近くて遠い
カン、コン、カン、コン。
打ったボールが壁に当たって跳ね返る。
自分の癖の矯正やフォームの確認も出来るため1人の練習時にはとても良いのだがさすがに30分近く休み無しにしていくと疲れてくる。
ポーンとボールが明後日の方向に飛び転がって行った。
「あー...疲れたー」
集中力が切れたしちょっと休憩しようと壁際に置いた荷物の傍で座り込んだ。
今日は水曜日。
強豪でもない、ぶっちゃけ弱小校であるうちの高校の卓球部は水曜日と日曜日は自主練日となっている。
練習するも休むも自由だ。
なのだが...
「他に誰か来る方が珍しいんだよな...」
男女合わせて生徒会が提示している部が成立する規定ギリギリの人数である5人。
1人を除いて俺を含め4人が高校から卓球を始めた初心者だ。
俺は中学まではハンドボールをしていた。
だが、この高校にはハンドボール部はないし、せっかく高校生になったのだし何か新しいことをしてみたいなと思って部活動勧誘の時に声をかけられるまま卓球部へ入った。
やるからにはとことんやるのが俺のモットー。
上手くなるためには努力を惜しまない。
練習は同じ時期に入った奴の中で誰よりもやってきた自信がある。
と言っても限界はあるが。
基本的にその人の意志を尊重したいがもっと積極的に部員に声をかけるべきだろうか。
考え事をしながらスポーツドリンクを飲んでいると
コンコンと扉が叩かれた。
「すまん。邪魔するぞ」
そう言って入って来た人物を見て心臓が跳ねた。
「なんだ、君だけか?」
「今日は自主練日です。...生徒会長こそ、うちの部に何か用ですか?」
生徒会長、八戸咲華。
うちの学校じゃ知らない人がまずいない有名人。
だけど俺は彼女が有名になるよりももっと前から知っていた。
「他人行儀だな、黒木。中学の時はそこそこ仲良いつもりだったんだけどな」
「中学の時って...もう2年も前ですよ。今更距離感掴みづらいっていうか...」
そう言うと「そうか...」と会長は思案するように顎に手を当てた。
「まあ、そうだな...初め気づいていなかったとはいえ同じ学校に一年以上も通ってるんだ。その間に話しかけなかった私にも落ち度があるか。すまなかった」
なぜ謝る。
モヤモヤした気持ちのまま俺はやっと立ち上がる。
「でも、確かに中学の時の『先輩』に距離置きすぎたかもです。改めて、なんとお呼びしたらいいですか?」
「中学のままでいいんじゃないか?」
まじか。
だが、内心を悟られないように淡々と
「りょーかいです。『咲華先輩』」
中学の時の体育祭実行委員の場で俺は彼女に出会った。
『咲華先輩』というのはその当時一緒に委員をしていた友人が呼んでいたからその流れだ。
中学の時から咲華先輩は生徒会長をしていて、色々と良くしてくれた。
そんな彼女に...俺は―――
「それで、用があって来たのでは?」
彼女といるだけで俺の心の平穏は簡単に崩される。
だからこそ、心に余裕が完全になくなる前にとそう切り出した。
「ああ、そうだった。部活の予算申請のための視察でな。役員で各部を回ってるんだ」
「それでこんな弱小部にまで来てくれたと」
「嫌な言い方だなー。君はこうして頑張ってるじゃないか」
軽い口調で咲華先輩が笑う。
「1人頑張ったところでご期待に添える結果に繋がるとは限りません」
「卓球というのは団体戦だけじゃないだろう?今やってることは無駄じゃないよ。君の頑張りが自分の、そしてチームの力にきっとなる。努力はした分だけ結果になるなんてことは言わないが、少なくとも自分の支えになる。頑張る渦中では分からないだろうけど後々になってきっと自分のしてきたことに助けられる。だから自信を持て」
咲華先輩の言葉は矢のようにスパッと俺の心に突き刺さる。
やばい。
やばいな。
「俺...頑張れてますかね?」
「頑張れてるよ」
誰よりもこの人に、その言葉を言われたことが嬉しくて、舞い上がる。
表情にも声にも出さないけど。
『頑張ってる』という言葉は自分で使わないようにしてきた。
その言葉は、自分に使う言葉じゃない。
自分の頑張りをそこで留めて、諦めるような悲観的な言葉なんだと、いつだったか『今目の前にいる人』が話してくれた。
本人はそんな世間話のような会話、覚えちゃいないけどさ。
「じゃあ、また日を改めるよ」
「水曜と日曜以外なら通常練習してますよ」
「ああ分かった。今日は久しぶりに話せて良かったよ。またな」
そう言い残し咲華先輩は去っていった。
「はぁぁぁぁぁー...」
先輩が去ってしばらくしてから大きく息を吐き出す。
まだ心臓はバクバク脈打っていた。
「きんちょーしたぁー...」
普段は透の恋愛相談受ける側で自分の恋愛を意識の端に追いやっていたが、こうして話して同じ空間にいるとこのザマだ。
今ここに誰もいなくて良かったと心の底から安堵する。
先輩は学校中の人気者で、学年も違って、接点もない。
そんな彼女の『特別』になるのは不可能に近いことだ。
せっかく同じ学校に入ったのに...
普段は1つ上のフロアにいて、会いに行こうと思えばいつでも会える。
なのに、こんなにも彼女が遠い。
さっきの会話すら、きっと彼女は―――先輩は何とも思うことすらしない。
俺の気持ちは絶対に届かないんだ。
ラケットを手に取りボールを打つ。
何度も、何度も。
余計な思考が邪魔をしなくなるまで。




