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人事考課で異世界を立て直す~倒すより守る方が高査定!?業務改善スキルで人間嫌いの鉱山村を再建します~  作者: 月神世一


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19/35

EP 19

「焚き火と、夢の中の面談」

 ロッカ村の中央広場に夜の帳が下り、パチパチと爆ぜる赤橙色の篝火が、集まった村人たちの笑顔を温かく照らしていた。

 牙猿の群れを完全に撃退し、誰一人として命を落とすことなく迎えた今夜、村には香ばしい肉の焼ける匂いと陽気などよめきが満ちている。

 死者ゼロの完全防衛を祝う、勝利の宴が始まろうとしていた。

「マコト、席はこっちだぞ! 主役が隅っこで突っ立っててどうすんだ!」

 広場の中央で丸太に腰を下ろしていたダンが、手招きしながら野太い声を張り上げた。

「ありがとうございます。ですが、その前に少し明かりを足しましょう。広場の中心は篝火で明るいですが、足元や外周が暗がりになっています。酒が入った状態で段差に躓けば、それだけで転倒骨折の重大災害になりかねませんから」

(現場の宴会で一番多い労災は、酔っ払いの足元不注意による転倒だ。無災害で戦を終えた当日に怪我人を出しては、安全衛生管理者として恥ずかしくて天国に行けない)

 マコトは視界の端に意識を集中させ、【社内購買カタログ】を開いた。

 昨夜の防衛戦による特別加点で、等級は【主任】へと昇格している。新しく色づいた「防災用品・工具・照明」のタブを指先でなぞるようにスクロールした。

(残高は1,010KP。資材の補修用は温存するとして、ここは安全投資だ)

・充電式大型LEDランタン(昼白色・広配光型):5 KP × 3台 = 15 KP

・焼き鳥缶詰アソートセット(タレ・塩・各12缶):2 KP

・イワシの蒲焼き缶詰セット(10缶):1 KP

 合計18KPを消費。残高は992KP。

 ポン。

 控えめな印鑑の音とともに、マコトの手元に淡い光の粒子が集まり、四角い樹脂製の頑丈なランタン三台と、ずっしりと重い段ボール小箱が現れた。

 マコトはランタンのスイッチをカチリと押し込んだ。

 パッ――!

 直後、篝火の揺れる炎とは根本から異なる、澄み渡るような純白の光が放射状に放たれ、広場の一角を昼間のようにくっきりと照らし出した。

「うわあっ!?」

「な、なんだこの光は……!? 炎の熱さ配がまったくねえぞ!」

 近くにいた狩猟隊の若者たちが飛び退き、鍛冶屋のゴッサが片腕で目を庇いながら顎髭を震わせた。

「魔石のランプとも違うな……。煤も出ねえし、油の臭いもしねえ。こんな澄んだ白光、王都の貴族街の特級魔導具でも見たことがねえぞ」

「充電式のLED照明です。火を使いませんから、万が一倒れても延焼のリスクはありません。広場の四隅に吊るしておきますね」

 マコトが事も無げにロープで支柱へ固定していくと、村人たちは息を呑み、まるで奇跡の光を崇めるように見上げていた。

「それと、こちらもどうぞ。宴会の差し入れです」

 マコトは小箱を開け、金属の缶詰の蓋を次々とプルトップで引き開けた。

 パキッ、シュッと心地よい金属音が響き、中から甘辛い醤油タレの香ばしい匂いと、炭火で香ばしく炙られた鶏肉の香気がふわりと立ち上る。

「ひゃあ……! お兄ちゃん、これなぁに!?」

「すっごいいい匂いがする!」

 ピピとルゥが目を輝かせて駆け寄ってきた。

「鶏肉と魚を柔らかく煮たものだよ。火で少し温めるともっと美味しくなる。ピピ、ルゥ、まずは安静にしているミラさんのところへ持って行ってあげてくれるかい?」

「うん! ミラねえちゃんに一番大きいの持っていく!」

 二人は器用に木皿に缶詰の肉を移すと、大事そうに両手で抱えてミラの家へと駆け出していった。

「……本当に、底が知れない男だな、お前は」

 ドカッと隣の丸太に座り込んできたダンが、木製のゴブレットをマコトの前に突き出してきた。並々と注がれているのは、山林の木の実を発酵させた白く濁った山の酒だ。

「受け取れ、マコト。戦士頭の俺から、村を救ってくれた英雄への乾杯だ」

「英雄なんて柄じゃありませんよ。俺は段取りを組んだだけです」

「その段取りってやつが、どれだけすげえか身に染みたんだよ」

 ダンはゴブレットを自分のものとカチンと打ち鳴らすと、一気に喉を鳴らして呷った。

「俺たちは今まで、力任せに武器を振るうことしか知らなかった。襲われたら全員で殴り込み、仲間が死ねば『山の掟だ』と涙を呑んで諦めてきた。……だが昨夜はどうだ。誰も死ななかった。傷を負ったのはミラ一人で、そのミラも今夜には熱が引いて粥を食えてる。……こんな夜は、俺が生まれてから一度もなかったんだぞ」

 ダンの太い毛並みに覆われた肩が、熱い感情で震えていた。

「数字にならない仕事が、現場を救う……。マコトさんの言っていた通りでしたね」

 反対側から静かに歩み寄ってきたセルマが、湯気の立つ白湯の椀を手に微笑んだ。

「魔導院にいた頃、私の土魔法は『塹壕堀りの土工仕事』だと馬鹿にされていました。でも昨夜、私が作った空堀と土塁が、仲間全員の命を守る壁になった。……研究を切り捨てられて絶望していた私の人生が、あんな風に誰かの役に立つなんて、思いもしませんでした」

「セルマさんの土魔法がなければ、あの防衛線は数時間で完成しませんでしたよ。胸を張ってください。あれは間違いなく、現場を支えた一級の技術です」

「……ふふ、ありがとうございます」

 セルマは嬉しそうに眼鏡の位置を直し、白い光に照らされた広場を見つめた。

 村人たちが歌い、手を取り合って踊り、缶詰のタレを指につけて笑い合っている。

 前の世界にいた頃、マコトが過ごしていた夜といえば、誰もいないオフィスで冷え切ったコンビニ弁当を喉に流し込み、終電の揺れに耐えながら虚無感に沈むだけの時間だった。

 だが、ここには温もりがある。

 自分が組んだ段取りが、確かに誰かの命を繋ぎ、こうして笑顔の輪を生み出している。

(悪くないな……。本当に、生きててよかった)

 マコトは木樽の酒を口に含み、喉を焼く熱いアルコールとともに、じんわりと広がる充足感を噛み締めた。

 心地よい疲労と微かな酔いの中、ミラの家の納屋に敷かれた藁毛布の上で目を閉じたはずだった。

 ふと意識が浮上すると、そこは見慣れたロッカ村の藁の上ではなかった。

 蛍光灯の微かなジーという電子音。

 漂う埃と、古びた茶封筒と、インクの乾いた匂い。

 目の前には、薄汚れた灰色のスチールデスクと、天井まで届きそうな書類の山。

 そしてその向こう側には、よれたワイシャツの袖を腕まくりし、半分白目を剥いて舟を漕ぎながら、機械的に朱肉をつけて書類へ判子を押し続けている中年男性の姿があった。

 ポン。ポン。ポン。

「……天界人事部、異動課」

 マコトが呆然と呟くと、机の上の書類の山がグラリと揺れ、中年の神がハッと目を開けた。

「あ、相沢くん。お疲れさまー。うん、夜分遅くに呼び出してごめんねぇ」

 神はズレた眼鏡のブリッジを中指でクイと押し上げ、よれたネクタイを緩めながら欠伸を噛み殺した。

「昇格面談だよ、昇格面談。主任への昇進が決まったからね、規定で一応、形式的なヒアリングをしなきゃいけないことになってるのよ。いやー、相変わらず上がうるさくてさぁ」

(夢の中で昇格面談をねじ込んでくる職場があるか。しかも面談官が完全に徹夜明けの目をしてるし)

「主任昇格の通知は受け取りました。おかげで防犯資材や照明の解放が間に合い、助かりましたよ、課長」

「うんうん、カタログも有効活用してくれてるみたいで何より。試用期間も無事に明けて、現場の定着率も上がってる。異動課としては、配属先で即日退職されなかっただけでも御の字なんだけどねぇ」

 神は適当に手元の書類をペラペラとめくりながら、億劫そうにボールペンを回した。

 その適当な空気を前に、マコトはずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にする好機だと判断した。

「確認ですが、課長」

「ん? 何かな?」

「視界に出る【人事考課シート】についてです。俺が行動するたびに考課ポイントが加算されますが、あの考課票の隅にある『考課者』の欄……ずっと空欄のままですよね」

 マコトは一歩前へ進み、机の上の神を見据えた。

「俺の行動を査定し、あの評価を下しているのは、一体誰なんですか? 課長がつけているんじゃないんですか?」

「私?」

 神は心底心外だと言わんばかりに目を丸くし、朱肉に塗れた自分の右手の人差し指をひらひらと振った。

「いやいや、まさか! 私はただの異動課の窓口担当、平の事務屋だよ? 回ってきた決裁書をチェックして、規定のルール通りに判子を押して、購買カタログの発注を通してるだけのライン作業員。私に個人の裁量でポイントを盛る権限なんてあるわけないじゃない」

「では、誰が……」

「そりゃあ、上が決めることだからねぇ」

 神は天井を親指でクイと指し示し、肩をすくめた。

「考課者欄が空欄なのも、君の現場での一次データがまだ本社の統括基準に上がって審査中だからさ。誰が、どんな基準で最終承認を下しているのか……そんなトップシークレット、私ら窓口の末端には一切下りてこないよ。縦割り組織の常でしょ?」

(神々の世界でも、お役所仕事の縦割りたらい回しが存在するのかよ……)

 あまりにも生々しい前世の企業構造と同じ実態に、マコトは頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

「まあ、そういうわけだから。君の仕事ぶりはちゃんと数字として上がってきてるし、主任手当として購買枠も広がったんだから、現場をしっかり回してよ。はい、面談終了! お疲れさーん」

 神は手元の分厚いファイルにバチンと最後の書類を挟み込み、事務的に手を振った。

 次の瞬間、足元のオフィスの床が墨汁を垂らしたように滲み、周囲の光景が急速に白んでいく。覚醒が始まっていた。

 薄れゆく意識の輪郭のなか。

 背を向け、再び次の書類の山へ向かおうとした神が、ふと足を止め、誰に聞かせるでもない小声でぼそりと呟いた。

「……それにしても。無災害での解決なんて、久しぶりに見たよ」

 その微かな呟きが耳の奥に残ったまま、マコトの視界はロッカ村の爽やかな朝の陽光によって塗りつぶされていった。

 手帳を挟んだ胸ポケットのボールペンが、朝露の冷気を吸って静かに肌を刺していた。

読んでいただきありがとうございます。

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