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宇宙戦争2018  作者: 生姜
明日の戦争
2/6

12月20日 アメリカ合衆国バージニア州 CIAコリアミッションセンター本部 

アメリカ合衆国バージニア州 米中央情報局コリアミッションセンター本部

日本時間・23:15―――米国時間・09:15


 簡素な内装の執務室内に3人の人間が居る。デスクをはさんで2人の部下と向き合っている男がこのコリアミッションセンターの局長だった。中年の朝鮮系アメリカ人である局長の顔には、わずかながら疲労の色が滲んでいる。ここ数十時間、北朝鮮の動きをつかむことに追われてろくに休息もとれていないのだ。


 40時間前、朝鮮半島北部の白頭山周辺空域が急にレーダーで探知不能になった。これは北朝鮮の電波妨害が原因であると思われた。北朝鮮がこのように高度な電子戦技術を保持していたという事実にアメリカ軍内部は大いに戸惑った。


 とはいえ探知不能となっている空域は半島内陸部の限られた地域だ。38度線付近で起きたなら奇襲攻撃に備えなければならないが、今はまだ、直ちに北朝鮮側が動くようなことは無いだろうというのが在韓米軍上層部の予想だった。


 しかしその予想は予想だにしなかった方向へ裏切られた。24時間ほど前から北朝鮮軍の部隊が北上を開始したのだ。アメリカはその目的をいまだに把握できず、北朝鮮側の一挙手一投足を見逃すまいとしている。


 そういうわけで、CIAの中でも特に北朝鮮についての情報を収集するこのコリアミッションセンターは情報の分析に追われ、局長も気が休まる暇が無かったのだ。もっともそれは目の前に立つ部下達も同じだった。

 局長の前には報告に来た部下が2人立っている。一人は赤毛の女性だった。


「どうだ。何かわかったか」

 局長の問いに対して、報告に来た2人の部下のうち男性の方、サミュエル局員が答えた。

「はい。ソウルの第501軍事情報旅団によりますと、今まで確認されていた羅清、清津、恵山からの移動に加えて、新義州と威興からもそれぞれ師団規模の部隊が移動を開始したとのことです。さらに平壌の中央即応部隊の一部にも動きが見られるとのことです。また、両江道のかなりの地域が軍によって封鎖されているそうです。同地では民兵の動員が始まったとの未確認情報もあります」

「威興はともかく新義州は……中国に近い……」

 机の上に広げられた半島北部の地図を見つめながら、局長は呟いた。

「やはり中国との国境紛争ではないのか……」


挿絵(By みてみん)


 朝鮮人民軍の移動が確認されたとき、まず米国が予想したのは北と中国との国境紛争だった。ちょうど24時間ほど前から移動を始めた北朝鮮の大部隊は、一様に同国北部・中朝国境方面を目指して進軍しているように見えた。


 ここ最近の中朝関係の冷却化は世界に広く知られている。数年前に北朝鮮政府内での親中派粛清からこちら、中国の北朝鮮への影響力は低下を続け、2ヶ国の関係は共に戦った朝鮮戦争以来最低のレベルにまで落ち込んでいる。国境で偶発的な事件が起きたなら、それが大きな事件に発展する可能性も充分に考えられた。


 また、北朝鮮の軍が大挙して向かう先の両江道では、かつて白頭山付近の領有権を巡って北朝鮮と中国の間で揉めていた事もある。半世紀前に決着しているその問題が今更再燃するとも思えないが。

 アメリカとしては北朝鮮と中国の関係がうまくいかないのは大歓迎である。後ろ盾を無くした北朝鮮を交渉の席につかせることも出来るかもしれないし、万が一北朝鮮に対して軍事力を行使する事態になったとき、中国の了解を得ることも容易くなるだろう。尤も北朝鮮にはロシアという後ろ盾もあるため、中国が首を縦に振ろうとも簡単には戦争はできない事には変わりない。


 しかし時間が経過し、続々と情報が入るにつれて、その推測は揺らいでいった。今入った情報にしても、中国と国境紛争が起きたのなら、紛争相手国である中国との国境の街・新義州から軍を移動させるのは変だ。さらに、中朝国境に向かうと見えた北朝鮮軍だったが、実際には内陸部へ移動してからの行方がようとして辿れない。中国との国境には大して部隊の増派は確認されなかった。


 赤毛の女性、メアリー局員が示した情報もその考えを裏付けるものだった。

「中国側に大きな動きはありません。先ほど人民解放軍が瀋陽軍区で部隊の移動を開始したとの情報が入りましたが、北朝鮮側の動きが確認されてから12時間近く遅れています。規模もたいしたものではありません。国境紛争でしたら双方の軍はほぼ同時に動きだすはずですから、この中国軍の動きは北朝鮮側の展開を察知してからの対抗措置、なのでしょうが、実際中国側も北朝鮮軍の動きがわからず困惑しているようです」


 局長はさらに首をひねった。

「ううむ……。他国との紛争ではなさそうだ、ということは判る。この地域で軍事力を展開させる能力があるのは我がステイツと中国かロシアしかない。我が国はもちろん違うし中国もやってない。ロシアにも特段おかしな動きは無いと報告されているらしい。そもそもが中国やロシアには北朝鮮を挑発する動機がない。しかしそれならなんで北の軍が動いているのか、これが判らん。それも自国領土の奥地に向かって、だ」


 世間に広まっている火山活動への対応、という推測は既にアメリカ諜報機関内では否定されていた。日本や韓国において観測され、関係機関で精査された情報を鑑みるに、それほど朝鮮半島北部でそれほど大きな火山活動が起きたとは考え難かった。


 局長の頭の中に例の妨害電波のことがちらりとよぎった。あれもやはり今の北朝鮮の動きに関係があるのだろうか……。この疑問については先ほどまでさんざん議論された末、情報不足により検討そのものが一時凍結されていた。……大体自分で妨害電波を出しておいてその地域に陸上部隊を派遣することに何の意味があるのか?


 サミュエル局員が意見を述べる。

「推測の域を出ませんが、今のところ考えられる可能性の第一は当該地域での武装蜂起の発生です。しかし軍の一部が蜂起したにしては、決起した将校や部隊などの情報が全く入らないのが妙です……。あるいは民衆の蜂起という可能性もありますが」

「いやサム。いったい餓えに苦しむ北の民衆にそんな力があるのかね。それに民衆の蜂起だとしてもある程度中央の反応はありそうなものだ」


 意見を述べ終えて局長はため息をひとつ吐いた。つまるところそこが謎なのだ。あまりにも北朝鮮政府中央に反応が無さすぎる。国境紛争にしろ内乱にしろ、あの国ならとっくにお得意の宣伝放送のひとつもぶち上げて相手を散々に罵倒し倒しているはずだ。それもないというのでは、まるで北朝鮮自体が、今起こっている事態を把握できていないように思える。


「内乱の可能性はまだ保留だな」

「ええ。現在の情報では内乱かどうかはなんともいえません……。そこで次の推測なのですが、同地域で航空機等の事故が発生し、その捜索活動が行われている、という可能性は考えられないでしょうか。40時間前から半島北部はレーダーで探知不能になっています。これを北朝鮮側が引き起こしていたのかはわかりませんが、我々が探知できない間に北が航空機を動かしていた可能性はあります。そして事故が起きて捜索のため陸軍部隊も動員された……」

「こちらも未確認ですが、24時間ほど前に北朝鮮側の領空で火球を見たとの中国領からの目撃情報が流出しています。かなり大勢が見たようで、SNS等でも噂になっているようです」

 メアリー局員が情報を追加した。


「しかし、ただの事故の捜索でこれほどの規模の部隊が動くとは思えんが……。いやまて、あの国の首領はここ数日顔を見せていなかったな」

 サミュエル局員は相槌を打った。

「はい。あくまでも推測に推測を重ねた可能性のひとつですが、航空機で移動中の政府高官が事故に巻き込まれた可能性も考えられます。そして政府の高いレベルで緘口令が敷かれているとしたら、中央政府が沈黙している理由も説明がつきます」


 頭に詰まっていた物がすーっと消えていくように感じられた。もしそうだとすれば、これを機に半島情勢が一気に変わることもありうる。半世紀以上にわたってかの地を支配してきた独裁者の国の、その屋台骨が揺らぐ大事件だ。局長は興奮して熱を帯びそうになる理性を必死になだめた。まだこれは推論でしかないのだ。


「中国やロシアに先を越されたくはないな。衛星写真はまだ来ないのか。それで北朝鮮の動きを見れば何が起きたかおおよそ見当はつくだろう」

「先ほどまで現地の天候が優れなかったらしいので……。しかし現在は天候が回復してるはずですからそろそろ……」


 その言葉が終わらぬうちに執務室に男が入ってきて報告した。

「失礼します。国家地球空間情報局より衛星写真が届きました」

 出来すぎなタイミングだ、と局長は思った。


「早かったじゃないか。中国やロシアに勝てたかな」

「まあ中国もロシアも今頃は同じものを手にしているでしょうね。特に中国は最近宇宙開発に熱心ですから」

 写真を持ってきた男が肩をすくませながら言った。

「独占情報はお預けか。まあいい、この写真を検分すれば事の仔細が掴めるだろう。これにどんな大スクープが写っているか、賭けでもするかね」

 局長は軽口を言いながら書類を受け取った。


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