グリム・ホッブス③
今日も今日とて、この公園で時間を潰していく。
ブランコで一回転したり、砂でスージャの地上絵を書いたり、遊びにきた子供の邪魔をしたり。
そうこうしているうちに、いつの間にか空は茜色に染まっていた。
いつ母は帰ってくるのだろう。
父は...はやくどこか遠くへ行ってほしいなぁ。
そんなことをぼんやり考えていると、ふいに電流が走った。
「あ......!!」
今まで母の帰りを願い、父の存在を疎ましく思っていた。
しかし私が考えるべきは逆だったのだ。
「お兄と逃げて、お母さんのところで暮らせばいいんだ!」
自然と、握りしめた拳に力が入る。
この町からなるべく遠い地でやり直そう。
父さえいなければ、母は一緒に暮らしてくれるはずだ。
そのためには、まずは母を探し出さなくてはならない。
「よし、そうと決まればさっそく探しに行こう!」
私は勢いよくベンチから立ち上がると、公園の出口へ歩き出した。
すると、
「うわ~ん!ママぁ~!あのお姉ちゃんにお城壊されたあぁ!」
「まぁなんてこと!ちょっと、そこのあなた!うちの子になんてことしてくれたの!」
背中から、泣き叫ぶ子供と怒りに満ちた親の声が聞こえてきた。
どうやら、先ほど邪魔した子供が親へ言いつけたらしい。
……悪いが私は忙しいのだ。
ガキを相手している時間など、ない。
自分の招いた種に目を瞑り、何事もなかったようにスタスタと出口へ向かうと、またもや悲鳴が聞こえてきた。
「わああああああああああ!!」
「ちょ、まーくん!?ここで漏らしちゃダメでしょう!?」
どうやら大変なことになっているようだ。
......はぁ、仕方ない。
気だるげに視線を向けると、砂場に立つ少年の股から液体が流れ落ちていた。
「ちょっと!あなたのせいでうちのマー君泣き止まないし、粗相までしちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!」
傍に立つ母親らしき人物はキッとこちらを睨みつけると、持っていたハンカチで少年の足を拭き始めた。
……私も小さい頃は、お母さんにお尻拭いてもらってたっけ
目の前の親子を見ていたら、幼少期の母との思い出が次々と蘇ってきた。
お母さん......はやく会いたいなぁ。
そう心の中で呟くと小便くさい砂場に入り、二人をまっすぐ見据えた。
いきなり近づかれて驚いたのか、少し顔を逸らし身構える親子に一言。
「泣きたいのはこっちだよ!!!!」
「「ええ!?」」
・・・・・・
「お母さんがよく行く場所っていったらあそこだよね.....」
砂場での激闘を終え、商店街を練り歩く。
お母さんはこの時間帯、よくここで買い物をしていた。
それは他の主婦たちも同じなようで、ねぎの頭がはみ出た袋をせっせと運ぶ女性と何度もすれ違う。
「お母さんいるかなぁ......あっ」
周囲に母がいないか注意深く目を凝らしていると、懐かしいものが。
「いらっしゃい、いらっしゃい!コロッケ揚げたてだよ!お一ついかが!?」
ベルをチリンチリンと鳴らしながら、大声をあげるおっちゃん。
母の買い物についてくと、いつもここのコロッケを買ってくれた。
家で揚げるコロッケでは再現できない、あの濃い味がたまらなく好きだったのだ。
美味しそうな匂いに鼻をヒクつかせていると、ふいにキューとお腹が空腹を訴えてきた。
「......そういえば、今日も昼ごはんを食べてなかったな」
晩御飯前だが、昼を抜いたので大丈夫だろうと店に向かおうとした。
その瞬間、店の左側にそれは映った。
自分と同じ黒髪をなびかせ、金髪の大男と並んでこちらへ歩いてくる女性。
背丈は自分より少し高いくらいで、目元は柔らかに垂れている。
首にはフレイヤ教とペンダントをかけ、金色の髪留めで前髪をとめていた。
見間違うはずない、何百回と見たその素顔。
「おかあさん!!!!」
私は、考える前にその女性の元へ駆け寄っていた。
思ったより早く見つかった、なんて思いながら。
私が目の前まで来ると、その女性はひどく驚いた表情をしていた。
「お母さん!やっと見つけた!ね、聞いて聞いて!えっとね。お父さん、働かず家に籠ってお酒ばっか飲んでるの。それでね、お兄が頑張って働かなきゃいけなくて、私はその......学校で嫌なこといわれたりして...。でも、よかったぁ。お母さんが見つかって!お母さん!一緒に暮らそう?お兄と私と三人で!」
それで、きっとうまくいく、と。
夢中で捲し立て、興奮気味に母の顔を見上げると、今までに見たことないような複雑な顔をしていた。
「お、かあさん?......どうしたの?」
母の表情はどんどん曇り、苦しんでいるような、泣き出しそうな顔に変わっていた。
……え?私、なにか変なこと言った?
そんな疑念が頭をよぎったとき、
「え?ホッブスさんの子供?......でも確か、処女だってあんとき」
横のチャラそうな男が母に問いかけた。
その問いに答えぬまま、しばらく母は私と目を合わせていた。
許しを請うような、まるで縋るような目つきで見ながら。
おかあさん.....?
やがて母は何かを決心したように、一言呟いた。
「......知らないわ。人違いじゃない?」
そう言って、スッと私の横を通り過ぎた。
「......え?」
「ちょ、ちょっと!待てよ!ホッブスさ~ん!」
男の声がどんどん遠ざかっていく。
……は?今、何が起きた?
確かに、母であった。
見間違うはずない、大好きな大好きなお母さん。
あの顔は、なに?
あの男は、だれ?
処女ってなに......?
いろんな疑問がぐるぐると渦巻き、苦しさからしゃがみ込む。
は?は?は?は?は?
まま?なにしてんの?知らないってどういうこと?
一緒に暮らそうよ。あの男がいなくなれば、それで解決じゃん。
なんで、知らないって言ったの?
なんでなんでなんでなんでなんでなんで?
「おぇぇぇぇぇ」
ふと胃液がこみ上げてきて、流れに逆らわず外へ放出する。
口腔が酸っぱい匂いで満たされるのを感じながら、ふらふらと歩き始めた。
どこへ......って?
知らない。わからない。私には、帰る場所なんてない。
行く当てもなく、口から胃液を垂らしながら歩きながらさっきのことを思い返す。
終わりなき思考を巡らせていると、いつの間にかあの公園へ戻っていた。
ぼんやりとした視界の端で、さきほどの親子が目に入る。
母親は小便で汚れたハンカチを水道で洗い、叱りつけていた。
しかしその表情には、この子は自分が守らなくてはという、確かな愛情を感じた。
脳裏にこびりついて離れない、許しを請うようなあの表情。
あれは愛する我が子に向ける目ではない。
......傷つけられるのを、恐れる目だ。
そこまで考えて、やっと脳が理解する。
……否、最初から分かっていたが、目を背けていただけだ。
私はハハ、と乾いた笑いを漏らし、呟いた。
「私、捨てられたんだ」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
いや~毎日投稿しようと意気込んだはいいものの、ぽ〇もんにハマってしまい、遅れちゃいました!すみません!
これからも毎日投稿頑張ろうと思っているので、ぜひ星つけてくれると嬉しいです!
ではまた明日!




