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宇宙戦争2018  作者: 生姜
明日の戦争
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12月21日 中華人民共和国 北京 中南海

12月21日 中華人民共和国 北京 中南海

日本時間・17:00―――中国時間・16:00


 日も落ちつつある北京の街並みの中心部、その壮麗さで中国の輝かしい歴史を誇示している紫禁城の西隣に、中国共産党の中枢・中南海地区があった。千年近くの昔から時の権力者たちが謀略を張り巡らせてきたこの地を舞台に、今また1つの会談が行われようとしていた。


 もっとも、今回の会談は中華5000年の歴史上幾度となく行われてきたそれらと異なり、文明の利器を用いて行われる。会談の一方の主は今頃大陸の反対側にあるモスクワのクレムリンにいるのだ。


 会談の準備は中南海地区深部に位置する国家主席執務室内で既に整っていた。執務室内には外交部の部長、副部長級、及び局長級が数名、顔を突き合わせて会談開始を待っている。その中に、現中華人民共和国国家主席・周近泰がいた。


「ロシア連邦プチャーチン大統領が出られます」

 若い翻訳官の声が中露首脳電話会談の開幕を告げると、周はクラシックな装飾が施された執務机の上に置かれたマイクへ向けて口火を切った。


「お久しぶりです、大統領閣下。11月のベトナム以来ですな」

 ややあってスピーカーから低く威厳のある声が流れてきた。当然ロシア側も翻訳官を介するのでどうしても返事はワンテンポ遅れている。


「その折はどうも。本日は急な要請を快く受諾してくださり、ありがたく思います」

「いえ我々としましても貴国との会談を検討していたのです。前置きは置いて早速本題に入りましょう。ご用件とは我々の友邦、朝鮮民主主義人民共和国の内部で現在進行しつつある異変のことですね」

 首脳間での会談内容というものは会談以前に両国の外交担当者によってある程度のアウトラインは用意されている。先だってロシア側から示された今回の議題がそれだった。


 周は、北朝鮮のことを「友邦」と呼ぶことにためらいが無いわけではなかった。しかし結局のところいくら関係が冷却化していようと中国としては北朝鮮を見捨てるわけにはいかないのだ。


「ええ。本日お時間をいただいたのは他でもありません。かの国の深部で起こりつつある事態について、ぜひ両国間で情報と認識の共有を図っておきたいのです。貴国も把握しておいでのことと思われますが、朝鮮民主主義人民共和国領土の北部地域にて、朝鮮人民軍が準戦闘状態に入ったと推測できる確たる証拠を我が国は得ています」


 「証拠」とはすなわち衛星写真のことであろう、とは周にも分かる。中国は18時間ほど前に問題の地域の衛星写真撮影に成功していた。おそらくロシアも昨日のうちには同じものを手に入れていただろう。

「その件につきましては我が国も貴国と同様の推測を持っています。また、おそらく貴国と同じようなタイプの証拠も得ております」

「そうでしょうね。いかがでしょう、貴国は現在朝鮮人民軍が相対している勢力について何かご存じですか」


 プチャーチン大統領が切り込んできた。元々簡潔な会話を求める人物だ。あるいはかつて諜報員であった経歴がその性格を形作ったのかもしれない。共産党内部での、生き馬の目を抜くような政治闘争を潜り抜けてこの地位に就いた周にとっては慣れない相手だった。

 質問の内容は要するに「この事件に中国は関与しているのか」と聞いているに等しい。


「いいえ、大統領閣下。かの国で起こりつつある事態について、率直に申し上げて我が国は今のところ完全に蚊帳の外に置かれています」

 その周の返答にプチャーチン大統領は答えた。

「それは我が国とて同じですよ、国家主席閣下。しかしそうなりますと今回の事件は我々ではない第三国の仕業、ということになります」

 プチャーチンはこの事件が内乱などの類ではなく、国家間の紛争である、ということを完全に前提としていた。もっともそれは中国の軍・情報機関も既に同じ推測に至っていることだ。

 

 周は6時間前の、人民解放軍戦略支援部隊―――中国での軍事衛星やサイバー部隊の運用組織―――高官から受けたレクを思い出した。その場で示された衛星写真に写っていたのは、戦車・重砲を含む朝鮮人民軍の大軍、そしてそれらの部隊に重包囲を受けた「物体」だった。

 写真は見せられたが、その詳しい情報は国家主席である周にさえ伝えられていない。レクの担当官は目下分析中であると言うばかりであったが、衛星の能力などの軍事機密を守りたい軍が情報を出し惜しみしているのは明らかだ。この手の不和を今までに何度も経験している周は、もはやこれは国家主席の力をもってしてもままならないことだと諦観していた。


 衛星写真に写っていた物体は、軍事に疎い周の目から見ると地面に突き刺さった砲弾のように見えた。物体の周りには掘り起こされた土くれの他に写るものもなく、周が見せられた写真からはその大きさを推測することも難しかった。

 結局物体が何なのか、いまだに中国政府上層部では見解が定まっていない。しかしこの事件が国際紛争であるならば、今現在の地球上においてそれを実行する力がある国は1つに限られる、という判断は共有されていた。その国とは言うまでもなくアメリカ合衆国だ。


「貴国では」

 周は慎重に言葉を選びながらプチャーチンに問いかけた。

「今回の事件に特定の第三国が関与している、という証拠をお持ちなのでしょうか」

 近年、中国の北朝鮮への影響力が低下するにしたがって、同国内部にはロシアの影響力が伸長している。また、北朝鮮とロシアの間での経済交流もかつてないほど活発となり多くのロシア人が北朝鮮内にも入り込んでいた。つまりロシアが、中国の持たない情報を得ていることも十分に考えられた。


 諜報部門という国家にとって極めてデリケートな分野にも触れかねない質問だったが、大統領は返答をくれた。

「我々の得た情報によりますと、朝鮮人民軍でも自分たちの領内に侵入した勢力が何者なのか、把握できていないようです。北朝鮮内部ではアメリカ合衆国軍の特殊部隊だ、と考える者が多いようですが確たる証拠はつかめていないようです」


 知っていることを全部喋っているわけでは無かろうが、確かにロシアも事態の核心には迫れていないようだ。国際社会に悪名高いロシアの諜報力をもってしても肝要な部分がつかめないとは……。


 これ以上交換する意見もなさそうだと考えた周は、対応策についての協議に移ることにした。

「貴重な情報をありがとうございます大統領閣下。今回の件につきまして我が国は貴国と協力して事態の解決に当たりたい、と考えております。いかなる形であれ、この地域の平和と安定を損なう事態は我々両国共通の国益に反することです」

「この地域の問題につきましては、我が国は貴国を共通する国益を持ったパートナーであると認識しております。本案件に対しても協力して対応することができるでしょう。両国が連携し、北朝鮮と共に断固とした態度で問題に対応することがこの地域の安定につながる、と私は考えます」

 ロシア側の返答に周は満足した。


「同意いたします、大統領閣下。なるべく早急に両国共同の声明を発表いたしますことを我が国からは提案させていただきます」

「結構なことです」

 これで事前に決められていた議題はすべて消化したことになる。声明の細部は後で詰めることになるだろう。周はこれで会談も実質終わりだと思っていた。しかし予想に反して、プチャーチン大統領は言葉を続けた。


「実は周国家主席、もう1つ、両国間で共有しておくべき情報があるのです。朝鮮人民軍内部に不穏な兆候が見られるのです」

 周は事前協議になかった話題をいぶかしみつつ問いかけた。

「不穏な兆候、と言いますと?」

プチャーチンは答えた。


「戦闘が起きている地域は北朝鮮の重要な地域に非常に近い。そのことで軍の一部が浮足立っているようなのです。彼らは手遅れにならないうちにアメリカとその同盟国に先制攻撃をかけるべきだと主張しているようです」


 周は頭に北朝鮮の地図を思い浮かべた。事態が進行しつつある舞台は江原道北部。その近くには豊渓里核実験場や弾道ミサイルの発射基地が位置していたはずだ。これらの施設が無力化されたら北朝鮮の戦闘力には大きなダメージとなるだろう。確かにこれらの戦力を失う前にアメリカへ攻撃をする、という事は軍事的に見て正しい反応かもしれない。しかし、相手がアメリカだという証拠はまだ無いのだが……。


 さらにプチャーチン大統領は決定的な情報を口にした。

「かの国の誇る長距離弾道弾への燃料注入も既に始まっているとのことです」

「なんですと」


 周は愕然とした。万が一北朝鮮が早まった行動に出て弾道弾がアメリカとその同盟国に発射されたりしたら、間違いなく戦争だ。朝鮮半島からの難民の流入、重要な貿易相手国である東アジア諸国へのダメージ、傾きつつある中国の経済にさらなる追い打ちをかけることになるのは間違いない。今の中国にとっても、戦争は何としても避けなければならない事態だった。


「友邦・北朝鮮への工作に対してはもちろん我が国、貴国を含めた3ヶ国で断固とした対応を示す必要があります。しかし、北朝鮮が早まった行動に出ることにつきましても3国で協力し合い何としても阻止しなければなりません」

 戦争になって得るものはないのはロシアも同じだ、という事はわかっているウクライナやシリアにて問題を抱えるロシアにはこれ以上紛争に首を突っ込む余裕はないのだ。周はこの申し出も受け入れた。


「おっしゃる通りです。両国間で協力して北朝鮮に自制を求めていく、ということにつきましても原則として合意いたします」

「お聞き入れいただき、ありがとうございます」

 これで話すべきことはすべて話し合った。会談も終わりだが、周は最後にひとつだけプチャーチン大統領に聞きたいことがあった。


「大統領閣下、これは全く私の個人的質問なのですが、閣下ご自身は問題の武装勢力の正体についてどのようにお考えですか」

 この会談において、問題の勢力の正体については証拠もないため、触れられないままだった。周は、20年近くにわたりロシアを導いてきた稀代の政治家である、大統領の意見を聞いてみたい、と思ったのだ。スピーカーはこれまでで一番長い沈黙の後に答えを告げた。


「皆目見当がつきかねますが、私個人は、そう、我が国の前身であるソビエト連邦やアメリカ合衆国が一時期熱心に調査を行っていたある種の現象が関与しているのではないか、と思っています」

「ほう。その現象とは」

 周は聞いた。

「宇宙人や空飛ぶ円盤といった類の話ですよ」

「は、はあ」

 その答えが冗談なのか本気なのかわからず、周は返事に困ってしまった。まさか現実主義の権化のような印象を持っていたこの男がそんなことを言うとは思わなかった。そんな周の様子をマイク越しに感じ取ったのか、大統領はこの会談で初めて笑い声を立て、その後に言った。


「いや、冗談ですよ。忘れてください。今回の件についてはわからないことが多すぎましてね、年甲斐もなくそんな空想してしまいました」


 会談は終わった。1時間後には、この件について関係各国に自制を求める両国共同の声明が世界に発信された。

2017年12月23日10時26分22秒(日本標準時)に、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)および超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)を搭載したH-IIAロケット37号機(H-IIA・F37)(高度化仕様)が打ち上げられました。打ち上げ成功おめでとうございます。

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