グリム・ホッブス①
……眩し!
やかましいほどに輝く朝日に苛立ちつつも、グリム・ホッブスは目を覚ました。
グリムのいる部屋は2階にあり、一階からドタドタと足音が聞こえてくる。
「グ~ちゃん?学校遅れるわよ~!ちゃっちゃと起きて来なさい!」
耳をつんざくような、聞きなれた声。
私の母、メルティ・ホッブスだ。
「は~い」
と眠気まなこをこすりながら、階段をよろよろと下りていく。
リビングの扉を開けると、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐってきた。
どうやら今日はパンの日らしい。
たまにパンでなく芋の日があるが、私は圧倒的にパン派である。
この朗報に眠気は吹き飛び、ルンルンで椅子へ座る。
部屋の真ん中には大きな机があり、向かい合うようにして二つずつ椅子が置かれている。
私が座るのは、いつだって......
「や、グリム。よく眠れたかい?」
大好きな、お兄の隣の椅子だ。
「うん!めっちゃ寝たよ!......お兄は眠れた?ちょっとクマができてるけど...」
「あはは...実は試験が近くてね。少し遅くまで起きていたんだ。大丈夫、問題ないよ」
ニコリと微笑んで、パンにかじりつくお兄。
「そう......?ならいいけど」
お兄は優秀だ。文武両道、学業優秀、才色兼備な完璧人間で通っているお兄だが、陰で頑張っているのを私は知っている。
そんなお兄を、誇らしく思っていた。
すると。
「勉強もいいが、神への感謝を忘れるなよ。ホッブス家は代々、神フレイヤ様を信仰してきたからこそ存続しているのだ。......おいグリム、私が話すときには飯を食うなとあれほど言っただろう!」
母が運んできたパンにかじりついていると、お兄に釘を刺していた父が机を思い切り叩いた。
「!?ご、ごめんなさい......ごくん。」
素早く飲み込んだ私をみて、父は振り上げた拳を見せつけてきた。
「......次また同じ事したら『これ』だからな?全く、兄に比べてお前ときたら.....」
と、ネチネチと私に『教育』を施してくる。
私の父は、おそらく普通の父ではないのだろう。
しかし、十数年一緒に暮らしていれば嫌でも慣れる。
いつからか私は『スルースキル』を身に着け、今では心の中で欠伸をするほどになっていた。
「と、父さん。そろそろ学校だから、僕たち行くね。...ほら、グリムも」
「え?あ...うん!」
ボケっとしていたが、お兄に助け舟を出されたと気付き、パンを手に取りリビングを後にする。
「いってらっしゃ~い!馬車と人攫いと浮浪者には気を付けるのよ~!」
「毎回思うけど、そこは車だけでいいと思うな!いってきま~す!」
いったいどんなトラウマがあるのか、車だけでなく人攫いと浮浪者を入れてくる母にツッコミつつ、玄関の扉を開ける。
さぁ、今日はどんな一日が始まるだろうか。
温かい日差しに見守られながら、幸せな心地に包まれる。
胸にぶら下げたペンダントをぎゅっと握りしめ、神への祈りを捧げた。
「フレイヤ様。今日もいい日になりますよう、私をお守りください」
こんな少し変わった日常を、私は案外気に入っていた。
「何ボーっとしてるんだ?早く行くぞ?」
「待ってよお兄!......えい!」
勢いよくお兄に飛びつき、がしっとしがみつく。
広くたくましい背中に顔をこすりつけ、冗談を言い合いながら学校へと向かう。
こんな幸せな生活が、ずっと続くと、そう思っていた。
あのときまでは。
「.....なにぃ、もう。騒がしいなぁ」
眠りを邪魔されて若干苛立ちながらも、自分を起こした声に耳を傾ける。
「だから!俺が仕事でうまくいかねえのは、しっかり夫である俺を支えられてねえお前の責任でもあるっていってんだよ!」
「はぁ......!?言いがかりはよして。あなた、少し飲みすぎよ?明日もあるんだし、これくらいにしといたら...」
「うるっせえよ!女が口出しすんな!誰のおかげで飯食えてると思ってんだぁ!あ?言ってみろよ!」
「......あなたのおかげよ。それは感謝してる。でも、」
「でも!?なんだ!?食っていけること以上に、重要なことでもあるってか!?ねぇだろ?ねぇよな?そうだよなあ!?......ならよぉ、ほら、俺のグラス見てみろよ。空っぽだぜ?何か言うことあるよな?」
「......はぁ。もう、知らないわ。勝手に酔いつぶれてなさい」
「ああ!?なんだその口の利き方は!!お前がその気なら、こっちにだって考えがあるぞ?」
「なによ...私はもう寝るから勝手に...ってきゃああああああ!!!!」
母の悲鳴が響いた後、ガシャン!というなにか割れたような、そんな音が聞こえてきた。
……え?まさか
と嫌な予感がし、急いでリビングへ下りる。
リビングの扉は空いていて、そこから光が漏れ出ていた。
中をそっと覗くと、そこには信じたくない光景が広がっていた。
「......うそ」
そこには、うずくまり頭を抱える母と、母の正面に立ち、信じられないような顔をした父がいた。
よくよく見れば、母の周りにはガラスの破片が飛び散っており、音の正体が判明する。
「お、お前が悪いんだからな!?俺ぁてっきり、避けるもんだと...」
しどろもどろ言い訳を並べる父に背を向けて、うずくまっていた母はよろよろと立ち上がった。
「......~!!もう!あなたとは暮らせません!!さようなら!!」
「ちょ、!おい待てよ!」
父の制止を振り切り、スタスタと扉へ向かう母。
信じられない光景を前に、頭が真っ白になっていたところを、ポンッと肩を叩かれて危うく声を上げそうになる。
後ろをバッと振り向くと、そこには寝間着姿のお兄が険しい顔つきをしながら立っていた。
そうこうしている内に母はドアまで来ており、通り際私たち二人を視界に映した。
「......見てたの。はぁ......見ての通り、私はもうここにいたくないから」
「ま、待って」
「じゃあ、さようなら」
バタン、と玄関のドアが閉まり、我が家に静寂が訪れる。
だが、私はそこまで悲観的ではなかった。
どうせ三日もすれば帰ってくる。そう思ったからだ。
それに、
「大丈夫。僕が必ず、お前を守るから」
と、後ろからお兄が抱きしめてくれたので、不安はすっかり幸福へ上書きされた。
「また元に戻れるよね、お兄......」
「ああ、きっと戻れるさ」
不安がっている声を作り、より構ってもらおうとする私とは対照的に、お兄はどこか、覚悟を決めたような顔をしていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
思ったよりグリムちゃんの過去が長くなりそうで焦っております!
さっさと本編進めてくれ~とか、グリムちゃんの過去もっと見たい~とか。
良かったらコメント、よろしくお願いします!




