EP 26
「赤黒い石の巨人」
廃砦の石畳を踏み砕き、五メートルを超える巨躯が重い地鳴りを響かせた。
赤黒い粘液が石の割れ目から脈打つように溢れ出し、巨人の全身を禍々しく巡っている。
大門を完全に塞ぐ古代の石像兵は、侵入者を圧殺すべく、丸太のような岩の剛腕を振り上げた。
「どきな、マコト! 俺が叩き割る!」
奪還したばかりの大槌を両手に構え、グラドが地を蹴って跳躍した。
包帯を巻かれた熊獣人の太い腕から、全身の遠心力を乗せた渾身のフルスイングが放たれる。
ドガァンッ!
炸裂音とともに石像兵の右膝が砕け散り、破片が激しく飛び散った。
だが――崩れ落ちかけた巨人の脚部へ、足元の溝からドロリとした赤黒い廃液が逆流するように吸い上げられた。
ズズ……と肉が蠢くような不気味な音が響き、飛び散った石片が廃液に引き寄せられ、瞬く間に元通りの膝へと再結合していく。
「なっ……傷が塞がりやがった!? 石の癖に自己再生だと!?」
驚愕に目を見張るグラドの頭上へ、石像兵の裏拳が容赦なく薙ぎ払われた。
「グラドさん、伏せて!」
マコトが背後から叫び、間一髪で大男の襟首を引いて引き倒した。頭上をかすめた風圧だけで、石壁の角が木っ端微塵に削り取られる。
(力攻めじゃ削り切れない。どれほど破壊しても即座に修復されるなら、こちらの体力が尽きるのが先だ)
マコトは胸ポケットの手帳を叩くように触れ、冷徹に思考のギアを切り替えた。
(落ち着け。なぜなぜ分析だ。なぜこの石像兵は再生する? 廃液を吸い上げているからだ。なぜ吸い上げられる? 割れた木樽から中庭の排水溝を伝って、足元へ絶え間なく供給されているからだ!)
観察。
中庭に転がる木樽の破片から、赤黒い液体が石畳の傾斜に沿って一本の細い筋となり、巨人の両足へ向かって流れ込み続けていた。
あの廃液こそが魔力の供給ラインであり、再生の動力源だ。
そして巨人の胸の中央、廃液の脈動が最も強く集まる一点に、淡く発光する拳大の黒い鉱石――疑似的な「核」が埋め込まれているのが見えた。
「供給ラインを断てば、再生は止まる! 工程を分けます!」
マコトは立ち上がり、淀みのない指示を飛ばした。
「全員、持ち場の役割通りに動いてください! グラドさんは正面で受け! 大槌で奴の注意を完全に引きつけてください!」
「応ッ! 腕っ節を張るだけなら任せとけ!」
「ミラさんは土塁の上から投石! 頭部と目を狙って撹乱し、視界を奪ってください!」
「了解です!」
「セルマさん! あなたの土魔法で、中庭の溝を土砂で埋め立て、廃液の流れを完全に堰き止めてください!」
「分かりました! ボトルネックを遮断するんですね!」
(現場改善の用語を完全に理解してくれていて助かる! 優秀な工務担当だ)
指示が下った瞬間、四人の動きが一つの狂いもなく噛み合った。
「オラァッ、木偶の坊! 俺の肉が食いたきゃこっちを向きな!」
グラドが咆哮とともに大槌を地面に打ち鳴らし、正面から巨人の足元へと突進した。振り下ろされる巨腕を大槌の鋼鉄面で受け止め、火花を散らしながらその場に踏み止まる。
ビュンッ! ビュンッ!
上空からミラの投石が唸りを上げた。正確無比な二連撃が、巨人の両目の窪みへと吸い込まれるように直撃する。
「グオオッ……!」
視界を塞がれた巨人が苛立ちに頭を振り、グラドへ向けて大振りの拳を振り上げた。
敵の意識が完全に二人に固定された、その瞬間――。
「大地よ、隆起して壁を成せ――『泥土の防壁』!」
セルマが杖を地面に突き立てた。
中庭の石畳が盛り上がり、高さ一メートルほどの強固な土塁が、廃液の流れる溝を横断するように一瞬で立ち塞がった。
ドロドロとした赤黒い廃液が土壁に衝突し、行き場を失ってせき止められていく。
ピタリと、巨人の足元へ流れ込んでいた脈動が途絶えた。
巨人の全身を走っていた赤黒い光が激しく明滅し、石の表面に無数の細かい亀裂が走り始める。
燃料供給を絶たれたエンジンのように、その動きが目に見えて鈍重になった。
「供給停止を確認! 最後の一撃、行きます!」
マコトは地面を蹴った。
手元から五十二センチの位置に重心を据えた、ゴッサ作の樫の杖。
振り下ろされる巨人の左腕を、合気道の入り身で紙一重にかわし、その懐へと滑り込む。
狙うは、胸元で赤黒い輝きを失い、剥き出しになった黒い核。
全身の体重と前進の慣性を、杖の切っ先に据えられた鋭利な鉄の石突きへと一点集中させる。
「――そこだッ!!」
ガツンッ!
硬質な破砕音が夜の空気に高く響き渡った。
核の鉱石に蜘蛛の巣状のヒビが走り、次の瞬間、内側から弾け飛んで粉々に砕け散った。
巨人の巨躯がピシリと硬直する。
赤黒い光は完全に掻き消え、結合を失った無数の巨石が、ガラガラと雪崩のような音を立ててその場に崩れ落ちた。
静寂が、廃砦の中庭に戻ってきた。
「……やった……のか?」
大槌を下ろしたグラドが、瓦礫の山を見下ろして呆然と呟いた。
「す、すごい……! あんな化け物を、一人も大怪我をせずに倒しちゃうなんて……!」
土塁の上から駆け下りてきたミラが、目を輝かせて歓声を上げた。
「指示通りに動いただけなのに、まるで最初から決まっていたパズルが嵌まるみたいでした……」
セルマも額の汗を拭いながら、感嘆のため息を漏らす。
「全員が持ち場の責任を果たしてくれたおかげですよ。誰か一人でも欠けていたら、突破されていました」
マコトは息を整えながら、穏やかに仲間たちへ微笑みかけた。
周囲を見渡したが、混乱を引き起こした張本人であるヴェインの姿は中庭のどこにもなかった。
石像兵が暴れ出した隙に、一人で裏口から闇に紛れて山奥へ逃げ去ったようだ。
(逃げられたか……。だが、深追いはしない。目的はあくまで旗の奪還と安全の確保だ)
中庭の隅には、割れずに残ったタール塗りの木樽が三つと、ヴェインが慌てて落としていった革張りの分厚い帳簿が転がっていた。
その時だった。
澄み渡るような、重厚な印鑑の音がマコトの頭蓋に心地よく響いた。
ポン。
黄金色の枠を持つ考課票が、視界の前面に静かに展開される。
――――――――――――――――
【考課】行動:連携による脅威の制圧/評価:S/+70KP
【考課】行動:危険有害物質の拡散阻止/評価:A/+40KP
【考課】行動:完全無災害(受傷者ゼロ)での作戦完遂/特別評価:特A/+650KP
(累計2,270KP/保有残高:1,695KP)
――――――――――――――――
『作戦参加メンバー全員の貢献度が承認されました。』
『【チーム考課】が解放されました。』
『以降、同一プロジェクトにおける仲間の善行・改善実績も考課に合算されます。』
ポン、と続けて鳴った音とともに、画面の右隅でずっと鉛色に沈んでいた灰色の文字――『チーム』の二文字が、眩い黄金色の光を放って点灯した。
(チーム考課の解放……! 俺一人の行動だけじゃなく、仲間たちの頑張りや現場の改善も、正当に評価として吸い上げられるようになったのか)
組織として人を育て、任せることの価値が、システムの上でも認められたのだ。
「マコト、これを見てくれ」
足元から帳簿を拾い上げたグラドが、険しい表情でそれを差し出してきた。
何気なく受け取り、革表紙を閉じていた黒い封蝋に視線を落とした瞬間――マコトの呼吸が止まった。
蝋の表面に深く刻み込まれていたのは、二本の蛇が複雑に絡み合い、天秤を支えている歪な紋章。
それは、かつてロッカ村へやってきて、貴重な鉱石や薬草を二束三文で買い叩いていったあの悪徳仲介商人、ヤーコフの荷車に刻まれていた紋章と、寸分違わず同じものだった。
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