グリム・ホッブス⑥
「......お、おい。まさか、死んじゃあいねえよな?お、俺はかる~く叩いただけだぜ?」
ペシペシと頬を叩いてみるが、意識が戻る気配はない。
床がどんどん血で塗られていき、今すぐ治療しなければ死んでしまうかのように見えた。
酒で紅潮していた顔が、見る見るうちに青ざめていく。
「う、うそだろ?.....お、俺、酔った勢いでなんてこと.....!!」
どうやら、事の深刻さに気付いたらしい父が慌てて詠唱を唱え、氷を溶かそうとする。
「やべえ、やべえ....!!は、はやく、ここから逃げねえと....!!」
「セイクリッド・ベルファイヤーッ!」
無事な左手から火炎を放出し、腕周辺をまるごと焼き焦がしていく。
すると、
「うああああああ!!な、なんだああああ!?」
見れば、調理場周辺から火が立ち上り始めていた。
当然だ。この家は木造建築。火を使えばどんどん燃えがるだろう。
「まずいまずいまずいまずい!....くそっ!」
氷を解かすため火力を増し、早急に腕を解放しようとする。
その影響で炎の魔の手はこちらまで広がってきており、私の鼻先の前で煌々と燃え盛っている。
……え?うそでしょ?このままだと私、死ーー?
死が目前に近づいていることを悟り、体に全力で動くよう命令するも足腰が言うことを聞かない。
あまりの恐怖に腰が抜けてしまっていたのだ。
「や、やだ.......!!お兄......!!起きて!早く起きて私を助けてよ!!」
今なお命の源泉を垂れ流す兄に助けを求めるも、返ってくるのは家具を焼き尽くす炎の音だけだ。
そんな私の叫びをあざ笑うかのように、凍結から逃れた父がこちらへやってきた。
「そんなにあいつが恋しいなら、一緒にいねえとだめだよなあ?......地獄によぁ!!」
「きゃっ.....!!.......ぐっ!!」
父は私の体を掴むと、物を投げるかのように、ひどく乱暴に振り飛ばした。
鋭い痛みが背中に走り、肺から空気がこぼれだす。
体を襲った衝撃に目を回していると、べちゃり、と嫌な水音が聞こえた。
痛む体をなんとか起こし、恐る恐るその音源へ視線を這わすと。
「うぁ.....っ!!!お、おええええ」
この目に映ったのは、嫌なにおいを放つ赤黒い液体だった。
目を回したことと極度の緊張、兄の重症とその匂いが一気に押し寄せ、口から酸っぱい液体を嘔吐する。
とてつもない不快感に顔を歪めていると、轟音とともにうずくまる私の背後にて、天井の一部が落ちてきた。
「......あ」
そこにきて、ようやく気が付く。
退路が絶たれてしまった。
「証拠隠滅のため、お前にも死んでもらうわ!あばよ~」
父はそういうと、私を見殺しにして家を出た。
「お、にい.....」
ガンガンと痛む頭でなんとか上体を起こし、消えかけの蝋燭のような彼を抱く。
「おきてよ。お願いよ......」
両目から涙がこぼれ、兄の額に落ちていく。
「神様.....フレイヤ様......。どうか....わたしたちをお救いください...」
強制されてついた習慣ではあったが、毎日欠かさず祈りを捧げていた。
いつかきっと、私を助けてくださるだろうと思って。
しかし、一向に願いが叶う気配はない。
この瞬間にもどんどん火は燃え上がり、この家を埋め尽くさんと暴れている。
私はペンダントをギュッと握り、ひたすら祈った。
「お願いしますなんでもします!学校にも行くし、ちゃんとした大人になります!悪いことなんてもうしません!だから....!!」
「だからどうか....私たちを救ってはくださいませんか」
私の声に答えるのは、轟轟と焼き尽くさんとする炎だけ。
その炎と対称的に、腕に抱く兄の体温はみるみる冷たくなっていく。
神の力で瞬間移動される、とか。この火を消し飛ばす大雨が降ってくる、とか。
そんな都合のいいことは起きてはくれない。
そのとき私は自分の中に、一つの火種が生まれたのを感じた。
それは絶望や恐怖の炎ではない。
......怒りの炎だ。
もっと早く気付くべきだった、と怒りの火種が温度を増していく。
「くそ......っ!くそぉ......っ!」
私はほかの誰でもない、己の愚かさへの苛立ちから、ゴンゴンと頭を殴りつける。
「誰も助けてなんてくれない、神もいないんだ。全部全部全部全部!!他人のせいにしてきた、私への罰だ!」
握りしめていたペンダントを血に濡れた床へ置き、思いっきり踏み潰す。
「クソっ!何が神だ何が奇跡だ!信じる者は救われる.....?バカ言え!他人に任せて行動せず、祈ることしかしてこなかった奴を助ける物好きが、どこにいる!」
グイと袖で涙を吹き、メラメラと煽る炎に中指を立て、宣戦布告する。
「もう他人に命を任せるのはやめだ!......私の願いは!私自身で遂行するッ!」
そういうと、周囲を睨みつけながら出口がないか観察する。
正面には落ちた天井、背後には壁。そして左手には....
「......!!あれは」
見れば裏口付近に、瓦礫の隙間を見つけた。
身を屈めれば、私一人なら通れそうである。
しかし...
「ここに置いていったら、確実にお兄は死んでしまう」
私が助かるには、兄を見殺しにするしかない。
でも.....!!私は...私は.....!!
そう迷っている間にも、煙が周囲に充満しつつある。
体を屈めて耐えられるのも時間の問題だろう。
ゴホゴホと煙を肺から吐き出しながら、愛しい兄を見つめる。
血にまみれてもなお、綺麗な顔をしていた。
自然と口角が緩み、煤けた指で頬を撫でる。
「お兄、今まで助けてくれて、ありがとね。......大好きだよ」
そう言うと、おでこに軽く唇を当てる。そして....
「.......さようなら」
世界でたった一人の家族に別れを告げる。
私はほふく前進で、瓦礫の隙間から屋外へと脱出した。
......嗚咽を漏らし、大粒の涙を流しながら。
ご愛読ありがとうございます!
次回でグリムちゃんの過去編は終わりです。思っていた以上に長くなってしまいました.....
面白かったら、星つけてください!
では、また明日!




