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Act.05

 あああああー!! いますぐにオレをここから消してくれぇ! 頼むから! マジで!

「やだ、みき。ミシェル様とラブラブじゃない」

 悶絶するオレに対して、祐夏は口端を上げた。「ねぇ、みき」と、もう一度紡ぎながら。祐夏は完全に楽しんでやがるぜこんちくしょー!

「ミキ、ですか? それがあなたの名前なのですね」

「違うし! いや、それはいい! いいから早く下ろせっ! 下ろしてくれぇっ」

 両手で顔を覆いながら訴える。この状況から脱したいのだ、どうしても。

「それはできません。あなたは怪我をしていますからね」

「歩けるから! 歩けるから下ろしてくれ……」

 そうでもしないとプライドが! 男としてのプライドが折れる。いやもう折れかけてるけども。

「頼むから」

 ふたたびそう懇願すれば、ミシェルはオレから視線を外した。聞き入れてくれないことは確実であり、そこで『男としてのプライド』はへし折られてしまった。大きな音を立てて簡単に。安いプライドだが、ないよりはいいだろうと思っていた。が、最後はあまりにも容易くぽっきりと逝ってしまった。しまわれた。

 軽くショックを受けたオレの頭上からは、優しい声が降り注ぐ。

「そんな顔をしないでください」

「……そんな顔?」

「私はただ、怪我を負っているあなたに、これ以上の無理をしてほしくないだけなのです。私の言動で傷ついたのなら、謝りますから。だからそんな顔はしないでください」

「そんな顔ってのは解らんけど、別に傷ついてないから。アンタが謝る必要はないよ。ただ単に恥ずかしいだけだからな……。つか、もう黙れよ」

「はい」

 コイツに喋られる度に、自分が置かれた状況を再認識してしまうのだ。お姫様だっこという状況を。だから「黙れ」と念を押すが、通じているのか不安だ。

 顔を逸らそうとした矢先、ミシェルはまた笑みを浮かべた。くそ、なんか無駄に爽やかだな。オレなんて一向にモテないのに。

 王子キャラは得だなとごちりながらオレも黙る。特にする会話はないし。オレを運ぶミシェルの後ろに祐夏とアルフィルトが並んでいる。残る二人も無言のまま城に進み、どこかの部屋へと通された。

 おかしいな。祐夏ならガーガーなんか喋ると思っていたんだけど。

 オレはといえば、天蓋つきのベッドの縁に下ろされ、横髪を指櫛で梳かれた。祐夏はオレの隣に腰を下ろして、腕に手を回す。

「祐夏?」

「ちょっと……」

 なんだかんだで女の子だもんな。いつ助けられたのかは解らないけど、一人だと不安だらけだっただろう。オレも同じだ。一人は不安に押し潰されそうになり、嫌だ。 大丈夫だというように肩を撫でれば、それは微かに震えていた。

「大丈夫だから」

「……っ」

 口許を覆うように両手を添えているいまの祐夏は、か弱い女の子だ。その仕草を見る限りは。

 祐夏曰くゲームの世界だと言っても、ここは見知らぬ異世界であり、知っている人間はオレを含めて祐夏のみ。たったふたりしかいない。だからなのか、オレは祐夏を守らなければと強く思った。男が女を守るのは当然だしな。

 ふたたび祐夏の肩を撫でれば、アルフィルトがミシェルの傍へと歩み寄った。アルフィルトもアルフィルトで鎧を纏っている。が、こちらはまさしく『騎士』という名がぴったりだった。

「ミシェル様」

「アル。そちらは如何でしたか?」

「変わりなく」

「そうですか。――いま塗り薬を持ってきますから」

 じっとオレを眺めたあと、ミシェルは再度笑みを浮かべながらそう放った。「持ってこさせますから」ではなく「持ってきますから」と。王様なんだから、そこは侍女や臣下に持ってこさせればいいのに。

「どうしました?」

「あ……、いや、なんでもない」

 軽く片手を振れば、「そうですか」と歩を進める。主がいなくなったアルフィルトは、ベッド脇の壁に寄りかかり、腕を組んだ。読まされた雑誌によれば、この人は『寡黙な人』とかいう設定である。黒髪短髪で、眉目秀麗。だが、目つきは鋭い。一見だけのイメージだが凄まれているように見え、関わりあいになりたくない人種でもあった。

「も……もうダメ……!」

 祐夏は震える声でそう放ち、笑い始めた。――ちょっと待て。震えていたのは、笑いを堪えていた所為か? そうなのか? 祐夏さんよぉ。

 そうならそうだと早く言ってくれ。

「み、みきの顔っ……、ウケるしっ……」

 バシバシと強くオレの背中を叩きながらケラケラと笑う祐夏は、絶対にか弱い女の子ではない。この状況下でもそんなことができるのなら、どんな状況になっても図太く生きそうだ。

「痛いっての」

「ごめ……っ、ヤバい……、ツボった……!」

 祐夏は笑いながら目に溜めた涙を拭う。そのまま笑い声は数分間続き、一通り笑い終えた祐夏は背中を丸めた。

「――腹筋が痛い」

「そりゃあ、あんだけ笑えばそうだろ」

「お待たせしました」

 呆れながら言うオレの声と扉が開く音が重なる。おもむろに視線を遣れば、ミシェルはなにやら小瓶らしきものを手にしていた。透明なガラス瓶の上には白い布があり、中には枯れた草の色のクリームが入れられている。液体ではないから、クリームかと思う。見た限りでは。

 オレの前に片足でひざまずくミシェルは、「御御足を」と手を伸ばした。コイツはまだ御御足とか言ってんだな。やめてくれ。

「普通に足でいい。御御足はやめろ」「ですが、あなたは女の子ですから」

 女の子だから御御足に繋がる思考が解らん。女の子でも『足』でいいだろ、普通に。

「御御足でいく気なら、オレはお前と話さない。――いま決めた! 文句もなにも聞かないからな」

 人差し指を目の前に突き付ければ、ミシェルは目を白黒させる。ともすれば顔が青くなった。

「ですが……!」

 語気が強くなるミシェルだが、オレはその話を聞かずにそっぽを向く。たったいま、話さないと言ったばかりだしな。

「あなたは、女の子です。ですから、なるべく優しくと思っていたのですが……、却って裏目に出てしまいましたね」

 なるほど。そういうわけね。

 ミシェルを一瞥すれば、気恥ずかしそうに頬を掻いている。まぁ、オレにとってはだからどうだという話だけれど。

「これからはあなたが嫌がることはしません。ですから、いま一度私を見てはくれませんか?」

 な……なんだこの台詞は!?

 青くなっているであろう顔で今度は祐夏を見るが、祐夏はまた笑いだした。「美貴の顔青い! 面白い」と。オレは呆気にとられた。

「笑ってばっかだな、お前は……」

「だって面白いし」

「はいはい」

 へらりと笑う祐夏に短いため息を吐く。さっきみたいに神妙になられても反応に困るから、ある意味ではそれでいいけどさ。

「お二方は随分と仲がよろしいんですね」

 ミシェルはオレに視線をくべる。その視線――子犬のような子猫のような目に当たったのかなんなのか、御御足論争は彼方に口を開いた。

「まぁな。幼馴染みだし」

「それは羨ましい限りです」

 さっきまでは話さないとかなんとか言ったからだろうか。ふわりと笑う彼は本当に嬉しそうだった。王子様オーラが半端ない。

 呆れたように眺めていれば、ミシェルは「忘れていました」と今度ははにかんだ。

「さあ、早く『足』を出してください」

「ほらよ」

 『足』というなら、なんら恥ずかしさはない。うん。やっぱ足だな、足。

「話さないのは……、やめてくださったのですね」「まぁな。ちゃんと言い直してくれてるし、さっきのは撤回してやるよ」

 擦り剥いた両膝にクリームが塗られていくのを眺めて紡げば、弾かれたように顔を上げた。

「本当ですか? ありがとうございます」

 はにかみは二回目。王子は未だにキラキラしている。

「お、おう……」

 祐夏はまた、軽く引き気味のオレの肩を叩きながら大笑いしていた。うるさいんですけど。

 塗り終わったガラス瓶は用を終えたので、ベッドサイドのテーブルの上に置かれてしまう。このテーブルは細工が凝っている代物だ。値段にしたらかなり高そうなのが一目で解る。さすがは王子様の持ち物といったところか。

「いまさらながら手が震えてきました」

「はぁ? なんで?」

「解りませんか?」

 全く解らんと頭を振れば、ミシェルは口端を上げた。――ように見える。

「解らないのなら秘密です」

 にこりと笑う顔に、やっぱり口端を上げたのはそう見えただけかもしれないと思った。

「そういえばさ、」

 隣から聞こえる声に耳を遣れば、「ボスキャラを倒せば元の世界に戻れるかもしれない以外は聞いてないんだよねー」と暢気に紡いだ。

「祐夏はまだマシな方だろ。オレはなんにも聞いとらんわ!」

 「いまから聞くからいいじゃない」とみたび肩を叩く祐夏は、やはり楽観的だ。羨ましいくらいに。

「では少しお待ちください」

 サイドテーブルに置いた小瓶を手に、ミシェルは壁に躯を預けるアルフィルトを「アル」と手招く。それを一瞥した彼は、壁から躯を離してミシェルに歩み寄った。

 ともすれば二人は部屋を出ていってしまう。

 広いこの部屋には、この世界のことなどなにも知らないオレたちが残された。





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