グリム・ホッブス②
……眩し!
やかましいほどに輝く朝日に苛立ちつつも、グリム・ホッブスは目を覚ました。
今いるグリムの部屋は2階であるが、いつもの騒々しい足音は聞こえてこない。
「お~い、グリム。起きてきな!朝ごはんができてるよ~」
と、柔らかな声が鼓膜を揺らした。
どうやらお兄が朝ごはんを作ってくれたらしい。
それを嬉しいと思う反面、強く自覚してしまった。
母親は、もういないのだということを。
母親が出て行って、もう二週間が経過した。
初めの三日間は呑気に構えていた私だったが、五日目あたりから焦燥感に駆られるようになり、今では母親のいない暮らしに適応し始めていた。
「は~い」
と、ぼんやりする頭で階段を下りる。
「ああ......今日は芋か」
鼻孔をくすぐる香ばしさでわかってしまう。
母親が出ていったっきり、父は仕事にも行かず家で飲んだくれるようになり、家計が危うくなってきた。
なので、毎朝もそもそと芋に齧りつかなければならないし、兄は学校をやめて働きだした。
「お兄、仕事つらくない......?」
心配そうにお兄を見つめると。
「ああ、問題ないよグリム。お金のことは気にするな。グリムは最後まで、学校に通うんだぞ?」
と頭をくしゃくしゃと撫でまわしてきた。
兄は全てにおいて優秀であったので、私が働くからお兄は学校へ行ってと言ったのだが。
「俺は学校なんて行かなくても大丈夫だ。......それに、最近仕事の成果を認められてな、給料があがりそうなんだ」
と笑顔で言い返された日には、「なんでもありかよ」と尊敬以上に劣等感を感じてしまった。
口の中の水分を奪い取る芋を食べきり、学校へ行く支度を整え玄関へ。
今朝は父の姿を見なかった。
……まぁ、どうせ昨日も遅くまで飲んでいて、まだ寝ているのだろう。
はぁ...と、不幸の元凶に向けてため息をこぼす。
すると、リビングから兄がエプロン姿で見送りにきた。
「行ってらっしゃい。......馬車と人攫いと浮浪者には気を付けるのよ?」
お兄が珍しく冗談を言ってきたので、不覚にも笑ってしまう。
「ちょっ...!!ふふ...もう。お母さんの真似やめてよね!......じゃ、行ってきます!」
ひらひらと手を振る兄を背に、私は外の世界へ足を踏み出す。
私の通う、聖フレイヤ学園は向かって右側に位置しており、ものの数分で着くので焦る必要はない。
ないのだが......
ピタリと。私の足は、地面に縫い付けられたかのように動かなくなった。
「......いきたくないなぁ。......はぁ」
そうため息をこぼすと、クルリと方向を変え真逆の方向へ歩き出す。
ああ、フレイヤ様。どうかご慈悲を。
どうか、どうか同じ学校の人に会いませんように。
そう願って、ペンダントを強く握りしめながら歩いていく。
そんな私をあざ笑うように、同じ制服を着た青年が前方から歩いてきた。
あ......っ!!うぅ......
と、妙な罪悪感に襲われながらも、なるべく気配を消しながらひたすら祈る。
どうか、どうか見られませんように......!!
今日の私は相当運が悪いらしい。いやフレイヤ様でも許せないほど、私は悪人なのだろうか。
すぐ目の前まで近づいた生徒から、怪訝な目で見られてしまった。
顔が熱くなるのを感じ、サッと下を向く。
くそっ......何見てんだよ......。
そのままそそくさと横を通り、足早に目的地へ。
ああもうっ!最悪最悪最悪.....!!ついてないわ!!
そんなことをぐちぐち考えていると、いつの間にかついていた。
誰一人いない、貸し切り状態の公園である。
ここ一週間くらい、私は学校をさぼって適当に時間をつぶし、夕方に帰るというムーブをかましていた。
「それもこれも、あのくそ親父のせいだ......!!!」
と、頭の中で父をなぐる。もちろん、現実ではできっこないが。
なぜこんなことをしているかというと、話は二週間前にさかのぼる。
私の通う聖フレイヤ学園は、その生徒、教師含めて全員フレイヤ教徒という特殊な学校であった。
そこでは、フレイヤ様に関する伝承や教典についてのことを主に学ぶ。
そこまではいい。いいのだが......
「あのくそ親父。なんだかんだお偉いさんだったのかよ.....!!おかげでこっちは大迷惑だっつうの!」
そう、私の父、グエル・ホッブスはフレイヤ教の司教を勤めていたらしい。
で、その父が何かをやらかしたらしく、司教から降ろされたそうな。
そこからの転落はすさまじく、司祭、助司祭というふうにどんどん下がっていき、ついにはただの一般教徒に成り下がってしまった。
女房にも見捨てられ、酒におぼれた彼のことは、どこから漏れたか学校中に広まっていた。
そこから先は想像にたやすいだろう。
……いじめである。
ある日私が学校へいくと、机に罵詈雑言が書かれた落書きと、花瓶が添えられていた。
呆然と立ち尽くす私に、近くにいた生徒が一言。
「おい、もう学校くんな。......ホッブス菌が映る。な~んてな!ギャハハハハ!!」
それに呼応するかのように、
「ちょっ、おいwお前近づくなよw汚ねえ菌が着いちまうだろーがよ!w」
「バ~カ!wお前も巻き添えだよ!ギャハハハァ!!」
「だ、だから触ろうとしてくんなってww......あ!そうだ!バーリア!これでホッブス菌はききませ~んww」
「残念!ホッブス菌はバリア効かないのでした!ww」
「ななにぃぃ!www」
おちゃらけた男子二人が騒ぎ立てる中、遠くで見ていた女子達が。
「ちょっとやめなよ~w」
「ホッブスさんかわいそうじゃ~んw」
止める気のない体裁を保つだけの注意をし、私への攻撃を助長する。
私は、真っ白になった頭で必死に逃げ出した。
だめだ、ここにいたら私は壊れてしまう。
目を覆う藍のせいで視界がぼやけていたが、かまわず走った。
走って走ってぶつかって。走って転んでまた走って。
がむしゃらに走り続け、気が付いた時にはこの公園の前にいた。
小さいころ、母とよく遊んだこの公園
「おかあさん.....!!!!!うぅ.....」
と行方も知らぬ母を呼び、大粒の涙をこぼす。
その日は、涙が枯れるまで泣き続け、日が暮れたので家に帰った。
それからというもの、学校へいくのが億劫になり。
こうしてここで時間を潰すのが日常になっていた。
まだまだグリムちゃん続きます!よろしくお願いします!




