本当に欲しいもの
季節は目まぐるしく巡っていく。
立ち止まる私を置き去りにして。
※
本当に欲しいものは手に入らないように出来ている。
少なくとも私の世界では。
でも、それを寂しいと思ったことはなかった。
最低限の衣食住と勉強と本があれば、私は私になれるから。
多くを望むから手に入らなかったときの絶望が大きいんだ。
この腕に抱え込む物が増えて、溢れていけば当然取りこぼす。
だから...
だから多くを望む私が悪いんだ。
そうだよね、お姉ちゃん。
※
英語の問題集を解く手を止めて私は椅子の背もたれに背中を預けた。
大きく息を吐き出し目をギュッと瞑る。
長い時間集中していたからか目の奥が鈍く痛んだ。
ペンを机の上に置き、問題集を閉じる。
集中力切れてきたし科目を変えよう。
両親は共働きで家には1人。
いつも以上に家の中は静かでその寂しさを隠すようにわざと音を立てて傍に置いてあった通学用の鞄を持ち上げ課題を入れ替える。
その途中で手に硬い物が当たった。
鞄に付けたクラゲのストラップだ。
私の悲しみの象徴。
※
私は幸せな家庭に生まれたと思う。
優しい父と母、そして頼れるお姉ちゃん。
夫婦仲も円満で喧嘩らしい喧嘩をしているのは見たことがない。難点があるとすれば子供に激甘なくらい。
姉妹仲も良好で甘えん坊な私はいつも姉にベッタリだった。
お菓子も分けてくれたし、姉のお下がりの服も可愛くて好きだった。
姉は私の憧れで目標。
勉強が出来てみんなの人気者。たくさん習い事もしている。
近所の人にもいつも褒められていた。
だからいつもくっついていた私も鼻が高かった。
自分が褒められているように嬉しくなった。
あれは私が小学校3年生、姉が小学校6年生の時だ。
学校が終わって家に帰った後、いつものように近所の小さな水族館に行った。
車で30分くらいのところにもっと大きな水族館もあったけどここは地元の子供は100円で入れる。
中はすごく狭くてペットショップの魚コーナーみたいな感じだ。
イルカもペンギンもクラゲもいない。
小さな魚が狭い水槽の中で漂っているだけだ。
水族館と呼ぶには些か寂れた...コンパクトな感じの場所だった。
それでも歩いてすぐの所で値段格安。子供だけでも入れるのも良かった。
人もほとんど居なくてまるで秘密基地のようだ。
「見て見て!お姉ちゃん!きれー!」
姉と手を繋いで水槽を覗いていく。
私がいつも何度も見た水槽に感動し同じリアクションをしても姉は優しく微笑んで「そうだね」と返してくれる。
「あ、見て詠子」
入口の売店でガラスケースの中を覗いていた姉が私を呼ぶ。
「なーに?」
姉の指差す場所を見る。
「うわぁ、かわいい!いいないいな〜」
小さなクラゲのストラップだ。
「買ってあげるよ」
「いいの?」
姉はニッコリ微笑んで首を縦に振る。
「私ももう中学生になるからね。少し早いけど入学祝い貰ったし」
お金の価値なんてあまり気にしたことがなかった私は遠慮などしなかった。
「ありがとう!お姉ちゃん大好き!!」
無邪気に笑って私は姉に抱きついた。
※
姉は小学校を卒業してすぐ近くの中学校へと進学した。
登下校が一緒に出来なくなって凄く寂しかったけどグッと我慢した。
もう私も小学生4年生、中学年だ。
大人にならないと!
そう思ってもまだまだ私は子供。
外では同じ登校班の私より歳が下の子にお姉さんぶって家では姉に相変わらずベッタリ。
本当に、本当に、好きだった。
※
姉が帰らぬ人となってしまった。
事故死だそうだ。
私が小学生5年生、姉が中学2年生になった年の冬だった。
初めは嘘だ、冗談でしょ?なんて思ったり。
でも、姉は家に帰ってこなくて、葬式場で姉と再会したとき、受け入れざるを得なかった。
両親は私以上に哀しんで、哀しんで。
1年が経つ頃には今まで以上に過保護になった。
私は姉の変わり。
でも、姉のようにはなれない。
小学校卒業までは続けていた姉の真似をして初めた習い事は全て辞めた。いつまでも姉の影を追って、哀しさしかなかったから。
無理矢理哀しみを心の奥に押しやって両親のために私は色々挑戦した。
でも上手くいかなくて。
そして中学3年になったとき―――
『とにかく勉強はしなさい。受験は年明け。まだ学校を決めていなくても、ギリギリになって行きたい学校が見つかった時に学力が足枷になることがなくなる』
そして私は県内最難関の進学校に入学する。
そして半年後。
私を私のまま受け入れてくれる人に出会う。
※
クラゲのストラップを手持ち無沙汰に触る。
少し傷がついて紐は前に切れたときに補強したから元の物じゃなくなっている。
角度を変えると光を浴びたそれは色を変える。
綺麗だ。
2月ほど前のことを思い出す。
透が富永くんと走ったあの日のことを。
透が選んだのは私じゃなかった。
その事に気づいた時、ゴネることも出来た。
みっともなく抗ってやることも出来た。
でもそうはしない。
どんなに嫌がっても、認めなくても、起こってしまったことは変えようが無いんだから。
元に、戻らないんだから。
『僕、好きな人がいるんだ』
『私も、いたよ』
結局『好き』を言うことも出来なかったな。
そのおかげで今も透とは勉強会を普通にしているし友達でいることが出来ているんだけど。
あの後すぐはぎこちなく、居心地が悪かったけど今ではそれも前と同じ距離まで戻っている。
透は離れて行かなかった。
同じクラスだしな〜。
だから私はいつまで経っても、恋に破れたことを認めても、諦めがつかない。
頭の中では、気づけば取り留めない思い出ばかりが浮かんでは消える。
苦しくても、辛くても、私は透と友人として付き合い続けることを選んだ。
だって自分から離れるのは寂しすぎるじゃないか。
せっかく手に入れた『友人』なのに。
私と透は『友人』、『クラスメイト』。
それが事実。
季節は巡る。
バカみたいに事実の受け入れに時間がかかって、諦めがつけられない私を置いて。




