Act.07
祐夏が爆睡しているのは、連日連夜の徹夜――もちろん課題で、ではなくゲームに勤しんでいる――で疲れていたからだろうか。それとも、くそ長い話はゲームで知っているから聞く気がないのか。とにかく、にやけながら寝るんじゃない。
「失礼します」
「ははははいっ!?」
コンコンとドアを叩く音にビビったが、顔を出したふたりの女の子に緊張が解かれる。ふたりともにメイド服に身を包んでいるが、限りなくシンプルなので動きやすそうだ。ひとりの髪は短く、もうひとりの髪は両脇で縛られていて、顔の造りは大変にかわいらしい。
「おふたりのお世話を任されました、リアンと」
「ユリシカです」
「え、あ……、そうですか」
お世話係とはなにごとだろうか。
唖然とするオレに、ユリシカと名乗った髪を結わえた女の子が口を開く。
「はい。私たちになんなりとお申し付けください、ヨシタカ様」
「様だって!? やめてくれ!」
平々凡々なオレに『様』付けとか、恥ずかしいことこの上ないわ!
「え、えぇ……? ですが……」
「ヨシタカ様は『カミシロ』です。呼び捨てはできかねます」
「いやいやいやいや、『様』付けやめて!」
困惑するユリシカに対しリアンは気丈に答えるが、それは即却下だ。勢いよく両手を振りながら、オレは断固拒否の格好をとる。
呼ばれるのならよくて『くん』付けまでだ。あ、『さん』付けも付け加えるわ。でも呼び捨てが多いから、やっぱ呼び捨てでいいや。
「いや、もうほんと、呼び捨てで大丈夫だから」
「そこまで仰るのなら、かしこまりました。ですが、やはり『カミシロ』ですので『さん』付けでお呼びいたします。ご容赦ください。ユウカ様はどのように?」
「祐夏も『さん』付けでお願いします」
『様』付けされたら目を丸めるだろう。そうして笑って流してしまう。「性に合わないから」と。
「では、これからおふたりが過ごされるお部屋にご案内します。ユリシカ、ユウカさんを」
「オレが運ぶよ」
走り寄るユリシカを手で制し、祐夏を見遣る。女の子が女の子を運ぶのは重労働だろう。「なんなりとお申し付けください」と言われようが、見ていてなんか心配になる。たとえ仕事を奪うことになろうが、こっちは祐夏を運ぶのは慣れているのでなんてことはない。
「で、すが」
「ほら祐夏、起きろ。おぶるから、手を肩に置け」
「る……さい……、私の睡眠の邪魔、しないでよ……寝不足なの、解らないの? みきのくせに……」
「自業自得だ、アホ」
軽く祐夏の頬を叩けば眉を寄せて悪態をつかれた。いつものことなのでめげることもなく、かけていたブレザーを羽織って慣れた手付きで祐夏をおぶる。そうして立ち上がろうとすればよろめいてしまった。
「おわ……!」
――やべ、忘れてたけど、オレ女の子だったわ。勝手が違うの、いま解った。
だがしかし、うまく体勢を立て直したオレに万歳!
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫」
あわあわと走り寄るふたりに笑みを浮かべれば、ほっとしたように顔を綻ばせる。
「無理はしないでください。そのために私たちがいるのですから」
「今度からちゃんと頼るよ」
「はい。そうしてくだされば幸いです」
ユリシカはそう言ってにこりと笑う。
端から見れば、『女の子ふたり』だもんな。そりゃあ、メイドもつけるわな。
ひとり納得して、ドアを開けたリアンに「ありがとう」と頭を下げる。見えた右手中指には、細いシルバーの指輪がはめられていた。その存在を主張するかのように、そこには細かい模様が彫られている。職人技がすごい。
「それ、」
「なんでしょうか?」
リアンの声に重なるように後ろでドアが閉まる音が聞こえる。無機質で白い長い廊下は、同じく白い壁で囲まれていた。それでも空気は暖かい。
ユリシカのあとを追うように歩きながら、隣を歩く彼女に疑問を吐き出す。
「なんで指輪はめてるのかと、思って」
「これは『忠義の指輪』です。主様に仕える者はみな一様にいただいておりますよ」
「そうなんだ」
「この指輪には魔術が施されており、さまざまな情報が主様に伝わっているのです」
「さまざまな情報……?」
そんなプライバシーガン無視設計はいかがなものか。女の子にはもう少し配慮してやればいいのに。恋愛話とかも筒抜けだろうよ。
「――寝返る者をださないために」
「寝返る者?」
「ええ。国というものは陛下がおり、その下に仕える者がいます。その中で寝返る者がいれば、どうなるかお解りですか?」
「大変なことになるな」
「そういうことなのです。国を守るため、私たちは忠誠を誓います。主様とともにこの国にあるということを」
「よく解ったよ」
本音を言えば、あまり解らないけど。いや、なんだ。家を守るぜ! みたいな話だから、解らないことはないけども。
けれどやはり、ガチガチに縛り付けるのはよくない気もする。
しかしこの大陸では国同士の争いがあったから、それもしかたがないのかもしれない。いろいろな考えがあってのことだろうから、深く突っ込むのはやめよう。
「あ、そういえば、文字が読めるんだけどなんでか解る?」
「それは『魔術干渉』ですね。私はルピカル地方の出身でこの国とは言語などが違うのですが、『魔術干渉』によりマシュエの言語を得ました。特に『カミシロ』は異界から来てくださるため、いさかいなどが起きないようにと初めから『魔術干渉』済みらしいですよ。理解度に個人差はあるようですが」
「ほー。つまり『魔術干渉』は勉強済みみたいなもんか。だから言葉が通じてんだな」
アルフィルトが言っていた『ようやく馴染んできたか』の意味は、『魔術干渉』が馴染んだかどうかということだったんだな。なるほどなるほど。
「ヨシタカさんがいらした国は、どのような国でしょうか?」
いつの間にか左隣を歩いていたユリシカに問われ、オレはうーんと考えた。
「――暑い、かな」
出てきたのはひとことだ。今年の夏は死ぬほど暑いから。
そもそも、語っても解らないだろうし、説明するのもめんどくさいから多くは語らない方がいい。
「暑いのですか……。大変ですね」
「そう。大変だよ。でもアイスの美味さが解るようになるな」
「アイス! 私たちも好きですよ! ヨシタカさんの国にもあるのですね」
「こっちのアイスは冷たいの?」
「よろしければあとでお持ちしましょうか?」
「じゃあ、よろしく」
「かしこまりました。もう着きますよ」
「あちらです」とユリシカの右掌が指し示すのは、ドアの前――白い床に黒いなにかが書かれた場所だった。




