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努力する彼女と努力をやめた僕  作者: 成浅 シナ
番外編
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85/87

目指した背中

劣等感とは友達だ。




あたしは物心つく頃には既に比べられていた。


1つしか歳が変わらないのに何でも出来て、その上人が思わず2度見するような凄い結果を出す。



兄は、幼い時からそうだった。


周りから「天才だ」と言われ持て囃さてた。


でも、一方であたしはいつも結果ど平均の凡人。



生まれてから母に褒められた記憶がほとんどない。


兄はあんなに褒められているのに。




だからあたしは『努力』した。


兄の背中を追いかけて。


そして努力で『天才』に並んできた。


反抗期を(こじ)らせつつ。



なのに、中学2年の『あの日』。



塾から帰ると兄と母の様子は一変していた。

周りの反応すらも。



そして、こっそり机に置きっぱなしだった母がいつも兄の大会の度に撮っている高いビデオカメラを起動し、あたしはその原因を知ることになる。


録画ボタンを切り忘れていたのか、ビデオは帰る直前まで続いていた。



今日の大会で兄にこれまでにない期待がかけられていたことは知っていた。


そのために、兄が影で頑張っていたことも。人目のない時に弱くなる所も。


だってあたしの部屋は隣だし抑えても薄い壁越しにその声も物音も聞こえてしまう。



兄は完璧超人じゃない。


才能で全てが上手くいくのは幼い頃だけでそれ以降はそれだけじゃ上手くいかないのは考えればすぐ分かることだ。


だけど舞い上がった兄の周りの人間は母も含めてそのことに兄を当てはめなかった。


兄は本当の本当に特別な人だと信じて疑わなかった。



その時から兄が1人苦しい思いをしていたのは知っている。


でも、ずっと劣等感で兄を避けてきたあたしが今更出来ることなんてなかったし、兄を見限った母は今までの放置っぷりが嘘のようにあたしにベッタリになってしまった。



あたしは兄の代わり。



それが悔しくて、反発したくて。



だから兄が落ちた高校、国内でも最高峰の高校へと進む事を決意した。



そうすれば、文句ないでしょ?お母さん?



ずっと兄の真似っ子ドッペルゲンガーあたしは晴れて分裂した1人の人間、押川(おしかわ)莉愛(りあ)となる。


そして、今まで認められなくて目を背けることしか出来なかった事を認めて、ようやく前に進むんだ。





リビングに入ると1つ年上の兄がグデッとソファで寝こけていた。


「......」


幸せそうな顔してるな...



兄と数年越しの仲直りをしたのは今年の初め頃。


だけどその後あたしの受験が忙しかったのと、受験が終わって割とすぐ高校の寮に移ったためまだ兄妹らしいことはしていない。


距離感だってまだ(はか)りかねている。



夏休みで帰省したのが昨日。


胸の内を少し明かして距離が縮まったように思っていたのに目に見えた変化はまだ感じない。



あたしはこれまでずっと耐えてきた。


本当の気持ちすら押し込めて我慢して、我慢して、時には兄に八つ当たりしながら。


それが一区切りついた今がまさにチャンスだった。


兄もここ最近で変化があったのか以前より生き生きした様子だし母親もあたしが最難関高校に受かって嬉しいのか態度がずっと軟化した。




だから、もういいよね?


わがまま言っても。



あたしは部屋に戻って服を着替え身だしなみを整える。


そしてもう一度リビングに戻った。


まだ兄は寝こけている。


時計を見るともう11時。


起こしても問題ないな。



あたしはソファの裏に回って横を向いて寝る兄の背中をめいいっぱい押した。

男にしては華奢な方だから案外すんなりゴロンと転がり落ちる。



「ぬぉっ!?」


兄は床に落ちヘンテコな短い悲鳴を上げる。



「なんだ!?地震か!?」


状況が飲み込めないまま兄はガバッと起き首を巡らせる。


「え...」


目が会った瞬間明らかに戸惑った声を挙げられた。


「お兄ちゃん暇でしょ?買い物行くから付き合ってよ」





「なんで僕が...」と文句を言いながらものそのそと着替えて来てくれた兄を連れて電車とバスを乗り継いで30分。


最近リニューアルしたショッピングモールは夏休みということもあってか大盛況のようだった。


「うわっ人多っ」


兄がゲンナリした顔をしてため息を吐く。


「だらしないなぁ」


「そりゃお前の高校の辺りはもっと人多いだろうけどさぁ」


確かにあたしの高校のあるのはこの県と比べて天と地くらい発展している。


青島高校に初めて訪れたときの感想が「田んぼとか全然ないし店も多っ」ってくらいだし。


その点、このショッピングモールこそ発展しているもののすぐ側は田んぼと畑が多い。


土と草花の匂いがあたしの故郷の匂いなのだ。


「お兄ちゃんあまり出かけないもんね〜」


「まあなー」


なぜ胸を張る。


「ほら、行くよ」


そう言って私は内心ワクワクしながら兄の背を押した。





「ねぇ、どっちがいいと思う?」


なんとなく目に付いた女性向けアパレルショップに嫌がる兄を引っ張って入ったのは数分前。


8月の今はちょうど夏物のセールと新作の秋物が入る時期だ。


その中で夏服50%オフのシールが貼られたトップス2つを手に取り掲げる。


居心地悪そうに縮こまってた兄は交互にそれらを見て


「好きな方選べばいいんじゃない?」


と根も葉もないことを言い出した。


「お兄ちゃんの意見を聞きたいんだって。自分で選んだらいつも選ぶようなのと似たり寄ったりになっちゃうし」


「でもなぁ、僕にセンスを求めるかぁ?」


「まあ...お兄ちゃん自分の服も興味なしだもんねー...」


「やめろやめろ。残念な人を見る目するなっ」


お兄ちゃんはシンプルな白のTシャツに黒のスキニーパンツ、靴はスポーツブランドのロゴ入りスニーカー、そして黒のサコッシュをかけている。



ダサくはない。



シンプルな組み合わせだし絶対外れないコーデだ。


だけど兄はいつも同じような服だ。


上はシンプルなTシャツかポロシャツ。下はイージーパンツかスキニー。靴は楽なスニーカー。



せっかく顔はまあまあ、普通よりちょっと上くらいには整ってるのに。


身内贔屓(みうちびいき)かもだけどっ。



「よし、じゃあお兄ちゃんの服見に行こうよ」


突然のあたしの提案に兄は嫌そうな顔をして


「いや、いいよ別に着るものに困ってないし休日にしか着ないのに」


普段走りに行く以外は基本引きこもってるもんねー...


「いいじゃん、どうせユ○クロとかでしか服買わないんでしょ?」


「ユ○クロバカにすんなよ!シンプルだから外れないし!」


なんか急にムキになった。


「知ってる?シンプルなのって意外と人選ぶんだよ。ほら、服は同じでも着ている人で印象変わる...みたいな?」


「悪かったな顔面偏差値低くてっ」


低くはないと思うけど。

今日もお兄ちゃんは悲観的で自己評価低いなぁ。


「とにかく!行くからね。ちょっと待ってて」


パパっと試着をして、迷った末に選んだ1着をレジに持っていく。


それを終えて戻ると兄は店から離脱して店の外の柱の影に寄りかかっていた。


「お待たせ。行こうか」





カジュアル系のメンズファッションブランドのショップに入る。


普段メンズ向けのショップには立ち寄らないから少し敷居を跨ぐとき緊張した。


さっきお兄ちゃんもこんな気持ちだったんだろうか。


店員も客もみんな男で女性客はいない。


こういう時男の人がいると気が楽だ。


―――と、後ろを振り返るとまたもや兄は居心地悪そうにキョロキョロしていた。


なぜ男性向けショップなのに緊張する...


「なに、どうしたの?」


「いや、ここにいていいのかな、と...」


「何言ってんの、服見に来たんでしょ?男性向けの店なんだし堂々としなよ」


「だって普段こんな店来ないし仕方ないだろっ」


小声で文句を言う兄の手を引いて店の中へと進む。


これじゃ小さい頃とまるで立ち位置が逆だ。


そこへ


「何かお探しですか」


ニコニコ接客スマイルの店員が話しかけて来た。


ちらりと兄を見ると明らかに強ばった表情で今にも逃げ出しそうだった。手を繋いでなかったら逃げられてたかも。


あたしはにこやかに微笑む。


小さい頃から今に至るまであたしは自分の容姿が人目を惹くものだと自覚している。

あれだけ騒がれたら嫌でも自覚させられるもん。


店員も私の顔を見て一瞬息を飲んだ。


「大丈夫です。今は見てるだけなので」


角が立たないように、でも拒絶の意をしっかり込めてそう言うと


「あ、はい!そうですか〜。じゃあまた何かありましたらお呼びくださいね」


にこやかに店員は去っていくが遠くにいた別の店員と「あの子マジ可愛くね!?」とゲンナリする会話が聞こえて来た。


こういうのにも慣れて来たと思っていたがまだまだ軽く流せる段階まで到達出来ない。


「お前すごいな」


そんなあたしを他所に兄は目をぱちくりさせて感嘆の声を上げた。


こんなことで褒められてもな。




さて。


服を一通り見て回って考える。


ファッションは色々勉強してきたが男性向けの服を選ぶのは初めてだ。


とりあえず...



ネイビーのリネンシャツと黒のテーパードパンツをチョイスして兄に押し付ける。


「これ試着してきて」


リネンシャツの下は今着てる無地の白Tシャツで問題なく合う。

ボーダーのTシャツと合わせるのもいいけどここは女性物と比べて大幅な値下げをしていないし、バイトもしていない高校生の懐は大変寂しいのだ。


着回し出来るのはしないと。



「ええっ、着ないとだめ?」


「当然。サイズあってなかったらコーデ良くても見た目最悪だもん」


あたしはブツブツ文句を言う兄を試着室に押し込んだ。





シャッと試着室のカーテンが開き、兄が姿を見せる。


「......」


これは...


「な、なぁ、変じゃない?大丈夫?」


着慣れない服に身を包んで落ち着かないのか兄が不安げな声を上げる。



一方あたしは


「な、なあ?莉愛(りあ)?」


声を上げずにただひたすらに兄の姿を凝視する。


傍から見れば変な人なのは分かるがそれどころじゃない。



お兄ちゃんがオシャレだ。




普段の「面倒いしタンスの上の方にある奴を適当に選びました」コーデじゃなくて、こう、意識してオシャレして来ました感が半端ない。


寝癖を直しただけでキチンとセットした訳じゃない髪も、どこか気だるげな目も魅力的に感じる。




結論。


すっごい良い...!



「おい、なんで親指立てる?」


ジェスチャーで返したあたしに兄がツッコんだ。



「すみませーん!これ着て帰りたいんですけどタグ切って貰えますかー?」


近くにいた店員を呼ぶ。


「ええ!?ちょっ、莉愛!?」


戸惑う兄は店員のされるがままになり、その作業が終わった後あたしは呆然とする兄を残してその店員とレジに向かう。



「たっかッ」


追いかけて来た兄は合計金額を見るやいなやあたしだけに聞こえるくらいのボリュームでそう漏らした。


だいたい2つで1万くらい。

まあ、妥当なんじゃないだろうか。


それにあたしは服選ぶ時に値段見てたから今更驚かないし、分かってて買ってるんだし。


「なぁ、僕そんなに金持ってきてないんだけど」


「大丈夫」


あたしはそう返し自分の財布からお金を取り出して会計する。


元々兄が着てきていた服はショップの袋に入れてもらって店を出た。



兄はまだどこか落ち着かない様子で


「ありがとう...、金は...まあ、後日立て替えるって感じで...」


「ううん、お金はいらない」


兄の言葉に被せてそういう。


元々、決めていた事し、それが目的だったし。


「え...でも...」



「プレゼント。お兄ちゃん来週誕生日でしょ」



そう来週末、8月24日は兄の17回目の誕生日だ。


初めから服を買うと決めていた訳じゃなかったけど元々物欲があまりない兄へのプレゼント選びは難航していたし服はあって困るものでもないから好都合だったな。



「あ、そっか...来週なんだっけ」


兄は今思い出したというように呆けた声で言う。


「もー、自分の誕生日でしょ」


「だってさー...」



まあ、言いたいことは分かる。


小さい頃は誕生日のお祝いを家族でしていたけどお父さんがいなくなって、お母さんの仕事が忙しくなってからはそんなこともしなくなった。

あたしももう長い間プレゼントなんか渡して来なかった。


「それにたかが誕生日で1万は高すぎないか?やっぱ半分だけでも...」


「出そうか」なんて兄が言う前に私は口を挟む。



「いいの。今までの分も込みだから」


ずっと渡していなかった分、そして、少なからずあたしが兄に冷たく当たって悲しませていた分含めて。


だから本当はこの値段でも足りないくらい。


兄は驚いたように目を見開いた後



「...あ、りがとう」


赤くなった頬を掻きながらそっぽを向いた。





「そうだ、じゃあ莉愛の誕生日プレゼントも買わないとな」


色々な店を眺めながら突然兄はそんなことを言い出す。


「なんで?」


「ほら、来月誕生日だろ?お前その時もう寮戻ってるし次に帰るの年末じゃん」


「えー、まあそれはそうだけど別にいいよプレゼントなんて」


「いいんだっ!それでおあいこだろ」


「お兄ちゃんのセンスでぇ?」


わざとそうやって茶化した。



「悪かったなセンスなくてっ」


ムキになって兄は口を尖らせてそっぽを向く。




こういうとこ変わってないなぁ。


普段は外では大人っぽく振る舞う兄が近しい人の前ではこういった子供っぽい顔を見せる。



「分かったって。じゃあ一緒に選んでくれる?」


「りょーかい」


兄は笑った。


こうしてこの距離で話すことなんていつぶりだろう。笑いあってって条件が加われば数年ぶりかもしれない。


何だか気恥ずかしくなってあたしはまた軽口を叩く。




「あ、ついでにセンスチェックしてあげる!彼女が出来たとき役立つでしょ?」




あれ...?




「ほっとけ!」って文句を言ってくると思った。


だけど、ピタリと動きを止め驚いた顔でぽかんと口を開ける、なんて反応されるとは思ってもいなくて......


「え?まさかお兄ちゃん...」


「い、いや!それはだな......」


あたしが言うより前に何やら言い訳がましいことを言い出す。



「彼女...出来たの?」



瞬間ビクッーんと兄の体が震える。



いや、あはは。嘘...だよね?




「えぇぇッ!?お兄ちゃんに彼女!?どんな人なの!?同じ学校の人!?」




気づいた時には詰め寄っていた。



兄はしどろもどろになってハッキリと教えてくれない。




この後、買い物をしながら回答を濁して誤魔化そうとする兄を追求したが写真もなければ名前も教えてくれなかった。


分かったのは同級生ってことくらい。




まさか。


まさか根暗で卑屈でコミュ障で引きこもりなお兄ちゃんに彼女が出来るなんて。



やっと仲直り出来たのにまたすぐ兄を取られたような気がして嬉しいことのはずなのにイマイチ納得出来ない!




あたしが頑張ってお兄ちゃんの代わりにお母さんの期待背負って「守ってあげる」だなんて思ってた。


でもそんな事しなくてもお兄ちゃんはあたしが少し目を離した隙に自分で乗り越えてどんどん先へと進んでいく。





あたしは妹で、お兄ちゃんはお兄ちゃん。


ずっと嫌だったこの関係も距離感も今は不思議と心地良かった。

これにて『努力する彼女と努力をやめた僕』完結です!

ここまでお付き合い下さった皆様、ありがとうございました!

旧作、これからの新作共々よろしくお願いします!


感想なども随時募集中です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに小説でぶるっときました! とても面白かったです! ありがとうございます
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