絶望
「用がないなら、それ貸して。ここから先は私が先導する」
「......あ、危なくなったら言ってね。僕が、その、ま、守るから」
コログの言葉に一瞥もせず、光源を手に右の道へ歩を進めるグリム。
「......」
そんな彼女の様子に唇をきつく結び、コログは三歩後ろを保ちながら同行。
焦燥感に駆られ、苛立ちを露わにしながら歩くグリムと、すっかり憔悴しきっているコログとの間に気まずい沈黙が落ちるのは自明の理であった。
自分らしくなかった、とグリムは一人自省する。
いつもの自分ならコログになど任せず、我が道を行っていただろう。
しかし、
「恨むよ、お兄さん」
良くも悪くも、自分に影響を与えた黒髪の少年を思い浮かべ口元を歪ませる。
背中から「何か言った?」という声が聞こえた気がするがもちろんシカト。
気が狂いそうなほど長い時間、暗闇に向かってひたすらに進んでいくと、再び分岐路に相対した。
「......」
「グリムちゃん......?」
グリムはその場に立ち止まり、顎に手を当て何かを思案すると......何を思ったか、指を咥えた。
そのまま彼女は湿らせた指先を両の道に向け、フラフラとかざし始める。
何かを確かめるように、二つの入り口を行ったり来たりしながら。
彼女の奇行に困惑の色を隠せず、何を遊んでるんだとばかりに眺めていたコログであったが、
「......ちっ」
突然彼女が乱暴に地面を蹴とばしたのを皮切りに、ぴしゃりと姿勢を正した。
ぶつぶつ何かを言いながら右の道へ進むグリムの後ろにつくと、
「.....ちなみに、さっきのは?」
「この実験場を作った奴への殺意を飛ばしてただけよ」
「いや、そっちじゃなくて......」
「ああ。......このイカレた迷路を作ったやつに中指立ててただけよ」
それでもないんだよなぁ~とチラチラ目くばせしていると。
「なに?今お兄さんに構ってあげる暇は.....ってああ。さっきの指のこと?......はぁ。」
彼女はコログの真意に気づくと、歩みを止めた。
振り返り、ぽけっとした顔のコログを尻目に大きなため息をつくと、
「指が冷たく感じる方から風が吹いてるはずでしょ?外につながる道が分かればと思っただけよ。ま、違いなんてわかんなかったけどね......」
暗闇に見えた一筋の希望の光をあっさり消されたグリムは、そう言って肩をすくめた。
「そっかぁ.....でも、こんな方法中々思いつかないよ!グリムちゃんは賢いね」
「そういうお兄さんは愚かね。私の機嫌をとる暇があったら、その小さな脳みそで作戦の一つでも考えたら?」
グリムの聡明さを褒め称えるコログに対し、一々棘のある言い方のグリム。
今の彼女に余裕はなく、厳しい現状に対する苛立ちを隠そうともしない。
グリムは「あはは...」と頭に手をやるコログを一瞥すると、再び進み出し......数歩歩いて立ち止まった。
背中から聞こえてくるはずの金属音が、いつまで経っても鳴らないことに違和感を覚えたのだ。
「......お兄さん、何をやってるの?ただでさえ役立たずなんだから、せめて足は引っ張らないで」
ダンダンと苛立ちを露わに足踏みし、コログが歩き出すのを待つグリム。
しかし待てど暮らせど、彼の返答は聞こえてこない。
「あのさ、早くしてくれない?私は一秒でも早くここから離れたいの」
グリムの鼓膜を揺らすのは、自身の声の反響だけ。
煩わしかった鎧の擦れる音や、グリムを気遣うような控えめな息遣いさえも聞こえない。
「ああ、もう!いい加減にしてよ!こんな非常時にくだらないことするなら......」
揶揄われていると感じたグリムは待ちきれず、罵声を交えて振り向くと。
「え?」
そこにいたはずの、コログがいなくなっていた。
「ちょっ、うそ。お兄さん!?」
慌てて先ほどまでいた場所に駆け寄り、辺りを照らしてみるも人影が見える気配はない。
「落ち着いて、落ち着くのよ私。ええっと......」
バクバクと心臓の鼓動が耳を打ち、口からこぼれそうなほどの焦燥感に駆られながらも、なんとか白んだ頭を必死に回す。
「お兄さんが一人逃げ出した可能性.......は流石にない......よね?」
短い時間だが、彼の人となりはある程度把握している。
おせっかいで人懐っこく、それでいて臆病。
そんな彼が自分を見捨てる選択肢をとるとは、とても思えなかった。
「今までのが全部芝居で、ここに私を嵌めるための罠って線も......ないと信じたいわね」
額から垂れた汗を拭い、確率の低い可能性を切り捨てる。
となれば......
「何らかの魔法による転移......かな」
グリムは喉を鳴らし、周囲を注意深く観察する。
ずっと、疑問には思っていた。
どちらからも風の吹かない、いくら進んでも現れる分かれ道。
突然音もなく消えたコログ。
通常では考えられない事象だが、
「全部、魔法が仕掛けられてたなら説明がつく」
グリムは呼吸を整えつつ、可能性の高い推測にたどり着く。
しかし.....
「これでさらに難易度上がったわね......どうしよう」
グリムの予測が正しければ、この洞窟には魔法がかけられている。
しかしそれを察知する術も、破る術も、グリムは持ち合わせていない。
小さな少女の手に収まる装備と言えば、スイッチ付きステッキ(チョーカーがないためただの棒)、しなる鞭(拷問用)だけだ。
どうしろと。
あまりに悲惨な現状にグリムはその場にうずくまり、頭を抱え首を振る。
「あーもう!ここから出せよ!お兄さん返せよ!くそおおおお!!」
終わりの見えない暗闇、いつ襲ってくるかわからない転送罠。
手に余るほどの絶望的状況に、自暴自棄になった少女は溜まったストレスを流すように叫び出した。
「ああああああああああああああ!!!!」
少女は叫んだ。この身にかかる理不尽に怒りを込めて。
「ああああああああああああああ!!!!」
少女は叫んだ。この脳を犯す不安、恐怖、焦燥感を吹き飛ばすように。
叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで......耐え切れなかった喉が悲鳴を上げ、
「あああああああああああああ!!ごほっごほっ......ぁ」
盛大にむせた。
この絶叫のせいで、グリムは自身に近づく足音に気づくことができなかった。
数メートル先は見えない暗闇から、ペタペタと近づいてくる黒い影。
人にしては軽く、獣にしては歪な足音。
叫び疲れ、虚ろな目をした少女は、手元の光源に照らされた『それ』を見た。いや、見てしまったというべきか。
生き物と呼ぶにはあまりにも不気味で、自然の理を大きく超越したような『それ』は。
「やあ」
頭部から生えた腕を軽く上げ、気さくな挨拶を交わしてきた。
ご愛読ありがとうございます!
かなり執筆に難航しつつも、今日も投稿できました!やった!
面白かったら星とコメントよろしくお願いします!
では、また明日!




