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人事考課で異世界を立て直す~倒すより守る方が高査定!?業務改善スキルで人間嫌いの鉱山村を再建します~  作者: 月神世一


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EP 8

立て直す、という仕事

 けたたましく乱打される鐘の音が、凍てつく朝の空気を激しく切り裂いていた。

 石造りの家々の扉が一斉に開き、怯えと焦燥を顔に張り付かせた山羊人族の村人たちが、雪崩を打つように坂道を駆け上がっていく。

 マコトは反射的に鞄を肩に掛け、ミラの背中を追って村の最奥部へと全速力で走った。

 目指す現場は、村を見下ろす斜面にぽっかりと口を開けた、古い坑道の入口だった。

 かつて人間が掘り尽くして放棄したというその廃坑の周囲には、無残に崩れ落ちた土砂と大小の岩塊が散乱し、立ち込める黄土色の粉塵が視界を遮っていた。

 その土煙の奥から、肺腑を絞り出すような若い男の悲鳴が響き渡る。

「ぎゃあああっ! い、痛ぇ! 足が……足が抜けないッ!」

「ロディ! しっかりしろ!」

「おい、この岩を退かすぞ! 手ぇ貸せ、引けッ!」

 駆けつけた四、五人の若い男たちが、倒れ伏す仲間の周りに群がり、半狂乱で覆いかぶさる巨岩に手をかけていた。

 挟まれているのは、まだ二十歳にも満たない細身の山羊人族の青年だ。早朝の作業で鉱石くずを拾い集めていたところを、頭上から崩落してきた岩塊に右足の太ももから下を押し潰されたらしい。顔面を土塗れにし、苦痛のあまり唇を噛み切って血を流していた。

「せーのっ! ぐ……くそっ、ビクともしねえ!」

「もっと人を呼べ! おい、みんなで一斉に引っ張るんだ!」

 男たちが声を枯らして岩を揺すろうとした、まさにその瞬間だった。

 坑口の上部、亀裂の走った岩盤の隙間から、パラパラと小石が乾いた音を立てて落ちてきた。

(――待て! 頭上の地盤が緩んでる!)

 マコトの背筋に、氷水を流し込まれたような悪寒が走った。

 建材メーカーの業務改善推進室時代、全国の現場から上がってくる労災事故の報告書を何百枚と精読してきた。崩落事故における死亡原因の最たるものは、初期の落石そのものではない。救助に群がった二次災害による巻き添えだ。

 無秩序に下の岩を揺らせば、上部のバランスを保っていたクサビが外れ、あの頭上の巨大な浮石が真下にいる全員を押し潰す。

「全員、動くなッ!!」

 腹の底から絞り出したマコトの怒声が、粉塵の立ち込める坑口に雷鳴のように響き渡った。

 広場に響く鐘の音すら圧する鋭い一喝に、岩に手をかけていた男たちの動きがピタリと凍りつく。

(パニックで二次災害を起こす典型例だ。指揮系統のない救助活動ほど危険なものはない!)

「に、人間……? 何を言って――」

 男の一人が敵意と動揺を剥き出しにして振り返りかけたが、マコトは相手に口を挟む隙を与えなかった。

 右手を真上に掲げ、指先を頭上の崖へと鋭く突きつける。

「上を見ろ! 頭上の岩盤に新しいクラック(亀裂)が入っている! 下手に下の石をこじ開ければ、振動で頭上の浮石が落ちて全員生き埋めになるぞ!」

 男たちが一斉に見上げた頭上、マコトが指差したまさにその場所から、拳大の石が一つ、ポロリと崩れ落ちて足元の土を跳ね上げた。

 男たちの顔から一瞬にして血の気が引いた。自分たちが死の直前にいたことを、全員が本能で悟ったのだ。

「まず、現状を把握しましょう」

 静かに、しかし現場の全員に通る平明な声でマコトは告げた。

 怯える村人たちの前へ歩み出ると、マコトは迷うことなく指示を飛ばし始めた。業務改善の基本は、混乱の排除と役割の明確化だ。

「ミラさん! 崖の上に登って、頭上の岩盤の監視を頼みます! 少しでも石が落ちてきたり、亀裂が広がったら大声で知らせてください!」

「は、はいッ!」

 ミラはマコトの意図を瞬時に察し、持ち前の跳躍力で瞬く間に脇の岩場を駆け上がっていった。

「そこの二人! 広場の資材置き場か薪小屋から、太くて長い角材か丸太を二本、大至急持ってきてくれ! 長さは二メートル以上、大人の胴回りくらいの硬い木だ!」

「わ、分かった!」

 怒鳴りつけられた二人の山羊人族が、弾かれたように坂道を駆け下りていく。

「残りの者は、足元の安定した手頃な石を三つ集めてくれ。高さ三十センチほどの硬い平らな石だ。急げ!」

 的確で迷いのない指示に、先ほどまで人間を忌み嫌っていた村人たちは、口答えすることすら忘れて一斉に走り出した。

 マコトは倒れ伏す青年の元へ膝をつき、肩にそっと手を置いた。

「ロディ、と言ったな。大丈夫だ。俺たちの指示通りにしていれば必ず助かる。暴れずに、ゆっくり深く息を吐け」

「う、ぅ……痛ぇよ……足が……!」

「分かっている。今、外す」

 マコトは挟まれた右足の周囲を観察した。

 大岩の端が太ももを圧迫しているが、幸いにして完全に骨を粉砕しているわけではない。だが長時間の圧迫はクラッシュ症候群を引き起こすリスクがある。持ち上げる猶予は数分以内だ。

「丸太、持ってきました!」

 息を切らした男たちが、頑丈な樫の角材を抱えて戻ってきた。

「よし。てこの原理を使うぞ」

 マコトは集めさせた平らな石を大岩のすぐ脇に重ねて固定し、頑丈な『支点』を作った。その上に角材を差し込み、先端の『作用点』を大岩の底のわずかな隙間へと深く噛み合わせる。

 そして、角材の反対側の端――長い柄の先を指差した。

「三人でその端に全体重をかけて押し下げろ! 一気に持ち上げるんじゃない。岩が五センチ浮いたら、その高さを維持するんだ! いいな、持ち上げたら絶対に手を離すな!」

「お、おう! せーのっ……ぐおおおっ!」

 男たちが角材の端にぶら下がるようにして体重をかけると、大人四人がかりでもビクともしなかった巨大な岩が、ぎしりと音を立ててわずかに浮き上がった。

「浮いたぞ!」

「そのままキープだ!」

 マコトは即座に大岩と地面の隙間へ、あらかじめ用意させておいた平らな石を滑り込ませた。万が一角材が折れたり手が滑ったりしても、再び足が押し潰されないための安全ブロック(クサビ)だ。

「ロディを引っ張り出せ! 腰を持って、まっすぐ手前へ引くんだ!」

 村人の一人が青年の脇の下を抱え、慎重に後方へと引き抜いた。

「よし、外れた! 角材をゆっくり戻せ!」

 岩が安全ブロックの上にドスンと落ち、救出作業の第一段階が完了した。

 周囲から「おおっ……!」「助かった……!」と歓声が上がりかけたが、マコトは鋭く手を振ってそれを制した。

「まだ終わっていない! 怪我人を岩の崩落線から十メートル以上離れた安全圏へ運べ!」

 安全な平地にロディを寝かせると、マコトは自分のビジネスバッグを開け放った。

 青年の右足は、骨折こそ免れていたものの、皮膚が大きく裂けて血が滲み、関節が不自然に腫れ上がっていた。

(折れた骨が血管を傷つけないよう、添え木で固定しなきゃならん)

 マコトは鞄から、骨折して使い物にならなくなっていた黒い折りたたみ傘を取り出した。布地を引き裂き、親骨の金属フレームを三本、力任せに引き抜く。軽量アルミ合金で作られたその骨は、細いが適度な剛性を持っていた。

 その金属骨を、ロディの腫れ上がった下腿部の両脇と裏側に添える。

「副木(ふくぼく)代わりだ。足を動かすなよ」

 破いた傘の丈夫な撥水布を包帯代わりに使い、関節が動かないよう金属骨ごと太ももと脛をしっかりと巻き上げて縛った。

 さらに鞄のポケットから、日本から持ってきた常備薬を取り出す。個包装の鎮痛剤(アセトアミノフェン)を一錠取り出し、ペットボトルのわずかな水とともにロディの口元へ運んだ。

「これを飲め。痛みを和らげる薬だ」

「ごくっ……、はぁ、はぁ……」

 青年が水を飲み干すと、マコトは裂けた傷口を清潔な水で洗い流し、手持ちの絆創膏を貼り付けて手当てを終えた。

「……これで初期処置は完了だ。骨に異常がなければ、安静にしていれば治る」

 マコトが息を吐いて立ち上がると、周囲を取り囲んでいた村人たちは、まるで奇跡でも目撃したかのように呆然と立ち尽くしていた。

「すげえ……あんな重い岩を、木の棒一本で持ち上げちまった……」

「足の腫れも、あの黒い棒と布で綺麗に固定されてる……」

「人間ってのは……みんな、こんな神業ができるのか……?」

 ざわめく村人たちをよそに、マコトは手帳を取り出し、汚れた坑道の入口へと視線を戻した。

 人命を救っただけで満足して帰るなど、業務改善の人間として絶対にあり得ない。

(事故が起きたなら、原因を究明して再発を防止するのが鉄則だ)

 マコトは坑口の崩れた木組みの梁へと歩み寄った。

 崩落した岩の真下、へし折れていた太い坑木を手にとって指先で押し込むと、木肌がボロボロと湿った粉を吹いて崩れた。

「確認ですが」

 マコトは村の男たちを振り返り、折れた坑木を掲げて見せた。

「この坑道、いつから点検していませんか? 坑木が湿気と菌で完全に芯まで腐っています。外見は太く見えても、中はスカスカだ。これでは山の土圧を支えられるはずがない」

 男たちが気まずそうに顔を見合わせる。

「そ、そんなこと言われたって……人間が出て行ってから、何十年もほったらかしだ。俺たちはただ、入口に落ちてる石を拾ってただけで……」

「だからこそ危険なんです。ここはいつ全崩壊してもおかしくない」

 マコトは手帳のペンを走らせながら、きっぱりと告げた。

「今すぐ、この坑道の周囲半径三十メートルを立入禁止にします」

「た、たちいりきんし……?」

「誰も近づいてはならない危険区域にするということです」

 マコトは村の若者たちに指示し、落ちていたロープと木の枝を使って、坑口の周囲をぐるりと囲む境界線を地面に張り巡らせた。さらに手帳の白紙の頁を破り、大きく『危険・立入禁止』と書き殴ってロープの中央に結びつけた。

「文字が読めなくても、この線から先に入ってはならないという共通認識を作ってください。それから、鉱石を拾う作業は完全に中止。どうしても近くを通る必要がある場合は、必ず二人一組になり、一人が頭上の岩盤を見張りながら移動する当番制を敷いてください」

 救助だけでなく、その場の安全管理と再発防止のルールまで一瞬で組み上げられた段取りに、男たちはただ圧倒されて「は、はい……!」「分かりました……!」と直立不動で頷くしかなかった。

 その瞬間だった。

 ポン。

 これまでで最も澄んだ、重々しい印鑑の音が脳裏の奥深くに響き渡った。

 視界の前面に、黄金色の光を帯びたウィンドウが誇らしげに展開される。

――――――――――――――――

【考課】行動:人命救助+再発防止/評価:A/+50KP(累計80)

――――――――――――――――

(……プラス50KP……!)

 マコトは目を見張り、胸の内で小さく拳を握りしめた。

 牙猿を倒した時は評価Cで10KP。

 子どもたちを守った時は評価Bで20KP。

 そして今回、人命を救い、さらに二度と同じ事故が起きないよう『現場の仕組みを立て直した』ことに対して、最高評価のAと、破格の50KPが付与されたのだ。

(やっぱりそうだ。このスキルの価値基準は――)

 倒す < 守る < 立て直す。

 武力で破壊することより、命を守ることが尊い。そして命を守ること以上に、二度と悲劇を繰り返さないための仕組みを整え、現場を立て直すことこそが、もっとも高く評価されるのだ。

 前職で信じ、愚直に追い求めてきた「業務改善」の理念そのものが、この異世界において最大の力として肯定された瞬間だった。

「マコトさん……本当に、ありがとうございました!」

 崖から駆け下りてきたミラが、紅潮した顔で駆け寄ってきた。

「あなたがいてくれなかったら、ロディは死んでいました……! それに、あんな危ない場所にみんなが巻き込まれるところだったなんて……!」

 周囲の村人たちも、恐る恐るマコトを取り囲んでいた。

 彼らの瞳にあった冷酷な拒絶と憎悪は完全に消え失せ、代わりに宿っていたのは、底知れない畏敬と、救われたことへの純粋な感謝だった。

 だが――。

 ざわめく人垣の遥か後方、杖を突いて立ち尽くしていた長老ネル婆の姿が、マコトの視界に入った。

 老女は深く刻まれた皺の間から、鋭い瞳でマコトの手当てと、張り巡らされた立入禁止の縄をじっと見つめていた。

 そして、マコトと視線が交錯した瞬間。

 ネル婆は一言の言葉も発することなく、冷たく踵を返し、一人静かに背を向けて去っていった。

読んでいただきありがとうございます。

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