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努力する彼女と努力をやめた僕  作者: 成浅 シナ
特別編
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87/87

クリスマス短編【後編】

パーティーがお開きになる同時に僕は会場から飛び出した。


硬っ苦しいスーツのネクタイを緩めながら駅までの道を全力疾走で走る。


こういうとき普段から走る習慣があって体力つけてて良かったとしみじみ思う。


1度は遠ざかろうとした陸上。結局部活に戻ることはなかったが辞めることはなかった。

高校の『あの勝負』以降は富永(とみなが)が頻繁に絡んでくることが増え、一緒にトレーニングを行っている。

あいつの場合トレーニングの範囲超えてるんだよなぁ。


高校を卒業後は富永は地元を離れ都会へと旅立って行ったがそれでも帰省のタイミングでほぼ毎回会っていたし、ついこの間も出張の合間にわざわざこっちまで来て走った。


ここまで来ると『もう僕のこと好きすぎなんじゃないの?』と思ってしまうが言うとキレられるので言わない。

今年の初めは何故かフルマラソンに一瞬に参加させられた程だから単純に走るのが好きなだけかもしれない。



普段からトレーニングはしていてもさすがにそこそこの距離を全力疾走で走るとバテてくるもので息を切らせながらどうにかホームについていた電車に飛び乗った。


ドアが閉まり電車が走り出すと一息つく。


額にうっすら滲む汗を袖で拭い忙しなくスマホを取り出してロックを解除する。


でも僕が送り返したメッセージは既読すらついていない。


もしかしてもう寝た?


スマホの左上に表示された時計を見ると普段ならもう祈は寝ている時間だ。


起きていてくれているといいのだが。


分かってはいても返信がないことを少し残念に思いながらスマホを手に持ったままポケットの中に突っ込んだ。


そのまま窓の外を眺める。


ビュンビュンと過ぎ去っていく街明かり。


初めは全く慣れなかった地元よりも少し都会的な景色にも随分慣れてしまった。


この街も住み始めてからだいぶ経つ。


慣れなかった物が徐々に珍しくなくなるという感覚はどこかくすぐったくて元の場所の代わりにここが自分の場所になっていくのが少し寂しかった。



それでも地元の友人とは予定を合わせて会ってあの頃を思い出す。


楽しく、しみじみと、そしてときにぎゅっと胸が締め付けられるように苦しく。


直樹の顔が浮かんだ、矢野の顔が、そしてもう滅多に連絡を取らなくなった、詠子のーー


失ったときは元に戻らない。

どんなにこっちが必死に手を伸ばしても、あちらがこちらを身もしなければその手は何も掴めず空を切る。


年月が経っても会う人もいれば疎遠になる人も。


時間は逆立ちしてもどうしようとも止まってくれないし時間がたてば関係も距離も変わる。


それは必ずしも僕が望む方にはちっともなってくれない。


繋ぎ止めたい運命(であい)


ほとんどが掴めずにいる中でこうして残っている物を、僕は大切に持ち続けたい。

今度は諦めず、上手くいかなくても投げやりにならずに頑張って、手を伸ばしていきたい。


だからーー


ブルっと手の中でスマホが震えた。


車内の閉鎖した空気と暖房の熱でぼんやりした頭のまま反射的にスマホを取り出す。


『待ってます』


僕は駅に着くまでそのメッセージを眺め続け、ホームに着くと同時にまた走り出した。





朝はマフラーがないと冷たい風が首筋を撫でて体を震わせていたのに今はマフラーもコートも抜いでなお、体が暑かった。

息を切らせながら真夜中の街を駆け抜けようやく自身の住まうマンションへとたどり着く。


エレベーターを待つのももどかしく非常階段をかけ登った。



そしてようやく目的地へとたどり着く。


僕の家の隣。造りは同じなのに何故か重みを感じた。


今更ながら緊張してくる。

これまで何度もこの扉をくぐってきたのに。



深呼吸をして呼吸を落ち着かせ軽く身なりを整えた後、僕はゆっくりインターホンを押した。

いつもはだいたい家に行く時間を決めておき、合鍵を使って入るのだが今日はイレギュラーだし一応だ。



......


あれ。


しばらく待っても扉が開くどころか扉の向こうから足音すらしなかった。


ここで声をかける訳にもいかないしあまりインターホンを鳴らし続けるとご近所迷惑だろう。


僕はもう一度念の為スマホに新たなメッセージが来ていないことを確認すると合鍵を取り出して差し込んだ。


扉の隙間から顔だけ中に入れながら


「い、祈ー?…僕だけど...」


恐る恐る、緊張で噛みながら中に呼びかける。

扉で仕切られた奥のリビングから光が漏れていた。

中にいることは確実。

でも。


まさか寝てる?この時間だしなぁ…


そう思いながらひとまず状況を確認しようと鍵をかけ靴を拭ぐと


ガンッ!


割と大きな物音が奥の部屋から聞こえた。


「祈っ!?」


何事かと慌てて中へと駆ける。


すると



「〜〜〜ッ」


そこには床にしゃがんで足を抑える可愛らしい生き物…もとい祈がいた。


「...なにしてんだ?」


思わずそう問いかけてしまう。


ハッと祈が顔を上げた。


久しぶりに真っ直ぐ目が合う。


大学生になってから化粧をするようになりますます綺麗になった祈。今は風呂上がりだからか化粧を落としているようだったがそれでも芸能人顔負けの美人。高校の時からの美しさは健在だった。

最近は素顔の方が珍しいからかうっかり見とれてしまう。


先に動いたのは祈だった。


祈は一瞬『しまった』というような顔を浮かべた後頬を赤く染めて、近くのソファにあったブランケットを引っ張り頭からすっぽり被ってしまった。


そのまま蹲るように床で丸まる。



...んー?



改めて何してんだと問おうとしゃがみこんと机の位置が不自然にズレていることに気づく。


どうやらさっきの物音は祈が机に足をぶつけた音だったらしい。


珍しいと思っているとモゾモゾとブランケットが動いた。

怪人ブランケット状態の祈への反応に困りながら僕は祈の頭に手を乗せる。


「遅くなってごめん」


モゾっとブランケットが動く。


「ちゃんと、クリスマス出来なくてごめん。毎年祝おうって、約束してたのにな......」


言いながら僕の方がしょんぼり凹んでしまった。

僕だって祈とクリスマスしたかった、と。



モゾっとブランケットが動き祈が上半身を持ち上げてペタンと座った。

頭は未だ隠れたままだ。


顔のほとんど見えない状態のまま祈がポツリと呟くように言った。


「わた...しも、怒ってごめんなさい」


「祈は悪くないだろ。悪かったのはどう考えても僕の方で...」


「ちゃんと頭では分かってるんです。仕事だし仕方ないって...でも感情がどうしても追いつけなくて、(とおる)くんに八つ当たりして......」


「ごめんなさい」としょんぼり頭を下げる祈に心がキューっと掴まれた。


本当に申し訳ないことをしてしまったと後悔する。


「でも」


突然胸に祈が飛び込んだ。



「会いたかった...ですっ!来てくれて、嬉しい...」


ぎゅっと祈が手を回す。


一気に体の中心にねつが集まるような感覚と高揚感が僕を支配した。


「僕も、会いたかった」


久しぶりの抱擁。


冷えきった体にその熱はとても心地が良かった。




2人でソファに座り直し妙に気まずい空気が漂ってしばらく経つ。


この時間に祈の家に来ることなんてこれまでなかったし互いにいつも以上に意識しているんだと思う。


その気まずさを埋めるように僕は鞄から『あるもの』を取り出した。

タイミング的に今がちょうど良さそうだ。


「祈」


名前を呼びながら「ん」とややぶっきらぼうになりながらそれを手渡す。


キョトンとした祈は受けとった瞬間パァーっと顔を明るくする。


「これって...」


祈に渡したのは当然、クリスマスプレゼント。

今年は例年よりも選ぶのに時間をかけた。


と言っても…



祈は包装のされたプレゼントをくるくると角度を変えて色々な方面から眺めていた。


その様子が可愛くてつい吹き出してしまう。


「開けてみて」


このままだと箱だけで満足してしまいそうなのでそう促す。


祈はこくんと頷いて丁寧に包装を剥がし始めた。


そして


「わぁ...かわいい」


選んだのはネックレスだ。

花の形の飾りに誕生日石が埋め込まれている。


シンプルながらも可愛らしさのあるそのアクセサリーは祈にとても似合いそうだ。


祈はまたもやしばらくうっとりと眺めていたが箱から中身をゆっくり取り出して僕に掲げた。


「付けて...くれませんか?」


どこか不安げに眉を寄せて控えめに祈がお願いした。


こんな風に言われて断る訳がない。そうじゃなくても祈のお願いならノータイムでやる。


「わかった」


それでもさすがに本心をそのまま言って引かれたら嫌なので冷静を装ってそう言った。



祈がこちらに背を向け髪をかき上げた。


真っ白で綺麗な首筋とうなじに視線が吸い込まれそうになりながらも懸命に堪えた。

それでもどうしようもない本能で体の中心に熱が集まったように熱くなった。

恐らく顔まで赤い。



僕はあまり見ないように薄目で祈の首に手を回し手こずりながらも慎重に留めた。



「どう、ですか?」


はにかみながら祈がこちらに向き直る。


やはり思った通りそれは祈にとても良く似合っていた。


「すごく、似合ってる」


そう言って僕は祈を抱き締めた。


今日の僕はどこかおかしい。


いつもはこれ以上ないほど慎重に行動しているのに今日はタガが外れたみたいだ。


祈は一瞬体を固くしたがすぐに力が抜けゆっくり僕の背に手を回した。


これだけでも幸せすぎるくらいだ。


だけどふと祈が体を少し離し僕を見上げた。


至近距離で互いの視線が交差する。


何かを求めるような視線。


上気した頬。



それが『何か』分からないほど鈍くない。

これまでも何回か見た祈の『合図』。


僕がゆっくり顔を近づけると祈がゆっくり目を閉じた。


目標を見誤らないように薄目で近づき僕も目を閉じる。


その距離はゼロセンチになった。




瞼の奥に光を感じ、意識がゆっくり覚醒する。


目を開けると知らない天井だった。

太陽がもう随分高い所に昇っているようでカーテンを締めているのにその隙間から光が差し込んでいる。


朝か...


徐々に意識がはっきりしてきてようやく僕は『隣』の体温に気がついた。


まだ夢の中なようで祈は気持ち良さそうに寝息をたてている。


その姿を見て僕は昨夜のことをはっきり思い出した。

初めて迎える2人の朝に恥ずかしさと幸福感で満たされる。


『予算的に今年は無理だったけど来年こそは祈に指輪を』。きっと。



しばらく今の幸せを噛み締め、僕はようやく布団を剥いでベッドから降りようとした。


そのときふと枕元に見慣れない物が置いてあることに気づく。


包装された小さな立方体。

その上にはメッセージカードが添えられていた。


『メリークリスマス』。

このキャラの短編が読みたい!こんな話が見てみたい!などリクエストも受け付けています!

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