嵐を呼ぶ女、エレオノーラ
「......ルイ、と言ったか。礼を言う。あなたはどうやら良い人の様だ......この男と違ってな」
ルイの矢で縄から解放され、地面へ着地した女性の目の先にはルイの背に隠れるダインの姿があった。
「違うって。誤解だ。俺はその.....そう!このまま降ろしては怪我をするだろうと思って作戦を考えてだな」
「ほう、確か貴様、私のパンツの色を呟いていたな?ほら、話してみろ。私のパンツの色でどんな作戦を立てたのだ?」
額に青筋を立てた女性がダインに詰め寄り、間に挟まれたルイがまぁまぁと宥める。
ダインは口笛を吹き知らん顔だ。
「確かに、ダイン君も少しは悪いところがあったと言えなくもないですけど、助ける作戦を考えていたのは本当だと思いますよ?ね、ダイン君」
「そうだよ。その通りだぜ、ルイ。俺はルイの矢で縄を切って助けようと思ったんだ。それまでの時間、魔物から守ろうとしてたんだぞ?」
「ルイさんはその下衆に対して甘くないか!?それと貴様、堂々と嘘をつくな!貴様はその間ずっと私の体を舐め回すように見ていたではないか!!」
どうやら、この女性は相当お怒りの様だ。頬を紅潮させながら怒っても可愛いだけなのだが。
しかし、ただ見ていただけで、ここまで怒られるものだろうか?
ふとルイの方へ目をやると、「今ダイン君を下衆と言いましたか?」とルイが怒りに震えている。
こっちの方が放っておくと面倒なことになりそうだ。
「まぁまぁ、そんな怒んなよ。無事助かったんだし、結果オーライじゃねえか。」
「そうですよ?もっと我々に感謝してください。特にダイン君に!」
「私か?私がおかしいのか......!?くそっ...頭に血が上っていたからか冷静に判断できん......!!」
頭を抱えてぶつぶつと独り言を呟く女性。
可愛そうに。よっぽど脳にダメージがいってるんだな......
ダインはそっと女性の肩に手をおき、優しく語りかけた。
「あんた、きっと疲れてんだよ......ほら、紅茶でも飲んで少し休んでいきな?さっきいい茶葉が手に入ったんだ。」
そういって、紅茶の袋を見せつけるダイン。女性はポカンとした表情でダインを見つめている。
「ちょっと休憩して、何があったか聞かせてくれよ。俺でよかったら相談に乗るからさ」
「......ああ、ありがとう?お言葉に甘え?させてもらう.......?」
目を白黒させ、言われるがまま切り株へ座らされる女性。
ルイはというと、当然のごとく湯を沸かし始め、皿にクッキーを盛り付けていた。
「流石はダイン君です。洗脳術も嗜んでおられるとは...!!」と目を輝かせていた気がするが気のせいだろう。
ダインは女性の正面に胡坐をかき、ゆっくりと口を開いた。
「俺の名はダイン、よろしくな。よかったら君の名前を教えてくれ」
「......エレオノーラだ。エレオノーラ・フォン・ローゼンハルト。一応、聖騎士を生業としている」
すっかり空気に流され、自己紹介を始めるエレオノーラ。
未だ表情は硬いが、少しは気を許してくれたのか、ゴミを見る目からミジンコを見る目に変わっている気がする。
「聖騎士か。立派な職業だな。......そういえば、被験者に女性はいなかった気がするんだが、どうやってもぐりこんだんだ?」
そう問うと、エレオノーラは不思議そうにダインの顔を覗き込んだ。
「どうやってって。そんなの祈りに決まっているだろう?我々聖騎士は主神フレイヤ様に祈りを捧げることで、少し力を貸していただいているのだ。常識だろう?」
不思議そうな顔でエレオノーラは言い放つが、ダインにとっては常識ではない。
「常識なのか......ってあれ?エレオノーラ、武器は持ってないのか?」
ひとしきり全身を見たからわかるが、彼女は魔装を所持していないようだ。
ダインの問いに、エレオノーラは顔をしかめた。
「魔装のことか?......ふん、あんな穢れた魔の力を頼るくらいなら死んだ方がましだな」
どうやら、彼女は強い思想をお持ちの様だ。聖騎士と言っていたし、何かの教徒なのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、ふとある疑問が浮かんだ。
「じゃあさ、どうやって魔物、つまりリーパーを倒してるんだ?」
そう。魔物は魔力の籠った攻撃でないと殺せない。ならば彼女はどうやって生き延びていたのだろうか。
エレオノーラはダインの質問に一瞬キョトンとし、すぐに誇らしげな顔を見せた。
「そうか、ダインは見たことがないのだな。いいだろう、助けてもらった礼に見せてやろう!私の神の力を!!」
ダインに助けられたと都合よく脳内変換してくれるようになった女騎士は勢いよく立ち上がり、両手を組んで祈りのポーズをした。
「わが主神、フレイヤ様。どうか矮小なるこの身に祝福の加護を!」
彼女が祈り始めると、空気がビリビリと震えだした。
頭上には暗雲が立ち込め、鳥たちが木から逃げるように羽ばたく。
「おいおいおいおい!ちょっと?エレオノーラさん?何する気なの!?ていうか、この光景どっかで......!!」
そう、この不穏な威圧感を、俺は知っている。しかも、つい最近見た気がする。
落雷とともに頭上に巨大な槍が出現し、エレオノーラが高々と祝詞を読み続ける。
「我は神の御使いなり。その大義をもって、邪悪なる魔を滅せよ!!」
「だ、ダイン君、この前のあの槍って......!!!」
手に持ったコップを揺らしながら、ルイがこちらへ歩いてくる。
なんてこった。こんなにすぐ出会えるとは。
喜んだのも束の間、あることを思い出す。槍が落ちた直後、何が起きた?
頭の中で警鐘が鳴り響き、咄嗟に口が滑った。
「何かにつかまれぇぇぇ!!!」
「穿て!!セイクリッド・パルチザン!!!!」
「う、うわああああおおおおおおお!!!!」
全身に爆風が押し寄せ、目の前にあった切り株になんとかしがみつき、衝撃に耐える。
「なんて威力してんだ......!!こんなの敵もなしにぶっ放すなんて、頭おかしいんじゃねえの...!?」
嵐を呼ぶ女騎士を脳内で殴りながら、ただただ必死で手に力を込める。
そうしている内にやがて暴風はやみ、森に静けさが戻ってきた。
「ゴホッゴホ.....終わった....のか....?」
大量の砂煙が顔を襲い、どろどろになった顔で周囲を見渡す。
ダインの目に映ったのは、「どう?すごいだろう?」と勝ち誇った顔をしたクソ女騎士と、目を回し、頭に葉っぱをくっつけた哀れなルイの姿だった。
「どうだダイン?すごいだろう?......先ほどの無礼はこれでチャラだ」
と、いたずらな笑みを浮かべるエレオノーラ。
「ちゃんと根にもってんじゃねえか......ま、いいか」
自分にも多少非があるのは否めず、甘んじて罰を受け入れるダイン。
「僕は巻き込まれ損なんですがぁ」
涙目で訴えるルイのことをエレオノーラは知らんぷりだ。かわいそうに......
ダインはよろよろと立ち上がると、エレオノーラの目をまっすぐ見てこう言い放った。
「単刀直入に言うが、協力してほしい。......どうしても、ここを出なきゃならないんだ」




