クリスマス短編【前編】
クリスマス特別短編です!
大人になった2人を見守って頂けると嬉しいです!
じんぐるべーる、じんぐるべーるすっずがなるー...きょっおはーたのっしいーくりすま......
「「「いえーーーーーいっ!!」」」
ぼんやりと遠い目で現実逃避していると会場のホール内に男たちの雄叫びが響き渡った。
半ば強制的に意識が現実へと引き戻される。
ステージに立ったサンタ服に身を包んだ女子社員がマイク片手に元気に拳を突き上げる。
「お前らー!ビンゴしてるかぁーー!」
ほぼ強制のノリで拒否する間もなくビンゴカード配っておいてしてるかもなにもあるかっ!させられてるといった表現の方が正しい。
そうやって冷めた僕とは対照的に会場のボルテージは上がっていく。
「「「いえええーーーいっ!」」」
お前らそれしか言えんのかっ!?テンション高ぇなおい。
心の中でツッコミながらも僕は機械的にビンゴカードに穴を開けていた。
そう今日は待ちに待ったクリスマスイブ。
町は色とりどりのライトアップや飾り付けがされていて、子供はサンタクロースへ何を頼もうか悩み、恋人がいる者は特別な思い出作りのために浮き足立つ。
よくよく考えればただの平日なのだが昔からの習慣からかやはりこの日は特別感を感じざるおえない。
僕も1ヶ月以上前から心がぴょんぴょん跳ね当日はどうしようかと考えていた。
『恋人がいる者は特別な思い出作りのために浮き足立つ』。僕もそのうちの1人なのだ。
高校の時から付き合いだした彼女、那須祈とはもう6年目になる。
お互いの地元を離れ僕らは互いの大学のちょうど中間にあたる地域のマンションを借りた。
と言っても同棲しているわけではなく、両親や祈と話した結果ちゃんと大人になって責任を取れるようになるまではということで同じマンションの隣同士の部屋を借りることになったのだ。
だけどそれも朝や夜のご飯の時や休日は一緒に過ごしていたため半同棲状態だった。
...もちろんえっちなことはしていない。
僕も祈のことは生涯大事にしていくつもりだし慌てて『致す』必要はないと思っていた。
...というのはもう1つの理由。
あまりに急いで祈に嫌われたくないと僕がビビっていたというのが理由のもう1つだった。
軽く触れたりくっついたり、たまにキスしたりはよくあるけど決してその先には至らない。
そういう雰囲気になりそうになっても僕の方が祈の気持ちが固まるよりも前に先に我慢がきかなくなり、自制も出来そうになくて自宅へ逃げ帰ることがほとんどだった。
あそこでなし崩し的にするのはやっぱり嫌なのだ。せっかくこうして一緒にいられるのに、この関係が悪い方へ変わってしまうのではないかと怖くてしかたがなかった。
でもそれももう終わり。
お互いこうして社会人になって今は生活するのでいっぱいいっぱいだけど少しずつ貯金もしている。
もう我慢しなくてもいいのではないかと僕の中の誰かが囁く。
僕の気のせいかもしれないがたまに祈が『そういう雰囲気』を滲ませて来ることもあった。
だから僕はそろそろ覚悟を決めるべきではないか、そう悩んでいた。
しかし...
その高揚感はクリスマスイブまで1ヶ月をきったあの日に奈落へと落とされた。
仕事中に回ってきた回覧、社員に周知させるべき業務のあれこれについての情報が書かれているのだがそのうちの1つにあった『忘年会のおしらせ』が僕のクリスマスを奪い去った。
会社というのはそういう親睦会や忘年会は付き物だと入社前から理解はしていたしそこに対しては文句はない。
だけどよりにもよってクリスマスイブに被せなくても良かっただろぉッ!
何が「クリスマスパーティー兼忘年会ってことにすれば1回で済むし寂しく過ごさないでいいよね♪」だ!!
冗談混じりに言った先輩の言葉がリフレインする。
大学卒業と同時に入社した電気会社。配属された部署がむさ苦しい男ばかりだったためかアンチ彼女持ちが多い。
『俺、彼女優先させるんで...』なんて言う空気すらなかった。
そのうえ僕は今年入社したばかりの新人社員。
1年目からこういうイベントを断れるはずがない。
八方塞がりで自由参加なはずなのに参加するのはほぼ強制だった。
仕方なくそのことを受け入れ祈に報告したのは2週間前。
どうにか断れないかと遠回しにアピールしてみたり先輩に相談してみようとして失敗し、そのうえ前々からしようねと約束していたクリスマスの約束をキャンセルするということもありなかなか言い出せずやっと言ったのだが
『わかりましたっ』
やはりというか祈は頬を膨らませて怒ってしまった。
文句も言わないし一件聞き分けがいいようにも見えるがうちに怒りを溜め込むタイプでそれからというものあまり口を聞いて貰えない。
不機嫌モードは絶賛継続中だった。
「はぁ...」とため息が漏れてしまうのも仕方ないだろう。
今回は全面的に僕が悪いだけにどう埋め合わせをしたら機嫌を直してくれるだろうかと悩みは尽きない。
そんな僕を他所に無理やりテンションあげてんじゃないの?って思うほど主催者も参加者もドン引きのハイテンションでビンゴゲームは進んでいく。
「おつぎはぁ...!25番!さぁ〜!そろそろ豪華景品をゲット出来る運命に選ばれし者も出てくる頃あいだぞぉ〜〜?」
どこの部署がは知らないか恐らく営業課の女子社員の誰かなのだろう。すげぇなあのテンション...
ぼんやりと現実逃避しながら遠い目になっていく...
「ーーい...かわ。...おーい...押川って」
んあ?
肩を揺さぶられて現実の世界へと引き戻された。
その手の持ち主に目を向けると僕の世話係でもあるノリの軽い先輩が僕のビンゴカードを指さした。
「揃ってんじゃね?」
言われてようやく焦点のあった目でカードを見る。
ほんとだ。
カードは綺麗に斜め1列が揃っていた。
通常ならこのまま「ビンゴぉぉぉッーー!」元気に手を上げる流れ。
だけど新人社員でただでさえ肩身の狭い奴にそんな度胸はない。
見たところまだビンゴになった奴はいないようだしこんな中手を挙げたら悪目立ちしてしまう。
元々ビンゴにも景品にも興味はなかったしこのまま申告せずにスルーされてもらお...
「はいはいはーいっ!!ここ!ここに揃ってるやついまーす」
ちょっ!?先輩!?
周囲の声にも負けないほどよく通る声を張り上げ先輩が僕の手を無理やり掴んで上へと伸ばす。
ちょっと!!と静止する間もない。
「おおっ!」と初ビンゴ者に周囲が沸き拍手も起こった。恥ずかしいことこの上ない。
どうすべきかあたふたしてると司会に前へ来るよう促される。
それでも重い足を動かせずにいると先輩が強引に背中を押しそのまま壇上へと連れてかれた。
おめでとうの意味なはずの拍手が生暖かいものに感じる...
壇上に上がって緊張したまま簡単に自己紹介させられた。「今のお気持ちは?」って知らねぇよ!!一刻も早く解放してくれ!
...さすがに本音をそのまま言えるわけもないから当たり障りのないことを噛みまくりながら言って壇上を後にした。
腕で抱えられるサイズの比較的軽めの箱を携えながら僕は先程の位置まで戻り一応先輩に一声かけてからその輪から抜け出した。
想定外だったがひとまずこれで解放される。
僕は会場ホールの端の方に行って壁に体を持たれさせた。
ずっと立っていたから足が痛い。
しばらくぼんやりと遠目からゲームが進んでいく様子を眺めおもむろにポケットをまさぐってスマホを取り出す。
そのままロックを解除して祈とのメッセージ画面を開いた。
そこには相変わらずぎこちない会話が残ったまま新しく更新はない。
やっぱ怒ってるよなぁ...
辛い。これをきっかけに別れようなんてし言われたら死ぬ。
何かメッセージを送るべきか、いや...でも無視されたら軽く死ねる...
ああだこうだと葛藤しているとふと前方から先輩がこちらに向かって来るのが見えた。
いつの間にかゲームはすっかり佳境に入ったようで既にゲームを終えた参加者が会場内に散っていく様が分かる。
「なんですか、それ」
先輩は人1人分あるであろう巨大なクマのぬいぐるみを背負っていた。
だが背中だけじゃサイズが足りなかったようで上にはみ出したクマの上半身が重みで先輩の頭にのしかかり見るからに重そうだった。
クマと先輩という組み合わせでも珍しいのにこの光景はシュールだ。
パッと見襲われてるように見えて怖い。
「14等だってさー」
中途半端な順位といい、明らかにネタでぶっ込んだだろそのクマ。
先輩はいつものヘラヘラした軽い口調ではあるがやはり重いのか「はぁ...」と息をついた。
「お前...これいる?」
「遠慮します」
即答した。
電車通勤で駅までは歩きなのにそんな見るからに重そうな物持って帰れるか。もし車通勤だったとしても絶対後々置き場所に困るやつ。
「だよなー...」と乾いた笑みで遠くを見る先輩が若干可哀想だったが僕は気付かぬ振りをした。
余計なことを言って押し付けられたらたまらない。触らぬ神に祟なしだ。
ブルっと携帯が震えた。
先輩が隣にいるということもありあからさまな態度に出さないように気をつけながら1歩引きそっとスマホを取り出す。
『終わり次第連絡ください』
メッセージが最後に届いたのは2日前なのに随分久しぶりのことのように思えた。
祈からのメッセージをそのまま眺め続ける。
明らかに怒ったような文面。
「なに?かのじょー?」と茶化す先輩はとりあえずいつものことなのでスルーした。
僕は咄嗟に口に手を当てて隠し、そのまま顔を背けた。
クマが死角になって先輩からはこちらの様子は見えていないようだった。
にまにまと緩む口元を必死に引き結ぼうとしたが無意味だった。
だってクリスマスイブに彼女に会える。
今日はもう会えないと諦めていたからこそそれは不意打ちで。
じんぐるべーるじんぐるべーる、すっずがなるー。
会場の空気も手伝ってか僕のテンションは先程までが嘘だったように上がっていき小さく鼻歌を歌った。




