って特徴もなく、午前の授業が終わる。


「起立、礼」


 号令とともに椅子が一斉にがたがた音を立て、再びガタガタ、そしてがやがやと喧騒が増していく。

 そんな中で、教室の扉がすっと開いた。誰かがそちらを見て、目を見開く。


「司くーん、お弁当、持っていくの忘れたでしょ。もう、おっちょこちょいなんだから」


 扉の主は静音だった。俺はそちらを目だけで見て大きく息を吐いた。


 時々、静音はこうして昼休みに俺の教室を訪ねてくる。俺が本当に弁当を忘れているときと、俺が弁当を持とうとしたときにはすでに確保されているときと二パターンあるが今回は前者だ。

 なぜなら誰かさんを起こすのが大変で弁当の回収まで気が回らなかったからだ。


 ここで気さくに手を上げて「すまんすまん」なんてことはやらない。

 静音はすでに俺の席を把握しているし、それではまるで静音が俺に弁当を持ってくるのが当たり前みたいじゃないか。


 他人から見ればしずしずとおしとやかに俺のほうに歩いてくる静音。俺から見ればいそいそと嬉しそうに寄ってくる犬みたいだ。

 静音は犬ではない。しいて言うなら狐か狸だ。自分の持っているものすべてを使って化かし、誑かし、惑わし、誑し込む。そうと知っていなければ騙されていることすら気づかず、心地いいまま利用されてしまう。

 そのように思わせるようなことをするがただの馬鹿犬ともいえる。


「ほら、今度は忘れちゃダメよ?あ、この席使ってもいいかしら?」


 俺の机の上に弁当を乗せ、その隣の席をちゃっかり確保する。本来の席の持ち主は恐縮して差し出していた。


「静音、毎回どのことだが、弁当を忘れたら俺が取りに行くって言っているだろ?」

「そんなことされたら私が司君にお弁当を届けられないからいやって言っているでしょ?」


 無言のにらみ合い。方や表情を無くし、方やニコニコと嬉しそうに笑う。

 もちろん、前者が俺、後者が静音だ。


「相変わらず仲がよろしいですな」


 上から降ってくる声。声の主はよっこいせと空いていた俺の前の席にどっかりと腰を下ろした。


「こんにちは、静音殿。調子はどうですか?」

「ぼちぼちね」


 やってきたのは都築。静音と含みのある笑顔を交わすと俺の机にぼとぼとと今日のお昼であろう総菜パンを落とした。


 この二人、実に仲が良い。

 初めて会ったのは我が家で、都築とゲームしているところに静音が顔を出した時だ。だいたい初対面の男子諸君は静音の見た目にやられて挙動不審になるのだが、こいつは違った。


「おお、あなたが噂の司のお姉さまですね。初めまして、都築嘉人と申します」


 と普通に挨拶。当たり前のことだが、当たり前に行えたことに静音が興味を持ち、二三言交わしていた。

 あとで都築に聞いたところ「確かにお姉さまは綺麗で美しくありましたが、俺の今期の嫁はキュア○ムールちゃんでありますからな」と。


 俺は都築をいろんな意味で尊敬しているがこの人に対して一切偏見を持たない姿勢は一番だと思っている。それ以上にすごいところもいっぱいあるが。語尾とか…。

 なお、静音が一番都築を気に入ったのは「司君のお姉さま。ですって!」だそうだ。うん。

 何の脈絡も何もないご機嫌伺の二人の会話をそっちのけで俺は弁当を広げていた。


「最近は天気も良く、気もまた晴れ晴れしますな」

「そうだね。ついつい、お外に出たくなっちゃうよね」

「この時期は外で歩いていても暑くなく、散歩にはちょうど良い時期でありますからな」

「散歩と言えば、私、昨日司君とデートしたのよ。VRゲームの中だけど」

「おお、ということは静音殿も『新・大冒険の書』をプレイされたのですか。二人プレイまで可能ということは知っておりましたが…。で、どんなかんじでありましたか?」


 はたから見ると美男美女のカップルが楽しそうに話しているように見える。内容はVRゲームのプレイの感想だけど。

 というかすごいな。静音はいかに俺との時間が楽しかったかを語りたい、都築はゲームのプレイした感触を聞いておきたい。

 微妙にすれちがう話題でよくそこまで盛り上がれるものだ。


「お前ら本当に仲いいよな」


 箸を片手に思わずつぶやく。

 すると都築と静音は顔を見合わせて笑う。


「ハハハハ、司殿と静音殿には負けるであります」

「もしかして司君、嫉妬?嫉妬なの!?」


 嬉しそうだなおい。

 やめろ、頬に手を当てながら体をくねらせるんじゃない。周りの人が変な目で見てくるでしょうが。


「それよりゴドーセの町のキーパーソンって誰なんだよ」


 さっと、先ほどまでとは違い都築の顔が引き締まる。対して静音は右手人差し指を頬に当ててそちら側に顔を傾けた。あざとい。


「朝に『新・大冒険の書』の話をしていたのでありますよ。すでに情報を得ている私から司殿への譲渡であります」

「なるほど。司君、ネタバレが嫌いだからクリアするまで絶対に攻略サイトとか掲示板とか見ようとしないもんね」


 納得がいったようで静音はふんふんとうなずく。


「それで、どこまで話していいのでありますか?シナリオの流れなんかもお話しできますが…。この辺りは司殿の懐具合によってはお伝えしないほうが良いこともありますでしょうし…」


 総菜パンの袋の端をきれいに割きながら都築は困った顔をする。


「そうだな…。とりあえず、キーパーソンだけでいいよ。シナリオは進めていけば分かることだし」


 俺の答えに都築は頷いた。そして焼きそばパンにかじりつく。

 静音も弁当を広げており、おかずを端の先でつんつんしていた。

 ついつい気になって聞いてみると


「私と司君のお弁当って中身が一緒でしょ?そうすると『おかず交換しよ!』とか『こっちのもあげるわ。はい、あーん』とかできないのよね…」


 聞いた俺が馬鹿だった。目をそらして目の前の弁当から卵焼きをつまんで口に放り込む。

 すると、咀嚼を終えて口の中を空にした都築がいいことを思いついたという顔をする。


「つまり、お弁当が二種類あれば問題ないのではありませんかな?」


 静音の顔がぱぁっと輝く。


「お前、それ母さんが大変になるやつだぞ。無理無理。これ以上母さん朝に時間取れないって」


 静音のがハッとして落ち込んでいく。


「静音殿は朝に弱いわけではないのであろう?母上殿を手伝いながら自分で作ればよいのではないでしょうか?」

「でもそれだと司君に起こしてもらえなくなっちゃうから…」

「何も毎日やる必要もないのでは?静音殿も毎日司殿とお昼を食べるわけではないのですから」

「なるほど!」

「なるほどじゃねぇ!」


 ここが我が家で、目の前がちゃぶ台だったら間違いなくひっくり返していた。断言できる。

 どうせ片付けるの俺だし。まあ、我が家ちゃぶ台じゃないんだが。


「都築!これ以上静音に阿保なことを入れ知恵するんじゃない!」

「何をおっしゃいます、司殿。私は静音殿と司殿のことを思って…」

「残念ながらお前の顔は他人を思いやる顔ではなく、この先起こるであろう俺の困った顔を想像してにやにやしている顔だ。そうはさせるか!」

「なんてことを言うの司君!こんなに私たちのことを思ってくれているのよ!」

「いいかげんにしろぉぉおおおお!」


 俺の叫びを聞いた教室にいた生徒たちが何だ何だとこちらに視線を向ける。

 そして俺たち三人を見て「なんだあいつらか。放っておこう」と言わんばかりに目をそらした。

 俺はこのクラスのトラブルメーカーになった覚えはないし、そもそも原因は他クラスの静音である。

 たびたび静音が来るたびに俺が切れることをすでに慣れてしまっているある意味やさしいクラスメイト達だった。



 午後の授業が終わった。本日の学校にいる理由がすべて終わったわけだ。

 カバンを持って立ち上がる。


「司殿、お帰りですか」

「ああ。都築はこれから…」

「部活ですな」

「ああ、がんばれよ」


 都築に手を振り、俺は教室を出る。

 すると廊下には壁に寄りかかってうつむいている静音が居た。

 ちらちらと静音を見ながら通り過ぎる生徒たち。

 町中のナンパじゃあるまいし、普通は話しかけないだろうな。俺も通り過ぎたい。


「姉さん」


 俺は周りに俺たちが兄弟であることを周知させるべく呼び方を普段と変えながら静音を呼んだ。


「どうした、教室前でボーっとして」

「今日は何もないから、司君と帰ろうと思って」


 ふっと蕾がほころぶ様に静音が笑った。この笑顔だけで何人男が堕とせるだろうか。


「しょうがないな」


 俺は静音を伴ってげた箱へと向かった。


 学校で一般人に見せる静音は《静謐な淑女》だ。決して声を荒げず、浮かぶ雲のようにつかませず、すくってみれば見れば消えてしまう水月のごとく。儚げで朧気で、それでいて清廉とした少女。

 俺の前ではただの駄々っ子のくせに学校では何でそんな風にふるまうのか、気になって聞いてみたことがある。


「このほうが寄ってくる男が少ないから」


 だそうで。


「いい、お姉ちゃんがそばにいることを許すのは一に弟、二に夫、三四飛ばして五にお義父さんだからね!司君はいつでもいていいのよ!」


 もうちょっと父さんに気を使ってあげてほしいと思った。


 とはいえ、俺のクラスメイトや静音のクラスメイトなどにはすでに化けの皮が知られていたりする。それを知らずして思いを寄せる男どもよ、静音(こいつ)はけっこう面の皮が厚いぞ。


「それで結局、ゲームの情報って何だったの」


 学校からしばらく歩いてから静音が聞いてきたのはこのことだった。

 あの後すぐに静音は生徒会の人に連行されていったからな。弁当持参でこれから行事の事を話し合うって。

 どうやらお昼を邪魔された腹いせに放課後の自由を勝ち取ってきたらしい。

 それでいいのか生徒会。


「まあ、シナリオのカギとなる人の名前だな。これからストーリーを進めるうえで関わる人だ」

「それって女性?」


 静音が眉根を寄せる。


「まあ、勇者様の歩む道だしな。今回は女性だった。次回は分からん」


 勇者の隣はいつもかわいい女の子と相場が決まっているからな。そのほうが売れるだろうし。


「じゃあ司君の隣は私がいるからキーパーソンの女の子は要らないね!」

「いやそれじゃシナリオ進まんだろ…」


 かというとそうでもないらしい。

 確かにキーパーソンはシナリオ上重要な役目に位置するが、必ずしも会わなければシナリオが進まない、ということもないらしい。なんでもネット上で、三章…第三の街サズへ進んだ人たちでゴドーセのキーパーソンに遇わなかった人もいるという。


 言われてみればそんな容姿の人も冒険者ギルドで見た気がする…みたいな感じらしい。

 会って損はないし、むしろシナリオ的には深みが出るので会っておいたほうが面白くはなるだろう、とのこと。


 現在、どうすれば遇わずに済むのか、という方向で検証もされているらしい。

 普通に行動していれば遇えるということだ。そのはずだ。

 ということを静音に伝える。


「むう、やっぱりいなくていいならいらないじゃない」

「せっかくなんだから用意されたシナリオ通りやりたいだろうが」


 ぷくっと頬を膨らませてプイっとそっぽを向く静音。

 そこでハッとしたらしくこちらに顔を向けなおす。


「ところでそのキーパーソンのお名前は?」

「ああ、なんでも弓使いの女性らしいぞ。名前は――」


お読みいただきありがとうございます

投稿量が執筆量に追いつきつつあるのですがもう少し大丈夫…

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