あの火の先
初めてその姿を見た時、俺の心にまた『あの火』がついた。
昔から俺は変わらない。
気になったものはどうしても触れないと気が済まない性格だ。
相手の反応なんかお構い無しに突っ走って納得いくまでやる。だが、1度興味を失えば今まで注いだ熱が嘘のように冷める。
瞬間に熱して飽きっぽい。
そんな俺に周りがウンザリする。
だから空気を読まないことにした。
読んでいても読んでいないフリをすることにした。
いつもバカなふりをしておチャラけていれば『ああ、こいつはこういう奴なんだ』って初めから納得してもらえるから。
だから『今回のこれ』も同じだ。
教室でクラスメイトとバカな話で盛り上がっていると『そいつ』が現れる。
無表情で、長い髪を揺らしながら。
クラスメイトに挨拶され小さく返しつつ。
1年から同じクラスの地味っ子が突然変化してから、俺は彼女を目で追う回数が増えた。
俺は彼女が好きなのか、そうじゃないのか...
好きなような気もするし、単に物珍しさで見る回数が増えているだけのような気もする。
同じ1年5組で授業を受けながら、視線は気づけば彼女に向く。
考えたところで分からなかった。
俺はバカだから。
だから手っ取り早く結論付ける事にした。
昔から考えるより動く方が性に合っている。
結論。
『俺は永田詠子に恋している』。
そう結論付けたら後は簡単だ。
※
「マジどうしよっかなー...」
結論付けるまでは良かった。
だが、実際に動き出してから、事が思いのほか難しい問題だと知る。
俺と永田は見たまんま明らかにタイプが違うし、思ってた以上に波長が噛み合わないのだ。
隙あらば話しかけてきたが一向に距離は縮まらない。
個人プレーは得意なはずなんだけどなー。
今まで告白されたことくらいはあるけど、本当の恋愛というものを実際俺は知らない。
参考までにと友達の恋愛話を聞いてみても猥談ばかりで肝心の情報は聞けなかったし。
こういう時は...やっぱ頼りになる助っ人だな。
だが、この場合は誰が当てはまる?
クラスメイトも同じバスケ部のチームメイトもダメ。
そもそも永田は入学してから人付き合いなんてまるでしてきていないし有力な情報どころかそもそも基本的な情報がほとんど回ってこない。
誕生日も好きな物もよく知らない。
分かることと言えば休み時間はよく本を読んでいることと、入学以来学年1位を外したことがないってことくらい?
うわぁー...、マジ無理ゲーじゃね。
そう思っていた時、クラスの仲が良い奴がある情報をくれた。
どうやら永田には放課後ほぼ毎日会うような『仲のいい男子』がいると。
※
1年1組。押川透。
正直初めて聞いた名前だ。
俺の所属する5組からは1番クラスの距離離れてるし授業が被ることもないしな。
というわけで実際に見に行くことにした。
その方が1番手っ取り早い。
放課後になり、荷物を持っていつもとは反対方向に向かう。
確か、4階だっけ?
図書室なんて入学してすぐの学校案内以来かも。
そんな事を思いながら階段を駆け上がり図書室前に着いた。
入口から既に教室とは違う独特の雰囲気を醸し出している。
インクと紙の慣れない匂いしてクラクラした。
意を決してその静か過ぎる空間へと足を踏み入れる。
そろりそろりと慎重に歩を進めると奥の机に男女が小さな声で、どこか楽しそうに話しているのが見えた。
咄嗟に傍にあった柱に身を隠す。
1人は永田、そしてもう1人は見覚えのない男子生徒だった。
恐らく、アイツが例の『押川透』なんだろう。
「―――れでさ、妹がすっげーピリピリしてて...」
静かな空間だからかギリ聞き取れるくらいの声が届く。
「でも、凄いよ。あの青高でしょ?」
「まあ、それはな...」
「透も理解力良いしもっとちゃんと勉強したら伸びると思うけどーー」
『透』!?
あの永田が男を名前呼びだと!?
それだけでどんだけ2人が仲がいいのかは分かった。
もしかして付き合ってんのかな...
そう思い柱に背を預けたまま顔を上げる
あ、やべ!
もっと本格的に2人の関係について探っておきたいが早く部活に行かないと先輩にドヤされてしまう。
2人の声を背に聞きながら、後ろ髪引かれる思いで俺はその場を去った。
※
早いものでもう新学期。
あれからも進展は一切無しでそのまま春休みに突入し部活に明け暮れているうちにその春休みも終わった。
そして新クラスの書かれた掲示を見た瞬間衝撃が走る。
理系、2年1組には『まさかのメンツ』が揃っていた。
今や学年人気一二を争う那須祈と永田詠子。
そしてその永田と密かに仲の良い押川透。
これは凄い1年になりそうだな。
そんなことを考えながらしばらく俺は掲示を見上げていた。
※
思っていたのと違う!
新クラスになって1月ほど経った感想はそれだった。
いや、学校生活に不満はない。
話す相手には困らなかったし元1年5組もバスケ部も何人かいた。
だけど問題は残っていた。
永田は時折那須と話す姿は見るがそれ以外は1年の時と全く同じだし件の押川も基本ぼっちを決め込んでいた。
新学期初日は一言挨拶をしているのを見たし、クラスでも仲良く話すのかな、なんて思っていたのにその気配も皆無。
それどころか放課後の図書室デートもしていないようだった。
俺の思い過ごしか?
それか別れたか。
ええい、考えても仕方ない。
5月に入り目先のゴールデンウィークで皆が浮き足立つその日の体育の授業。
俺は普段つるんでいる奴に断りを入れ元へと近づくことにした。
「なあなあ」
話しかけた瞬間、顔を上げた押川はいきなりの事に驚いているのかぽかんと口を開けていた。
「えーっと...」
押川が言葉に詰まっている中、転がってきたサッカーボールを蹴飛ばすと
「それでなんだ、矢野」
と冷静な声で押川が俺の名を呼んだ。
自己紹介の必要はなさそうだし早速本題へと入ろう。
「押川って永田と仲良いよな?付き合ってんの?」
※
話してみると意外と良い奴だと気づいた。
やっぱり触れてみないと分からないことあるよな。
恋敵かと思っていたけどそれも違うみたいだし。
押川と話すようになってから俺の日常は少し変わった。
休み時間も昼休みも押川といることが増えた。
初めは話しかけるだけで嫌な顔をされていたもんだが最近では面倒臭そうにするだけという段階まで距離は縮まっている。
少しずつだけど自分から話をしてくれるようにもなったのだ。
押川を通して3組の黒木という話の合う友達も出来たことだし良いことずくめだ。
当初の目的は永田との関係を聞き出すこと、永田の攻略法を聞くことだったのに最近ではそれ以外のことばかり話している。
他のクラスメイトや部活のチームメイトとは違った距離感が心地良い。
そんな時だった。
長く一緒にいるとあることに気づく。
押川の視線が『ある方向』へと注がれていることに。
それは永田ではなかった。
1回目は気のせいだと思った。
『彼女』はいつもクラスの中心で、誰からも好かれる人気者だったから。
だけどそれが2度も3度も続けばさすがに『別の意味』を持っていることに気づく。
生徒会長選のことについて相談されたのはその頃だった。
※
押川が富永と勝負をすると言う話を本人から聞き放課後グラウンドに出るとバカみたいに人が集まっていた。
昼休みから徐々に目撃者によって電波した情報は帰りのホームルーム前には1組にも届き表には出さないが内心めちゃくちゃテンパっている押川をガードするのがすごく大変だったのだ。
「押川くんって中学の時、陸上で凄い記録出てたんだって!」
押川を体育館の男子更衣室に押しやって外で待っているとそんな話が聞こえてきた。
2人は周りのことなんてお構い無しに押川について話まくっている。
それは知らないことばかりだった。
だったらなんで手を抜いているんだろう。
体育のときも端に避けて積極的に参加せず、グラウンド走っていても後ろの方にいる。
そんな押川が陸上の天才?
自分の中でその情報の押川と目の前の押川が繋がらない。
※
1悶着あって押川がスタートラインについたとき、俺は那須の方に何気なく視線を向けた。
透について知らないことはまだあったのだ。
それもかなり大きな秘密。
まさか那須ともあんな親密って...
最近やっと分かってきたように思えていた押川透という人物像が今日だけで2度も3度も転々と大きく変わっていくようだった。
さっきのあれは誰から見てもただのクラスメイトって距離じゃないのは明らかだ。
もしかして、那須『も』押川の事...
それに...
視線を那須の隣へと向ける。
いつもの無表情が崩れ、どこか泣きそうな顔で永田は押川を見ていた。
それを見て悟る。
俺が眼中になかった理由を。
だが、不思議と悔しくは無い。
今更になって結論が間違っていたと気づいたから。
後先考えないで、不純な動機で突っ走った。
恋愛はその場限りで突っ走ってどうにかなる訳じゃないんだって、今更ながら気づいた。




