アロハシャツと、食べられないコンビニ弁当
部屋に居座る幽霊のじいちゃんと、少しずつ変わり始める蓮。
二人の四畳半の時間を、どうぞのんびりとお楽しみください。
じいちゃんが部屋に居座り始めて、3日が過ぎた。
幽霊なのだから飯も食わないし、トイレにも行かない。ただ、俺がスマホをいじっていようが、布団に潜っていようが、ずっと部屋のどこかでアロハシャツを揺らしながらケラケラと笑っている。
「おい蓮。今日の弁当は唐揚げか。茶色いもんばっか食ってっと、俺みたいに早く死ぬぞ」
「じいちゃんは癌だったでしょ。それに、幽霊のくせに飯の話ばっかりするなよ」
「バカ言え。食えねえからこそ、余計に恋しくなるんだよ。あの世の飯は味が薄くていけねえ。あっちの奴らはみんなお上品に霞でも食ってやがる」
じいちゃんはそう言って、俺の学習机の椅子をすり抜けて、床にゴロンと仰向けになった。
物を持てないはずのじいちゃんだが、俺が食べているコンビニ弁当の匂いを、鼻をヒクヒクさせながら本当に愛おしそうに嗅いでいる。
「なぁ、蓮。お前、本当に卵焼きの作り方忘れたんか?」
「……しつこいな。もう何年も包丁握ってないんだよ。だいたい、今さらそんなの作ってどうするんだよ」
俺が少しトゲのある声で言うと、じいちゃんは天井を見つめたまま、静かに呟いた。
「俺が死ぬ間際、病院のベッドで最後に食べたのが、お前がタッパーに入れて持ってきてくれたあの卵焼きだったんだよ。形はグチャグチャで、ちょっと焦げててさ。でも、あれを食った時、『あぁ、俺の人生も捨てたもんじゃねえな』って、心の底から思ったんだ」
「……」
「お前は優しい奴だよ、蓮。会社を辞めたのも、お前が優しすぎて、他人の悪意を全部まともに受け止めちまったからだろ。でもな、ここに閉じこもってちゃ、その優しい手が錆びちまう。俺はそれが悔しいんだ」
じいちゃんの声は、幽霊なのに、驚くほど温かくて重かった。
部屋の隅に置かれた、埃をかぶったキッチンタイマーが目に入る。
俺のことを「ダメな奴」だと笑う世界の中で、この幽霊のじいちゃんだけは、あの頃と何も変わらずに俺のすべてを肯定してくれている。
「……じいちゃん」
「ん?」
「明日……気が向いたら、台所行ってみるよ」
俺が小さくそう言うと、じいちゃんは弾かれたように起き上がり、今日一番の笑顔でニカッと笑った。
「おう! 言ったな! 楽しみにしてるからな、蓮!」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥の固い塊が、ほんの少しだけ解けていくような気がした。
おじいちゃんの言葉に、少しずつ心が動き始めた蓮。
次回、いよいよ最終回となります。二人の四畳半の物語を、最後までどうぞよろしくお願いいたします。




