Act.04
「では行きましょうか」
ミシェルの上機嫌な声のすぐあとに、馬の鳴き声が重なる。
行くってどこに? という疑問は、馬の走りの速さによって飲み込まれた。速すぎるって。馬なのに、猪突猛進的な走りだ。オレはポニーでさえも乗ったことがないから、そう感じるだけかもしれないけど。
前方に見えるのは森の出口だ。いや、入り口かもしれないな。近づけば近づくほどに薄暗さは消え、当たる日差しに目が眩む。日除けに手を翳してみれば、明るい緑が視界に入ってくる。
森を抜けた先に広がるのは草原で、その奥には町と一際目立つ城が小さく見えた。風に靡く草花からは、緑の匂いや花の甘い匂いが漂ってくる。
「すげぇ」
「もうすぐで着きますよ。おや……」
後ろから頬を撫でられて肩越しに睨みつければ、手に持つ草を見せられる。どうやら頬についていたらしい。
「私をどうお思いですか?」
オレの態度にまたも苦笑する王子は問うた。そりゃお前、いきなり頬を触られればびっくりするだろうが。なんだと思うよな、大抵の人はさ。じゃなくて、いまはどう思うかだったな。
「金髪碧眼王子キャラ」
「それだけですか?」
「それだけだな」
男に興味はないし、初対面ならなおさらそれ以上でも以下でもなくなる。つか、会ってまだ五分も経ってないから、なんともいえないんですが。
「そうですか……」
しょんぼりとするミシェルを尻目に顔を戻せば、もう一度後ろから腕が伸びた。その手が肩を撫でて腕に滑り、最後は腰へと回される。
「なんだよ?」
「私は悲しいのです。あなたに会えたというのに、あなたは私に冷たい。それがどんなに私の心を傷つけているか、あなたには解りますか?」
短い嘆息を吐き出すミシェルをみたび見ながらオレはごちる。解らねぇよと。助けてくれたのはありがたいが、それ以上の感情が湧かないのだ。しかし、そんなことを言おうものなら、さらに傷つけてしまうだろう。それは避けたい。人として。
「あー……解った、解ったから。ちょっとは優しくするよう努力するよ」
一応は。そう小さく吐き出すが、そこは聞き取れていないのか、ミシェルは碧色の綺麗な瞳を輝かせた。
「本当ですか?」
「本当本当。だから早く行こうぜ」
このままここにいてもなんにもならないしな。適当に話を切り上げるオレの頭を撫でたあと、了解というように手綱を握る。今度はゆっくりと走る馬に揺られながら、ミシェルが頭上から話を振ってきた。
「あの森は不可侵領域ですから、発見者が見つけた物を与えられるんです。あなたが森にいて安心しました」
「ふぅん。なら森じゃなかったら、危なかったわけか」
取っ捕まってたかも解らなかったわけだし。その場合はアレだな。捕虜とかになっていたんだろうな。そう考えたら背筋が凍る。ミシェルに助けてもらえてよかったかも。
「発見者が私ではなかった場合も、危険ですよ」
「いや、アンタも危険だからな。いきなり抱きしめてくるし」
「それはあなたが愛らしいからで、私に罪はありません」
責任転嫁をしてきやがったぞ。つか、なにを言ってるのやら。
「あのさ――」
「大丈夫ですよ」
オレは男だけど、と口を開きかけたが、それはミシェルの言葉によって遮られてしまう。
「大丈夫って、なにが?」
「それは追い追い話しますから。いまはあなたもお疲れでしょうしね」
「それは……ありがとう」
いや、別に疲れてはいないんだけど。気遣ってくれているから、そうは言わない優しさを発揮する。ついさっき、優しくすると言ったばかりだし。
それからは会話もなく、小さな町が大きく見える頃にミシェルが馬を止めて降りた。目の前には城壁というに相応しい聳える門があり、そこには屈強な体躯の門番が左右に一人ずつ立っている。
「マロン、よく頑張りましたね」
馬の毛を撫でるに、この馬の名前はマロンというらしい。毛色は黒いけど。
「陛下、ご無事で」
陛下? ミシェルは国王陛下なのか? いやいや、王子様キャラだし、国王陛下でも納得はするけど。ならどうして、兵士みたいな格好をしているのかという疑問が浮かんだ。筋肉隆々なわけでもないし。あ、もしかして剣の腕がすごいとか、そういうことだったりするのかね。
「この子もあの子と同じ異界からの客人であり、魔王を倒す術を持つ身ですから、無礼な行いはやめてくださいね」
あの子とはたぶん祐夏のことだろう。というか、魔王を倒す術なんてオレにはありませんよ。
「はっ」
男二人は敬礼をし、手に持つ槍の底を地面へと押しつける。
「門を開けなさい」
「ただいま」との声と共に少しずつ門が開く。現れたのは城下町だ。奥に聳える城を基点に広がる町。童話に出てくるようなレンガ造りの家や真っ白なコンクリート造りの家、それに平屋の家々が並ぶ。この世界にもコンクリートってあるんだな。ちょっと驚いたし。つか、平屋もあるのかよ。ごちゃごちゃしてんな。
いろんな要素を含んだ家の前を通りすぎる人々は、これまた童話に出てくるような格好をしている。町娘のような格好や貴婦人のような格好をした女の子や女性、ジーパンやポロシャツを着た男の子や騎士の鎧を纏った大男など、もはやなんでもありのようだ。元はゲームだもんな。それで全て納得できるオレは、もはや毒されてきているようだ。
「行きますよ、マロン」
ミシェルの声にマロンは一歩も動かない。それどころかオレを振り返ってきた。やめて。馬の考えなんて解らないんだからさ。
「マロン?」
毛を撫でていたミシェルの手がマロンの頬へと触れる。オレを見据えるマロンの黒い瞳は円らだ。そんなに見つめられても、なにもでやしないよ。気まずさに視線を逸らそうとすれば、ミシェルはふむと顎に片手を添えた。
「そうですか。マロンも気に入ったのですね。解りますよ、マロンの気持ちも。私も一目見たときから心を奪われましたから。しかし、マロンが止まったままでは怪我をしている御御足を手当てできませんよ?」
男の足なんだから、御御足なんて言うなよな。顔が引き攣るし、背中に変な汗がでてきたぞ。
ミシェルの言葉にマロンは一歩一歩進み始める。どうやらミシェルとマロンには強い絆があるらしい。
「ここ一体は私が治めている土地ですから、安全ですよ」
周りを見渡すオレはあることに気づいた。周りを囲んだりするのかと思いきや、そんなことはない。領主がいるのに、騒いだりしていないのだ。秩序が行き届いているのか、はたまた関心がないのかは解らないが、さくさく進めるのは足にはいいかも。揉みくちゃにされたら堪らんし。
「城に着いたら話しをしますから」
オレの考えを読んだように語るミシェルは、爽やかに笑っていた。男に爽やかに笑われても、オレとっては一ミリも食指が動かない。これが女の子だったら、すぐさま笑い返すんだけどな。
またも会話が途切れ、無言のまま今度は城門へと辿り着く。そこにも当たり前のように、屈強な男が二人立っていた。鎧に身を包み、槍を持ちながら。その人たちはミシェルに視線を遣り、門を開け始めた。
「マロン、ありがとうございます」
ふわりと柔らかく笑いながらマロンの頬を撫でる。ついでこちらに歩み寄り、両手が伸ばされた。
「またかよっ!?」
ゆっくりと下ろされ、あろうことかふたたびお姫様抱っこをされてしまう。だからなんでこんなことをするんだよ。肩を貸してくれりゃ済む話しなのに。
「嫌ですか?」
「嫌に決まってんだろ。オレは男だっつの。こんなことがしたいなら、祐夏にすればいいんだよ。アイツなら喜ぶだろ」
とは言いつつも、いまもお姫様だっこをされている状態だから説得力もなにもない。
「ミシェル様、マロンを連れていきますね」
門番が連絡をしたからかなんなのか、どこからか現れた少しふくよかな男はマロンの手綱を握った。
「あ、はい。よろしくお願いしますね」
そう言って緩く頭を下げるその姿勢はすごいと思った。領主だ王子だなんて名のつく奴は、少なからず横柄さや傍若無人ぶりが出るはずだ。その地位がある限りは、口答えをする者は少ないから。――それなのにミシェルは平身低頭だから驚く。
「どうした、マロン?」
マロンはまた一歩も動かない。男は手綱を握ったまま、ミシェルとマロンを交互に見遣り、どうしたものかと首を捻る。
「触ってください。そうすれば、満足するそうです」
オレを見下ろしながら言うのはやめてくれないか。それはつまり、マロンはオレに触ってほしいってことになるわけで。いや、馬なんて滅多に触れないから触るのは全然アリだ。しかし、それで満足するかなんて解るものなのか。たとえマロンの考えを読めたにせよ、考えなんてすぐに変わることがあるんだぞ。
一瞬躊躇するが、男を困惑させたままは可哀想だ。いまにも泣きそうな顔をしているし。そりゃまぁ、気持ちは解らんでもないけど。動くと思って動かないのは焦るしな。しかも、それが領主の前となればさらに焦るという悪循環になる。きっと彼はパニック寸前だろう。
早く安心させてやろうと伸ばした手でマロンの横腹を撫でれば、体躯を震えさせる。そして顔を逸らし、一歩前に出た。男は顔を綻ばせ、マロンの背中を撫でる。
「もう大丈夫ですよ。お手数をおかけしてすみません」
「気にしてないし」
マロンと男が小さくなるのを横目で眺めて、視線をミシェルへと戻した。とたん、目を細めてミシェルは微笑む。
「では、行きましょうか」
下ろす素振りは欠片もなく、ミシェルはそのまま歩き始めた。おい、門番こっち見んなっての!
人に見られたという羞恥で、茹でダコになりそうだった。茹でられた経験がないから、茹でダコの気持ちまでは解らないけど。
項垂れつつも視線をさ迷わせていれば、玄関先とおもしき場所にはふたつの影があった。近づくにつれて解るのは、片や男で片や女だということだ。――つまりは、アルフィルトと祐夏が待っている。言い替えれば、現在進行形でお姫様抱っこをされている姿をふたりに見られているという、地獄の状態だった。




