Act.06
「どこに行ったんだろうね?」
「オレが知るかよ」
「ですよねー」
「祐夏、そんなことしたら下着が見えるだろうが」
ベッドに倒れる祐夏の足は、一瞬でも上げられたからドキリとする。
「見てもよろしくてよ」
「バカなこと言ってんな」
ぺちりと額を叩けば、「なによー。モテない美貴に夢をみさせてやろうと思ったのに」とわけが解らないことをぶつぶつと言っていた。
「モテないのは余計だし、夢をみさせてくれなくてもいいからな。つかさ、ゲームっていまどこらへんなわけ?」
「キャラ別ルート中。でも始まり方もゲームと微妙に違うから、解らない」
「マジか」
「やっぱこれバグかなぁ。本当ならミシェル様はね――」
やべぇ。祐夏のオトゲースイッチ押しちゃったよ!
ゲームの中の王子はどうのこうのと語る祐夏にオレは適度に相槌を打つ。回避方法はこれしかありません。
「――とまぁ、ゲームとこの世界のミシェル様は違うと思うな。でさぁ」
「なんだよ?」
「私、こういうベッドで寝てみたいと思ってたんだ」
「ああ、お姫様ベッドか。女の子だしな。来たら起こしてやるし、寝てな。――あ、でも勝手に使ったら怒られるよな……」
「謝ればいいのよ、美貴が」
「オレかよ!?」
「他に誰がいるの? ――じゃあ、おやすみ」
言うか早いか、祐夏はそのまま目を閉じてしまった。広がる焦げ茶色の長い髪は、多少なりとも元の祐夏の面影があった。まぁ、本来の祐夏の髪はもう少し濃い茶色で肩辺りまでだけれど。
ちなみに、オレに関しては面影もくそもない。性別が変わっちゃってるんで。髪は肩を越しているし胸はあるしスカート穿いてるし。ゲームキャラといえども痛みも感じるようで、きっと五感は変わらないのだろう。
とりあえず寒くないようにと、ブレザーを脱いで肩にかけてやった。
ふとなにを着ているのかと袖を捲って確認したが、なかに着ていたのはセーターとブラウスであり、どうやらゲームの季節設定は冬か春らしい。いや、セーターを着ているから冬だろう。
「寒くはないな」
寒いというよりは暖かいような気もする。この世界の季節は春夏秋冬のどれだろう。あ、そういえば、ここはゲームの世界だったな。そのどれもが当てはまらない可能性もあるか。
「――遅くなり申しわけありません」
重厚なドアが開いたと思えば、手に持ついくつもの本の横からミシェルが顔を出す。傍に敵がいたなら、いまなら軽く暗殺できそうだ。
よろよろと歩くその後ろにはアルフィルトが着いていた。――手ぶらで。このふたりの関係性は主従のはずだ。なのにどうしてアルフィルトは手ぶらなのか。
どんとサイドテーブルに置かれた本の束に視線を遣ったアルフィルトは小さくため息を吐き、不思議な顔をしているであろうオレに、「持っていくと聞かないので」とひとこと放った。
なるほど。ミシェルには主従という関係に拘りはないらしい。自身で持っていきたいから、持っていくと。
「いや、別にアルフィルトを疑っているわけじゃないから」
本人が持ちないなら持たせりゃいい。そういう奴は周りが言ったって聞かないんだし。
そうごちれば、アルフィルトはオレから視線を逸らして、本をひとつ手に取った。茶色い革のその本は、金箔かなにかで縁取られている豪華仕様だ。残念ながら真ん中に書かれているタイトルらしき文字は読めないけど。
すぐに壁に凭れた彼はミシェルを見つめ、ミシェルはミシェルでオレの前にイスを引く。
「長い話になりますよ」
「だろうな。つか、祐夏寝ちゃったんだけど……。勝手して悪い」
「それは大いに構いません。こちらの世界に『喚ばれた』ということは、『力』を持つということです。己の知らない世界に喚ばれるのは容易には想像しがたい不安や恐怖がありますから、逃避するのも頷けます」
『逃避』ではない気もするが、面倒なので否定はしない。
「『喚ばれた』って、アレか。勇者様~のノリか」
「勇者はすでにいますから、勇者ではありませんよ。あなた方は『カミシロ』と呼ばれる、異世界の者。『カミシロ』は勇者よりさらに上の地位にいる、魔王を滅する力を持つと言われています」
「魔王を倒すのは勇者だろ?」
いままでやってきたRPGではそれがセオリーだが、どうやらここでは違うらしい。
「違いますよ。勇者は魔王を弱らせることはできますが、倒すことはできません」
「そうなのか」
いまいちよく解らないが、このゲームでは勇者は前座の位置のようだ。ちょっと可哀想な気もするけど。
「そして『カミシロ』は、魔王を倒せば元の世界に戻ることができます。古来より蘇った魔王は『カミシロ』により倒され、封印されているのです」
つまりは、魔王を倒さなければ元の世界には戻れない――と。
「ならさっさと、魔王をボコりにいけばいいのか」
ふむと、顎に手を添えれば、ミシェルはやんわりとその手を外して答えた。微笑を浮かべながら。
「魔王の気配はありませんから、そんなに急がなくとも大丈夫ですよ」
「いやいや、急がないと」
さっさと倒してさっさと戻りたい。明日は登校日だと思い出したから。皆勤賞を狙うオレからすれば、休むことは許されない。
「言ったはずですよ。魔王の気配はないと」
「魔王を倒さなければ、元の世界には戻れないだろうが」
魔王討伐を急ぐオレの手首を握ったまま、ミシェルはいまだに笑っている。
「魔王が現れたら、すぐに伝えます」
「まぁ……、そう言うなら」
いなければ倒すことはできない。しかたがないと諦めたオレの言葉に、彼は小さく息を吐いた。「よかった」と。
「急かされて焦りました。あなたと少しでも長くいたいのに、あなたはそれをよしとしていませんから」
ときどき紡がれる痒い台詞はどうにかしてもらいたいところだ。が、これは『乙女ゲーム』と分類される代物なので、こういう台詞にも早く慣れなければならないのだろう。いくら痒くなろうとも。
「そうでもないけど」と放てば、腕を離され、さらに長い話をされた。語られたことを総合すれば、いまいるこの国は大陸の端に位置するようだ。大陸全体の名は『イズロエルカ』で、ここは『マシュエ』。他の大陸と同じかそれ以上に緑や水という資源が豊富で、国も栄えている。
いつからだと示す根拠はないが、異界からこの国へ『魔王』と名乗る者が現れた。その人物は人を操る術を持ち、国同士の争いに導いた。
激化する争いを見かねた魔導師や魔法使いと呼ばれる人々は、異界から人を喚び寄せることにしたと言う。魔王を倒す力を持つ者を。――それが『カミシロ』の始まりだ。
そして魔王は倒され、異界から来た『カミシロ』は元の世界に還される。
それを何百年と繰り返しているようだ。魔王は倒されても蘇るのだから。
オレの感想は『めんどくせぇ』のただひとことである。蘇るな、そのまま息を引き取れと。
「なんで魔王はいちいち蘇るんだ?」
「魔王だからです――と言いたいところですが、『不死の呪い』がかけられているようです」
「『不死の呪い』、ね」
……やっぱ、めんどくせぇわ。
そしてふとあることに気付いた。
「ミシェルはどうして魔王の気配が解るわけ?」
「私は魔導師ですから」
魔導師で騎士で陛下とか最強じゃねーか。キャラクター設定詰め込み過ぎだろ、ここの製作会社。
軽く引くオレに対し、ミシェルは立ち上がる。
「魔王が現れるまで、どうぞこの城でお過ごしください。安全は保障されておりますので、ご安心を。私は少し用がありますのでここで失礼します。――アルフィルト」
呼ばれた声にアルフィルトは本を閉じて元に戻した。一番上に置かれたそれを眺めれば、『マシュエの歴史』と書かれている。なぜか字が読めているようだ。さっきは解らなかったのに。
不思議に思い首を傾げた刹那、ドアが開く音に視線が移動する。ミシェルの後に続いていたアルフィルトは、オレたちを振り返った。口元を緩ませて。
『ようやく馴染んできたか』
小さく紡がれたその言葉の意味がさっぱり解らない。
ドアが閉まる音に重なるように、オレの眉間には皺が刻まれた。




