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Act.03

 頭を抱えようとした矢先、ガサガサと不穏な音がした。猫かタヌキか猪か、まさか――……熊か!?

 熊だったらヤバイだろ! 死んだふりもあんまりよくないんだっけ? あれ? 死んだふりはよかったんだっけ?

 大きくなる音に頭が混乱してなにがいいのか解らなくなる。とにかく、ここは危険だから逃げようと勝手に足が動いた。

 行っても行っても木々ばかりで、どこを走っているのかまったく解らない。肩で息をしながら、後をついてくる音に振り返る。これはやっぱ熊だろ。匂いで解ってるんだろ!?

「――っわ!?」

 振り返っていたから解らなかったが、土から顔を出していた石に足が絡んで派手に転けてしまう。その間にも音はどんどん近づいてきていた。

 痛みさえも解らないほどにパニクりながらも、早く逃げなければいけないことは明白だ。しかし、立ち上がろうにも腰が抜けてしまったのか、立ち上がることができなかった。

 来る! 熊が来る! 殺られてしまう! と目を閉じれば、一際音が大きくなる。そうか、オレは殺られるんだ。ここで。

「――大丈夫ですか?」

「あ?」

 声が聞こえたのは、気のせいか? 熊は喋らないよな。喋る熊はいないよな。

 恐る恐る目を開ければ、目の前にはミシェルがいた。金髪碧眼の隠しキャラには、キラキラしたなにかが見える。そのなにかは、たぶんフェロモンかその類いだろうな。そんな男が膝をついて、オレを眺めている。

「大丈夫ですか?」

 もう一度問いかけるミシェルは、声とともに腕を伸ばしてきた。熊じゃなかったと安堵するオレの頭をくしゃくしゃと撫でる。緊張が解けた躯にはいまいち力が入らないでいるから、その手を払い除けることはできない。

「無事でよかった」

 柔らかく笑うミシェルは、確かに王子だ。服装はなぜか鎧を纏っているけど。アレか。戦闘用か。

「立てますか?」

「大丈夫だと、思う……」

 腰が抜けたのは言わない。なぜかって、赤っ恥だから。バレないように平然を装いながら立ち上がろうとした矢先、足に激痛が走った。

「いって……!」

「どうしましたか?」

「足が痛い」

 さっき転けたときに変に捻ったらしい。というか、両膝を擦りむいているようで、血が滲んでいる。

 顔を歪ませているであろうオレの腕を取りながら、ミシェルは笑みを崩すことなく言った。

「では、こうしましょうか」

 「こうってどう?」と問う前に、あろうことかお姫様抱っこをされてしまう。あまりにも早業で、「やめろ」という声もなにも出ない。解ったことは、野郎が野郎に『お姫様抱っこ』をされているということだ。

 いくらオレが乙女ゲームの主人公になってしまったからといえど、男にお姫様抱っこをされるだなんて、恥ずかしさしかない。湧き上がる羞恥に頭が真っ白になる。

「あ、え……? はぁ? はぁあぁあ!?」

 気付いたときには馬の上だ。後ろから伸びた手が、毛並みのよい馬の手綱を握っている。

「しっかり掴まっていれば、大丈夫ですよ」

 いやいや、そういうことじゃなくて!

 オレがいいたいのは、お前の行動が早すぎってことだよ! さっきお姫様抱っこされたばかりなんだけど。それとも、頭が真っ白になっていた時間が長かったのか。いや、違うな。ものの数秒間だから、やっぱり行動が早すぎるんだと思う。

「近くに待たせていたからですよ。あなたを探す為に、ね」

 オレの心を読んだのかなんなのか、頭上からは苦笑混じりの声が降り注いだ。ああそう。そういうことね。タネが解ればどうでもいいことに成り下がり、さして興味はない。

「あっそ」

「冷たいんですね」

「普通だろ。いいから早く出せよ」

 こんなところにずっといるのはゴメンだからな。

 オレの言葉にミシェルは小さく笑い、馬を走らせ始めた。周りの兵らしき奴らも、一斉に馬を走らせる。ということは、この人数でオレを探していたのか。ざっと見、十人ぐらい。たぶん、忙しいところで、それでもオレを探しにきたんだろう。それを考えると少し申し訳ない気がする。

 ここから祐夏がいるところまで、どれほどの距離があるんだろう。馬ってことはそれなりにあるのかもな。足の痛さを鈍らせる為にない頭を働かせるが、如何せんもう頭痛がする。普段はあんまり真剣になる場面はないからか、その弊害だろう。

「大丈夫ですか?」

「……なにが?」

 痛いときに話をかけんなくそが。眉間に皺を寄せ、不快感を露にしながら答えれば、ミシェルは馬を止めた。と思いきや、手綱を握る手を離してオレの抱きしめてくる。

「――うぎゃっ!?」

 突然の奇行に、一瞬躯が跳ねて変な声が出た。いきなりなにをするんだコイツは!?

「大丈夫ですよ」

「だからなにがだよ? つか離せって」

 落馬したらたまらんし。いまはおとなしいけど、いつ暴れてもおかしくないしな。だからオレは腕を引き剥がすことも、暴れることもしないのだ。まぁ、頭痛が継続中なのもあるけど。それをなにを勘違いしたのか、ミシェルは耳元に顔を寄せてくる。

 吐息にぞわりと鳥肌がたつのが解った。端から見れば男女のラブシーンっぽく見えるが、残念なことに中身は両方男だからか寒い絵面にしかならない。

「すぐに治りますから」

「ふざけんな。離せ」

 額に触れる冷たい手はさすがに払い落とした。おとなしくしてると思うな王子様ってな。イライラしてるときに手を出すなということだよ。だけど、ミシェルは諦めずにもう一度額に触れてくる。

「やめろってば」

「やめません。頭が痛いのでしょう? 取って食べようだなんて考えていませんから、おとなしくしてください」

「取って食べるってなにを!?」

 「なにバカなことを言っているんだっ」と突っ込むことで怯んだオレの額を撫でたミシェルは、ついでと言わんばりに頭も撫でてきた。撫でられた瞬間から頭の痛みが綺麗さっぱり消えたのは、魔法かなにかを使ったのだろう。

 なにせ、ゲームタイトルが『剣と魔法と魔王と乙女』だしな。きっとこの世界も、剣と魔法の世界――所謂、ファンタジーの世界なんだ。だからオレも、女の子になったんだよな!

 そう考えないとわけが解らないので、そういうことにする。そして、早目に元に戻れることを願う。スカートには慣れたくないので!




 

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